「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百二十話 出発前日

 俺たちが戦闘訓練をするようになってから十日が経った。
 その間にリースは生活に応用できる魔術を使えるようになり、その制度や効率を上げる過程で小さな魔力も明瞭に感じ取れることが判明した。魔力を認識する能力に関しては磨けば相当のものになるだろう。
 それとは反対に、オルは未だに魔力を認識することは苦手のようだ。だが、それでも以前よりは魔力操作の精度が良くなっており、特に術の発動までの時間が短くなった。流石にこの短期間で使える全ての魔術を無詠唱で行使できるようにはならなかったが、簡単で使用頻度の高いものは完全に無詠唱で取りまわしている。魔物相手に石弾を飛ばして攻撃を妨害する立ち回りなども板についてきた。
 カーシュは自身を強化する、所謂バフを使うようになった。今まで剣に属性を付与するくらいしかしてこなかったようだが、その経験が活きたみたいだ。身体強化は魔力操作が上手いほど効果が上がると助言したせいか、最近では地味な練習も嫌がらずにやっている。基本的に斥候をやってもらうことに変更はないが、遠距離からでも素早く動く的に安定して魔術を当てられるから、敵によっては中距離での戦いをしてもらうことになるだろう。
 ベネッサは相変わらず総合的に一番強い。それは変わらなかった。だが、オルやカーシュに比べると伸び幅が少なく、実力の差が縮まったと不機嫌になっていた。彼女も惜しまず努力していたのは認めるが、スカスカのスポンジ状態だった三人と比べてしまうと、吸収率に差があるのは仕方ないことのように思えた。
 そして、フォレストウルフであるフォールも戦闘に加わることになった。会話することができたわけではないので詳しくは把握できなかったが、どうやら風属性の魔術が得意らしく、他にも火属性以外は使えているようだった。人間と違って詠唱ができないフォールは常に無詠唱で魔術を行使する。当然のように魔力操作も上手かった。基本的にはリースを守るように動いてもらおうとは思っているが、指示をよく聞いてくれるので、カーシュと同じように敵によって立ち回りを変えてもらうつもりだ。

「それじゃあ、挨拶回りでもしようかね」

 最低限、出発の前に教えておいた方が良いことは教えた。連携の確認や練習も十分できた。だから、俺たちは明日、遂にこの街を出る。魔王軍の本拠地へ向かうのだ。
 その前に、今日はここでお世話になった人たちに挨拶をしに行く。なんだかんだこの街には長い間いたし、思い入れのある場所もある。特に、冒険者ギルドの人たちとは少なくない交流があった。それなのに一報も入れずに去ることはできない。

「フォールぢゃぁんッ! 行っちゃやだよぉ……!!」

 そう思ったのも束の間、俺は早くもギルドに来たことを後悔していた。フォールに傾倒していた職員が人目も気にせず大泣きし始めたのだ。今までやれやれとでも言いたげな様子で付き合っていたフォールも、これにはさすがに困っているようだ。

「あいつ、前も女泣かせてなかったか?」
「女の敵ね」
「可愛いペットを使ってまでそんなことするなんて……」

 それに加えて、この光景を見たギルドの建物内にいた冒険者が的外れなことを言い出した。俺と交流のある冒険者が冗談で言っているのは分かるのだが、面識のない奴にそれを言うもんだから、本当に俺が悪者みたいな目で見られている。本当にやめてほしい。ベネッサの時もそうだったが、事実と異なる噂でも評判が落ちることはあるのだ。今は苦笑い程度で済ませているが、これで依頼の受注やら何やらに支障が出たら笑えない。

「すまないね、うちの馬鹿が……。気を付けるんだよ」

 ギルドマスターのゾルが申し訳なさそうな顔で泣き喚く職員を引きずって行く。俺が悪いわけではないとは言え、この状況を作った原因の一旦は俺にもある。いや、それに対して謝罪をするとかそういう感情は一切ないが、ゾルの申し訳なさそうな顔を見ると俺も迷惑になってしまったかなと心配することは避けられなかった。
 それから俺はありもしないことを吹聴していた冒険者を睨みつけて黙らせ、ギルドの建物を後にした。なんだかんだ言って、フォールも寂しそうに見えた。

 次に向かったのは奴隷商。いつもと変わらず同じ受付の男に話しかけ、用件を聞かれる。だが、今日は売りに来たわけでも買いに来たわけでもない。金が動かないとなると彼らは冷たいものなのだろうかと不安だったので、話を聞いてくれると言ってくれた時は少し安心した。ちなみに、ここで買った奴隷たちは中には連れてきていない。近くの広場で待っているように指示を出している。リースにお金を使っても良いと言って預けてきたから、今頃屋台か何かでおやつでも買っているのだろう。

「他の店舗、ですか」
「ああ、これだけ大きい奴隷商だ。他の街や国にも店があるんじゃないのか? ここにはお世話になったからな。どうせなら経営元が同じところで取引したい」

 受付に案内されて通された部屋にいた恐らく偉い人であろう男は、俺の言葉に驚いているようだった。このような申し出は今までになかったのだろう。この世界にはチェーン店的なものはないし、経営元が同じ店があっても結局は店舗ごとに評価されるのが普通だからだ。別に俺もその考えに反対しているわけではない。ただ、奴隷商と取引をする度にゼロから信頼を獲得するのが面倒なだけだ。ここは奴隷の管理も十分で人道的な扱いをしているようだし、関係性をリセットせずに他の店舗でも取引ができるのならそれに越したことはない。向こうにもデメリットはないはずだし、断る理由はないだろう。
 その後、教えるかどうか決めあぐねている男に寄付金と称して賄賂を渡すと、男は思考を放棄してすぐに教えてくれた。こちらの思惑が分からない以上迂闊に教えられないが、断る理由もない、とかそんなことを考えていたのだろう。そこに金が出るならすんなり教えてくれるというわけだ。建物から出た後で、ああいう闇取引じみたやり取りをする自分に酔っていてとめられなかったが、ここまでする必要はなかったと少し後悔した。

 それから広場でクレープのようなものを頬張っていたパーティメンバーと合流し、服屋や何度か行ったことのあるご飯屋、雑貨屋など面識のある人がいる場所に片っ端から顔を出して回った。どうせなら何か買ってやるかと要りもしないものを買い、街中を歩く。そして、粗方回り終えた俺たちは、宿に帰るべく歩みを進めていた。

「おーい、そこの兄ちゃん。そう、お前だよ」

 すると、聞き覚えのある声とフレーズが道端から聞こえてきた。いつか俺が助けた串焼き屋台の男だ。

「風の噂で聞いたぜ。魔王のところへ殴り込みに行くんだってな」
「……誰から聞いたんだ、そんな話。まぁ、あながち間違ってはいないけど」

 誰かに教えたというわけではなかったが、隠してもいなかった。いつの間にか俺たちが向かう先が漏れて、噂になっていたらしい。俺の実力を認めてくれている人は多いが、流石に魔王が相手となると話が違う。だから噂であって、確実な情報としては出回らなかったのだろう。屋台の男も、驚いた顔をしている。

「へぇ、本当だったのか。でも、あんま無茶はすんなよ? 兄ちゃんにはまた食いに来てもらわんといけねぇからな」
「いつそんなことになったんだ。約束した覚えはないぞ」

 もしかしたら酔っぱらって変なことを言った記憶が抜けてるのかもしれないという不安はあったが、ガハハと笑う男を見るに単純に俺が気に入られているというだけみたいだ。

「でも、そうだな。俺もここにはまた来たいよ。なんなら、出発前夜はここで一杯やってこうかな?」
「お? そしたら腕振るっちゃうぜぇ? とびきり美味いの食わせてやるよ」

 たまには羽目を外すのも悪くはない。自分に酔い、空気に酔い、なんだか飲む前から良い気分だった俺は、居合わせた客に酒を奢ったりしながら、肉だけではない様々な種類の串を食べ、酔い潰れるまで酒を飲んだ。


段落変更の処理を変えてみました。
基本的に一文で段落を変えていたのをやめ、ある程度の塊にするようにしました。
見やすい、見辛いなど意見がありましたらコメントなどで教えていただけるとありがたいです。

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