「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第一章 第十八話 五日前の出来事

 力を行使してから五日。俺は代償として特に何かを失ったようには感じないまま日常を過ごしていた。

 あの時のことは、誰にも話していない。
 厳密には、目覚めたときに一応何があったのかヴォルムから訊かれたのだが、動揺していた俺は咄嗟に血塗れのイチョウを見て倒れてしまったと嘘をついた。
 当然、ヴォルムはそれが嘘だと見破っていたようだが、それ以上の言及はしてこなかった。

 俺としては、不可解なことがいくつかあって、それについて話をしたいところなのだが、何かを知っているであろうヴォルムがあの場にいなかったというのも疑問の一つであることから、訊こうにも訊けないでいたのだ。

 しかし、さすがに分からないことが多すぎる。
 完全には信用できないが、ヴォルムを頼るしかないようだ。

 そこで俺は昼過ぎの授業の時に、思い切って訊いてみることにした。
 ちなみに俺は今、魔力操作の仕方を教わり、毎日動きを複雑にしながら制御するということをしている。
 体内魔力で体外魔力に干渉してどうのこうのということらしいのだが、感覚で覚えてしまった方が楽なのだそうで、小難しい理論はほどほどにとりあえず実践しているのだ。

「お、良い感じだな、スマル。これならもう三日やれば簡単な魔術は使えるようになるだろうよ」

 教師というか師匠というか、そんな立場にいるヴォルムは俺のことをそう評価してくれている。
 反応からして早い方なのだろうか。
 だとしたら嬉しいことだ。

「前に言った通り、最初は治癒魔術を教えてくれよな」

 イチョウを自分の力だけで助けられなかったことと、何かと使い勝手が良さそうなことから魔力操作初回の授業で、できるようになったら治癒魔術を真っ先に覚えたいとも申し出たのだ。

 怪我やら病気やらでいつ死んでもおかしくないというのは、異世界あるあるの一つだろう。
 そんなものにはならないというのもまた物語ではテンプレなのだが、対策を講じておくに越したことはないはずだ。

 それから数分間、どう動かせ、少し早い、今度は遅い、乱れただなんだと指示を受けながら、俺は魔力をグルグルと掻き回していた。
 魔術の基本、初歩中の初歩ということで、思っていたよりはずっと楽で簡単だが、地味で退屈なのが少し難点だ。

「これだけできれば今日は良いだろう。時間のあるときにテキトーにやっといてくれ」

 それから魔力操作に集中していると、ヴォルムはそう言ってあっさり授業を終えようとした。

「あ、待った待った。ヴォルム、話がある」

 このまま去られたら肝心の話ができなくなってしまう。
 今日の授業は受けることよりもこっちの方が大事なのだ。

「なんだ? やっぱり火属性にしとくか?」

 どうせヴォルムのことだから、きっと俺が何を言いたいのかは分かっているのだろう。
 だが、直接それを訊いてくるようなことはせず、そういうたちなのか冗談で返してきた。
 当然、そんな茶番に付き合うつもりはないので完全に無視だ。

「いや、そうじゃない。五日前のことだ。イチョウを見て倒れたと言ったが、あれは嘘だ」
「知ってた」
「だろうな」

 やはり、嘘だと見抜いた上で放置していたようだ。

「あの日のことで疑問がある。答えたいことだけで良いから教えてほしいんだ」
「何だって答えてやんよ」

 色々と隠蔽されるのではないかと思ったが、どうやらその心配は杞憂だったようで、フフンとなぜか得意げなヴォルムは本当に訊いたらなんでも答えてくれそうだ。

「じゃあまず一つ目だ。俺が呼ばれて庭に出たとき、呼んだはずのヴォルムがあそこにいなかったのはなんでだ? イチョウが大怪我してるっていうのに、監督役としていたのなら助けてやるべきだったと思うんだが」

 質問漏れがないように、時系列に沿って質問することにした。

「ああ、あれは急に森の中に部外者の反応が出てきたから探してたんだ」

 一見まっとうな回答のようにも思えるが、

「すぐに見つけられるだろ。それにあの場に残ってるのが一番安全じゃないのか?」

 いつものヴォルムなら絶対にしないような判断だ。

「場所が特定できなかったんだよ。分かるか? 俺の索敵に引っ掛からない相当な手練れが近くにいるんだぜ。探さないわけあるか」

 ふむ、そう説明されると確かに仕方のないことなのだと思えてくる。

「いや、待て。だとしても残った方が安全なのには変わりないだろ」

 しかし、それこそ離れている間に俺らが襲われでもしていたらどうするつもりだったのだ。

「いいや、違うんだなこれが」
「どう違うんだよ」
「まず俺の索敵は俺の近くにいるほど効果が上がる。つまり動き回って反応を見ればその気配の強さから場所が特定できるんだ。攻められるのを待つよりこっちの方が確実で簡単だ。それに俺が全力で隠密行動すれば相手も迂闊に手を出せないと思ってな」
「……なるほど」

 今度こそ、納得できる内容だった。

「じゃあ、次。フィオ達がイチョウのことを忘れてたのと庭にあった結界は何だ?」
「あれは潜んでる奴がイチョウ狙いの奴だった時のための隠蔽結界だ。防御結界としても働く。他の子供たちの反応まで消えたら不自然だと思ってイチョウだけ囲ったつもりだったがお前も入っていたんだな」

 ヴォルムが俺に気付かなかったというのはおかしな話だが、確か家自体に隠蔽の細工がされているみたいだし、きっとどうでも良かったのだろう。

「じゃあ、最後。イチョウを助けなきゃと思ったら神様っていうのに会ったんだがアレについては何か知ってるか?」

 どうせヴォルムは簡単に答えてくれるのだろう。
 そう思っていたが、俺が質問をし終わった次の瞬間、部屋を埋め尽くしそれでもなお膨らみ続ける激情がヴォルムから発せられた。

 ビリビリと響くように伝わり、この感情が自分に向けられたものではないと分かっていても竦んでしまうほどの圧力があった。

「……ヴォルム?」

 恐る恐るヴォルムに呼びかけると、今にも破裂しそうな怒気が次第に弱まり、穏やかな空気が戻ってきた。

「……すまない。取り乱した」

 いつもふざけた雰囲気を纏っているのに、今はそれが一切感じられない。
 別人になってしまったのかと錯覚するくらいにヴォルムは変貌していた。
 鋭く強い眼差しが少し怖い。

「大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。それよりその話、詳しく教えてくれ」


 そんな見たことのない眼光に晒され、俺は尋常ではない様子のヴォルムに神様との話をすることになったのだった。



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 読者の皆さんのお陰です。
 ありがとうございますm(_ _)m

 良ければこれからも読者でいてくださると嬉しいです。

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