「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第九十七話 攻撃と反撃

 魔族からの攻撃を受け、結界がバリバリと音を立てて削れる。
 俺が頼まれた仕事はこの結界を維持することだったはずだが、これは思っていた以上に大変な依頼を受けてしまったかもしれない。

「そこに丁度良く穴が開いてるじゃないか。スマル君は中から結界を頼むよ」

 俺が早速厳しい状況に辟易していると、俺の先を走っていたゾルが結界が破けて開いた穴の部分を指してそんなことを言った。
 結界の中は城の防衛ラインだからそう簡単に侵入してはまずいのではないかとか、穴が開いてなかったらどこから結界に干渉するつもりだったのかとか、色々と言いたいことはあったが、今どんな文句を言おうと問題が解決するわけではない。
 喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺は指示に従った。
 それを確認して、ゾルは未だにほぼ何もできていない軍の所へと駆けて行った。

 結界の中に入っても、特に外と空気感の違いはなかった。
 依然として魔族は攻撃を放ち続けているし、地上の軍は何もできない。

「長引きそうだな……」

 ここには俺一人。誰も聞いていないと思って、つい口から不満が漏れる。
 一瞬悪いと思ったが、事実その通りな上俺の仕事量に直結する事柄なので許してほしい。

このまま同じことを続けていたら、魔族がエネルギー切れを起こすまでこの状況が続くことになる。
 更に、恐らくエネルギー切れになった魔族を捕らえることはできないだろう。
 そうなると、今後――例えば翌日なんかにまた攻めて来るなんてことになりかねない。
 一日で結界がボロボロになってしまっているのだ。
 どうにか今日を凌ぎ切ることができても、明日もというのはどう考えても不可能。
 まずは防衛が先決ではあるが、状況を見て俺も魔族の捕獲、あるいは撃破に助力しないと俺はまた明日もここに立つ羽目になる。
 嫌だ、面倒だという気持ちはあるが、ここまで来たらより楽に、早く終わらせられるように努力してやろうじゃないか。

 さしあたっては結界の保護。まずは俺が障壁を張って、それが魔族の攻撃を受けている間に、城に備え付けの結界を修復しよう。
 俺は魔力を右手に込めて、結界の設定をあらゆる攻撃に対する防御特化にして空に掲げた。
 狙う先は魔族と結界の間。
 そこに挿し込むように障壁が展開され、魔族の攻撃を止めた。

 ここまでロクなダメージも受けずに攻撃し続けていた手練れの魔族がその変化に気付かないわけがなく、数秒戸惑っているようではあったが、すぐに俺のことを発見しこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
 飛んで来るのは火属性の魔術。詠唱がなかったからどの魔術と特定することはできないが、炎の塊が勢い良く迫って来ていた。
 そこで俺は自分の周りに防御用の結界を展開し、これから降り注ぐであろう魔術の雨に備えた。
 だが、魔術の雨どころか、最初に放たれた火球すら俺の元に届くことはなかった。

「こっちに手出しはさせんぞ」

 一体いつ戻って来たのか、そこには炎を切り裂くゾルの姿があった。

「向こうは良いのか?」
「あぁ、優秀な魔術師を捕まえられたみたいでね、今規模の大きな魔術を用意している。それが完成するまで守りを固めるんだが、ここには人がいないだろう。スマル君に何かあったらまずいからね」

 どうやら、上手いこと応援を見付けられたらしい。
 それもちゃんと遠距離攻撃ができる魔術師、それも大規模魔術と言っていたから、優秀、あるいは複数人の魔術師が集まったみたいだ。
 それなら俺の仕事はこのまま結界を維持するだけ。
 魔族はまだこっちに魔術を撃ってはゾルに掻き消されを繰り返しているから、さっき張った障壁に大した損傷はないし、その間に城の結界にも干渉して九割がた破られていたのを、今は八割――穴が開いていないくらいまで修復することができた。
 元々自動修復の機能が付いていたおかげで作業も楽だし、俺の魔力が持って行かれることもない。
 ここに来るまでは面倒極まりない案件かと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、どうやら準備していた大規模魔術が発動したようで、さっき軍がいた場所から莫大な量の魔力が放たれた。
 属性を付与しない、単純なエネルギノーの砲撃。
 まばゆい光を放ちながら飛んで行ったそれは、いつの間にか迫る魔術を切り払う間に挑発も混ぜていたゾルに意識を集中させ過ぎてしてしまっていた魔族に命中する。
 当たる寸前で防御姿勢をとっていたようにも見えたが、どのくらい効いただろうか。
 俺たちは直撃の瞬間発生した煙が散るのを待った。

「やったか……!?」

 しかし、この言葉が聞こえた時点で俺は察する。
 思い返せばさっきの俺の甘い考えもフラグみたいなものかもしれない。
 みんなが期待の眼差しで煙の向こうを見つめる中、俺だけが次の術を準備しながら魔族の姿を探した。
 そして、煙が散ったその中にいたのは、片腕を失った魔族だった。

「あれ……?」

 てっきり無傷で佇んでいるものかと思っていたが、見た感じ結構効いているようだった。

「「「おぉ! 良いぞ!」」」

 軍のいた場所から歓声が上がる。
 これだけの魔術を連発することはできないだろうが、疲弊を無視して今すぐに準備すれば、逃がすことなくここで撃破できるかもしれない。
 本当に、楽な仕事だったのか?
 疑念は払いきれなかったが、状況は一気に好転した。
 何なら俺も攻撃に協力しても良い。
 このまま押し切って、我々の勝ち。そうなると誰もが思った。
 だが、やはり現実はそんなに甘くはない。

「待て! なんだあれは!」

 この場の多くの人間が気を緩める中響いた声。
 それにつられて魔族を見ると、回復系の魔術とはまた違った何かの術によって、腕が再生していた。
 その手には手のひらサイズではあるが、真っ黒な石が握られている。
 魔物を召喚したクリスタルと同じようで、もっと邪悪な、嫌な気配を感じる石だ。
 完全に腕が再生した魔族は、その石を握ったまま大規模魔術の発生源に向かって拳を突き出し、何やらぶつぶつと唱えてからその石を握り潰した。

 割れた石から黒い靄のようなものが噴き出し、突き出した拳の前で渦巻く。
 急な展開に、みんな動けなくなっている。
 俺は身の危険を感じて自分とゾルを囲うように魔力だけで地面に魔法陣を描き、そのまま魔術を糸のように伸ばして魔族の狙う先にも魔方陣を描いた。
 結界の設定は攻撃を受け止めるだけでなく、エネルギーの吸収、拡散。それを周りのエネルギーを吸って何枚も生み出す機構の魔法陣だ。
 起動用の魔術と結界三枚分くらいは魔力を送ることができたが、それ以降は送り続けるか、吸収できたエネルギーの転用だ。
 俺は持ちこたえてくれるように祈って叫んだ。

「多重防御結界展開! 衝撃に備えろ!」

 魔法陣が輝き、結界が展開される。
 その瞬間、同時に放たれた魔族の攻撃によって、辺り一面は黒く染まり暗闇と化した。

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