「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第七十三話 酒

 ヴォルムと別れ、酒場で人生初めての飲酒を体験した俺は、泥酔とまではいかなくとも、それなりに酔いが回った状態で宿までの帰り道を歩いていた。
 さっきまで色々と悩んでいたはずなのに、それが嘘だったかのように今は良い気分である。
 とは言え、アルコールの恩恵を受けているだけだから、きっと酔いが醒めたら元通りになって、考え事やら面倒なことをし始めるのだろう。
 思い悩む自分の姿が簡単に想像できる。
 だが、脳裏にチラつくそんな姿を、俺は一切気にしないで得体の知れない幸福感に身を委ねていた。
 早速、ヴォルムが言っていた「好き勝手やる」「やりたいことをやる」を実践しているのである。

 チラと後ろを見れば、軽い足取りで若干ふらつきながら歩く俺のことを、モミジとユキが笑顔で見ていた。
 何と言うか、いわゆる困った笑みというもののような気もするが、それだって些細なこと。
 今は理由もなく楽しい。それが全てだった。


 宿に辿り着き、受付のカウンターの中にいた男に挨拶をする。
 それから俺たちはそれぞれの部屋に戻った。
 部屋に入る前に、明日の予定についての話をするのだが、どうにも眠くなってきていた俺は、既に思考能力をほぼ手放した状態になってしまっていた。

「明日は、朝から訓練場?」
「……ああ、そのつもり……」

 相手の言うことに同意することしかできない俺は、モミジの言っている内容をよく考えないまま、返事をする。
 この時点で、段々と瞼が重くなってきているのを感じていた。

「その様子だと、あんまり早くない方が良いみたいね」
「うん……」

 返事はしたものの、今、モミジは何と言ったのだろうか。
 俺はモミジの方に目を向けるが、焦点をうまく合わせることができず、ボヤボヤとした視界がそこには広がっていた。
 こうなると、目の前にいる二人も俺がどんな状態でいるのか、大体理解したはずである。

「ちゃんと身体拭いて寝るのよ?」
「……んぅ」

 そこで俺は遂に意識の大部分を手放した。
 何とか立つことはできているが、何やら喋っているモミジの声はもう聞こえない。
 その後どうなったのかは分からないが、とりあえずベッドの上まで移動できたという記憶を最後に、一旦俺の意識は完全に途絶えることとなった。


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 自分の身体に何かが触れている感覚。
 それも、優しくなでるような暖かく心地良い感覚。
 まさしく夢見心地。そんな感覚に包まれて、俺は自分が眠ってしまっていたことを自覚する。
 あの強烈な眠気も、飲酒の影響なのだろうか。

 正直、抗えないほどの眠気というものにはあまり良い思い出がない。
 だから、酒を飲む度にああも強い眠気に襲われるのだとしたら、今後は控えようとも思った。
 だが、今見ている夢のような多幸感が得られるのなら、眠気を伴うとしても我慢できる。
 アルコール依存にならない程度に、今後も度々お世話になろう。

 と、俺がそんな風に酒に対する向き合い方を定めたその時、頭の上から、何者かの声が聞こえた気がした。
 ここは夢の中だから、何があってもおかしくはない。
 俺は頭上に何がいるのかとそっちに意識を集中させる。
 すると、聞こえていた声が、自分の良く知るものであったことが判明した。

「――ルの、……はどうし――」
「……やるしか、――?」

 この声は、モミジとユキだ。
 だが、その会話の内容が上手く聞こえない。
 一体何を話しているのか、俺は気になって更に意識を集中させようとする。
 しかし、それが良くなかったのか、俺の意識は覚醒し始め、夢の世界から出て行こうとしてしまった。

 その拍子に現実世界で身体が動いたのか、頭の上から名前を呼ぶ声が聞こえた。
 モミジとユキが何かを言っているのだろう。
 一旦はそう結論付けた俺だったが、すぐに何かが変だということに気付く。
 二人がいたのは夢の世界ではなかったのか……?

 状況が理解できず混乱した俺は、とりあえず確認すべきだと身体を起こそうとする。
 と同時に目を開けると、目の前にユキの顔があった。

「……おは、よう?」

 起きて、人にあったのならまず挨拶。
 別に俺は挨拶に対してそんなにこだわりがあるわけではないのだが、現状の分からない状態で迂闊なことが言えるはずもなく、無難に挨拶からコミュニケーションを始めようと試みたのだ。

「おはようスマル。やっと起きたみたいね」
「……おは、よう。まだ、寝ぼけてる……?」

 きっとまだ朝になっていないのだろうが、二人は同じように挨拶を返してくれる。
 目を開けても結局状況がつかめなかった俺の頭の中に、クエスチョンマークが飛び交う。
 二人はここで何をしているのか。
 目線を動かそうと頭を動かした拍子に、俺は自分が――いや、俺たちがどんな位置関係でベッドの上にいて、何をしていたのかということを理解する。

 簡潔にまとめると、俺はユキに膝枕をされた状態で下着以外の服を脱がされ、二人に身体を拭かれていた。

 状況は理解した。
 理解できたはずなのに、俺の頭は煙を噴いて、さっきよりも多くのクエスチョンマークを飛ばしている。

 どこからが夢で、どこからが現実だ?
 俺はなんでパンツ一丁でいる?
 なぜユキに膝枕されている?
 なぜ、二人は俺の身体を拭いている?

 冷静に考えればすぐに分かるはずのことなのだが、俺は下着一枚――つまりは肌がほぼ露出した状態で、妹のように思っているとは言え紛れもない美少女と密着しているというシチュエーションにだいぶ心を揺さぶられていた。
 血の繋がりがあると性的な観点から見て忌避感があるとか、ないとか、そんなことが言われていたのは知識としてあるが、実際にそういう間柄での事例があるかないかと言われればあるわけだし、そもそも俺と二人は血が繋がっていないからそういう気持ちになってしまうのは仕方のないことであって、つまり、テンパってしまうのは必然であって――。

「……スマル? 大丈夫?」

 眠気とは違う原因のせいでモミジの声が聞こえなくなった俺は、ついでに周りも見えなくなっていた。
 聴覚と視覚が不自由になり、その影響なのか、他の感覚は研ぎ澄まされていく。

 そこで俺は、夢だと思っていた状態で感じていた幸福の正体に気付く。
 暖かかったのは身体を拭くタオルにしみ込んだお湯と二人の体温。
 優しくなでるような感覚は、俺の身体を拭いてくれていた時のものだろう。
 他にも、ふんわりと包み込まれるような感覚は、ユキの柔らかな太ももや、二人の指先が触れた時の感触だと考えられる。

 再び夢の中に戻ってきたような錯覚を覚えたが、俺は自分が今どんな状態でいるのかが分かっているので、そこに甘えずに起きることにした。
 そして、二人に大事な質問をする。

「……なんで、こんなことになってるんだ?」



諸事情により、来週の更新はお休みさせていただきます。

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