「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第百話 牢獄

 俺が浄化魔術を行使し軍や魔術師の人たちに異常がないか確認している間に、ゾルが走り回ってくれていたようで、軍部の偉い人に話を付け、軍部管轄の罪人を入れておく牢獄の深部に魔族を捕らえておくことになった。
 祈りが通じたのか、移動中も魔族が目を覚ますことはなく、それ以外にも特に問題なく運ぶことができた。
 ただ、牢獄の建物内には当然罪人がいるわけで、牢屋の中と外では互いに干渉できないことが分かっているし、戦って負けるようにも思えないが、恐ろしい顔をした人たちに睨まれるのは気分の良いものではなかった。

 言われていた深部――つまりこの建物の中で最も凶悪だと判断された者たちが集められる場所に着くと、今までとは違った空気が流れているような気がした。
 囚人たちを見ても、今までのチンピラのような恐ろしさではなく、穏やかな笑顔のまま平気で人を殺すような、根幹から倫理観が俺たちとは違うような、そんな異質な恐怖を覚えた。
 実際、ここにいるからにはそういうことを平気でしてきたような連中なのだろう。
 明らかに悪だと分かる悪人よりよっぽど厄介な連中だ。

 そんな奴らの視線にさらされながらも、俺たちは深部の中でも最奥、結界ごと入れるということで他の部屋より広い部屋に案内された。
 ここに魔族を入れておくのだろう。

「魔法陣を描くと聞いたからインクとペンは持って来たが、他に必要なものがあったら言ってくれ。用意しよう」

 天井の高さや壁の位置を確認して、どのくらいの大きさで描けばよいかと考えていると、ゾルがインクとペンを俺に渡してくれた。
 一応俺も収納空間アイテムボックスに魔法陣を描くのに必要な道具は一式そろえているが、使わせてもらえるならありがたく使わせてもらおう。

「じゃあ、起動、維持用に魔力が欲しい。俺のはもう空っぽだからな。基本的には中から維持用のエネルギーは吸収するように設計するが、一応外からも入れられるようにしておく」
「ふむ、それならこの場にいる人員で事足りるだろう」

 では早速、作業に取り掛かろうと思ったその時、一緒にここまで来ていた、というより案内してくれていた看守の一人が、手を挙げた。

「その外部のエネルギー源は、魔石などでも良いのでしょうか」

 魔石は魔物の体内に稀に生成されることのある宝石なようなものだが、その正体は魔力などのエネルギーが結晶化したものだ。
 魔王軍が使っていたクリスタルはその原理を応用して人工的に作り出したもの。

「エネルギーが供給できるなら何でも良い。魔王軍が使っていたクリスタルみたいなものが作れるのならそれでも動かせるぞ」

 人が魔力を入れに来るのか、魔石やそのたぐいのものを置いておくのか、どちらが楽で、どちらが低コストなのかは俺には分からない。
 だが、それで良いのだ。
 俺はここの運営をするわけではない。
 実際に動かすのはここで働く人たちなのだ。
 その人たちのために分かりやすく作ろうとは思うが、どう維持していくかまではいちいち指示しようとは思わない。
 外からの供給自体が万が一のための備えなのだ。
 点検して不具合があれば話は別だが、無くても大丈夫なものの意悩むだけ時間の無駄だ。
 俺は適当に返事をして作業に取り掛かった。

 まずは壁に描く魔法陣から。そう思ってペンにインクを付けた時、俺はあることに気付く。
 インクの質が、俺が持っているようなすぐ消えてしまう安物とは違ったのである。
 恐らく生成するのに相当時間が掛かる、国家レベルのプロジェクトで使われるのと同等の最高級インクだ。
 これなら描いてから何十年、いや、何百年かは残るだろう。
 その頃ここがどうなっているかは分からないし、中の魔族が生きているかも分からない。
 色々と考えられる未来のことよりも、今の俺にとってはこの高級インクを使えることの方が大事だった。

「ゾル! このインク、余った分はどうするつもりだ?」
「足りなかったらじゃないのか? まぁ、ギルドにあっても使う機会があるわけじゃないし、欲しいなら持って行って良いぞ」

 その言葉に、俺は目を輝かせる。
 それを見て、ゾルは呆れた顔で言った。

「だからと言って手を抜くんじゃないぞ。必要な線を全部引いて、それでも余ってたらの話だ」


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 およそ一時間後、俺は壁と床に魔法陣を描き上げ、重なってはいないが擬似的な立体魔法陣を作って見せた。
 若干難しい構造になってしまったが、それで悩むのは描いている俺だけ。他人に迷惑は掛からない。
 そして、その悩んだ分だけインクの消費を抑えられた。
 つまり、俺のインクの取り分が増えたのだ。
 言われてみれば俺だって設置型の魔法陣は中々描かないし、家を持っているわけでもないのでインクを使うわけではないのだが、それでもこれは持っているだけで嬉しいものなのだ。
 いつか家を持つようなことがあったら、これで防御結界やら転移魔法陣やらを描いてみたい。
 その時のために温存しておくのは、大変有意義なことなのだ。
 唯一不満があるとすれば、魔法陣が普及していない世界でこんなことを言ってもあまり理解はされないということだろう。

「できたのか?」

 俺がインクを懐に仕舞いホカホカしていると、ゾルが完成を察したのか、声を掛けてきた。

「ああ、後は中にその魔族を入れて起動すれば完成だ」

 俺は牢屋の中に拘束している結界ごと魔族を入れた。
 すると看守が檻の扉を閉め、鍵を掛けた。
 魔法陣の起動や魔力供給には檻の外まで伸ばした供給用の魔法陣を使う。

「呪文か何かはあるのか?」

 ゾルがそこに手を当て、訊いてくる。
 俺はそれに首を振ってこたえた。
 ゾルも知っているだろうに、魔法陣の起動には呪文は必要ない。
 ただエネルギーを流し込めば発動する。
 それが魔法陣なのだ。

 瞬間、檻の中から光が溢れたかと思うと、魔族を今まで拘束していた結界が分解されていた。
 起動した魔方陣の吸収作用で消えたのだろう。
 それと同時に魔族は新たに発生した拘束具によって身動きを封じられる。
 両手足に胴部分にも巻き付くように、目隠し耳栓、それから自害ができないように口にかませておく用の拘束具まで用意してある。
 最早魔族の肌が見えないくらいまでがちがちの拘束だ。

「定期的にインクがかすれていないか、拘束具に変化はないか、見辛いとは思うが魔族に変化はないか、後は供給用の魔法陣の色が赤くなったら魔力が不足している状態だから、できるだけそうなる前に補給するように気を付けてくれ」

 俺は看守に維持の方法を教えた。


 それからすぐ俺たちは牢獄の外へ出て、解散ということになった。
 ゾルとの話し合いは、今日の分も合わせて明日やるということになった。
 仕事が終わったと思うと、どっと疲れたような気がしてくる。
 だが、今日は良い日だった。
 疲れはしたし半ば無理矢理連れてこられて戦闘なんかもしたが、お金に困ってはいないとは言え報酬も弾むそうだし、何より高級インクが手に入った。
 これがあるからと言って何か今までにはできなかったことができるようになるのかと言われるとそんなことはないのだが、ある程度こだわりを持ってやっていることに関する最高級品が手に入ったのだ。
 テンションが上がらないわけがない。
 そんなわけで、俺は食事もそこそこに、上機嫌なまま一日を終えるのだった。


お陰様で百話達成です。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

「「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • 有象無象

    魔法陣の色が赤くなったら不測している状態 誤字です

    0
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