第二章　第三十四話　初めての依頼

　一晩ぐっすり眠った俺たちは、朝の支度をし、サニに朝食は露店で買うことを伝えて宿を出た。

　少し遅くまで寝ていたため既に太陽は高い位置にあったが、特別暑さは感じず、むしろ日光の温かさが気持ち良いくらいの気候で、風が吹くと涼しく、行き交う人の間から美味しそうな食べ物の香りを運んできてくれた。

　その香りに食欲が刺激され、空腹感が急に襲ってくる。
　その欲望に従って香りの元を辿って行くと、丁度ギルドへと向かう大通りに出た。
　道の両端には屋台や露店がずらりと並んでいて、多くの人がそこで売られる物品を物色している。
　かくいう俺たちもその例に漏れず、朝食となる食べ物を探していた。

　屋台で売られている食べ物は、感覚的には縁日の屋台に近く、焼き肉串や饅頭なんかはどこかで見たことのあるような、懐かしいような感じがする。
　その他にも見たことのないようなものがたくさんあり、その種類は数えきれないほどであるが、どれも美味しそうであるという点では共通していた。

「色々あるのね」
「……どれを食べるか、迷う……」

　しかし、どれも美味しそうであるが故に、俺たちは何を食べるか決めあぐねていた。
　別に今日、これからこの街を出て行くわけではないので、言ってしまえば今何を食べようがこれからいくらでも食べる機会はあるのだが、それを分かっていても悩んでしまう。

　結局、俺たちはその周辺を三十分以上歩き回って悩んだ末にみんなで焼き肉串と挽肉の入った蒸し饅頭を買い、ギルドへ向かって歩きながらそれを食べた。

　焼き肉串はサイコロ状のステーキ肉を串に刺して焼いたもので、濃いめの塩味と香辛料がパンチのある味を作り出し、弾力のある肉を噛めば噛むほど肉の味が染み出てくる絶品であった。
　蒸し饅頭の方はワイルドな焼肉串とは対極的に控えめな味付けで、出汁や旨味に重きを置いているような印象を受けた。特に肉まんと小籠包の間に位置する特徴的な皮から染み出てくる肉汁が何とも感動的であった。
　ちなみに、フォールは肉であれば何でも食べるようで、焼いてある上に塩気の強い焼肉串でも気にせずバクバクと食べていた。

　食べ物だけでは喉が渇いてしまうので、ギルドに着く少し前に果物と野菜のミックスジュースを買ったのだが、それが面白い一品で、容器に中身が刳り抜かれた柑橘類の皮が使われており、口に近付けた時には柑橘類特有の爽やかな香りが鼻腔いっぱいに広がった。
　勿論、中身のジュースも美味しく、俺が飲んだオレンジ色のジュースはミカンのような甘酸っぱい味がメインで、その後ろにクセの強い風味が隠れていた。
　モミジとユキはそれぞれ赤と緑のジュースを飲んでいて、赤は酸味が控えめで美味しかったみたいなのだが、緑はいわゆる青汁のような健康重視の味でユキは苦い苦いと嘆いていた。
　それでも飲み干してしまうから不味くはなかったのだろう。
　他にも色々な種類があるようなので、機会があったらまたここに寄りたいものだ。

　こうして朝食を終えた俺たちは、冒険者になって初めての依頼を受けるべくギルドの扉をくぐった。
　中は昨日来た時と変わらず冒険者とギルド職員がいるだけだったが、丁度依頼内容を達成しに行った人が多かったのか、夕方ほど多くの人はいなかった。

　これなら待たされることもないだろう、と俺たちは依頼が張り出された掲示板の前まで歩く。
　どんな依頼があるのかと期待して見てみると、期待外れなことにそのほとんどが雑用代わりのものだった。
　一応魔物の討伐などもあるが、今残っているのは冒険者なら誰でも倒せるような小型の魔物ばかりで、報酬もあまり美味しくない。

　まだ初心者だし、ここは地道に雑用をこなすべきか……？

　見た限りでは、どれを受けても報酬はさほど変わらず、違うと言ったら依頼が面倒かどうかということくらいだ。
　ならば、今回は簡単に終わる依頼を選んで確実に報酬をいただいておこう。

　モミジとユキに俺の考えを話すと、魔物と戦いたかったが、小型の魔物をチマチマと始末するだけの依頼よりは雑用の方が良いとのことで、ひとまずは了承してくれた。
　数ある依頼の中から俺たちは倉庫の掃除を選び、職員のいるカウンターに持って行く。
　今回対応してくれた職員は、綺麗な金髪を腰のあたりまで伸ばし、金属の細いフレームの眼鏡をかけた鋭い目つきの女性だった。

「この依頼を受けたいんだが……」
「はい、依頼の受注ですね。ギルドカードの提示をお願いします」

　そう言って依頼の書かれた紙を受け取った職員は、俺のギルドカードを見た。
　依頼の書かれた紙には依頼主とギルドが決めた難易度がランクと同じ色で書かれており、基本的には自分のランクと同じ色の依頼を受けることが推奨されている。
　ランクと違う色の依頼を受けるのは禁止されているわけではないが、暗黙の了解で自分のランクから上下一つまでの難易度を受けることになっており、それ以外を受けようとするとあまり良い目では見られないのだとか。
　俺たちが受ける依頼は難易度緑で、俺たちのランクと一致する。

「はい。ありがとうございます。依頼を達成しましたら、達成した証拠――今回は依頼主のサインを持ってこちらにお越しください。その証拠の提示を以て依頼達成、報酬の受け渡しとなります。何か質問はありますでしょうか」

　依頼達成までの流れの説明を受けたが、大体予想通りだったので特に覚えようとしなくても大丈夫だろう。
　そんなことより、閑散とした掲示板がいつもあんな感じなのかを訊いてみることにした。

「じゃああの掲示板について訊きたいんだが、いつもあんな感じの依頼しかないのか？」
「いえ、今は丁度依頼が少なくなっているだけです。ギルドは何か事件がない限りは常に開いていますので、高難度の依頼や報酬の良い依頼は朝の内になくなってしまうのですよ」

　どうやら、ロクな依頼がなかったのは来るのが遅かったのがいけなかったようだ。

　すると後ろで話を聞いていた二人が反応した。

「遅く来た私たちのせいだったのね」
「……次は、もっと早く来る……」

　俺は職員に礼を言い、やたらやる気の二人を連れてギルドを後にした。

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