「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百四話 難しい選択

 魔族の侵攻を、立体魔法陣を抜きで説明する。
 それはそう簡単にできるようなことではない。
 それができないと原理は分からないがとにかく魔族が攻めてきたと説明することになってしまい、この街の住人の不安を煽る上に、表立って有効な対策ができなくなってしまう。
 クリスタルが原因だと説明して少なくともクリスタルがないうちは安全だと説明することもできるだろうが、立体魔法陣の原理的にはクリスタルは必要不可欠というわけではない。
 今後クリスタル抜きで遠隔地から攻められるようなことがあると、その場は収められても、この街の平和が崩壊しかねないのだ。
 理解不能な技術だとか、無駄にコストのかかる転移魔術が使われたと言っても同じで、士気を下げるだけだし魔術協会も反発するだろう。

「正直、上手く説明するのは無理があるな……。いっそのこと俺は狙われても良いから、正直に発表しても良いんじゃないか? 俺が立体魔法陣も転移魔術も使えることにしておけば一般人はそこまで不安がらないだろ」

 何か思い付けばよかったのだが、生憎俺は嘘が得意ではない。
 積極的に嘘をついてでも場を収めようとするより、黙ってやり過ごすタイプの人間なのだ。
 俺の命を狙ってくるのは魔術協会。
 強力な魔術を取り揃えているだろうが、実践や戦闘の経験は浅いはずだ。
 その点ではあまり不安視していないし、俺の防御系魔術は魔術を普段から研究しているような奴らの攻撃だって通さないだろう。
 ちゃんと準備して張った結界なら、広範囲にクレーターができるような威力の攻撃にだって耐えられる。
 最近は咄嗟に張ることが多くて割られることもあったが、それでも俺が守った人の中から死者は出ていない。
 早くモミジとユキを助けに行く準備がしたいという思いはあるが、その前に少し魔術協会と一戦構えても大した差はないだろう。
 何なら、戦力になりそうなやつをこっちからスカウトして、二人を助けるための度に連れて行くのも良いかもしれない。
 様々な可能性と思惑、それを込めての発言だった。

「それでも、事実をそのまま発表するのはお勧めできない。人類の魔術の最先端である魔術協会が完成させていない技術を、魔族が使っている。これだけでも嫌なことなのに、その技術を使える人間が存在するなんてことが分かったら、民衆はどう考えるか、分からないわけではないだろう?」

 それに関しては思考が回ってなかった。
 魔族と、俺だけが使える技術。
 その情報だけを聞いた人がどう判断するか。
 間違いなく俺が魔族と繋がっていると考えるだろう。
 そうでなかったとしても、魔術協会がそれに気付かないわけがない。
 俺を消すためにあることないこと言いふらして、居場所を奪うことだってできるだろう。

「魔術協会に立体魔法陣の描き方を教えればどうにかなるんじゃないか? そう簡単に認めてはくれないだろうけど、これで俺が敵だと思われることはないだろ」

 それを聞いたゾルは数秒黙り込んで考えた後、口を開いた。

「この話は、また後でしよう。この場で思い付くような案で万事解決とはならんだろうからな。次は諸々の報酬についての話をしよう」

 それからは、つまらない事務的な話ばかりだった。
 昨日捕らえた魔族の話も少しはしたが、あれからまだ意識が回復していないらしく聞き出せたこともないし、以前襲われた相手かもしれないというのも、半ば確信を持っていたがまた面倒なことになりそうなので言わないで置いた。

 結果としてもらえた報酬は金貨二百枚。
 その内訳は、魔族侵攻時の指名依頼で金貨三十枚、その時に倒した魔物や助けた人の分、追加報酬で金貨二十枚、昨日の魔族への対応や結界の維持で金貨百五十枚だ。
 この世界にはもっと銅貨だの銀貨だのあるはずなのに、金貨しか貰っていない。
 指名依頼の報酬が高いのは勿論、魔族みたいな脅威度が高いものを相手にすると報酬が弾むようだ。
 それに説明が確かなら、城を守る結界の維持を手伝ったとして、国からの報酬も上乗せされるらしい。
 金銭的には既に上乗せっされた金額が提示されているようだが、褒美というのか、金銭とは別の報酬が用意されるとのこと。
 詳細は決まり次第通達するとのことだったが、遅くても三日以内には通知が来るようだ。
 正直期待はしていないが、貰えるものは貰っておこう。

 最後に嘘の説明についてはまだ考えるとして解散。
 どうしても思い付かない場合は魔術協会に立体魔法陣の技術を完成させられるように働きかけ、その上で魔族が使っていたものが何だったのかを発表することになった。
 民衆を不安にさせるのは望ましくないが、安心して油断しているところに攻め込まれる方が混乱して被害が出ることもある。
 結局はやった後でしか正解が分からない現状だ。
 どうやっても後悔しそうだし、ゾルも最後には嘘はつかない方が良いのかもしれないと言っていた。
 嘘をついて後で取り返しのつかないことになるより、今真実を伝えて批判を受けた方がよっぽどましなのだ。

 それから名残惜しそうにする職員さんからフォールを引き剥がし、帰路につく。
 宿に着く手前、俺は真っ黒で窓のない建物の前で立ち止まった。
 ここは以前、奴隷を連れた男が出てきた建物だ。
 怪しい空気を纏っていて、正直近付きたいとは思えない。
 日本にいた頃から奴隷は良くないものとして教えられていたし、実際世界的にも人権が重視されていて、奴隷制度は悪だとされていた。
 だが、俺がここで足を止めたのは奴隷制度が許せないからではない。

「仲間、集めないとな……」

 むしろその逆で、この建物を利用するためなのだ。
 初めて入る店だし、当然日本にいた頃はこんな類の店に縁がなかった、どころか存在自体がなかったので緊張しているが、大丈夫だ。
 金はある。きっといい出会いがある。

 モミジとユキの奪還に冒険者が頼れないとなった時の代替案。
 教育して戦闘や雑用をやらせるための奴隷を買う。
 俺は意を決して扉を叩いた。

 中に入ると、宿屋とそう変わらない配置のカウンターがあり、薄暗いのが不気味ではあるがロビーのようになっていた。
 空気が淀んでいて、妙な臭いがする。
 フォールに目をやるとあまりここに長居はしたくないというような態度をとっていた。
 俺も同意見だが、さっさと決めた人員で完遂できてしまうほど二人を助け出すのは容易なことではない。
 まずは受付の男に声を掛けるべく、俺は一歩踏み出した。

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