「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第七十二話 不穏な噂

 ずっとふざけた雰囲気で喋っていたヴォルムが、急に神妙な顔で大事な話もある、などと言い出した。
 だが、この男がこうやって真面目な空気を作る時の八割は、実はどうでも良いことでしたというオチになっていることが多い上、偶然会った俺たちに話せるような大事な話が都合良くあるとも思えなかったので、俺はどうせまた変なジョークでも言うつもりなのだろうと高を括って暢気に構えていた。

「実は俺、世界中に分体を配置してるんだが、言ってたっけ?」
「……聞いたことないな」

 さすがにいきなりジョークを飛ばしてくることはなかったが、俺は初めて聞く情報に少し驚いていた。
 これはもしや、残りの二割の方なのか、そんな思いもチラついた。

「そうか。まぁとにかく、分体を使って世界の情勢とか事件とか、色々調べてるんだけどな、どうも魔族が何かしらでっかいことをするんじゃねぇかって噂があるんだ」

 まだ冗談の可能性もあると思って聞いていた俺は、急に核心に迫るように暴露された重大な情報をすぐには呑み込むことができなかった。

「魔族が、何をするんだ……?」

 とりあえず詳しく話を聞いてみないと分からない。
 そう考えた俺は、アバウトにではあるが更なる情報を要求した。

「魔族を束ねる魔王って存在は分かるか? そいつが魔族やら魔獣やらを従えて人間の国に侵攻してくるかもしれねぇんだ」

 周りには大勢の人がいる。故にヴォルムの声は聞き取りづらいくらいに小さいものであったが、一言一句、俺の耳ははっきりと捉えて逃がさなかった。
 魔王による人類への侵略。
 一見自分には関係ないように思える話だが、今に限って、決して無視のできない話だった。
 指導している勇者パーティ。その目的が、魔王討伐、ひいてはその先にある平和だからだ。
 魔王討伐にあまり乗り気でなかった彼らも、攻めてくるとなれば戦わないということはできないだろう。
 つまり、それまでに彼らを戦える状態にしておかなければならないのだ。

「それって、いつごろに来るとかは分かるのか?」

 とりあえず、正確でなくても良いから、制限時間がどれくらいあるのかは把握しておかなければならない。
 これは、勇者たちに今後どういう修行をしてもらうかに大きく影響することなのだ。
 できるだけ長いことを願って、俺は返答を待った。
 しかし、ヴォルムは首を横に振るだけで、何も言わなかった。
 分からないということなのだろう。

「じゃあ、早ければ、明日に来るって可能性もあるのか?」

 その場合、勇者たちは、半ば強制的に戦地に駆り出されるはずだ。
 そして、今のままの戦力で挑もうものなら、彼らは大した戦力になることもなく命を無駄に散らすことになるだろう。
 まだ関係の薄い彼らではあるが、俺としては故郷のことを少しでも知っているかもしれない存在というだけで生かしておきたいのだ。
 いや、そんな理屈は抜きに、少しでも教えた時点で俺は彼らが不用意に殺されることを許せないのだ。

 俺には魔王やその軍勢がどの程度の力を持っているのかは分からないし、できればの話になってしまうのだが、勇者たちには五体満足で帰ってきてほしい。
 あと何日あればそれが叶えられるだけの力を得ることができるのか、そんなものは彼らの努力次第で一概にこうと言えるようなものではないが、そのためなら俺は全力で伝えられることを伝えておこうと思う。

「いや、流石に今日明日で来るってことはねぇ。俺の見解だが、早くて十日、遅かったら五十日後くらいに大陸外側の国のどこかに攻めて来るはずだ」

 若干のシンキングタイムを経て、ヴォルムがそう言った。

 十日間というのは、長いのだろうか。俺が聞いてまず思ったのは、そんなことだった。
 数字だけを見ると、十日間はそこそこ長いように感じる。
 だが、修行をするとなると話は別だ。
 十日間でできることというのは、大幅に限られてくる。

 何をしたら良いかと俺がああだこうだ考えていると、今度はヴォルムが質問を投げかけてきた。

「お前、勇者のことを考えるのも良いが、自分のことはちゃんとやってんのか?」

 正直、痛いところを突かれた。
 確かに、俺は最近自分が何をしたいのかについて、あまり考えていなかったかもしれない。
 そこに追い打ちをかけるがごとく、ヴォルムは話を繋げた。

「自分が本当にやりたいことならそれで良いんだが、心から楽しんでいるようには見えねぇ。折角こっちの世界に来たんだ。もっと好き勝手やってみたらどうだ」

 それはもう、俺に対するアドバイスのようなものだった。
 そして、いつの間にか俺は勇者たちに何をやらせるかから、自分が何をやりたいかに思考をシフトしていた。

「俺の、やりたいこと……」

 ヴォルムに目をやると、なぜかにっこりと笑っていた。
 俺はその態度を不審だと思ったし、まだ話をしたいとも思っていた。
 だが、どうにももう帰る時間らしく、別れることになった。

 去り際に、

「やりたいことやるのは良いが、やるべきことの存在は忘れんなよ」

 そんな言葉を残して行ったが、何と言うか、終始穏やかな空気の中で話していたはずなのに、俺の内心は酷く荒れていた。
 その原因は、恐らくヴォルムのリーク情報と、最後に言われた、俺の生き方に関する助言だろう。
 俺は今まで、周りに流されるように生きて来た。
 全てがそれのせいというわけではないのだが、俺個人の自由というのはあまりなかったように思う。
 それを急に開放するというのは無理のある話だし、何より周りの人が離れて行ってしまうのではないかと心配になるのだ。

「スマル、そんなに難しく考えなくても良いんじゃないの? 私はちょっとのわがままくらいなら聞くわよ」
「……うん。私もわがまま言うから、おあいこ」

 無意識の内にまた考え込んでしまっていたのだろう。
 モミジとユキが気を遣って励ましてくれた。

「ありがとう。そうだな、じゃあまずは……」

 そこで俺は結局酒を飲んでいないことに気付き、やっとウェイターを捕まえ、注文をした。

 酒を飲んだのは初めてだったが、悩んだ時のアルコールは良いものだと感じた。

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