「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第七十一話 理由

「あれは、ヴォルム……?」

 予期していなかった人物の登場に俺は驚き、つい声を漏らしてしまう。
 その声を聞いたモミジとユキも、俺の視線の先を追いかけて絶句した。
 その表情は驚愕のまま固まっている。

「なぜここに……?」

 普段通りなら孤児院で子供たちの世話をしているヴォルム。特に今は丁度夕飯の支度が忙しい時間帯だ。
 子供たちだけでもできないことはないとは言え、ヴォルムがいないというのは不自然である。
 子供たちに何かあってからでは遅いのだ。

 俺は同じ屋根の下で過ごした後輩たちの顔を思い浮かべる。
 そうそうヘマをする奴らではないとは分かっているが、家族同然の彼らが大人の目のないところで危険を伴う作業をしているのだと思うと心配でならなかった。

 とにかく、どういうつもりでここにいるのか聞き出すために、俺はまだ俺たちの存在には気付いていないだろうヴォルムに話しかけることに決めた。
 その旨をモミジとユキに伝えると、二人も付いて来るという条件で同意してくれた。

 まだ本人ではないという可能性もあるにはあったのだが、俺たちは確信を持ってヴォルムのもとへ向かう。
 正直、見てはいけないような場面に遭遇してしまっていたとしたら逃げ切れないので、ここで話しかけるのはあまり良い判断ではないと思っていた。
 だが、それ以上に俺は直接訊きたいことがあったのだ。

 そして、ゆっくりと他の客に紛れて、隣のテーブルまで近付いたその時、

「何こそこそしてんだ?」

 後ろから聞き慣れたヴォルムの声が聞こえてきた。
 俺たちはいつの間に後ろに回ったのかと急いで振り返るが、そこにヴォルムの姿はない。
 そこで俺は失敗してしまったことに気付く。
 後ろから声が聞こえたとは言え、俺の視界には常にヴォルムが映っていたのだ。
 つまり、ヴォルムはずっと俺たちの正面にいて、更に俺たちの存在に気付いていて、からかうために後ろから声が聞こえるように細工したのだ。
 てっきり後ろに回り込まれたかと思ったが、これでは自ら隙を晒しに行ったようなものだ。

「修行が足りんなぁ」

 再び前方に視線を戻した時、ヴォルムはそんなことを言いながら目の前に立っていた。
 その距離二十センチほど。
 近すぎると文句を言いたくなったが、ニヤニヤと笑うその顔を見ると、何も言えなくなってしまった。

「折角だ、ちょっと付き合え」

 俺たちはそのまま流されるまま、ヴォルムに従いテーブルに着いた。
 さっきまで誰かと会話していたようにも思えたが、その相手らしき人物が見当たらない。
 俺たちのことを気遣ってどこかに行ってくれたのか、そもそもそんな人がいなかったのか、真相は定かではないが、俺はこの場ではどうでも良いことだと特に訊いたりするようなことはしなかった。

「なんでこんなところにいるんだよ」

 だが、訊きたいことはちゃんと訊く。
 俺ははぐらかされても問い詰める意気でヴォルムに迫った。

「なんでって……そりゃあ用事があったからに決まってんだろ」

 案の定、ヴォルムはその用事の内容が何なのかは詳しく言わなかった。
 ただ、今の問いだけではこういう返しになってしまうのも仕方がないように見える。
 訊き方を変えよう。

「……何があったら孤児院を開けてこんなところにいられるんだ?」

 俺の問いに、ヴォルムは一瞬その質問の意味が理解できないといった様子で顔をゆがめたが、すぐに俺が何を言いたいのか察したようで、なるほどね、と独り言ちてから静かに笑った。

「何か勘違いしてるみたいだが、俺は何も孤児院に子供たちだけを残してここに来たわけじゃないぞ? ちゃんと分体が見てるから大丈夫だ」

 分体。それは何らかの方法で自分の身体を二つ以上に分けた時の呼び方だ。
 要するに分身みたいなものだが、分身に比べてできることの幅が広かったり、簡単には消えなかったり、生み出すコストが異様に高かったりと、その中身は全くの別物になっている。
 言ってしまえば高級な分身。それがいるのだから、安心しろと言っているのだろう。

「そ、そうだったのか。なら、良かった」

 実際、ヴォルムの分体がいるというだけで、俺としては十分安心できる。
 俺が修行中のエピソードになってしまうが、ちょっとした分身一体ですら、俺は倒すことができなかったのだ。
 それに関しては俺が防御専門だったというのも関係あるのかもしれないが、とにかく、ヴォルムの分身、分体は、本体ではないくせに恐ろしいほどの能力を有している。
 神かそれに準ずるような何かが直接手を出したりしない限りは安全だと言って良いだろう。

「じゃあ、ここに来た用事ってのは何なんだ?」

 子供たちのことは安心できたから良い。
 だが、それにしたって分体を作り出しまでしてこの時間帯に来なきゃいけない用事というのは何なのだろうか。
 考えれば考える程、不穏なものがあるように思えてならなかった。

「いつもの野菜とお菓子、それから勇者が来てるって言うから、話のネタになればと思って」

 だが、ヴォルムの言葉を信じることが前提になってしまうが、その内容は不穏だとか、怪しげな言葉が似合わない類のものだった。
 いつものお菓子、というのも、取り出して見せてもらったら、確かに孤児院では定番のお菓子の一つだった。

 ここで、俺の頭に、一つの考えが浮かんでくる。
 後輩が心配でヴォルムが怪しいことをしているのではないかと疑っていたが、もしかしたら、ここで会ったのは本当に単なる偶然で、俺がしている質問というのは、だいぶ見当違いのものなのではないか、という考えだ。
 だとしたら、訊くべきはもっと別のこと。
 俺は話題を変えようと、半ば無理矢理に質問を挟んだ。

「勇者は見れたのか? なんか色々やってたみたいだが」

 しかし、俺はこの問いをしてすぐ、ヴォルムがニヤニヤと笑い出したのを見てまた失敗したと後悔する。

「やってたも何も、お前が何かやってたんだろう? いっちょ前に指導もしちゃって」

 どうやらヴォルムの奴、勇者たちに魔力操作を教えていたあの場にもいたらしい。
 全く気付かなかったが、あれが身内にも見られていたと思うと恥ずかしくてしょうがなかった。


 そうして和やかな雰囲気になりつつあった俺たちのテーブルだが、ヴォルムの「大事な話もあるんだけどな」という一言で、一気に固い空気が流れることとなったのだった。

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