「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第二章 第五十一話 神再び

 風呂から上がり、サニの作った夕飯を食べた俺たちは、再び部屋に戻っていた。
 今夜は今までと違って綺麗な身体で気分もさっぱりしている。
 さほど疲れているわけでもないし、寝るまで何をしていようか。

 女子二人に目をやると、温風を出す魔術で髪を乾かしたりとまだ何やらやることがある様子。
 フォールもそれと一緒に乾かしてもらっているので、この空間でただ一人やることのない俺が暇を持て余しているという状況だ。

 あと十数分も待てば皆暇になるのだろうが、それを待っていようという気持ちはなかった。

 何と言うか、何でもないはずなのに暇が極まって何もする気が起きないという状態に陥ってしまい、とにかく何でも良いからと収納空間アイテムボックスの整理でもしようかなとベッドに横たわると、少し大きめの欠伸が出た。
 それによる涙で視界がぼやける。
 なぜだか嫌な予感がしたが、視界を確保するために半ば反射で瞬きをしてしまう。

 やっちまったと思うもそんなことは無視して視界はクリアーになり、俺の目に映ったのは思わず目を瞑りたくなるような彩度の高い色が入り乱れた奇抜な世界だった。

 見覚えのない景色だが身に覚えのある感覚。
 だいぶ前のことのように思うが、この空間は依然『癒し』を司るという神――ヨロウと会った時と同じような場所だ。
 無駄にカラフルなのを見ると全く同じ空間とは言い難いが、言葉では言い表せなくても同質のものだと断言できる何かがあるのだ。

 その証拠に、ここでもどこからともなく声が響いてきた。

「やあ、少年」

 一度聞いただけでは性別が判断できないような、どこか幼げなその声は、前から聞こえたような気がするが、ずっと前方を見ていた俺の目には人影らしきものは映っていなかった。
 こんな空間であるし、音が変な反響をしていたり、そもそも場所が特定できないようになっていたりしているのかもしれないからと辺りを見まわしてみるが、それでも俺を呼んだ人物を見付けることはできなかった。

「少年、こっちこっち。さっきまで見てた方向だよ」

 再び声が聞こえ、俺はその声に従って元剥いていた方向にもう一度目を向ける。
 だが、そこに人の姿はなく、あるのはさっきと変わらない景色だけ。
 色が入り乱れすぎて実は同じ方向ではなかったのかもしれないと少し幅を持って探すが、それでもまだ視界に捉えることができない。

「もー、なんで分かんないかな。これでどう?」

 若干呆れた声が聞こえ、視界の一部が揺らめいたように見える。
 そこに何かがいるのかと目を凝らすが、その瞬間、見えるより先に両肩にポンと手を置くような感覚が伝わってきた。

 何も見えないのに触られているという状況に困惑しながらも、揺らめいた地点を凝視していると、俺の目の前に何かがあるような気がしてきた。
 ピントを遠くから近くへと合わせていくと、何やら透明の物体があるように感じられた。

「ガラス……?」

 不意に俺の口から洩れたのは、透明の代表格とも言える物体の名前だった。
 ちなみに、この世界でも窓や食器、容器などにガラスが使われている。

「ガラス? 違うよ、ボクだよ。肩に手、乗せてるでしょ?」

 確かに今も両肩に手が乗せられているような感覚はある。
 だが、そこに乗せられているはずの手が見えないのだ。
 その感覚が本当かどうかを確かめるため、俺は自分の肩に手を伸ばす。
 すると、指先に何かが当たった。
 恐る恐るそれが何かを探るべく手の平全体で触ると、それは完全に人の手の甲だった。

「ほら、いるでしょ?」
「もしかして、透明人間……?」

 触れることはできても決して見ることは敵わないもの、それでいて人型であるのなら、それは透明人間だ。
 なんで分かんないのかなどと言われていたが、カラフルで置いてあるものの境界なのか色の境界なのかが分かり辛いような空間にいる透明人間を見付けるなんてことはそう簡単にできることではない。
 そんなに見付けてほしかったのならさっさと触るなりなんなりすれば良かったのだ。
 俺に非があるような言い方をされても認めないぞ。

「透明、ではあるけど、ボクは人間じゃないよ。ほら、前にヨロウに会ったんでしょ? だったらもう分かるよね」
「神様ってことか」

 ヨロウの名を出されたらもうそんなのは一つしかない。
 こいつも同じように神なのだろう。
 透明人間ではなく、透明神。
 別にそれを司っているわけではないだろうが、なんの神様なんだろうか。

「正解! さすがに簡単すぎる質問だったね。ボクはこの世界の神の一柱――『娯楽』を司るボードっていうんだ。よろしくね!」

 さっきよりも明るく、快活な声で自己紹介をしてくる。
 ボードという神は『娯楽』を司るそうだ。
 何とも嫌なものを司っているような気がするが、それについては何も言及しないでおく。

「俺は冒険者のスマルだ。よろしく」

 とりあえずこちらも自己紹介を返しておく。

「うんうん、二人目ともなるとスムーズで良いね! 見付けてもらうまでに時間がかかったのには目を瞑っておくよ」
「今も視認できてるわけじゃないんだけどな」

 ここまで話した感じで、ボードは『娯楽』を司るというだけあって楽しいことや面白いことが好きそうだというように見える。
 すぐに自分の位置を教えてくれなかったり、神であることのカミングアウトをクイズのようにしたり。
 姿は見えないが、その遊びや、俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。
 だから俺は、一見危険そうな冗談じみたことを平気な顔をして言う。
 逆に、つまらない男だと判断された時に何をされるか分からないという恐怖がある分、ただ受け答えするよりは安全だと思いたい。

「それに関しては申し訳ないね。望んでこの姿でいるわけじゃないから許してよ」

 望んでいないということは、生まれつきなのだろうか。
 いや、神でも上下関係があったりして透明になる呪いか何かをかけられて戻れなくなってしまったという可能性もある。
 どちらにしても、この話題はあまり深く掘らないでおこう。

 俺がこれ以上話を広げるつもりがないということが伝わったのか、ボードはさてさて、と話題を変えた。

「今日、君をここに呼んだのには理由があってね、協力してほしいことがあるんだ。君はこの世界とは別の場所から来たでしょ? この世界に生きる人間の中でもちょっと違った感性を持ってると思うんだ。だから、君の身の周りに起きてることをボクにも見せてもらえないかな」
「それくらいなら別にいいが、勝手に見ればいいんじゃないか?」

 どうせ他の神にももう見られているのだろうし、今更頼まれなくても見せてやるというのに。

「それがそうもいかなくてね。正確には君にボクの眼を貸し与えてより正確な情報を送ってもらおうって契約をしてほしいんだ」
「眼……?」
「そう! 特別な眼でね、魔力とかの消費はあるけど、色んなものが見えると思うよ!」

 色んな、もの。
 俺はヴォルムに神から貰った力は極力使うなと言われていたことを思い出したが、今回の代償は眼を通じて詳細な情報を送ること。
 きっとその眼で見たものがそのまま送られるのだろう。
 それなら俺に実害はないし、良いのではと思う。
 いつまでもヴォルムに縛られる人生では面白くない。
 ここは自分の意志で契約をするとしよう。

 俺が承諾すると、ボードは嬉しそうに「ありがとう!」と言い。

「じゃあ、そろそろ時間もないみたいだし。早速面白い映像が見れることを期待しているよ!」

 そんなセリフを吐いて俺の肩から手を離した。

 するとその瞬間、視界がグニャリと曲がったように見え、気付いた時には元のベットの上に戻ってきていた。

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