「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十九話 成長

「丁度空いていますよ。ご利用なさいますか?」

 十中八九、使わせてもらえるだろうとは思っていたが、流石に無断で使うわけにはいかない。受付で空いているか確認してもらうと、案の定空いているようだった。

「ああ、頼む。ちょっと模擬戦をしたくてな」

 俺たちが訓練場を利用する目的を伝えると、そのメンツを見て受付の人は驚いているようだった。心なしか楽しそうというか、期待に満ちた目をしている。きっと前回の戦いを見ていたのだろう。こちらからは誰が見ていたかなんて把握できなかった――否、気にしていなかったから覚えていないが、観客からしたら記憶に残る一戦だったみたいだ。
 まぁ、強い強いと言われていた勇者たちがたった一人の魔術師に負けたのだから仕方ない。本当に、ちゃんとその後強くなってくれて良かった。もっと言えば、魔王を倒したということになって良かった。勇者にも敵わない相手がいる、その上で魔王がずっと倒されない。そんなことになっていたら、大衆の混乱は免れなかったからな。
 そんなことを考えながら訓練場に入ると、どこから聞きつけてきたのか、既にちらほらと観客が入っているようだった。あまりにも早いからギルドが裏で情報を流しているのではないかとも思えてくるが、そんなことをしているのが明るみに出たらとんでもない不利益になるのは目に見えているので、していないと信じよう。もしかしたら後ろで聞いていた他の冒険者が話を拡散するのを積極的に止めないようにしたり、あくまで職員同士の噂話という体で周りに聞こえるように話していたりしたのかもしれないが、それを言い出したらきりがないのでやめておく。
 とは言え、見世物としてやっているつもりはないからあまり見てほしくもないのだが、せっかく集まっているのに観るな、出て行けと言うのも忍びない。部外者には見せられないようなことをするわけでもないし、観るくらいなら咎める必要はないだろう。ただ、乱入して来ようとしたり、自分とも戦えと言い出す輩がいたりした場合には、きっぱり断ってやる。それに、見世物ではないから派手な演出や劇的な展開は全く意識しない。地味で見栄えの悪いことが勝利への道だとしたら、俺は迷わずその道を歩む。模擬戦と言えど、戦いになったら相手以外は意識の外だ。

「じゃ、そろそろやるか。また五対一で良いよな?」

 俺が勇者たちにそう言った時だった。

「ちょっと、さっきから何の話をしているの! 私だけ置いてけぼりにしないでくれる?」

 この場で一人だけ、前回の手合わせを知らない、何が起こるのかを理解していないベネッサが割って入ってきた。そう言えばここまで移動している間にも何か言っていた気がする。

「あー、そっか、ベネッサだけ知らないのか。悪いな、説明不足で」
「謝罪はいいわ。で、何をするつもりなの」
「端的に言えば模擬戦だ。勇者パーティ対俺の」

 それを聞いたベネッサは模擬戦、と口の中で唱えて、

「じゃあ、私も勇者と戦えるってこと?」

 目を輝かせながらそう言った。しかし、残念ながら彼女は勘違いをしている。模擬戦はパーティ対パーティで行われるのではなく、勇者パーティ対俺個人で行われるのだ。

「いや、戦うのは俺だけだ。前もこうやって俺一人対勇者たちでやったことがあってな、今日はそれの再現みたいな感じだ」

 途端、ベネッサは不機嫌な顔になった。強者との戦いを何より楽しみにしている彼女にとって勇者と戦えるかもしれないチャンスをお預けにされるというのは中々に辛いことだろう。そこで、俺はある提案をする。

「お前らが嫌じゃなかったら、それと俺との一戦が終わった後に余力があったらで良いんだけどさ、モミジとユキ、それからベネッサとも戦ってみてくれないか。戦ってるところは見たことないだろうけど、結構強いんだぜ」

 それを聞いて勇者たちは顔を見合わせる、そして、特に言葉を交わすことなくコウスケがこちらを向いた。

「良いぜ、やろう。俺たちも強い奴と戦えるなら大賛成だ。ってことで、まずはスマル一人とだ。手加減はなしだぜ」
「そっちこそ、がっかりさせんなよ」

 そこで俺はモミジに目配せをする。開始の合図をしてもらうためだ。事前に打ち合わせはしていなかったが、それを見て勇者たちも、モミジも俺の意図を汲み取ってくれたみたいで、一気に場の空気が張り詰めた。みんなが集中していることが伝わってくる。

「位置について……はじめっ!」

 そんな俺たちが互いに構えを取った瞬間、見計らったかのようにモミジが合図を出す。勇者たちが散開するのと同時に、戦闘に参加しない三人も訓練場の端まで移動していた。
 そこまで確認して、俺は対峙する相手に意識を割く。以前のようにお互いが邪魔になったり、何もしていない者がいたり、そういった無駄な部分が大分削ぎ落されているように思う。差し当たって褒めるべきはレイジ。魔力銃という武器の性質上、ノータイムで遠距離に攻撃を仕掛けられるのは勇者パーティの中でレイジだけ。そんな彼がちゃんと散開の時に俺めがけて弾を撃っていたのだ。弾速が遅めな代わりに誘導性が高い弾。ダメージというよりは俺に回避させる。もっと言えば回避させている間に自分たちの陣形や魔術の詠唱など、準備を終わらせてしまおうという意図のように見えた。俺ならこれを全弾、障壁で受け切る前提で攻撃に転じることもできるのだが、まだ一手目だ。俺は特に深く考えず、横っ跳びで避け、次の攻撃を待った。
 次に目に入ったのはコウスケとブルーだ。二人とも近接戦闘を得意としているから、当然こちらに近づいてくる。散開した位置からそのまま、俺を挟みこむような布陣だ。しかし、気を付けなければならないのは遠距離組。無詠唱とまではいかなくても詠唱を短縮して強力な魔術を準備しているから、あまり近距離組にばかり意識を割いていられない。
 まずは遠距離組の妨害が先かな。そう思って駆けだそうとした時、目の前に炎の柱が出現した。フレイムピラー。座標を設定して遠くにいきなり出現させるタイプの火属性魔術だ。定型通り進路の妨害に使われたそれを俺は避けるようにして術者であるユウカのもとへ走る。それを追ってコウスケとブルーが向きを変えるが、小突くように魔術を放っておくだけで距離は詰まらなくなる。そう思っていたのだが、エルが二人にバフをかけ、さらにレイジが俺の放った魔術を撃ち抜いたため妨害は意味をなさなくなってしまった。さらに、速度を上げた二人が俺に追いつく。

「どうよ!」

 寸止めなんて考えていない。防がれることが分かっているかのような思い切りの良さで剣が振られる。その期待通り俺は障壁で剣を受け止めるが、二人に挟まれては迂闊に動き出すことができない。
 だが、弱みを見せたらそこを突かれる。俺は半分強がりでも良いから小刀状に成型したエネルギーを身の回りに飛ばし、反撃の体勢を取った。

「まだまだ、これからだぜ」

 今日の模擬戦は長引きそうだ。

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