「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百七十四話 魔術

 魔術が使えるリフィルと、武器を持っていないヴォルム。これだけ聞くとリフィルが優勢のように聞こえるが、実際のところ戦ったら勝つのはヴォルムだ。魔術は長い射程を持つ代わりに発動までに時間がかかり、連射もできない。そういった弱点を知り、対魔術師の戦い方を心得ているヴォルムなら戦闘素人のリフィルに接近して殴るくらいのことは簡単にできる。
 つまり個人の戦闘能力を比較したときにはヴォルムの方が上ということになるのだが、これが対魔物や対動物になると話が変わってくる。基本的に動物や魔物という高度な知能を持たない生物たちは魔術という技術の存在自体を知らない。知るとき、それすなわち死ぬとき。対策なんてしているはずもない獲物に遠距離から一方的に致命傷を与えられる手段として魔術は非常に有用なのだ。稀に魔術を受けながら生きながらえる個体がいたり、持ち前の危機察知能力と高い身体能力を活かして逃げ延びる個体がいたりするようだが、それはイレギュラーだ。それに、仮にそういった個体と遭遇しても、魔術師が余程単調でない限りは二回目から完璧な対応をするというのも難しいだろう。

「よし、一度見せてもらおう」

 リフィルの魔術はどう考えたって活用すべき能力だ。だが、その程度を見ないまま実践に組み込むのは無理だ。となったら見るしかない。ヴォルムはそう言って一旦村の外へリフィルを連れ出した。ヴォルムが一人でも対処しきれる自信のある動物などを相手にするのも良かったのだが、生憎とこれ以上の肉は不要どころか邪魔になってしまうので適当な的を作る。木をそれっぽく形にしただけの的だが、ないよりはマシだろう。

「ヴォルムさん? 勝手に良いんですか、こんなことして」

 リフィルは半ば無理矢理連れ出されて不満があると言うか、自分たちの任された仕事が終わらない内からこんなことをするのに多少の抵抗があるみたいだったが、そんなのは柵作りのための材料調達をしていたとか何とか言っておけば良いのだ。
 それに、本当に「鬼」とやらが攻めてくるなら、その前にどれくらい魔術が使えるのかは把握しておいた方が良い。この様子だとリフィルは魔術を普段から使っているわけでもなさそうだし、安全な場所で安全なうちに使い方を思い出しておくというのはどちらにせよ必要な作業なのだ。

「説明不足なのは悪いと思っている。だが、これは早ければ早いほど良いんだ。協力してくれ」

 何か事情あってのこと。それに加えて協力を求められているという状況をリフィルは跳ねのけることができない。リフィルの優しさを利用しているようで悪いが、ヴォルムは教会を出てから自分の目的のために動くと決めている。そのためにはこれが最短だと考えたのだ。

「分かりました……けど、変な期待はしないでくださいね? 本当にすごいことができるわけじゃないんですから」

 しぶしぶ、と言った様子でも首を縦に振ったリフィルにヴォルムは心の中でガッツポーズを作る。頭の中では既にどのくらいの威力だったらどう使おうという計算が始まっていた。
 それを決して表には出さず、木製の的をめがけてまずはリフィルが言うところの「弱い電撃を放つ」魔術を撃ってもらうことにした。的は直径一メートルほど、距離はとりあえず十メートルくらいだ。
 狙いの正確さも見るから印をつけた的の真ん中を狙うように言うと、早速詠唱が始まった。と言っても、ヴォルムには何を言っているのかさっぱり分からない。魔術の詠唱は神の言葉が用いられると言われていて、その言語自体は軍で同胞が使っていたものと同じように聞こえるが、その中身まで勉強したわけではないヴォルムにとってそれは知らない言語と同義だった。

――バチッ!

 いつ終わるのか分からない、とはいえそこまで長くない、五秒ほどの詠唱を経て小さな電撃が的の真ん中からやや外れたところに着弾した。薄っすらと電撃の通り道が見える程度の威力で、的には焦げのような跡がついている。余り迫力のあるものではないため、確かに事前申告の通り「弱い電撃を放つ」魔術であるように見えるが、実際直撃したら無事では済まないだろう。当たった部位がしばらく動かなくなるか、あるいは気絶するか、当たり所が悪ければ死ぬことだってあるかもしれない。ヴォルムにはそれくらいの威力を秘めているように見えた。

「ど、どうでしょうか……?」

 神妙な顔つきで焦げた的から煙が上がるのを見ていると、不安気な表情のリフィルが覗き込むように前に出てきた。

「威力は申し分ない……が、狙えないとなると使いどころが変わってくるからもう何発か撃ってみてもらえるか?」

 おふざけでこんなことをしているわけではないということが伝わったのだろう。リフィルも表情を引き締めると、もう一度詠唱を始めた。続けざまに三発、一発はしるしに掠るくらいの位置で、他に初は指二本分くらい離れた位置への着弾だ。いずれにしても最初のよりは内側に寄っている。

「ごめんなさい。どうしてもぴったり合わせるのは難しいですね……」
「いや、これだけ集まってれば十分だよ」

 実際、これはお世辞でも何でもなく精密と言って良いレベルだ。的にすら掠らないみたいな事態も想定していたヴォルムからすると上出来以外の何物でもなかった。しかし、無暗に褒めたりはしない。というのも、実践の中ではこうして集中して、しかも立ち止まって狙いを定めるということは基本的にないからだ。そんなことができるならわざわざ魔術を使わなくたって仕留められる。動きながら、動く敵に充てられるかどうかは全く別の話なのだ。
 とはいえここでマイナスなことを言う必要もない。今見たかったのは威力がどうとか、そもそも狙うということができるのかの確認がしたかっただけ。それから連射性能や弾数なども見ているが、とりあえず電撃四発で魔力切れを起こしているような様子は見えないので安心だ。

「次は火の玉を飛ばしてみてくれるか? 外すと森が焼けるから気をつけろよー」

 そう言いながらヴォルムは的に水をかける。電撃の威力から察するに、きっと火球は水で濡れた木の板を一撃で燃やしきることはできないだろう。湿った木というのは意外と燃えないものなのだ。
 リフィルが頷き、今度は別の詠唱が始まった。

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