「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第八十七話 侵攻

 魔王率いる魔族の軍勢が侵攻を始めてから半年、依然として俺は冒険者ギルドの依頼カウンターや食堂で戦争の状況を聞くだけで、それ以上のことは何も知らないままでいた。
 話が聞けるだけありがたい話ではあるのだが、正直なところ食堂で話されているような噂の半分は信憑性に欠けるもので聞いたところで意味があるようには思えないし、ピンポイントで俺の知りたい情報が流れて来るなんて都合の良いこともそうそうない。
 勇者たちの安否に関しては断続的に上がる戦果によって証明されているが、もう半年も戦い続けているのだと思うと、身体的にも精神的にも厳しいものがあるのではないかと心配になった。

 それに、勇者たちが少数でどんなに頑張って無敗を誇っても、これが軍対軍の戦争である以上、全体として負けるということは可能性としてない話ではない。
 実際、戦線が押され気味であるという情報も入ってきているし、もう既に勝負の行方は確定しているなんてことになっている可能性だってあるのだ。
 劣勢の中戦地に立つ、そのことがどれほど大変で、辛いものなのかは俺には分からない。
 使命を持たない俺には、逃げずに戦うという選択肢を採り続ける責任感というものが理解できない。
 俺はただ、知り合いが死んでいないと良いな、くらいの軽い気持ちでいることしかできないのだった。

 そんな状況で、俺は自分が同じ地で戦っていたら、何か変わったのだろうかと思考を巡らせる。
 こんなもしもの話に意味なんてものはないが、現状として、俺たちがこの街でダラダラと簡単な依頼――周囲の魔物退治や採取依頼――をこなしている間にも戦地では多くの人がその身を犠牲にして戦っているのだと思うと、なんだか申し訳ない気分になった。
 まだこの街にまで敵軍が到達するかもしれないからと言ってここに残っているが、そろそろ自分の意志で、ここから出て行くという道を準備しておくべきなのかもしれない。
 戦争という非日常的な出来事が、自分の精神を蝕んでいるという感覚を、この時初めて認識した。

 さて、そんな風に平和でいながら小さな可能性に怯えていたわけだが、遂に俺も戦場に足を踏み入れることとなる。
 だがそれは、自分の意志で戦地に赴いたとか、冒険者ギルドから依頼があったとか、そういう能動的な働きかけによるものではなかった。
 正しく言うなら、立っていた場所が戦場になった。
 そう、安全だと思って滞在していた街に、主な戦場からは距離のあるセオルドに、魔王軍が攻めてきたのである。

 何を言っているのか分からないだろう。
 俺だって、何が起こっているのか、その全貌を見ることは未だにできていない。
 ただ確かなのは、俺たちが滞在する街――セオルドに、大量の魔物が出現したということだ。

 ここは安全な地ではなかったのか、一体どこから魔物は街に侵入してきたのか、そもそも魔物は何の目的を持って人々を襲っているのか。
 知らぬ間に弱っていた精神につけこむかのように、街は多くの疑問と共に激しく動いた。


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 冒険者でありながら、一般市民と同じように混乱し動けないでいた俺の手を取り、モミジとユキが走る。
 その後ろをフォールがついて来る形で、俺たちはひとまず冒険者ギルドの建物に向かった。
 そこに行けば、何かしら情報が得られると思ったからだ。

 道中、いつもは人の流れに埋め尽くされている大通りに出た。
 そこは変わらず多くの人で溢れていたが、いつものように人が流れては行かない。
 点在する魔物の攻撃を受けて、人々が、あちらこちらへ走り回り、渦を巻き、衝突し、混沌を極めていたのである。
 普段から横切るのは困難なのに、急ぐ今、よりによって難度を上げている。
 その不幸な光景に俺は歯噛みする。
 ここを渡らなければギルドには辿り着けない。
 が、こんな激流に無策で飛び込もうものなら、きっと無事では済まされないだろう。
 別に人間相手にここまでビビっているわけではない。この中で魔物と戦うようなことになったとして、反撃をする余裕があるのかという問題が、俺を躊躇わせていたのだ。
 魔物に狙われなければ、このパニックを通過することはできるかもしれない。
 そんな希望的観測をできる程、俺は勇敢ではなかった。

 どうにかして、渡る方法を。
 俺は何か利用できるものはないかと辺りを見渡し、自分ができることを思い出し、利用できる知識を探って記憶の中に潜り、そして、考えた。
 漫画的表現をするのなら、きっと頭から煙を噴いていただろう。
 それほどまでに、俺は必死になって考えた。

 何か手掛りが掴めそうな気がして、あと三つピースがハマれば完成しそうな気がして――

「――モミジ! ユキ! フォール!」

 俺は考えがまとまるより早く、二人と一匹に声を掛け、人ごみに向かって走り出した。
 否、正しくはその上、俺が人々の頭上に出現させた、障壁に向かって。

 なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。
 障壁は防御用の壁として使われるのが常ではあるが、性質上、空中で足場にするために使用することもできる。
 これは日本で読んだラノベでも使われていた技だし、俺も修行中に使っていた。
 それを今になって半分忘れていたのだ。
 自分がいかに焦っているのかが露見する。

 こうして答えが出せたから良かったものの、この先、同じようなミスが致命的なものになる可能性だってある。
 戦争となればそれが命に直結するような問題であるなんてこと、ざらにあるだろう。
 走っているのとは違う理由で、心臓が脈を打つペースが速くなる。
 半ば祈るようにその鼓動を抑えつけ、俺は走った。

 その後すぐ、俺たちはギルドに到着する。
 予想通りそこは多くの冒険者が集まっていたが、戦闘能力のない市民とは違い、多少の困惑や不安を覗かせる者がいても、パニックになったり騒ぎだしたりする者はいなかった。
 現状の確認と、緊急の依頼の有無、何をすれば良いのかの指示待ち、冒険者という肩書を持つ者は、その全てが同じ目的でここに集まっていたのだった。

 俺はその群衆が動かないことからまだ何の説明もされていないだろうということを悟る。
 それから、いつも利用する受付カウンターを目指して人ごみを掻き分けた。

 俺は勇者ではないから優遇されるとは思っていないが、とりあえず聞くだけ聞いておきたいのだ。
 この侵攻が、勇者を失ったが故のものなのかどうかを。

 だが、その質問は俺が受付にいる職員さんを見つけ、切り出そうとした瞬間に掻き消されることとなる。

「あ! スマルさん! それにモミジさん、ユキさんも! 外の状況はなんとなく分かっていますよね? 説明は後でしますので、とにかくご同行願います!」
「あぇ?」

 俺を見た職員さんがまくし立てるようにそう言ったのに、俺は漏れ出たような変な声で返事をすることしかできなかった。

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