「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

閑話五 余罪

 冒険者ギルドの建物には、毎日セオルドの街で冒険者をしている多くの冒険者が訪れる。だからそこで活動している以上、何か問題がない限りは多くの冒険者と知り合うことになる。俺たちも例に漏れず、ここでの活動日数が増えるとともに知り合いの数も増やしていた。その中には合同で依頼を受けたり、一緒にご飯を食べたり、情報の交換をしたりと仲良くなったと言っても良い者も何人かいた。モミジやユキとお近付きになりたくて話しかけてくる者もいて俺はそんな奴らのことをあまり好ましく思っていなかったのだが、二人は俺のものというわけではない。冒険者活動に支障が出るようならパーティリーダーとして止めたかもしれないが、そうでないのなら恋愛は自由にやってもらうつもりだったし、二人はなんだかんだ言って身持ちが固いので大丈夫だろうと放置していた。実際、何人も言い寄っては断られていたそう。しかも戦闘能力もそこらの冒険者とは段違いということで、強引な手段で迫る者もいなかったそうだ。
 そんなこんなで平和に冒険者活動を続けていたある日のこと、仲良くなった冒険者から飲みに行こうと誘われた。その日は特に何かのお祝いがあるとか、そういうことではなかったが、仲の良い冒険者が皆暇しているということで楽しく酒でも飲もうという話になったのだ。どうやら小さめの酒場を三つのパーティとプラス何人かで貸し切る予定らしく、半ば承諾済みのような空気での誘いだったが、特に用事があるわけでもなかったので三人と一匹で参加することにした。

「乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」

 見渡す限り見知った顔。そんな中で俺は各々が酒の入った容器を掲げるのに習って主催者の声に答えた。近くの人と木製の樽に取っ手を付けたような容器をぶつけ合って挨拶をする。テーブルには塩茹でした豆や魚料理、燻製肉やサラミなどのおつまみが並んでいた。

「カーッ! これだよこれぇ!」

 遠くの席からいかにもおっさん臭い声が聞こえてくる。うちとは別のパーティでリーダーを務めている男が、もう、一杯飲みほしたらしい。たしか二十を少し超えたくらいの年齢だったように記憶しているのだが、髭面とその体躯の大きさ、酒飲みなせいでかすれ気味の声が年齢以上の風格を醸し出していた。

「ったく、相変わらずおっさんみてぇだな」
「良いじゃんか、俺も負けてらんねーぜ!」

 その隣には同じパーティのシーフの女と剣士の男がいる。二人とも実年齢で比べてもまだリーダーより若く、雰囲気的には駆け出しの少年少女と言われても疑わないくらいの風貌だ。だが、実際は俺たちよりも冒険者歴が長く、合同で依頼を受ける時には色々と教えてもらっている。二人からは戦闘以外はからっきしなんだなと呆れられたものだ。髭面のリーダーに続いて、剣士の男が二杯目を飲み始めている。

「元気で良いわぁ。そう思わない?」

 すると、同じテーブルを囲んでいたこれまた別のパーティの魔術師の女が話しかけてきた。彼女は現在二十五歳。段々無茶ができなくなってきた年頃なのだろうか、若い者がどんどん酒を飲むのを羨ましそうに、いや、それとは別の何かが込められた眼で見つめていた。これは聞いた話、あくまで噂でしかないが、この魔術師は今までに若い男を何人も食って来たらしい。心なしか質問という体で話しかけてくるその眼に鋭い何かを感じて俺は腹の奥が冷えるような感覚に襲われた。

「身体壊さないなら良いんじゃない?」

 噂の真偽はともかくどことなく妖艶な雰囲気を纏っていたり大きな胸を持っていたりと魅力的な女性ではあるのだが、いかんせんその得物を狙うような眼が怖くて嫌だったので、俺は素っ気なく返して保身に走った。サラミを齧り、誤魔化すようにグイッと容器を傾ける。その時にチラッと彼女の顔を覗き見てみると、既に他の人に狙いを移したのか鋭い眼光を他のテーブルへ飛ばしていた。
 その眼光の先にいたのはこれまた別のパーティの魔術師の青年だった。彼の所のパーティは全員参加というわけではなく都合の付いた二人だけがここに来ている。たしか髭面と同じく二十歳くらいだったと思うが、こちらは逆に童顔と言うのか、年齢よりも若く見える男だった。冒険者とは言え魔術師なため、ローブに隠しているが剣士などに比べると筋肉のついていない細身な男だ。隣の女性と話しているようだが、まだ酒にそれほど口を付けていないのに耳まで真っ赤にしているのを見るに恰好の餌食だろう。

「ご愁傷様……」

 俺は誰にも聞こえないような小さな声でそう言った。

「へーい! 飲んでるかい?」

 すると、主催の男が容器を掲げながら寄って来た。フルメンバー参加パーティ三つの一角のリーダーをしている男だ。

「飲んでるよ。つまみも美味いしな。このサラミ食ったか?」
「おう食ったぜ。美味いよなぁ、これ。モミジちゃん、ユキちゃんも楽しんでるかい?」

 俺に話しかけたのは俺のそばにいる二人と話すきっかけだったらしく、主催の男はすぐにモミジとユキに話を振った。そんな下心を感じ取ってはいるのだろうが、この男が踏み込んでこないことが分かっているからか、二人はそれなりにちゃんと会話をしてあげるようだった。

「楽しんでるわよー。この通り」
「ん、ご飯食べれるから、良い」

 モミジはカラカラと空になった容器を振り、ユキは目の前の料理を口に運ぶ。その後も何やら話しかけられているようだったが、特に話題を広げようとはせず、訊かれたことに答えるだけ。最終的には相手が折れてどこかへ行った。
 その間、俺は特に誰と話すでもなく、口が寂しくなったらつまみを放り込み、それを酒で流すを繰り返していた。なんとなく周りを見ながら同じくらいのペースで飲む。ただ、それが俺にとってはだいぶ早いペースだったらしく、まだ始まって三十分も経っていないのではないかと思われたが、だいぶ酔いが回って来ていた。フワフワとした良い気分である。

「良いなぁスマルは。こんな可愛い娘二人も侍らせちゃって」
「良いだろ? こんな美少女が二人もいるんだぜ。気分はラノベの主人公ってな!」
「ラノベ? なんだそれ。……って、やべ、なんかスイッチ入ったぞ」

 それからの記憶はない。気付いたら宿でモミジとユキに介抱されていた。酔いすぎて記憶のないうちに何かやらかしてしまってはいないだろうか。不安になって二人に訊いてみたが、顔を赤らめるだけで何があったかは恥ずかしいからと教えてくれない。その反応をされるとむしろ教えてほしくなるというか、何かやらかしてしまっているような気がするので必要なところに必要な謝罪をするためにも教えてもらいたいのだが、それを説明しても結局教えてくれなかった。割と俺の指示には従ってくれる二人がここまで頑なに拒むのは初めてだったため、そこまで言うならと俺も引き下がる。

 結局、あの場にいた誰に聞いても教えてくれず、代わりに「お幸せに」と言われるだけだった。皆ニヤつきながら言うものだから段々と方向性は掴めてきたが、それでも具体的に何をしたのかまでは分からず仕舞いだった。

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