「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第一章 第二十八話 旅立ち
俺らが狼と戦った場所は孤児院の建物から見ると裏口側にあり、そこからまっすぐ建物に向かうと、庭を通ることになる。
別に正面に回っても良いのだが、正面側に用事がない限りは基本的にそんな面倒なことをするような人はいないだろう。
もちろん、俺たちもそうしているし、もう庭も半分くらいまで到達している。
そう、俺たちは『森に生息するフォレストウルフの群れを一つ壊滅させる』というヴォルムからのお題をこなし、その報告をするために帰っているのだ。
一匹殺さずにテイムしてしまっているが、一匹では群れたくても群れることはできないという理論で押し切れば問題ないだろう。
そんなことを考えていると、建物に到達する前に中からヴォルムが出てきた。
「お、その様子だと、スマルのトラウマは克服できたみたいだな?」
どうなるか分かっていたくせに、そんなことを言ってくる。
「分かってたんだろ? そのためにヒントもくれたみたいだしな」
咄嗟に言い返すが、ヴォルムは肩を竦めただけで明確な返事は返してくれなかった。
その代わりに、
「ところで、そこのワンコは何だ?」
俺がテイムしたフォレストウルフ――フォールのことを訊いてきた。
「フォールだ。俺たちが戦った群れのリーダーだと思うんだが、他の狼となんか違うと思ってな、テイムしてきたんだ。まずかったか?」
いきなり弁明するような言動をとると何かやましいことがあるように見えてしまうため、平然として答える。
「いや、まずいことはない。森の中で何があったのかは感知してるから分かってる。試験は合格だ」
だがそんなことを考えていたのは俺だけのようで、ヴォルムは特に気にした様子を見せずに淡々と合格を通達した。
俺たちが頑張ったというのに、そんなに簡単に済まさなくても良いじゃないか。
せっかく考えた群れたくても理論も使えず仕舞いだ。
「なんだ、不満か?」
どうやら俺は感情が顔に出やすいタイプの人間であるらしく、ヴォルムが俺を見てそんなことを訊いてきた。
「不満なんてないわ! これで私たちも外に出られるのよね!」
「……念願の、お外。楽しみ」
俺は不満があったわけだが、モミジとユキが嬉しそうなので俺も頷いておく。
フォールもしっぽを振っているから、きっと嬉しいのだろう。
場の雰囲気が明るくなると、俺だけ不機嫌ではいられない。
楽しそうにしている二人と一匹を見ていたら、なんだか俺も楽しくなってきた。
もうヴォルムが何を言っても気にしないでいられるはずだ。
そう思っていたのだが、俺たちは次の一言で浮ついた雰囲気から引き戻されることになる。
「ところでそのワンコ、テイムしたのは良いとして、お前らどう育てるとか決めてる? 何が餌になるかも知らないまま外に連れ出すんじゃねぇぞ?」
言われてみて、そういえばフォールのことを何も知らないままだったことに思い至り、とりあえずは何を主食とするのか知っていないか、モミジとユキの反応を窺った。
三人とも考えたことは同じようで、俺たちはお互いの顔を見合うがその反応からして誰一人としてそんなことを考えていなかったことが分かった。
俺が言えた口ではないが、まったくもって酷いものだ。
「スマルがテイムしたんだし、ね?」
「……私は、何も知らない」
モミジとユキは、誰も知っている人がいないことを察すると、そう言って俺に全責任を擦り付けてきた。
そして、二人の顔が背けられていく。
これ以上は何も言わないということか。
堪らず俺も視線を動かすが、その時に見えたフォールは信じられないといった表情でこちらを見つめていた。
テイム主の俺なら知っていると思ったのだろうか。
残念ながら俺はテイマーを目指していた過去はないし、魔物が好きで知識も豊富なんてこともない。
狼の主食はなんとなく肉だろうな、程度の浅はかな考えしか持ち合わせていないのだ。
だが、だからと言ってここで俺も分かりませんじゃ格好がつかない。
こうなったらイチかバチか、言ってみるしかないみたいだ。
「肉! フォールの食べるものは肉だ! 極力食には不自由なく暮らせるようにするから、な?」
そんな出鱈目を言って大丈夫なのかとか、そもそも狼に人の言葉が理解できるのかとか、色々と不安があるが、言ってしまったからにはもう引き返せない。
あとは必死に合っていることを願うのみだ。
「なんだ、知ってたのか。餌が分かれば最低限育つからな。建物の中には入れられないから、お前らが出て行くまでは庭で飼うようにしてくれ」
俺の言ったことは結果的に正解ではあったものの、さすがに苦し紛れの勘だったことはバレているらしく、フォールも含めこの場にいた全員が微妙な面持ちだ。
ヴォルムが話を進めてくれたから良かったが、このまま非難の目を向けられていたらと思うと恐ろしい。
これからは知らないことは知らないと言える人間になろう。
「何はともあれ、合格おめでとう」
これ以上微妙な空気の中にいたくなかったのか、ヴォルムがそう言って締める。
「や、やったわね!」
「……わーい」
こうして無理矢理ながら、俺たちの試験は合格という結果をもって終了した。
もちろん俺はその後、テイムやフォールを育てることについての話をヴォルムに訊きに行った。
===============
試験の日から十日ほどが経った頃。
俺とモミジとユキ、そしてフォールの三人と一匹は、孤児院の玄関で見送りを受けていた。
今までは向こう側にいた俺たちも、遂に旅立つ時が来たのだ。
ちらほら泣いている子がいて、俺も最初はずっと泣いていたな、と懐かしく思う。
「今まで、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
そう言って、モミジとユキが深く頭を下げた。
いつもは泣いたりしない二人だが、その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
隣にいるフォールは、いつも通り大人しくしているが、その表情はいつもより引き締まって見える。
今日がいつも通りの日常ではないことを察しているのだろう。
やはり頭の言い狼だ。
孤児院に残る後輩体の視線が、モミジ、ユキ、フォールと移り、最後に俺のところで止まった。
注目の的である俺はにやけているヴォルムを一瞥してから口を開く。
「十五年にはもう少しで届いてないが、俺は今日、ここから出て行く。後から出てくるチビッ子、見かけたら声かけてくれ。ヴォルム、世話になったな。ヴォルムが困ることはなさそうだが、なんかあったら俺の力を使ってくれ」
何を言うかは決めていたはずだが、言い始めると忘れるわ思いつくわで頭の中がしっちゃかめっちゃかだ。
なんだか言わなくていいことまで言っているような気もする。
これ以上話すとろくなことになりそうにないから、何も言わずに終わらせよう。
「さすがに言いすぎたかもしれないが、感謝してる。ありがとう。元気でな」
モミジとユキを見習って俺もお辞儀をする。
「ああ、じゃあな」
俺が頭を上げたと同時に聞こえたヴォルムの挨拶は、とても簡潔だった。
これ以上は、誰も何も言わないという空気になったため、俺たちは踵を返し、ドアを開けた。
振り返りたい衝動に駆られたが、それを抑えて、外に向かって足を踏み出す。
後ろから聞こえる鼻をすする音や嗚咽を全て無視して、森に入って行った。
しばらく進んで振り返ってみると、そこに孤児院の気配はなく、ざわめく木々がもうあそこには戻れないと言うと同時に、俺たちの旅立ちを後押ししているように感じた。
これにて第一章は終わりとなります。
ここまで読んでくださった読者の皆さん、ありがとうございます。
予告通り、次話から二話ほど閑話を挟んで第二章に入ろうと思います。
別に正面に回っても良いのだが、正面側に用事がない限りは基本的にそんな面倒なことをするような人はいないだろう。
もちろん、俺たちもそうしているし、もう庭も半分くらいまで到達している。
そう、俺たちは『森に生息するフォレストウルフの群れを一つ壊滅させる』というヴォルムからのお題をこなし、その報告をするために帰っているのだ。
一匹殺さずにテイムしてしまっているが、一匹では群れたくても群れることはできないという理論で押し切れば問題ないだろう。
そんなことを考えていると、建物に到達する前に中からヴォルムが出てきた。
「お、その様子だと、スマルのトラウマは克服できたみたいだな?」
どうなるか分かっていたくせに、そんなことを言ってくる。
「分かってたんだろ? そのためにヒントもくれたみたいだしな」
咄嗟に言い返すが、ヴォルムは肩を竦めただけで明確な返事は返してくれなかった。
その代わりに、
「ところで、そこのワンコは何だ?」
俺がテイムしたフォレストウルフ――フォールのことを訊いてきた。
「フォールだ。俺たちが戦った群れのリーダーだと思うんだが、他の狼となんか違うと思ってな、テイムしてきたんだ。まずかったか?」
いきなり弁明するような言動をとると何かやましいことがあるように見えてしまうため、平然として答える。
「いや、まずいことはない。森の中で何があったのかは感知してるから分かってる。試験は合格だ」
だがそんなことを考えていたのは俺だけのようで、ヴォルムは特に気にした様子を見せずに淡々と合格を通達した。
俺たちが頑張ったというのに、そんなに簡単に済まさなくても良いじゃないか。
せっかく考えた群れたくても理論も使えず仕舞いだ。
「なんだ、不満か?」
どうやら俺は感情が顔に出やすいタイプの人間であるらしく、ヴォルムが俺を見てそんなことを訊いてきた。
「不満なんてないわ! これで私たちも外に出られるのよね!」
「……念願の、お外。楽しみ」
俺は不満があったわけだが、モミジとユキが嬉しそうなので俺も頷いておく。
フォールもしっぽを振っているから、きっと嬉しいのだろう。
場の雰囲気が明るくなると、俺だけ不機嫌ではいられない。
楽しそうにしている二人と一匹を見ていたら、なんだか俺も楽しくなってきた。
もうヴォルムが何を言っても気にしないでいられるはずだ。
そう思っていたのだが、俺たちは次の一言で浮ついた雰囲気から引き戻されることになる。
「ところでそのワンコ、テイムしたのは良いとして、お前らどう育てるとか決めてる? 何が餌になるかも知らないまま外に連れ出すんじゃねぇぞ?」
言われてみて、そういえばフォールのことを何も知らないままだったことに思い至り、とりあえずは何を主食とするのか知っていないか、モミジとユキの反応を窺った。
三人とも考えたことは同じようで、俺たちはお互いの顔を見合うがその反応からして誰一人としてそんなことを考えていなかったことが分かった。
俺が言えた口ではないが、まったくもって酷いものだ。
「スマルがテイムしたんだし、ね?」
「……私は、何も知らない」
モミジとユキは、誰も知っている人がいないことを察すると、そう言って俺に全責任を擦り付けてきた。
そして、二人の顔が背けられていく。
これ以上は何も言わないということか。
堪らず俺も視線を動かすが、その時に見えたフォールは信じられないといった表情でこちらを見つめていた。
テイム主の俺なら知っていると思ったのだろうか。
残念ながら俺はテイマーを目指していた過去はないし、魔物が好きで知識も豊富なんてこともない。
狼の主食はなんとなく肉だろうな、程度の浅はかな考えしか持ち合わせていないのだ。
だが、だからと言ってここで俺も分かりませんじゃ格好がつかない。
こうなったらイチかバチか、言ってみるしかないみたいだ。
「肉! フォールの食べるものは肉だ! 極力食には不自由なく暮らせるようにするから、な?」
そんな出鱈目を言って大丈夫なのかとか、そもそも狼に人の言葉が理解できるのかとか、色々と不安があるが、言ってしまったからにはもう引き返せない。
あとは必死に合っていることを願うのみだ。
「なんだ、知ってたのか。餌が分かれば最低限育つからな。建物の中には入れられないから、お前らが出て行くまでは庭で飼うようにしてくれ」
俺の言ったことは結果的に正解ではあったものの、さすがに苦し紛れの勘だったことはバレているらしく、フォールも含めこの場にいた全員が微妙な面持ちだ。
ヴォルムが話を進めてくれたから良かったが、このまま非難の目を向けられていたらと思うと恐ろしい。
これからは知らないことは知らないと言える人間になろう。
「何はともあれ、合格おめでとう」
これ以上微妙な空気の中にいたくなかったのか、ヴォルムがそう言って締める。
「や、やったわね!」
「……わーい」
こうして無理矢理ながら、俺たちの試験は合格という結果をもって終了した。
もちろん俺はその後、テイムやフォールを育てることについての話をヴォルムに訊きに行った。
===============
試験の日から十日ほどが経った頃。
俺とモミジとユキ、そしてフォールの三人と一匹は、孤児院の玄関で見送りを受けていた。
今までは向こう側にいた俺たちも、遂に旅立つ時が来たのだ。
ちらほら泣いている子がいて、俺も最初はずっと泣いていたな、と懐かしく思う。
「今まで、ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
そう言って、モミジとユキが深く頭を下げた。
いつもは泣いたりしない二人だが、その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
隣にいるフォールは、いつも通り大人しくしているが、その表情はいつもより引き締まって見える。
今日がいつも通りの日常ではないことを察しているのだろう。
やはり頭の言い狼だ。
孤児院に残る後輩体の視線が、モミジ、ユキ、フォールと移り、最後に俺のところで止まった。
注目の的である俺はにやけているヴォルムを一瞥してから口を開く。
「十五年にはもう少しで届いてないが、俺は今日、ここから出て行く。後から出てくるチビッ子、見かけたら声かけてくれ。ヴォルム、世話になったな。ヴォルムが困ることはなさそうだが、なんかあったら俺の力を使ってくれ」
何を言うかは決めていたはずだが、言い始めると忘れるわ思いつくわで頭の中がしっちゃかめっちゃかだ。
なんだか言わなくていいことまで言っているような気もする。
これ以上話すとろくなことになりそうにないから、何も言わずに終わらせよう。
「さすがに言いすぎたかもしれないが、感謝してる。ありがとう。元気でな」
モミジとユキを見習って俺もお辞儀をする。
「ああ、じゃあな」
俺が頭を上げたと同時に聞こえたヴォルムの挨拶は、とても簡潔だった。
これ以上は、誰も何も言わないという空気になったため、俺たちは踵を返し、ドアを開けた。
振り返りたい衝動に駆られたが、それを抑えて、外に向かって足を踏み出す。
後ろから聞こえる鼻をすする音や嗚咽を全て無視して、森に入って行った。
しばらく進んで振り返ってみると、そこに孤児院の気配はなく、ざわめく木々がもうあそこには戻れないと言うと同時に、俺たちの旅立ちを後押ししているように感じた。
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