「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百三十九話 同郷

 神がいなくなったことで、空間が元の白一色のものに戻った。俺は強烈なプレッシャーから解放された安心感でただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだが、勇者たちはすぐに動き出した。

「あの神様の話を聞いて戦争に加担するかはともかく、俺たちがここに来た目的は果たさないといけないと思うんだが、どうする?」

 そう言ったのはレイジ。先程から本来の目的である魔王討伐を第一に考えようという姿勢が見えていただけあって、今も少し前のめりになっている。だが、他のメンバーにはあまり乗り気ではない者もいるようで、ユウカやエルは暗い顔をしていた。ボルザックが話していた内容が気になっているのだろうか。
 その様子を見たコウスケもこの状態では厳しいと判断したのだろう。レイジの方を見て、静かに首を振った。

「今ここで戦うのは良くない。やるとしてもこの空間を抜け出してからだ。それに、まずはヴォルムって奴についてどうするかを決めないと。不本意だけど、もしかしたら魔王だって共闘する戦力になるかもしれないからな」

 俺と出会った時からは考えられないほどの冷静な分析。正直、こんな奴だったかなと少し困惑している。彼がパーティリーダーをしていたのは暫定的なものというか、お飾りだと思っていたが、案外、こういう部分が評価されてなったのかもしれない。レイジが反抗せず素直に従っているのも、コウスケの判断に対する信頼があるということだろう。
 成長したんだな、なんて感心していると、ライヒメルがゆっくりと歩いて寄ってきた。

「素晴らしい判断力だ。もしここで私を殺していたら、君たちはこの空間から出られなくなっていただろう。まぁ、そこのスマル君ならどうにかできるのかもしれないが、それにしたって時間はかかるはずだ」

 そんな自信はないのだが、勇者たちが期待のこもった目でこちらを見てくるため、何でもないような顔を作る。実は他の神が呼べるのか、通常の座標を指定するタイプの転移で帰れるのかなど試したいことはいくつかあるのだが、それで帰れるという確信はないため、何も言わないでおくことにした。

「それは早まらなくて良かったよ。じゃあ、さっさとここから出してもらえるか? 人を待たせてるんだ」

 その代わりに、帰還の催促をする。割と連れてきておいて帰り方は知らないという展開は見慣れたものだが、流石に自分もこの空間に来ているのだから、帰る術くらいは用意しているだろう。魔力不足だと言うのなら、拾ったクリスタルを出しても良い。そもそもは魔王のものだしな。
 しかし、魔王も「急かすな」とボルザックと同じようなことを言ってそれを阻んだ。

「帰った瞬間勇者に襲い掛かられては伝えるべきことを伝えられないまま死んでしまうかもしれないからな、ここで話しておこう。ボルザック様はああ言っていたが、私はヴォルムと戦うつもりはない。むしろヴォルムと共に神を討つべく、仲間を募っているところだ。どうだね、こちら側に付かないか?」
「……は?」

 こいつは何を言っているのだ。本気で分からなかった。

「お前、さっきまで神様に従ってたのに、良いのか……? 裏切って」

 そう訊いたコウスケも困惑気味だ。

「そもそもが逆なのだよ。私はヴォルムの指示でずっと動いている。魔王になったのも、ここに君たちを集めたのも、ね」

 俺が呆けている間にも話は進んでいく。
 今度はレイジが怒りの様相を見せた。

「じゃあ、この戦争もその指示ってことかよ。だったら、俺たちの本当の敵はヴォルムってことになるぞ」
「それはお勧めしないな。ボルザック様にこうして会った後だから分かる。ヴォルムのが上だ。君たちが束になったところで敵わない。それに、戦争の指示はボルザック様のものだ。怪しまれないように従っていただけ。本当は私も戦争なんて望んではいない」

 ここまで来て、俺はやっと会話に混ざるだけの意思を取り戻した。

「待て、そもそもだ、お前はどうしてヴォルムに従ってんだ。どういう経緯で今こうなってる」

 俺の知っている限りでは、ヴォルムはあまりあの森から出ない。基本的には孤児院で子供たちの世話をしているからだ。たまに外に買い物に行ったり、用事があるからと出かけたりはしていたが、その頻度は十日に一回あれば多いと言えるほどのものだった。たまたまそこで出会う人がいてもおかしくはないとはいえ、魔大陸にいるはずの魔王と知り合うのは不可能だ。魔王が人間の住む町に来訪しているなら誰かが気付いて問題になるはずだし、ヴォルムが魔大陸に出向こうにも彼が長期家を空けることはなかったからだ。

「それは君もよく知っているだろう。森の中の小屋とでも言えば良いのかな。今は最早小屋ではないと聞いたが、とにかく、私もそこで暮らしていたのだよ。もう何十年も前の話だがね。お世話になった人が困っているのだから手を貸すのは当然だろう?」

 つまり、魔王もあの孤児院で育ったと、そう言っているのか。にわかには信じがたい情報だ。しかし、可能性としては十分にある。それに、部外者があの秘匿された空間を知っているとは考えづらい。

「分かった。それを言われたら信じるしかない」

 魔王がヴォルムの協力者であるということは事実と見て問題なさそうだ。問題なのは、勇者たちの位置取り。戦争を終わらせることが第一目標の彼らにとって、本当の敵とは誰なのか、それが今分からなくなってしまっている。

「分かってくれたみたいで良かったよ。ところで、勇者君がさっきから気にしている戦争についてだけど、私に良い案がある。私は魔族の長だが、私一人が反対したところでもう止まってはくれないほどに、今の魔族は人間を滅ぼそうという気になっている。だが、実力主義の魔族の長である私が勇者に倒されたとなれば、彼らも負けを認めざるを得なくなり、止まってくれるはずだ」
「和平ではなく、討ち取ったと嘘を吐くわけだな」
「そうだ。和平では止まってくれないからね。平和のために一芝居打とうじゃないか」

 魔王の言う通りにするのは癪だが、現状これ以上の案は思いつかない。俺たちは彼の描いた脚本を聞き、それに従って動くことにした。差し当たって俺はここに転移してくるときに見た大きな魔法陣を覚えるところから役作りを始めた。

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