「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第四章 第百二十三話 アイデア

 改めて確認するが、俺たちの旅の目標はモミジとユキの救出だ。そのためには二人が囚われているであろう魔王城へ忍び込む必要がある。しかし、魔王城が建っているのは海を挟んだ向こう側。今いる大陸とは別の大陸だ。そう簡単にたどり着けるような場所ではない。

「スマル様、どうですか……?」

 色々と難しい旅になりそうだなと再確認したところで、リースが俺の顔を不安そうな表情で覗き込んできた。どう、とはきっと今食べている昼食のことだろう。主食は収納空間アイテムボックスに保存しておいたパンで、それに合わせて簡単なポトフのようなスープが用意されている。あまり時間がかからないように考慮して作ったのだろうというのが見て取れる小さめカットの野菜が割と多めに入っており、コンソメキューブ的な素晴らしい発明品を使わなくてもそれぞれの野菜から染み出た味が混ざり合ってそれなりの濃度だ。

「美味しいよ。こうやって外でも温かくて美味しいものが食べられるのは結構貴重なことだ。本当にありがたいよ」

 これまでも機会がある度にリースに食事を用意させていたが、やはり彼女の作るごはんは美味しい。母の料理をいつも手伝っていたらしいので、きっとその母親さんが料理上手だったのだろう。

「……ありがとうございます」

 素直に感想を述べると、リースは一瞬驚いたような顔をした後、恥ずかしそうにうつむいてしまった。その様子に何か良くないことを言ってしまったかなと不安になったが、最終的にはただ照れているだけだと判断してそれ以上は何も言わなかった。ベネッサがこちらを見て目を細めたのが怖かったが、問題があれば直接言うはずなので、とりあえず問題はなかったのだろう。

「この後船やら馬車やらに乗るかもしれないんだが、乗ったことないとか、酔うとかは大丈夫か? 一応それ対策みたいなことはできるんだが」
「問題ないニャ! 船でも馬車でもなんでも来いニャ!」
「私も大丈夫よ」

 だから今後の移動方法について話しておこうと思って、確認を取る。カーシュとベネッサはそういう移動手段を以前よく使っていたみたいで、一度も酔ったことはないと胸を張っていた。反対にリースとオルはその自信満々な様子のカーシュを見て申し訳なさそうに手を挙げた。

「馬車は大丈夫だったんだが、船に乗ったことはない。もしかしたら乗ってみたら気分が悪くなってしまうかもしれないから先に言っておく」
「私も同じです。船には乗ったことがありません……」

 特に乗ったことない人を咎めようとかそんなことは考えていないのだが、二人の様子は悪いことをしてしまって怒られるのを待っている人のようだ。真面目な二人だから、まだ奴隷として買われた立場のことを考えているのだろう。カーシュのような態度を取られると困るというか、そういうキャラクターの人が増えると俺の心労が増えそうなのでやめて欲しいが、ベネッサくらいフランクに接してくれても良いのにと思う。思うのだが、わざわざ指摘してもすぐには改善されないだろうし、むしろそれで咎められていると思われても嫌だから口には出さないでおく。

「別に乗ったことがないと行軍不可になるわけじゃないから大丈夫だ。一応訊いておくが、空を飛んだことはないよな?」

 この世界に飛行機やそれに準ずるもの、ヘリコプターのようなものがあるとは聞いていない。自らを飛ばす飛行魔術はヴォルムも使っていたし教えてもらったのだが、メジャーなものではなさそうだったし、複数人をまとめて飛ばしたり、鉄の塊を飛ばしたりできるほどのエネルギーはなかったように思う。それでも俺が知っている長距離移動手段の中で空の旅が一番早いことには変わりない。一応転移という手段もあるが、あれは燃費が悪すぎるので最終手段だ。

「生憎、ボクは猫の獣人なのニャ。鳥のように空を飛ぶことはできないのニャ」

 なぜこうもイラつく動きができるのだろうかと疑問に思うくらいに大袈裟に、芝居がかった動きで悲壮感を演出するカーシュ。それを無視して他のパーティメンバーにも目線で確認を取ったが、誰も飛んだことはない、どころか飛行が移動手段になるのは鳥や虫、ドラゴンくらいなもので、空という領域は自分たちとは関係のないものとまで考えていそうだった。

「オーケー、分かった。どうやって渡ろうかな……」

 ハッキリ言って、この旅には無理がある。というのも、今のところ一番現実的な移動手段が転移なのだ。海上を馬車で進めるわけがないので馬車は却下。では船か、と行きたいところだが、現在戦争中と言っても過言ではない相手の拠点に向けて観光用の船が出ているはずがなく、軍事用の船も攻め込まれて防御に徹している今、厳重に管理されたごく少数の人員しか向こうには渡れないだろう。今からわざわざ前線に赴いて戦果を挙げ、海を渡りたいと言うのは時間がかかりすぎる。それに海上で魔物に襲われたらきっと無事では済まない。周りに海しかない状態で戦った経験などないし、どうにか死なずに渡れても、その時には向こう岸で撃退の準備が整ってしまっているような気がする。
 転移ならその辺りの懸念は取り払えるが、何よりも燃費が悪い。向こうに着いた瞬間、俺はしばらく魔術が使えなくなってしまう。無理をして戦うことはできるが、セオルドの街を襲った魔族程度の戦闘能力を持った者がうじゃうじゃいると仮定すると、そこで戦い抜くことは不可能に近いだろう。
 飛行という選択肢があればワイバーンのように空を飛べる魔物がいるにしても船で渡るより安全で、消耗も少なく海を渡れる。俺一人だったら飛行魔術で何とかなるかもしれないが、それではこうしてパーティメンバーを集めた意味がなくなってしまう。飛行魔術を覚えてもらえれば一番なのかもしれないが、あれを習得して、自在に飛べるようになるにはもう一か月は必要だ。特にリースは一か月あっても厳しいだろう。
 やはり無理があるなら、無理をしなくてはならないのか。そう思ったその時、結界の外側、遠くの方から魔物が飛来していることを感知した。具体的になんという魔物が飛んできているのかは分からない。だが、その数が五対であることを確認した時、俺の頭の中の電球が光った。

「これだ!」

 思わず叫んでしまった俺を、思考の過程も魔物の飛来も知らないパーティメンバーが呆けた顔で見ていた。

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