Waving Life ~波瀾万丈の日常~

柏崎 聖

47話 優しさと裏腹に

 優しさと裏腹に
 1


「剣也君?大丈夫?」

 絵里の声が耳に入る。
 半弥に叩かれた後、俺は床を眺めていた。
 そして、心の中で泣いていた。
 自分がいかに愚かな人間なのか。それを知るには十分だった。

「剣也君、とりあえず教室を出よう」

 俺は絵里に促され、とりあえず廊下に出た。
 授業はあと3分ほどで始まる。

「大丈夫?」

 再度心配そうに聞いてくる。
 身体の面では大丈夫だ。
 だが、心の面ではどうだろうか。
 心が痛い。
 何をすべきか……。分からない自分がいる。

「まぁ、何とか」
「あいつもあいつだよ。いきなり叩くなんて……」
「いや、その点は俺が悪いさ」

 半弥がキレるのも無理はない。
 誰だって優しさを踏みにじれば嫌な気分になるだろう。
 それは、西島の時に俺自身が感じたことだ。

「悩みを抱えていたのに、嘘をついていた俺が悪い。イライラしていて半弥に八つ当たりした俺が悪い」
「ねぇ、剣也君。話してみてよ。何があったか」

 話すか、話さないか。
 とても迷っている。
 でも、相談しないことには問題の解決には至らないか。
 それは、先輩に毎回相談して解決していたからよく分かっていたことだ。
 イライラしていて気が狂っていたんだろうな。さっきの俺はそんなことも考える余裕が無かったらしい。
 話すことにした。

「分かった。話すよ。でも今は授業前で時間ないし、放課後でもいい?」
「うん、そうしよう」

 そう絵里が言ったところで予鈴がなった。
 2人とも教室に戻った。

 2

 クラスメイトの視線は今日一日中続いた。
 でも今ようやく開放された。
 放課後になった。
 今日は会議がある。そのためあまり遅くなると間に合わなくなる。
 手短に済ませるべきだろう。
 秋の屋上には少し乾燥した風が流れていた。
 そんな中、俺たちはベンチに座っている。

 一通り話した。
 西島の件も、蘭華の件も、今の現状も。
 西島の裏の面については言うなと言われていたけど話さなくては相談出来ないのだ。
 それに俺は彼女を信頼している。
 恐らく心配はいらないだろう。

「なるほどね……」
「どうすればいいんだろうな……」

 頼りの先輩は今も仕事で忙しくて学校にあまり来ていないらしい。
 今頼れるのは、絵里だけだ。

「蘭華ちゃんにやっぱり聞かないといけないと思う。蘭華ちゃんと西島君との間に何があったのかを」

 蘭華はその話を嫌がるような言い方をしていた。
 そしてその話をして以来、極力会話を減らしてその話題になるのを避けていた。
 そのため2人の関係自体も悪くなっていった。

 もし西島の件を聞き出せたら、話を解決出来るのかもしれない。
 けど、信頼出来ないと思っている蘭華が口を開くとは思えないのだ。

「蘭華は俺を信頼出来ないんだよ。心を開いて相談できるほど仲が良くなかった。だから簡単には口を開いてくれないと思う」

 絵里がうんうんと頷く仕草を入れる。
 何か分かったのだろうか。

「剣也君」
「?」

 絵里は、真剣な話をしているのに何故か微笑んだ。

「なんで笑うんだよ?真剣に話しているのに」
「剣也君は本当に蘭華ちゃんがあなたを信頼していないと思っている?」
「……」
「もし、蘭華ちゃんと西島君の間で起きた出来事が剣也君に関わる内容だったら。ましてや、剣也君が傷つくような内容だったら、蘭華ちゃんはどうすると思う?」
「ま、まさか」

 俺に話せば、俺が傷つく。
 そんな内容だったとしたら、蘭華はどうするだろう。
 その立場に俺が立てば、必ず……。

「悪い、急用ができた」
「そう。なら早く行かないとね」

 イタズラげに笑う。
 さっきの微笑みは、話が馬鹿らしくなったのではない。
 変な勘違いをしていた俺を馬鹿にしていたのだ。
 信頼されてないわけがない。
 信頼されてないのなら今まで一緒に過ごせるわけがない。
 それを俺は気付けず、絵里は気付いていたのだ。
 番数は俺より下のくせに、こういう時ばっかり頭回るんだな!笑。

 次第に俺の心にも明るさが戻ってきていた。
 絵里のおかげだろう。
 俺は急用ができたという見え見えの嘘をついて、屋上を飛び出した。
 もちろん、どんな用かは絵里も分かっている様子だった。
 それは……。
 今すぐ蘭華と話をすること。



「蘭華ちゃんにこれだけ熱心なんだもの。私に気があるとはとても思えないよ」

 ちょっとは気があるかな?と思っていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
 だから、そんな自分を笑った。
 同時に、彼に好きになってもらえなかった事が悔しい。
 だから、同時に涙が頬をつたう。

「振られたも同然だよね、私……」

 そう嘆いて、1人の屋上で静かに泣いた。

 3

 1秒でも早く、彼女を苦しみから開放してあげたい。
 例え傷つくような内容であっても俺は大丈夫だから、話してほしい。
 そう伝えて彼女の苦しみを解いて、そしていつもの俺たちの関係に戻りたい。
 あんな重たい雰囲気の俺たちの会話はもうしたくない。
 教室に着いて俺は思いっきり戸を開く。
 中には蘭華が1人、席に座っていた。

「蘭華!」

 息切れしていて、声はあまり大きく出なかった。
 辛うじて蘭華にギリギリ届いたくらいだ。

「あ、剣也……。会議は無くなったよ。西島君が用事があるからって」

 やはりどこか元気がないような声だ。
 でも、もうそんな声を俺は聞きたくない。

「聞いて欲しい事があるんだ!」

 なんかこの流れだと、告白みたいだな。笑。
 冗談を言えるほど、気分は良くなっていた。

「何?」
「お前、前に西島の話をした時に嫌そうな顔してたよな?それに声にも出てたし」
「……」
「何か俺に隠してないか?」
「っ!」

 図星のようだ。
 彼女のリアクションを見れば一目瞭然だ。

「そして、それは俺が聞くと嫌な気持ちになるかもしれない、傷つくかもしれないような内容だよな?」
「剣也の言う通りだよ。西島君との間に色々あったんだよ。でも、それを剣也に言えば剣也を傷つけるかもしれない。そう思って私は言わなかった」

 どうやら絵里が言っていたことは本当だったらしい。
 蘭華は少しずつ、涙声になってきていた。

「別に信頼してないから話さなかった訳じゃないよ!だからもし、そう思っていたならごめんね」

 申し訳そうにこちらを見てくる。
 目は赤くなってきている。

「まぁ、実際そうだったんだけどね」

 そう言って俺は笑う。

「本当?ごめん、本当にごめん」

 蘭華は何度も頭を下げた。
 その勘違いで俺は長い間苦しんだ。
 だけど今、誤解が解けたので特に気にしていない。

「いや、いいよ。そんなに謝らなくても」
「傷つけてしまうかもしれない。そう思ったから私は剣也に話してない。剣也が傷つく所を、私は見たくないの……」

 ポロポロと涙が床に落ちている。
 今、俺はすごく嬉しい気持ちでいっぱいだった。
 俺のことを気遣ってくれていた彼女の気持ちがすごく嬉しかったからだ。
 だけど今、俺は1人で問題を抱えて苦しんでいた彼女を開放してあげたい。
 そのためなら多少の代償はやむを得ないだろう。

「なぁ蘭華。話してくれないか?」
「……」

 彼女は無言で首を横に振っている。

「俺は悩みを抱えて苦しんでいる蘭華をこれ以上見たくない」
「剣也……」
「多分、蘭華が俺が傷つく所を見たくないっていう気持ちよりも強いと思う。だからお願いだ。俺がいくら傷ついてもいい。だから蘭華、話してくれ!」
「剣也……」

 蘭華の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 こんなになるまで苦しみを抱えていたのだ。
 本当に可愛そうで仕方が無い。

「嬉しい……」

 そう言った彼女の顔は本当に嬉しそうだった。

「そう言ってくれて嬉しいよ……。分かったよ。話すね」

 蘭華は心を開いてくれた。
 その事がたまらなく嬉しかった。
 信頼してくれていると実感出来た。
 だから、その嬉しさが抑えきれなくなってきて涙が込み上げてきた。

 だから俺は涙を見られないように、彼女に顔が見えないように……。

「っ!」

 彼女を強く抱きしめた。

「これで俺の泣き顔、見られなくてすむな!」
「剣也ずるい!私の泣き顔は見られたのに……」

 蘭華の声はいつも通り、弾んでいた。
 そして俺たちの間には笑いが起きていた。

 笑っていられるのも束の間だと分かっていながらも、俺たちは心の底から笑っていた。


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