「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百二十五話 説得

 運の良いことにワイバーンを見付け、それをテイムした俺はパーティメンバーに空の旅を提案した。と言っても、まだワイバーンがどれくらいの速度でどれくらいの距離飛べるのかという飛行能力がいまいち把握できていないので、あくまで企画段階の提案だ。実は人を掴んで長距離飛べるほどの体力はありませんと言われてしまったら、別の方法でどうにかするしかない。

「私は良いと思うわ。それを提案するってことは一番効率的なんでしょう?」
「まぁまだ分からんけどな」
「ほぼ確信してるじゃない。さっきわざと掴まったのも確かめてたんでしょ?」

 ベネッサが提案という体でありながらその実俺の中ではもう八割確定していることに気付き、諦め半分、呆れ半分といった様子で愚痴をこぼす。そういう言われ方をすると何も弁明できないので苦しいが、パーティリーダーなんだし、一応これが最善手だと思って提案しているので、これくらいは許してほしかった。

「見たところ全員を連れて飛ぶには数が足りないようだが、それはどうするつもりだ?」

 そこでオルから的確な指摘が入る。俺たちのパーティメンバーは俺、リース、オル、カーシュ、ベネッサの五人とフォールの一匹を合わせて数だけを見れば六だ。それに対し、飛んでいたワイバーンの数は五。当然、テイムできた数も五だ。これでは一人、もしくは一匹分足りない。
 オルはこの状況からして誰かがセオルドの街に帰還し待機するように命じられるのを危惧しているのだろう。だが、その心配は要らない。

「俺が自力で飛ぶから大丈夫だ。もし道中で追加のワイバーンをテイムできたらそれに掴まって行くつもりだが、まぁ、そんなに都合の良いことはないだろうな」

 正直もう一体ワイバーンがいてほしいし、自力で飛ばなくて済むならそれに越したことはないと思う。ハッキリ言って疲れるからだ。だが、俺はそれでもあくまでそんなのは小さな問題であるという風を装った。みんなに気にするようなことではないと思ってもらうのだ。俺なら大した労力もなく空を飛べると信じ込ませれば、置いて行かれると不安になることもないだろう。

「えーと、それはもう決まったことなのかニャ? ボクは行きたくないのニャけど……」

 と思ったら置いて行けと言う奴が出てきた。どうやら空を飛ぶのが怖いらしい。
 高いところから落ちたら死ぬ。それが分かっている上で飛行機や気球などで空を飛ぶ機会がない。そんな世界で空を飛びますと言ったら、それは自殺と間違えられてもおかしくない。現代日本でも飛び降り自殺っぽいニュアンスを含んだりしていたくらいなのだから、生身で空を飛ぶというのはやはり恐ろしいことなのだろう。オルは何と言うかいつも通り表情から感情が読み取れないし、ベネッサに至っては楽しみなのかワクワクしているようにも見える。だが、魔王城へ行くと言った時に怯えていたカーシュとリースは、比較的普通寄りの感性をしているから、今もきっと空を飛ぶのは怖いと思っているはずだ。カーシュは何でも来い的なことを言っていたような気がするので今更怖がっても聞いてやるつもりはないが、リースには一度聞いてみた方が良いかもしれない。

「リース、空を飛ぶのは怖いか?」

 カーシュが無視されて信じられないと言った顔でこちらを見てくる。だが、俺はそれすらも気に留めずにリースの返事を待った。

「……分かりません。空を飛んだことがないので、飛んでみないことには何とも……。でも、木登りをした時は怖くありませんでした。高いところは得意です」

 だから、置いて行かないで。そんな言葉が聞こえてくるような、意思のこもった瞳が俺に向けられていた。木登りでは怖いと感じなかったのは本当のことだろう。だが、リースは空を飛ぶというのが、それと比にならないことくらい分かっているはずだ。それでも、虚勢を張ってでも、大丈夫だと言った。なら、きっと大丈夫なのだろう。今でも置いて行かれないか不安に思っていて、置いて行かれたくないと強く願っている。その気持ちがあれば空を飛ぶくらいの恐怖には打ち勝てるはずだ。
 不安にさせてしまうことについては申し訳なく思うが、正直俺のコントロールできる部分は小さい。各々が覚悟を決めてくれるのを待つことくらいしか、俺にはできることがない。あるいは、俺がフォレストウルフを克服したように、心を守る鎧を着せてやっても良い。だが、それは最終手段だ。あれは根本的な解決にはならないし、何と言うか、やはり俺の倫理観的に人の心をいじるというのは抵抗があるのだ。だから、カーシュにも自力で乗り越えてもらいたい。別に乗り越えなくても良い。怖くて気絶してしまうならそれでも良い。ついて来ると自分の意志で言えるようになればそれで十分なのだ。

「リースはこう言ってるけど、カーシュは? 怖くて嫌だって?」
「…………」

 無視されていたショックから返って来たカーシュが、俺の問いに固まる。図星を突かれたが、認めるのは格好悪くて嫌だと言ったところだろうか。怖がりであることを認めてしまえば吹っ切れて楽になれることもあるだろうに、きっとカーシュは死んでもそうはならないだろう。だからもう一押しだ。

「何でも来いって、言ってなかったか?」
「それは……」

 違う。そんなことは分かっている。既存の移動手段は何であろうが問題ないという意図で言ったのだろう。だが、今肝心なのはそこではない。

「……」

 俺の煽りに気付いたカーシュが、再び口を噤んで考え始める。だが、すぐに思考が追いつかなくなったのか、顔を赤くして唸り始めた。そして、決壊する。

「あー!! 分かったニャ! 大丈夫ニャ怖くないニャボクも連れてくニャ!」

 一体どんな打開策を考えていたのか。新たな移動方法の提案か、それともワイバーンの危険性を説こうとしたのか、そこまでは分からない。だが、何を言っても無駄で、ワイバーンによる空の旅は決定事項であるということには思い至ったらしい。人間、下手に打開できそうだと足掻いてしまうが、簡単に諦めがつけば案外受け入れられるものだ。俺が煽り、説得する姿勢を見せた時点で負け試合。なら無駄な足掻きをするべきではない。

「これが文化の違いってやつか。難しいなぁ……」

 みんなに聞こえるように、俺は適当なことを言って自分の意見を無理に通したことを誤魔化した。

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