「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第五章 第百六十七話 前倒し

 結局、子供たちをどうするかは決められずに一旦保留とすることになった。他にも話しておきたいことがあるのに、そればっかりに時間を割いてはいられないからだ。とりあえずは差し当たって邪魔になるものから考えていこうということで、次の議題はこの教会に関わる人間についての話になった。

「今日はあまり来ていないようですが、教会の礼拝堂はこの町の人ならある程度自由に出入りすることができます。一応、時間帯によっては扉に鍵をかけていたり、悪意のある人間を弾く結界が張ってあったりと安全面には考慮しているのですが、ヴォルムさんを隠すとなるとこれも難しい問題ですね」
「それも常時閉めておくことはできないんだろう?」
「はい。むしろ閉まっていたら問題があったのだと思われて何かしらの詮索があるでしょう」

 教会は民に寄り添うものだ。単純に宗教的な意味で人々を助けるだけでなく、憩いの場、交流の場としての役割も持っている。今日の様子を聞く限りでは常時人がいてにぎわっているようなものではないみたいだが、人が入る瞬間があるのは絶対だ。迂闊に礼拝堂に近寄るのはやめておいた方が良さそうだ。

「と、なると、あまりこの部屋から出ない方が良いのかもしれませんね……」

 礼拝堂どころか、部屋から出るのもまずいとは、一体どういうことか。話を聞くと、礼拝堂は色々な場所に繋がる通路と隣接していて、そこから内部が見渡せるというわけではないが、たまたま部屋の外に出ている時に鉢合わせてしまう可能性があるのだそうだ。ヴォルムには一般人の気配くらいだったら感じ取れる自信があったが、それでもリスクがなくなるわけではない。もしかしたら気配を感じ取れないような人がいるかもしれない可能性を考えると、部屋から出ないというのは妥当な判断であるように思えた。
 しかし、それでは不自由だ。それに、自発的に外の様子を探ることができなくなってしまう。リフィルに逐一報告してもらえれば外の状況もある程度は把握できるのだろうが、そうしてもたらされた情報が正確であるかどうかをヴォルムは判断できない。疑うつもりはないが、手放しに信頼できるほど楽観的ではなかった。
 もっと良い方法があるはず。考えれば考えるほど可能性が潰えていく思考の中で、ヴォルムは必死にすべてを解決できるような一手がないかを考えた。軍ではこうした思考力が評価されていたのだから、思いつけないはずがない。半ば強迫的にヴォルムは思考を続けていた。
 そんな中で、リフィルが新たな問題を挙げた。

「それと、明後日には私以外のシスターが一人帰ってきます。そうなると当然、この部屋に誰かがいることも分かってしまうでしょうから、その対策もしておかないといけませんね……」

 教会には関係者以外立ち入り禁止のエリアがある。キッチンなどがそうだったように魔法陣が設置されていたり、重要な書物が置いてあったり、あるいは関係者が住居として使っているスペースがそうらしい。ヴォルムが今使っている部屋も臨時の住居として使われる立ち入り禁止エリアの一つである。これらの場所には、たとえこの街の住人であっても立ち入ることができない。それは裏を返すと関係者がリフィルただ一人である内はヴォルムもその範囲内にいれば誰からも見つからないということになる。トイレに行くには出なければならないため気を付ける必要があったが、それにしたってリスクは大幅に減る。言わば安全地帯。それが明後日には失われる。

「いよいよ、逃げるしかなくなってきたんじゃないのか……?」

 シスターが一人帰ってきたからと言って、ヴォルムの正体が暴かれて吊し上げられるわけではない。それに、協力してくれるなら協力者は多い方が良い。同じシスターなら皇帝至上主義というわけでもないだろうし、説得でどうにかできるのではないかという希望が少しあった。
 しかし、仮に失敗した場合、リフィルは確実に反逆者として扱われることになる。ヴォルムだって逃げるつもりだが、絶対に安全だとは断言できない。そもそも、自分に残された時間がどれくらいなのか分からない以上、チマチマと逃げるのは悪手のように思えた。戦の神とやらを叩くための情報を集めて、素早く準備し、実行に移す。それが本来の目的なのだから。
 そこまで考えて、ヴォルムは迷いを捨てた。原点に立ち帰ったのだ。
 まず、一番の目的は戦の神に一矢報いること。一度は失ったつもりの命だ。みっともなく生きながらえてやろうとは思わない。仲間のため、そして、彼女のためにも神を叩く。そのためには何より情報が足りない。リフィルに聞けそうなのはあとは地理情報のみ。となると、神や超人たちの情報は司教とやらに聞くのが今のところは確実だろうか。そうなると司教が教会に帰ってくるまで正体を悟られずにここにいる必要がある。しかし、既に子供たちに見られてしまっているため、誤魔化しは効かない。こうなって取れる行動は、リフィルを切り捨てるか、あるいは――

「――リフィル、先に周辺の地理情報について教えてくれ」
「今すぐ逃げる、なんて言い出さないのなら良いですよ」
「ああ、言わない。約束する」

 自分の中で結論を出し、ヴォルムはリフィルから得ることのできる最後の情報である地理情報をさっさと教えてもらうことにした。当のリフィルは急に覚悟を決めて雰囲気の変わったヴォルムに驚いているようだったが、真剣さを汲み取って、すぐに口を開いた。
 しかし、それを遮るように遠くから扉の開く音が聞こえた。

「この音は……正面玄関? だとしたら、誰かが帰って来たみたいです! どうしましょう。後日と聞いていたのですが……」

 どうやって帰りが明後日になるという情報を得たのかは知らないが、「明後日には」という表現からして早くなることは許容範囲だろう。それより問題なのが、明らかに帰って来たのが一人ではないということ。気配からして四人いる。

「司教様を含めて、外に出ているのは何人だ」
「えっ……? 人数ですか? 四人ですけど……」

 つまり全員で帰って来たというわけだ。何があって予定を変えたのかは知らないが、これは好都合だ。
 ヴォルムは軽いパニック状態のリフィルに落ち着くように言ってから、その瞳を覗き込んだ。

「俺と一緒に来るか、ここで反逆者として死ぬか、選べ」

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