「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百二十九話 不安な昼食

 森の中に少し開けたスペースを見付け、そこに結界を張る。魔物や賊から身を守るためだ。そこまで魔力を込めていないため強度はないが、最初の一撃が防げればそれで良い。それ以上の攻撃はそのあと対処しても間に合うだろう。

「じゃ、じゃあリースは昼食の準備を頼む」

 それから精神的にストレスの多かった空の旅のせいか少し様子のおかしいリースに指令を出し、収納空間アイテムボックスから机や椅子を取り出す。サボり魔になっていないか確かめるためにそれをオルに並べさせ、カーシュの拘束を解きに向かった。
 ワイバーンの背中に乗せておいてここまで運んだカーシュを下ろし、ベネッサと共に拘束を解く。と言っても、俺はどう縛ったのかが分からないのでほぼ見学だ。ロープで縛ってあるから切ってしまえば良いかと一瞬思ったが、解ける人がいるなら切るのは勿体ないので却下。早いもので十秒もしない内にカーシュの身は自由になった。

「やっと、動ける、ニャ……」

 長時間身動きが取れない状態だったことがよほど堪えたのか、縛った張本人であるベネッサが近くにいるのにもかかわらず、カーシュはギギギと音がしそうなほどぎこちない歩き方で椅子の方へ向かった。目が虚ろで、どこを見ているのか、何を考えているのかが分からない。
 静かになったのは恐怖を克服したからだと思っていたからしばらく放っておいたし、快適だと喜んでいたが、そうでなかったのなら放置したのは悪手だった。まだ完全に狂ってしまったようには見えないが、相当危うい状態だ。細心の注意を払って接し、どうにか元の状態に戻れるように働きかけないと、いつ崩れるか分かったものではない。

「なんだか不気味ね」
「ちゃんと見ておくべきだったなぁ……」

 とは言え、ちゃんと見ていたところで見抜けた自信はない。きっとリースの様子がおかしいことに気付くまではカーシュのことも問題なしと判断していただろう。見ればオルもサボり魔になどなってはおらず、ちゃんと仕事をこなしている。見た目や立ち振る舞いからおおよその戦闘力を推し測れるくらいには観察眼に自信があったのだが、と言うか実際戦闘力に関しては高い精度を誇っているのだが、どうやら精神状態を見るのは下手くそだったらしい。管理職にはなれないタイプだ。
 つまりパーティのリーダーを務めるのに向いていない。戦闘時には他のメンバーに比べて敵から距離もあるし戦闘力的にも余裕があるので指示出しなど指揮を担当しているが、それ以外の場面において、俺はパーティメンバーがどういう状態であるかを把握する能力が乏しく、管理ができない。特に今みたいに即興で作ったパーティだとそれが顕著に表れる。一層モミジとユキが恋しくなった。

「……ベネッサ、リーダー代わらない?」
「奴隷の雇い主が何を言ってるのよ」

 少しメンタルにダメージを負い、弱気になる。個人的にはベネッサのようによく周りが見えている人材がリーダーを務めるべきだと思うのだが、このパーティは俺の奴隷かテイムした魔獣しかいない。彼女の言う通り、雇い主、あるいは飼い主である俺が頭になるのが筋というものだろう。
 あまり常識やらセオリーやらに従いすぎるのも良くないとは思うが、この件については最終的に強制力のある命令を出せるのが俺という観点から見ても俺がリーダーをやるのが効率的だ。失敗して弱気になった途端に辞めたくなったが、ここで折れてしまったらモミジもユキも助けられない。まずは自分の心から、奮い立たせてパーティメンバーの様子を見ることにした。

「大丈夫か?」
「ニャ……」

 カーシュが椅子に辿り着き、腰かける。長時間同じ姿勢を強いられていたせいで身体が凝り固まってしまっているのか、未だに動きがぎこちない。その様子を見たオルが心配して声を掛けるが、返事は上の空と言った感じだ。
 ご飯を食べたら元気になって元通り、なんてことになれば良いのだが、カーシュはそういうタイプの人物だっただろうか。そもそも、昼食を用意しているリースも様子がおかしかったから、美味しいものの力に頼る前にそっちを確認した方が良いかもしれない。

「リースはどんな感じだ? そろそろできそうか?」

 パッと見た限りではまだ何か作業中の様子。それでも何かおかしなことをしていないかの確認も兼ねて、進捗を訊く。

「はい。空の上でもできる料理のことを考えて、以前スマル様に教えていただいたサンドイッチを作ってみました。実物を見たことがないのでこれで合っているのかは分かりませんが、どうでしょうか」

 そう言われて見てみると、確かにそこにはサンドイッチらしきものが人数分用意されていた。ちなみに、こちらの世界でパンと言うとバゲットのような硬いパンが主流だ。そのため、柔らかい食パンなどで作られるサンドイッチは普及していない。一部のパン屋が柔らかいパンを開発して作っているらしいが、高級品扱いだそうで、今はまだ金持ちが独占している。当然、ここにあるパンも硬いタイプのパンだから、正直サンドイッチには向いていない。ただ俺が日本にいた頃の記憶で教えてしまったから、これが正解だと思って作ってくれたのだろう。

「まぁ、間違ってはいないかな。できたなら食べようか」

 本当に、間違ってはいない。個人的に向いていないと思っているだけで、実際に硬いタイプのパンで作られることもある。それをサンドイッチと呼ぶのかは知らないが、やっていることは同じだ。挟まっているものも燻製肉や葉野菜などで、どう食べたってそれは美味しいままだろう。
 リースと共にサンドイッチを机に運び、みんなを呼ぶ。

「あら、美味しそうね」
「まだ試作品ですので、感想や意見があればお聞かせください」

 全員が席に着き、食事が始まる。一番に口に入れたのは美味しそうと言っていたベネッサだった。

「どう、ですか……?」
「そうね……悪くはないのだけれど、もう少し刺激的な味付けでも良いと思うわ」

 その反応を見て、とりあえずとんでもないものではないことを確認し、俺も口に運ぶ。味云々の前にやはりパンの固さに気が行ってしまうが、それを言ってもどうにもならないので他の部分に目を向ける。

「パン自体に塩気があるから、中身はそれに負けない程度に味の強いものが良いかもな、酸味を加えるか……スパイスを使うとか?」
「そうだな、レタスが中から出てきてしまったから、小さく切ってあると食べやすい」
「ニャ、美味しいニャ……。でもなんか硬いのニャ……」

 初めて食べた硬いサンドイッチは、案外美味しかった。だが、リース的にはまだまだ要改善とのことなので、今後の進展に期待だ。カーシュも食事が終わる頃にはだいぶ調子が戻って来たみたいで、口数も増えている。不安は多いが、もう一度空を飛んでみよう。
 俺たちは協力して片付けをし、が移動に戻ってから再び飛び立った。

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