Waving Life ~波瀾万丈の日常~

柏崎 聖

70話 花の輝き

 花の輝き


 次の日。
 俺と蘭華はいつものように登校して、教室に入った。
 教室には、殆どの人が既に座っていた。
 俺と蘭華は、いつも通りに教室に入る。
 絵里の横を通った時だった。
 俺の耳元に、絵里が突然囁いた。


「放課後……。ここで」


 直接話があるのだろう。
 とにかく彼女の口調と声のトーンがいつも通りになっていて一安心した。

 俺は頷き、そのまま自分の席へと向かった。


 誰もいない静かな放課後。
 2人きりの教室。
 これで何度目だろうか。
 絵里は、俺の席の隣に座って俺と向かい合わせになっている。
 だが、座ってからずっと彼女は下を向いたままだ。
 夕方の外は、カラスの鳴き声が響く。
 その声はガラス越しでもハッキリ聞こえるくらいに教室は静寂に包まれている。

 何一つ喋らないまま、15分経った。
 いい加減こっちから話しかけた方がいいだろうか……。


「あのさ……。何か話あるんだろ?」


 その言葉を聞いて彼女は顔を上げた。
 その彼女の表情は、とてもしょんぼりとしている。


「うん……」


 俺の問いかけに彼女は小さく返事をした。
 そして、一息吐いた後に彼女は話し始めた。


「本当に、ごめんなさい……。剣也君」


 そう謝り、彼女は頭を下げた。


「顔、上げろよ。別に謝らなくてもいいよ」


 そう言うと彼女は顔を上げる。
 そして再び彼女の顔を見た。
 すると、頬に光るものが伝っていた。


「私、本当に剣也君のこと大好きだった……。だから校舎裏のを見た時にすごいショックだった。フラれたことが悲しかった……」


 学校祭最終日の校舎裏。
 俺は蘭華に好きだと伝えた。
 その現場をこっそりと彼女は見ていたのだ。


「私を選んで欲しかった……。その為にずっと頑張ってきたの……。その努力が水の泡になったと思ったら、この現実から逃げたくなって……。フラれたという事実から逃れたくて……。だから、だから……」


 だから、演技をして本当の自分はフラれていないという事実を作り出そうとした。
 でもそれは現実からの逃げ。
 フラれた事実を認めない限りは、次に進めない。
 その事に気付いて彼女は、元に戻ったのだ。

 ……、振った自分が言う事じゃないけど……。

 彼女は涙に顔を濡らし、グチャグチャになっていた。
 伝っていた涙もポロポロと、床に滴っていた。


「涙、拭きなよ」


 俺はいつも持っているハンカチを鞄から取り出し、絵里に手渡した。


「ありがと……」


 彼女はそのハンカチで涙を拭う。


「俺はさ……」


 俺はさ……。なんだよ?
 彼女に優しい言葉をかけて慰めるのか?


「絵里の……」


 優しさは時に人を傷つけるのだと、既に学んでいるはずなのに……。


「そんな顔は……」


 同じ過ちを何度も何度も繰り返して……。


「見たくないからさ……」


 また、人を傷つけてしまうのか?


「笑っていて欲しい……」


 余計なお世話だと分かっていても……。
 俺は彼女を放っておけない。

 悲しそうな、涙に濡れた表情をしている彼女を見たくないというのは紛れもない本音。
 彼女には笑っていて欲しい。
 これから先も咲き続ける一輪の花として、綺麗に咲いていてほしい。

 そんな願いがあるから、俺はそう言うのだ。


「剣也君って、本当に優しいよね……」


 彼女の顔には嫌そうな感じはなかった。
 だけど、心の中でどう思っているかは分からない。


「そんな優しい所に私は惚れたんだろうな……」


 彼女は天井を見上げた。
 涙を堪えるためだろうか。
 それとも今までの思い出を振り返っているようにも見えた。

 そして、拭き取ったはずの涙は再び頬を流れる。


「現実、受け止めなくちゃ駄目だって分かってるけど……。やっぱり……」


 俺は無言で彼女の様子を見守った。
 振った俺が口出ししてはいけない。
 自分で立ち直って、再び歩き出さないと意味が無いのだ。
 彼女は袖で涙を拭って俺の方を見た。


「ねぇ、剣也君……?」
「うん」
「これからも友達でいてくれる?」


 その質問の意味……。
 彼女は、決心したようだ。
 新たな一歩を踏み出すと。

 俺は、彼女の後押しをするのは当然だと思っている。
 それは、振った相手だからという理由ではなく彼女は1人の大切な友達だから。


「当たり前だろ?これからもよろしくな」
「ありがとう!」


 そういった彼女は、笑っていた。
 こうして一輪の花は、再び輝きを放った。
 そしてその輝きは、きっと周りの人を照らしてくれる大事な存在になるだろう。


「ねぇ、剣也君……」
「ん?」


 ……。
 これが彼女の再スタートの足がかりになるのだろう。

 俺は、頬にキスされた。


「今までありがとう!」
「あぁ」


 雲の間から射す夕日の光は、俺たちを照らしていた。
 外は近づいてくる冬の関係でとても寒いけど、俺たち2人の間は暖かかった。




「お疲れ!」


 俺たちは、一緒に玄関に向かった。


「絵里ちゃん!おかえり!」


 玄関で待っていてくれた蘭華が、絵里に抱きついていた。


「うん!ただいま、蘭華ちゃん!」
「よーし!これから絵里ちゃんの復活祭をするぞー!場所はいつもの喫茶店だ!今から競走で1番遅かった人の奢りだよー!」


 復活祭するのは良いけど、もし絵里がビリだったらどうするんだよ?
 そこの所、しっかり考え……。


「ちょっと待て!勝手にスタートするな〜!」
「フライング禁止なんて言ってないよ〜!」
「小学生の言い訳かよ……」


 蘭華は、勝手にスタートして走り出してしまった。
 おかげで俺と絵里は取り残されてしまった。


「待ってよ〜!蘭華ちゃん!」
「じゃあ、俺達も行くか!」


 このまま走れば、もちろん俺が勝ってしまうので俺はゆっくり走ることにしよう。
 はぁ〜、奢りかぁ。
 金足りるかな……。

 俺たちは、2人揃って蘭華を追いかけた。



 こうして再び、平和な生活が戻ってきた。
 でも、それは束の間。
 大事なことを俺や周りの人は忘れている。
 時は待ってくれない。
 だから、別れの時はどんどん近づいているのだ。

 今日は10月29日。
 間もなく11月を迎える。
 彼女との別れの日までは、あと5ヶ月なのだ。

 そう。俺達が忘れているのは……。


『蘭華の留学』


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