「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第九十五話 翌日

 朝、目が覚めて鏡を見ると、そこには目を腫らした自分の姿があった。
 昨日寝る前に泣いたのが原因だろう。
 こんな風に泣いたせいで目が腫れるなんて、日本で小さかった頃以来だ。
 そう思うと誰が見ているわけでもないのになんだか恥ずかしくて、俺は鏡から目を逸らした。
 今日はこれからギルドマスターのゾルと会って話をしなければならないというのに、こんな格好では外に出ることもままならない。
 だが、朝一で来いと言われている以上、腫れが治まるのを悠長に待っていられるほどの時
間はない。
 俺は少しでも腫れが良くなることを祈って、魔術で氷を生成し、布で包んで目元に当てがった。
 少し熱を帯びた皮膚に、ひんやりとした心地良い冷気が浸み込んでいく。
 本当なら今の時間を使って着替えや朝食など色々と朝の身支度をしたいところなのだが、動き回っても水が飛び散るだけなので、俺はベッドに腰かけ、時間が経つのを待った。

 五分くらい経った頃、遂に布が氷が融けてできた水を貯えきれなくなり、顔に水が流れた。
 そこで俺は擬似氷嚢を顔から離し、これ以上水が垂れないようにもう一度凍らせてから鏡を見た。
 冷たいものが当たっていたせいで赤くなっているが、なんとなく目の周りの腫れぼったい感じが薄れているような気がする。
 まだ全快とはいかないまでも、十分にいつもの俺の顔だと認識できるくらいにはなった。
 知らない人が見ても分からないだろうし、これなら着替えやら何やらをしている間、あるいは冒険者ギルドに向かっている間に完全に治りそうなものだ。
 俺は氷を捨て、濡れた布を魔術で乾燥させてから、身支度を整えた。

 それから宿を出る時になって、魔術を使えばすぐに治せたのではないかという可能性に気付き、腫れなど残っていないにも関わらず俺は治癒魔術を自分に使った。


===============


 冒険者ギルドは、建物の外に人が漏れ出るくらいに混雑していた。
 見えるのはどこもかしこも冒険者。みんな昨日の依頼の報酬を貰いに来たのだろう。
 でも、それぞれの冒険者によって戦闘から避難誘導までやっていたことはバラバラだし、倒した魔物の数や種類も違うのにどうやって報酬を決めているのだろうか。
 俺はフォールを抱きかかえ、ごった返す人の波をどうにか掻き分けて進んだ。
 デカい奴から小さい奴、様々な種族の冒険者にもみくちゃにされ、装備品なのかウロコなのか硬いものに擦れて痛い思いをしながらも、何とか人がいない廊下まで辿り着く。
 すると、そこには昨日フォールを預かっていてくれた職員さんが立っていた。

「あ、スマルさん! おはようございます! お待ちしていましたよ!」
「ああ、おはよう。ゾルに呼ばれてきたんだが……」

 挨拶を交わし、早速用件を伝える。

「はい、支部長室に通すように言われております。ご案内しますね!」

 どうやらこの職員さんも要件についって知っていたようで、スムーズに話が進む。
 後ろを付いて行くと、すぐに「支部長室」と書かれたプレートが壁に埋まっているのが見えた。

「この部屋です。お話し合いの間、フォールちゃんは……どうされますか?」

 部屋の前まで来ると、職員さんがそんなことを言った。
 直接言ってはいないが、これはどう考えてもフォールと遊びたいということだろう。
 前、世話をした時にそんなに気に入ったのか。
 俺は数秒考える素振りをした後、答えた。

「じゃあ、昨日と同じように」

 ハッキリ言ってフォールは賢いから、俺とゾルが話をしている間に騒いだりして邪魔になることもないだろう。
 つまりわざわざここで預けていく必要もないのだ。
 だが、それで職員さんの申し出を断る理由にはならないし、フォールも良く分からない話を聞いているよりは遊んでいた方が楽しいに決まっている。
 俺は振り返り、後ろに付いて来ていたフォールの頭を撫でた。

「なるべく早く終わるようにするからな。いい子で待ってるんだぞ」
「私は長引いても良いと思いますよ。任せておいてください!」

 遂に欲望を隠さなくなった職員さんの言葉は無視して、俺は支部長室の扉を開けた。

 中は予想していた通り、机や書類、棚などが置いてあるいかにも仕事用、といった様子の部屋だった。

「おお、スマル君、待ってたよ」
「こんにちは」

 ゾルは俺が入ると、用意していたのか机を挿む形で置いてある椅子をすすめてくれた。
 俺はそれに応じて、ゾルと向かい合う。
 本来はこちら側に椅子を置く構造をしていない机を挿んでいるからか違和感のある面接みたいなことになってしまったが、ゾルが気にしていないようだったので、俺も何も言わずに話し合いがスタートした。

「まずは、何から話をしようか。やはり、昨日の会議で話題に出た順番が分かりやすいかな」

 そう言ってゾルがこちらに視線を向ける。
 最初は俺が話す番みたいだ。
 話題に出た順番となると、魔物の被害――それも、スケルトンドラゴンについてのことだろう。

「俺がクリスタルを見付けた時、近くには人も魔物もいなかった。一応警戒はしていたが特に危険もなさそうだから近付いて調査して見ることにしたんだが、初めに出てきたのはただのスケルトンだった」
「武装などにも特に変わった点はなかったと」
「ああ、剣や槍がほとんどで、数もそこまで多くはなかったはずだ」

 ここまで話すと、ゾルはふむ、といって何か考え事をするような姿勢をとった。

「……なるほど、その時クリスタルの様子は?」
「鈍く光って、あと魔力の流れを感じたな。その後スケルトンドラゴンが出てきた時は光が強かったから、転移魔術に使用する魔力量によって発行度合いが違うのかもしれない」

 これに対しゾルが姿勢を変えずに続ける。

「他に何か気付いたことはあるかね」
「……スケルトンドラゴンが出現したのが俺の後ろだったから、ある程度の範囲、出現場所を指定できるんじゃないかと推測してる。ただ、あれと同じクリスタルがまだあったらの話だがな」
「なるほど。スケルトンドラゴンは君が倒したということで良いんだね?」

 何やら疑いの目が向けられている気がするが、俺は嘘偽りなくそうであると答える。

「一人じゃなく、パーティで、だけどな」

 そこまで話が進んだ時、急に俺の後ろにある、入り口の扉が叩かれた。
 そして、確認もそこそこに入って来た男のギルド職員が焦り切った様子で叫ぶ。

「魔族が出ました! 場所は貴族街、城へ攻撃を仕掛けている模様! 至急応援を!」

 また厄介な事件に巻き込まれそうな予感がした。

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