「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第七十七話 休憩

 一旦小休止。
 と言うことで、俺は土属性魔術で机と椅子、それからティーカップなどの食器を作り出し、その上に収納空間アイテムボックスから出したクッキーなどのお菓子と紅茶を並べた。
 クッキーもといそれと同じような焼き菓子からは香ばしいバターの香りが漂い、紅茶は――茶葉の種類などの知識はない上、こっちの世界の茶葉のことなど一切分からないが――甘めの香りを放っていた。
 ちなみに、紅茶を淹れるのにも、俺が魔術によって生成したお湯を使用した。

 自分たちがどの程度疲れているのかが分かっているのか、分かっていないのか、勇者たちは俺がこうして休む準備を進めている間にも依然として修行を続けていたが、さすがに良い香りがすれば、そっちに気を取られるのだろう。準備が完全に整う頃には全員が修行を止めてこちらを覗くように見ていた。
 俺が手を止めたりして隙を作れば、すぐに声を掛けてきそうだ。
 そんなことを思いながら、いかにも作業は終わりましたといった様子を見せつけてやると、案の定、勇者たちの誰かが俺に向けて声を発した。

「こんなところで、お茶会でもするのか?」

 声の主はコウスケ。
 俺が作った休憩セットを見て、やや批判的なニュアンスを含んだ問いだった。
 俺は咄嗟に疲弊しているお前たちのために作ったのだと言いそうになったが、そこでまだ何のために休憩セットを作ったのかを伝えていないことに気付いた。

「あながち間違ってはいないが、これは俺がお茶会を開きたくて設置したものじゃない。お前たちの疲労が少しでも和らぐように設置したんだ」

 だから俺は休憩セットを作った意図を伝えたはずだったのだが、コウスケには食事以外に休憩を挟むという概念がないのか、あまり理解できていなさそうな様子で首を傾げていた。
 そんなに熱心に修行しているのかと驚くと同時に、どこか危ういものを感じる。
 厳しい修行をすれば強くなれると思っているのなら、一概にそう言ってはならないということを話しておくべきかもしれない。

 そこで俺は、お菓子とかお茶とかそういうものが好きそうだという個人的な偏見から、女性陣に意見を求めてみることにした。
 二人が休憩しようと言えば、他の三人も従うはずである。
 意見を求める、と言ってもただ目線を送るだけ。
 それだけだったが、すぐにエルが何かを感じ取ってくれたようで、机に歩いて行きながら「折角だし」と席に着く意思を見せた。
 それを見たユウカも、何かに納得したのかポンと手を叩いて机に向かった。
 教え子に察してもらう先生。なんだか不格好である。

「さぁ、お前たちも」

 流れができたので、残りの三人は俺が直接席に着くように促した。

「一体、何が始まるんだ……?」
「ただの休憩じゃないの?」

 そんな困惑した声も聞こえたが、俺はそれらを聞こえなかったことにして、全員が席に着いたのを確認する。
 最後に空いていた席に俺が座り、話を切り出した。

「さて、疲れが見えたからこれを用意したわけだが、お前たち休憩は必要だと思うか?」

 さすがにいきなりアバウト過ぎる質問だったのか、勇者たちは揃って怪訝な顔をした。
 コウスケやブルーからはそもそも疲れていないというような意思も感じられる。

「そりゃあ、必要だろう。と言うか、どう頑張っても休憩なしで活動し続けるなんてこと、できないんじゃないのか?」

 他人に制止されない限り愚直に突っ走り続けてしまいそうな二人とは違い、レイジは至って冷静に俺の問いに答えた。
 だが、その答えを聞く限り、彼の考えは休みが必要だから取るといった積極的なものではなく、休みなしが不可能だからという消去法的なものであるように聞こえた。
 休むことには休むがなしでも続けられるならそれが良い。
 これも一つの考え方だから真っ向から否定するつもりはないが、やっぱりその身のことを考えると危険な考え方だと思う。

 レイジの意見を聞き、一旦それは置いておいて、他のメンバーにも話を振った。

「極端な話だけど、倒れるまでやって、立ち上がるまでが休み。みたいな修行は効率的ではないと思うわ。休むにしたって、ただ倒れてるのと工夫して休むのとでは効果が違うはずよ」

 というのがエルの意見。

「私も、日頃から限界までやるのは良くないと思います。たまには良いかもしれないけど、普段は集中してやれるうちに効率的なことをして、ちゃんとそれが継続できるような休み方をするべきだと思います」

 というのがユウカの意見。

 残りの二人の意見は、言わずもがなだ。

 聞いてみると、女性陣は基本的に魔術の訓練のことを言っているからだと思うが、無茶するのは良くないというような考えだった。
 男性陣は肉体関係の話をしているのか、体育会系と言うか、自分に厳しめのことを言っていた。

 これに関しては本当に個人の考え方だし、実際にやっているかは別の話だし、どれが正解かなんてのはその人に合うか合わないかなので何とも言えないが、それぞれの考えの危険なところ、良くないところを挙げてみることにした。

「なるほどな。今はとりあえずこうやって座って休憩している体ではあるが、コウスケは今すぐにでも修行に戻りたい感じか?」
「できるのなら」

 隣でブルーが頷く。

「さっきの質問の意図だが、あれは単純に皆が休むことに関してどう考えているのかが知りたかっただけの質問だ。で、聞いてみて言っておくことがある。まず、限界までやりたい、できることならやり続けたいと思っている奴」

 俺の呼びかけに、自分のことを言っているのだと分かったのか、男性陣三人が反応した。

「いつか身体を壊すから、疲れたと思ってなくても休憩は挟むようにしとけ。ちょっとした傷とかなら魔術で治せるかもしれないが、慢性化した怪我はそう簡単には治らないぞ」

 健康であることが、強さを手に入れる第一歩である。
 これはヴォルムに教わったことで、俺が回復系の術を優先的に身に着けた理由の一つにもなっている。
 厳しい訓練というのは、それに耐えうる頑丈な身体があってこそ効力を発揮する。
 男性陣三人も今に指摘で自分たちがまだ層の領域に達していないと分かったのか、今すぐにでも駆けだしてしまいそうだった気迫が、若干薄れたように感じた。

「魔術師二人はその点に関しては大丈夫そうだが、いつまでも毎日続けられることをしていても、すぐに成長しなくなるぞ」

 それを聞いた五人は全員が良く分かっていないような表情でこちらを伺っていた。

「別に継続が悪いと言っているわけではない。それは立派なことだ。俺が言いたいのは、要するに回復しきってからやれってことだ。例えば、毎日続けられる程度の負荷なら、その日の内に回復しきるから次の日にもできるようになってる。三日は回復しきらない程度の負荷がかかることをしたなら、三日後まではそれはやらない。みたいな感じだな」
「毎日していることとは別に、高負荷なことを何種類か用意しておけば良いってことですか?」
「その通りだ」

 ユウカはこういう時に、いつも自分の中で噛み砕いて確認をとってくれる。
 俺は他のメンバーにもそれを見習うように言い、魔術で冷めないようにしておいた紅茶に口を付けた。
 それを見た勇者たちも、各々紅茶や焼き菓子を口に運ぶ。
 この場にいる全員の考えが一つの方向を向いた瞬間だった。


~コメント返信コーナー~

「行の始めにスペースがあって読みづらい」

これは以前、第六十八話で返信したコメントなのですが、状況が変わったので改めてお話しさせていただきます。
以前このコメントを読んだ時は何のことだか変わらなかったのですが、第一話から数話分、無駄にスペースが空いているところがあるんですよね。
実はこれ、ノベルバに投稿できるようになってすぐの機能「他サイトに投稿した小説を読み込んで投稿」というのが原因でして、今はその機能はないですし、修正されているのですが、読み込みをした時に段落頭のスペースが詰められて表示されるバグがあったんです。
その対策で入れたスペースが今になって邪魔になっているってわけですね。
来週更新時までにはこちらで修正しておきます。コメ主さんが見ているかは分かりませんが、他にも気持ち悪く思った方もいらっしゃると思います。私の確認不足で起きたことですのでここで謝罪したいと思います。


【予告】次回更新時、お知らせがあります。

コメント

  • モブキャラ

    魔術で覚めないようにしておいた紅茶←冷めないじゃないですか??

    0
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