「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百八十六話 次の障害

 話し合いから二週間、結局、目的地に着くまでに一度も追手らしきものには遭遇せず、それどころか、悪意のある人間や狂暴な魔物など旅の脅威となるものには一切出くわさなかった。魔物に関しては相変わらず退魔のまじないがかけられたネックレスが頑張ってくれているのだろうが、もしかして、人間も寄せ付けないようになっているのだろうか。一度や二度の戦闘は覚悟していたヴォルムは全く支障なく終わった旅路に拍子抜けしたような気分だった。
 支障と言えば、町に入るときに一番の難所が待ち受けている。それが、門番だ。この町は流石に規模が大きいだけあって防衛設備もしっかりとしている。いわゆる壁に町が囲まれていて、中に入るには門を通過するほかない。しかし、その門には門番がいて、出入りする人がどんな人間か、具体的には怪しい人間でないかをチェックしているのだ。特に入る人に対してはこれがなかなか厳しく、ちょっとした問答の中に少しでも妙な部分があると別室に連行されるみたいだ。さらには通行料も払わなければいけないらしく、少額とはいえろくな金銭を持ち合わせていないヴォルムたちにはこれもどうにかしなければならない問題の一つとして重くのしかかっていた。

「どうしましょうか……」

 門に並ぶ列を見ながら、リフィルが困った顔をする。その隣で、ヴォルムも同様に困った顔をしていた。身分について確認されるのなら、その問答は嘘を吐いても、あるいは本当のことを言ったとしてもそう問題にはならないだろう。ヴォルムの所属していた軍が周辺の国に脱走兵が来たら差し出すように通達を出していない限りは通してもらえると考えて良いはずだ。しかし、通行料に関しては解決策が思いつかなかったのだ。正確には全く思いついていないというわけではなかったが、その難度が高いことを憂えているのだった。
 現在、二人は一文無しである。さらに、お金を稼ぐ手段もない。となると、門を通るにはどこかで借りるか、無料で通してもらえないかと説得することになる。前者に関して、まともな人間なら一文無しで職もない人間にお金を貸すようなことはしないはずだ。その上で、貸してくれる可能性があるとしたら、交換条件を付けてくる者、あるいは、同情や親切心から貸してくれるという者だろう。交換条件は借りてしまった後から条件を足されても困るため、できれば受けたくない。同情に関しては境遇を少し脚色してやれば情けをかけてもらえる可能性は感じないでもない。が、この両者ともに重大な欠陥があった。それは、交渉を列に並んでいる間に行わなければならないということだ。
 門をくぐるために皆列を作っている。ヴォルムたちも町に入るのならその列に並ばなくてはならないのだが、この列もちゃんと門番が監視している。ここで妙な行動を起こしても別室に連行され、そこでの尋問の結果次第では町に入れてもらえなかったり、最悪、その場で牢屋に入れられたりするだろう。その可能性を考えると、ヴォルムたちにとって別室に連行されるのはどうしても避けたいことだ。となると、自然に会話しているように見せかけて交渉できるのは前と後ろに並んだ人たちだけになる。貸してもらえるかははっきり言って運次第なのだ。
 では、運が悪かった――というよりは良くなかった場合、門番を説得するのかと言われると、これも厳しい。どう考えたって、一文無しの職もなしという人間は怪しい。それに、もし怪しくなかったとしても、町の中に入れて生きていける見込みがない。そんな人間を保護するわけでもなく、わざわざ町の中に入れておくというのは面倒事を呼び込んでいるようなものだ。浮浪者を増やしているのだから。
 説得、というよりは交渉に切り替えて、正当な対価としても労働を差し出すか、支払いを先送りにしてもらっても良いが、果たしてそんなことはできるのだろうか。一文無しが来たとき用のマニュアルがあれば良いのだが、やはり都合良くそんなものがあるとは考えづらい。ここはダメもとで聞いてみて、どうしたら入れてもらえるかの条件を聞いた方が賢明だろうか。

「とりあえず、並んでみよう。それから前後の人にお金を貸してもらえないか交渉するんだ。それでもだめだったら、泣き落としじゃないけど、門番との交渉だ。何か決まりごとがあればそれに従えば良いし、なければ全力で説得する。正直これくらいしか思いつかなかった」
「……そう、ですね。私も全然良い案が思い付かなくて、結局真正面から私たちの現状を訴えるのが良いんじゃないかと思ってたところなんです。でも、ヴォルムさんの素性は話しても良いんですか?」

 それはヴォルムも悩んでいたところだ。正直なことを言うと、できるだけ隠しておきたい。流石にないとは思うが、ここまで既に軍の者が来ていて、ヴォルムが来たら捕縛するように言っていたらその場で捕まってしまう。すると、きっと同伴者であるリフィルも同じく連行され、謂れのない罪を着せられる可能性もある。万が一とはいえ、可能性がゼロでない以上備えておいて損はない。

「できる限り話したくはない。だから、それっぽい設定を作る必要がある。ただ、あまり嘘ばっかりだと綻びが出てしまうだろうから、大まかな部分は現実ベースでいこう。そうだな……戦争から逃げて来たってのはそのまま使おう。一文無しなのも急に出発しなきゃいけなかったから。これで荷物がやたらと少ないことの説明もつくからな。問題は二人の関係性を聞かれた時だな……」
「それなら、恋人にでもしてしまえば良いんじゃないですか?」
「恋人……?」

 それを聞いてヴォルムは耳を疑った。リフィルの口からそういった言葉を聞くとは思っていなかったからだ。聖職者というのは恋だとか欲だとか、そういう類いのものは禁じられているのではなかったのか。

「あっ、いえ、その、変な意味ではなく、戦争から逃げてきたとはいっても、私たちは敵国同士の人間じゃないですか。でも、元々は交流のあった国同士です。それなら、戦争が始まる前に恋人になって、でも、戦争が起こってしまって、このままでは引き離されてしまう。そんなことになるくらいならと国を捨ててきたということにしてしまうのです。一応、筋の通った話ではあると思うのですが、ダメでしょうか……」

 ヴォルムの困惑が伝わったのだろう。リフィルがやけに早口で説明をしてくれた。なるほど、確かに、二人は敵国同士の人間だ。普通に考えて、そんな二人が一緒に行動しているとは考えづらい。それこそ、国を越えられるような強い何かがなければ。実際のところはもっと奇妙な関係と言うか、なぜ成立しているのかも分からない関係性なのだが、それを口で説明して納得してもらうのは難しい。恋人というのは、それを解決するのに丁度良い設定のように思えた。

「いや、ダメなんてことはない。丁度良い設定だ。さっきの反応はただ驚いただけだからきにしないでくれ。……それじゃあ、行くぞ」
「はい」

 ヴォルムたちは意を決して門から延びる列に並んだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品