「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百四十話 帰還

「君が魔法陣を見て驚かないどころか魔力をぶつけて消そうとしたところで確信を持ったよ」

 そう言うのはライヒメル。神のいる異空間と行き来するための魔法陣を模倣している時のことだった。どうやら、魔力操作によって魔法陣を描くのを見ても驚かなかったのを根拠に俺をヴォルムとかかわりのある人間だと判断していたらしい。結局、妨害はできなかったわけだし、魔法陣くらいみんな見たことがあるのではないかと思ったものだが、詠唱が主流の現代において魔法陣というのは相当マイナーなものみたいだ。
 言われてみると確かに、今まで魔法陣を見る機会は少なかったし見たとしても何かに刻印されているものだった。魔力制御によって急に地面や空中に描かれるのを当たり前のように感じているのはそれが当たり前の環境にいたからだと考えると、可能性はだいぶ絞られる。分かる人には分かってしまうのだろう。それにしたってその全てがヴォルムの関係者なのかは疑問の残るところだが、彼の判断は大正解だ。本当に少数派ということなのだな。

「それで、協力してくれるだろうって? まぁこうして協力してるから何も言えないけど」

 確信を持った、という言い方から察するに、その前の時点で俺にヴォルムとの繋がりがあると思われていたのだろう。正直、関係者だったらヴォルム側に付いてくれるだろうという打算でここに連れて来られたのだとしたら、良い迷惑である。俺は極力争いごとを避けて暮らしたいのに、神との戦争なんて理想とは間反対ではないか。巻き込まれる方の気にもなってほしいものである。

「初めから協力を要請するために呼んだわけではないよ。人選はボルザック様に従ったから私の意思が入り込む余地はなかったし、決まった後も協力を取り付けるより敵対しないよう説得するのが私の目的だった。結果的にはスマル君が話を回してくれたのだがね。色々と突っ込んでくれて助かったよ」

 神か、ヴォルムか。二択を迫られたとして、俺は知っているからというだけでヴォルムの方に付いたりはしない。きっと強い方、勝てる方と自分が死なないことを優先して考える。あの時色々と訊いたのはどちらに付くのが安全か判断するためだった。それが魔王の目的とかぶっていたのは完全にたまたまだ。
 それより、協力を要請するつもりがなかったと聞いて今さら思い至ったのだが、もしかして、どちらにもつかずに無干渉を貫くことはできたのだろうか。巻き込まれたと思っていたが、立ち回り次第では回避できたのだろうか。

「……ところで、気が変わったとか、やっぱ知らなかったことに、なんてのは……」
「何を今さら。その魔法陣を覚えてしまった以上、君はこちら側の人間だ。これから神の方が良いというのならこの場で処分する。この件から身を引けるのは戦闘不能――いや、再起不能になった時だけだと思ってくれ」

 そう甘い話はなかった。
 とはいえ、何もずっとこれにかかりきりになるというわけでもなさそうだ。定期的に集まったりもしないようだし、もしかすると俺たちは何もしないままの可能性もあるとのこと。というのも、この戦争を仕掛けようとしているのは神様サイドであり、何柱かいる神様がこれなら勝てると確信を持ってからでないと開戦はできないのだそうだ。しかもヴォルムがそのことを知っているようで、神が協力者として声を掛けそうな者には既に釘を刺しているらしい。それでどこまで神側の戦力を削げるのかは定かではないが、こちらから先に潰そうと殴り込まない限りは特にやることはないそうだ。
 一応、魔王は内通者として仕事がいくらかあるみたいだし、それに必要となれば協力の要請をするかもしれないと言っていたが、既に協力者が何人もいるとのことで、嫌なら断ってくれていいとも言ってくれた。いざとなったらなんだかんだお世話になった人だし力になりたい。そのためにも今抱えているやらなければならないことをさっさと消化してしまおう。
 差し当たっては転移魔法陣。少し複雑な部分があったが、これなら俺も構築できそうだ。複雑と言っても所詮は平たいただの魔法陣。立体魔法陣を描いた経験のある俺にできない道理などなかったのだ。

「じゃ、シナリオ通り、俺たちはここで魔王を討った。帰って来られたのは俺の魔法陣のおかげ。魔族の処遇に関しては色々と揉めるだろうが、そこは勇者たちに頑張ってもらって友好的な関係を築けるようにしよう。魔王は死んだことになるから表立って動けなくなるし、神様に色々説明しなきゃならないだろうけど、そっちも頑張るってことで」
「そう聞くとスマルだけ美味しいところ持って行ってないか?」
「軍は軍で色々気にして攻めてるってのに独断で魔王城に乗り込んだのがバレるんだぞ。本当は全部秘密のまま終わらせるつもりだったのに……。後で何言われるのやら……」

 コウスケは帰って来られなくなっていたかもしれない勇者を助けたとしてチャラにしてくれると楽観的なことを言っていたが、俺のしたことは下手をすると人類全体に不利益をもたらしてしまっていたかもしれない行為だ。俺もみんなと一緒に帰っていれば完全犯罪だったのに、どうして勇者たちの様子を見に来てしまったのだろうか。弟子の前で格好つけるつもりが特に格好つけたこともできなかったし、割と損をした形である。

「俺は人を待たせてるからな。城に戻ったら一旦そっちに飛ぶ。魔王を討った云々は勇者たちでやってくれ。というか軍にも近づきたくないからそのままセオルドまで戻るわ。俺に話を聞きたいって言うならセオルドまで来るように伝えてくれ」
「やっぱ一人だけ楽だよな……」

 俺は非難を無視し、魔法陣を展開した。来た時と同じように光に包まれ、気付いた時には魔王城の元の場所に戻ってきていた。

「成功、で良いのかな」

 ちゃんと全員が戻ってきていることを確認し、俺はそうつぶやいた。それから、パーティメンバーのいる座標を特定すべく、神の眼を発動、岸の方へと目を向けた。すると、向こう岸の丁度俺たちがこちらに渡る際に飛び立った場所に無事到着したみたいで、これからどうするかを話し合っているようだった。神の眼の能力では音は拾えず、読唇術が使えるわけでもない俺には何を言っているのかは分からない。ただ、その表情からあまり話がまとまっていないような気配を感じた。これは早く向かった方が良さそうだ。

「なんか揉めてるみたいだから、もう行くわ。しばらくはセオルドにいるつもりだから何かあったら連絡してくれ。それじゃ!」

 矢継ぎ早に挨拶までまくし立てて、今度は通常の転移魔法陣を起動する。魔力は拾ったクリスタルのおかげで潤沢だ。

「俺たちもしばらくしたら暇になるだろうから、用が無くても顔出すぜ」
「私も表向きは死んだことになっているのでね、情報共有のために行くことがあるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」

 各々の別れの挨拶を聞きながら、俺はみんなのところへ転移した。


来週の更新はお休みさせていただきます。

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