乙女ゲームの攻略対象キャラは悪役令嬢の味方をする。

なぁ~やん♡

1.転生完了、そして

「……ディエルト殿よ。本日より、貴殿をジュリエット公爵令嬢の側近兼専属騎士とする」

「はっ。感謝致します」

 いきなりこの瞬間に転移して意識がもうろうとしているが、神力を使ってむりやり意識をシャットダウンしないようにする。そのためすらすらと言葉が出てくる。神としてのプライドと言えばいいのだろうか。
 始まりとはこういうことか。俺、ディエルトは国家でもトップに立つほどの剣士で、ジュリエット公爵の護衛を命じられた、というところ。
 全員の攻略対象キャラのプロローグで始まるこのゲームは、最初にプレイする女子などにかっこいい! を植え付けるためである。
 人気に火をつけた理由のひとつがこれでもある。攻略対象であるディエルトのプロローグは、まさにこの瞬間なのだ。

 ちなみに今のジュリエットは五歳で、思考も意識も五歳の物である。ただ、いきなり転生して戸惑っているだろうし、大人の脳を五歳の脳で使いきれるかどうかも怪しいと俺は思っている。あくまで、俺は。
 それなりに扱えれば、転生者次第で五歳以上に頭をフル回転させられるだろうが。

 色々考える必要はない。別に、無理していきなり事実を全てつめてを教えるつもりはないので、彼女が理解するまで待つつもりだ。
 詰め込むことに良いことなどないのは、アリアの柔らかい対応を見ていれば分かる。

「では、下がれ。すぐに彼女のところへ行くのだぞ」

「了解致しました、失礼します」

 ややジュリエットに気持ちが傾いているらしい皇帝から命じられた後、俺は彼からの命令を全うするため急いで謁見の間を出る。ジュリエットには既に立派な部屋が用意されていて、禁で作られた扉をコンコン、優しく叩く。
 まあ、最初は皇帝もジュリエットの才能にご執心だったからな。ベアトリーチェという存在ができてから、優しい演技をしていた彼女に毒されていた。
 ジュリエットには専属執事や、メイドなども居るらしいが、俺ほどいつも一緒にいるわけではないことはゲームをプレイすればわかる。

 ジュリエットにはいつだってディエルトが付いており、彼も最初はジュリエットに気持ちが揺らいでいた部分もあった。
 まあ、それのさらに上をベアトリーチェがいっただけのこと。
 神界の平和と言う責任を全て背負った転生者ジュリエット(五歳)は現在眠りについており、恐らくこの世界に来たストレスで、ポジティブな人間だから寝たのだろう。

 まあ、ポジティブなのはただの推測である。
 しかしまず現実を見てもらわねばならない。本当の彼女は五歳ではないのだから、起こしても構わないだろう。

「ジュリエットさま。ジュリエットお嬢様?」

「んうー……ふぇえっ!? ……えーっとあの、貴方は誰ですか? まさか私は捕まったのですか? いやそんなはずは……」

「ジュリエット様。貴方は乙女ゲームLOVE heart mysteryの悪役令嬢ジュリエットに転生いたしました。私は貴方を補佐するためにやってきた、乙女ゲームの神、この世界ではディエルトと申します」

「うそ、ディエルト!? 私、本当にこの世界にやって来たんだね……いや、ですのね……」

 最初は起こすつもりはなかったのだが、説明のためには仕方ない。腰につけている聖剣がじゃらり、と音を立てた。
 恐らくジュリエットもLOVE heart mysteryの事を知っているのだろう。
 というか、この驚きぶりは遊んだこともあり、ディエルトの事も知っているのだろう。俺が自分がここに来た理由をすべて話すと、ジュリエットは悩み始めた。

 そりゃ、神界の平和が全て彼女に託されているのだから。
 それにしても彼女が先程捕まっただのあり得ないだの言っていたのは、とても興味深い。本当にこの世界に来たのか、という発言も別視点でとらえれば怪しいとも感じられる。
 さておき、彼女は大きく息を吐いて戸惑いながら口を開いた。

「私、いやわたくし、ベアトリーチェ様を止めなければいけないのね……いや、ですのね」

「ええ、そうですね」

「待ってください。専属騎士なのですから敬語はおやめください。人がいないときは普通の話し方でお願いしますわ」

「……適応性が高いんだな。すぐに慣れてるじゃないか」

「生前もわたくしは適応性が高くなければいけない家系におりまして。それではわたくし、これからどうすればよろしくて?」

 ピンクのドレスをつまんで、優雅にカーテシーをしてくれたジュリエットだが、髪の寝癖が優雅さを隠し、可愛らしさを出している。
 ジュリエットというキャラクターは最初から綺麗な顔をしていて、ベアトリーチェよりは魅力的なキャラクターだ。
 しかし、既にベアトリーチェに惑わされた男性陣はジュリエットを信じられなかったのだろう。ちょっと訳ありなキャラクターも多かったので。
 まあ、プレイヤーからの同情を誘うためだっただけなのだが、そこが伏線となってゲーム会社が喜んでいたのは気味が悪いと感じた思い出として知っている。

 俺としては、タイプなのはジュリエットの方だったがな。
 今更この話をしても仕方がない、俺は跪いていた姿勢がきつかったので立ち上がり、ジュリエットを座らせると自分はそこの椅子に座った。
 さすがに何十分も跪いているつもりはない。というか、膝が痛い。

「特に何かをする必要はない。学園に入りベアトリーチェに会う十二歳になるまで、ひたすら礼儀や魔術の訓練をする、ベアトリーチェへの弱点はひとつも見せず、付け入る暇を与えない。多分、それが一番のルートだ」

「魔術、ですの。わたくしのステータスはそれほどなんですの? ゲームをプレイしていても、そんな感じはしませんでしたので……」

「ああ。LOVE heart mysteryのジュリエットの一番残念な所はそこだった。ステータスは素晴らしいのに、きっちりと訓練をしてこなかった」

 魔術適性はどれもA。火属性だけB。しかしそれも宮廷魔術師の上になれる実力だ。LOVE heart mysteryでは期待されたが、十二歳の学園入学時に、実技訓練でしくじったのだ。
 ベアトリーチェの魔術にコントロールされ、正しく魔術を放つことができなかったのだ。そして、ジュリエットはまず生きていくための一歩目を踏み外してしまう。
 魔術訓練は英才教育に含まれていたのだが、本気でやることは無かった。自分を襲う恐怖でいっぱいいっぱいだったのだ、それが開始した時期は。

 それはジュリエットも知っているエピソードだったので、緊張して震える腕を必死に制する。これ以上考えてしまうと涙が出そうになるだろう。
 ひとつでも踏み外したらあとは死以外残されていない。悪役令嬢とは、ひとつ回避されても次々と恐るべしと言いたいほどの死亡伏線が張られていく者だ。

「そこで、俺は神だ。人間に訓練を教えるくらいはできる。攻撃系魔術の訓練については、この部屋にシールドをすればできるだろう。ジュリエットごときのステータスに負ける気はないのでな」

「分かりましたわ。バットエンドがいけないというのなら……わたくし的には、早々バットエンドになって元の世界にでも戻りたかったのですけど……」

「すまないな。神界の事情に巻き込んでしまって」

「いえ、かまいませんわ。この世界を満喫してみるのも楽しいと思いましてよ」

 ……まさか、人間に論されてしまうとはな、と思う。にこり、と満面の笑みを浮かべるジュリエットは、美しき女神そのものだった。
 藍色の、星空のようにきらめく瞳は不思議と人を、神をも引き付ける。
 ふんわりと腰までウエーブがかかっている蒼い髪は、女神降臨を思惑させる。

 そんな彼女がどうして追い詰められてしまったのか、恋をすると人は盲目になる。それを操ったベアトリーチェのおかげである。
 人の心理を握っている彼女だからこそ、美しいジュリエットから皆の視線を逸らす事が出来たのである。

「そういえばだが……ベアトリーチェを追い詰めるための裏ルートを俺は知ってる。だが、追い詰めた先の未来は分からんぞ、辞退するなら今の内だぞ」

「問題はありません。そこからはわたくし自身が道を切り開かせていただきますの。貴方もずっと此処にいるわけではないですし……ここから出て行ったあと、ディエルト自身の魂はどうなるんですの?」

「この体に戻る。俺の記憶も全て入っているが、恐らく受け止めるのに時間がかかるだろう。その時はお前が説明してやってくれ」

「分かりましたわ、やらせていただきます……」

 やはり指が震えている。一歩でも選択を間違ったら死ぬという世界で、ただこの世界を見ていただけなのに転送された。
 俺のように「転送する」と言われたわけでもなく、心の準備なしにいきなり。
 確かに、その場合は俺でも震え上がることは間違いなしだろう。

「安心しろ、ジュリエット嬢。いかなる場合でも俺がお前を守り抜く。この国を破壊してでも、ハッピーエンドに導かなければならないからな」

「ありがとうございますわ……それは、最終手段、ですわね?」

「ああ。できればやめて欲しい最終手段だ。導いてから俺はいないからな」

 不敵な笑みを浮かべると、くすり、とジュリエットが微笑んだ。その姿もまるで女神のようで、俺も貰い笑いをしてしまう。
 突然、扉が軽くそれでいて優雅に数回叩かれた。
 俺は勢いよく椅子から立ち、ジュリエットのそばに立つ。扉から出てきたのは優しいと人気のメイド長であるミレナだった。
 勿論、厳しい時は厳しい女の鑑である。

「お嬢様。幼馴染のアルト様が遊びに来ております、どうされますか?」

「……分かりましたわ。アルトのところへ連れて行って。ああ、ディエルトも連れて行ってよろしいですの?」

「勿論です。では、こちらへ」

 アルトを味方につけるには、現在状況を信じてもらわなければならない。まずそこが一番の難関だ。今まで普通だったジュリエットが五歳になって突然自分は転生者だと語ってくるのだから、普通は疑うだろう。そこも、ジュリエットと俺次第か。
 最初の一歩だ。ジュリエットがハッピーエンドを迎えるために、まず味方にした方がいいであろう、後々影響力が高くなる一人。
 震える彼女の手をさりげなく、優しく握り、俺達はアルトの待つ庭へ向かった。

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