Waving Life ~波瀾万丈の日常~

柏崎 聖

9話 花朝月夕

 
 花朝月夕
 1


 今は、暖かさが増した5月。

 入学してからあまり経っていない頃、俺は2度も告白された。
 その事に俺は、今も半信半疑だ。
 そんな刺激の強い出来事から、早1ヶ月が経とうとしていた。


 今の俺には、恋愛の好きという言葉の意味がいまいち理解出来ていない……。
 そのため、彼女達の告白に対しては何も言えずにいた。
 どうするのがベストなのか、俺は常に模索していた。



 今日は火曜日。
 もう入学してから1ヶ月くらいになるからだろうか。
 日数を重ねる毎に、クラスにある独特の緊張感がなくなり、友好関係も徐々に築かれていた。

 最近の俺は、常に頭の中が告白の返事のことだった。
 しかし、日を重ねたところで意見がまとまらず困っていた。
 誰かに相談するのが正しいのだろうが、あいにく相談する相手がいない……。
 だからいつまで経っても進歩せず、とても困っているのだ。


「蔭山君!お客さんよ!」


 席に座ってその悩み事をずっと考えていると、クラスの女子に突然名前を呼ばれた。
 俺を訪ねてくる人とは、一体誰なのだろうか……。


 俺は、とりあえず教室の外に出てみた。
 そこにいたのは予想外の人物。


「っ!どうしたんですか?先輩!」


 剣の女王だった……。
 わざわざ2年教室までここに来た彼女は息が少し上がっていた。
 授業開始5分前のタイミングで急いで来たからだろう。


「1つ話があってだな。放課後に近くの喫茶店に来てほしい」
「話って、一体……」
「悪いが、急いで戻らないといけない。また後でな」


 ただそれだけ言い残して彼女は、元来た道を走って戻っていった。

 話とは何だろうか……。
 彼女との接点が最近はほとんど無かったので、思い当たる節が無かった。
 いずれにせよ、その話は放課後にどの道分かるのだ。
 俺は、気にせず自分の席に戻って1限目の準備をしようと移動する。


「誰だった?客って」


 自分の席に戻ろうと思うと、突然声をかけられた。
 声の主は、クラスで最も仲の良い男子の
 岡部おかべ 半弥はんやだ。
 身長は俺と変わらない。
 特徴は、くせっ毛の前髪。
 ただこれは、彼にとって長所のようで、俺は素直に格好いいと思っている。
 俺はそんな彼と次第に言葉を交わすようになり、とても話しやすかったので、気付けば仲良くなっていたのだ。


「剣の女王って言えば分かるか?」
「ま、マジかよ!あの剣の女王?何?接点でもあるのか?」
「いや、無いわけじゃないけど、そんなに話したことないんだよなぁ。何か話があるから喫茶店来いってさ」
「え?いいなぁ。あんな美女と2人きりになれるなんて。もしかしたら告白かもよ!」
「それはないだろ」


 痛いとこつくな……。
 でも、あの人に限ってそれはないはずだ。
 確信はないが、彼女の表情から察するに、何か急用がある様子だった。


「いやいや。可能性は十分だぞ!」
「ないない」
「で、剣也的にはあの人に気があるのか?」
「そ、そんな訳ないだろ?」
「剣也なら有りそうだなぁ。結構、あんな感じの人好きそうだし」


 偏見が酷い……。
 それに、俺には好きという気持ちが良く分からないのだ。


「まぁ、期待し過ぎるなよ。これで『2度と近づいてくるな』とか言われたらお前のメンタル持たないぞ」
「いや、だからそんなこと起こらないって!」
「まぁ、とにかく頑張れ。俺もこっそり見ててやっから!」
「はいはい」


 俺は今日、こいつの認識を改めた。
 気が合うとか、話しやすいとか思っていたけど、そういうのは今ので全て消えた。
 こいつは面倒臭い男だ。そう、俺は断定した。

 俺はこれ以上話すのが面倒になったので、半弥が覗きにくることを拒まなかった。
 そして、嫌な予感が脳裏をよぎったのだった。

 


 7限が終わったので、俺と半弥は喫茶店に向かう。
 蘭華には携帯で伝えてある。


『悪い。用事があるから先に帰る』


 まぁ、これで大丈夫だろう。


「おい、剣の女王は何時に集合って言ってたんだ?」
「いや、来いとしか……」
「ふーん、そう」


 喫茶店に着いたのだが、中に剣の女王がいる様子はなかった。
 俺たちは、店内で待つことにした。

 半弥には他の客を装って貰うことにしてあるので、とりあえず俺は1人でテーブル席に……。
 あ……。
 どうやら俺の勘違いだったようだ。
 俺が店内に入ると、すぐ近くに、コーヒーを飲んで待っている剣の女王がいた。


「あ、来たか。早速座ってくれ」
「は、はい」


 俺は剣の女王に言われて、テーブル席に座った。
 何だろう……。
 これまでと違った、真剣な面持ちだ。


「悪いな、こんな所に呼び出して」
「い、いえ。で、何か用ですか?」
「君、最近様子がおかしいらしいな」
「えぇ?」

 俺は、知るはずもない俺の動向を知っていたことに驚いた。
 それに、まさか俺の話題だったとは思いもしなかった。


「別に変わりは無いですけど」


 剣の女王は、様子がおかしいと言った。
 でも俺は、表向きにはいつも通りに過ごしているつもりだったのだ。
 もしかしたら、傍からはそう見えていたのかもしれない……。


「そうか。宏誠が君の妹さんから様子がおかしいって聞いたものだから、直接君に聞いてみたのだが……」


 随分と遠回りしたようだ。
 1番最初が妹なら、直接俺に伝えればいいのに、と思う。
 兄妹だよな……。


「うちの妹がそう言っていたのですか?おかしいなぁ。いつも通りのつもりなのに……」
「『つもり』?君、何か悩み抱えてるだろ?」
「いや、無くはないんですが。別に相談に乗っていただかなくても……」


 そう。あくまでいつも通りにしていたのは表向きだけ。
 実際、内面ではあの悩みで頭がいっぱいなのだ。
 剣の女王に相談に乗ってもらえれば解決するのだが、何だか申し訳ない気がしていた。


「何でも聞くよ」
「で、でも……」
「遠慮はいらない……よ……」


 先輩は、急に言葉を止めた。
 そして目線が俺ではなく、違うところに向いていた。
 その目線の先に、立っていたのは先に帰ったはずの蘭華だった……。


「剣也?何してるの?用事があるって……。それに狭間っち……。あ……。うん。そういう事だったんだね。ごめん、気付かなかった……。邪魔してごめん」


 蘭華はそう言うと、後ろを向き走って店を出ていった……。
 どうやら、俺と剣の女王が付き合っていると勘違いされてしまったようだ。


「すまない。悪いことしてしまったな。君たちは、付き合っていたんだったな……」


 そう言えば、この人にも遊園地の時から勘違いされたまま……。
 俺は事実を伝える。


「いや、付き合ってませんって!勘違いしないで下さい!」
「そ、そうなのか。私の勘違いか……。……、それよりも追いかけないと」
「もちろん、追いかけます。あ、でも先輩は大丈夫です。俺だけで行きますから」
「その方がいいかもしれない。ただ、そこの盗み聞きしてる奴も連れてってくれ。目障りだ」

 
 どうやらバレていたようだ。
 俺は、見つかってまずいと思っている様子の半弥を摘み出して、店を出ようとする。


「すいません、話は今度で。失礼します!」

 
 そう言って、急いで後を追った。
 

「お、おい!どういうことだよ!」
「お前、盗み聞きしてたくせにまだ状況掴めてないのかよ」
「いや……。俺、カプチーノを満喫してたから聞いてなかった……」


 俺はその言葉を聞いて、走るのを1度やめた。


「お前、今日は帰れ。俺、ちょっと用事があるから」
「え、ちょっ、待てよ!」


 俺は半弥に伝え、1人で蘭華を追うことにした。

 途中途中、下校中の生徒に変な目で見られたが今はそれどころではない。
 早く勘違いを解かないと……。その気持ちでいっぱいだった。

 長く走り続け、そろそろ限界かと思っていると、いつもの場所についた。
 桜の花は、すべて落ちて今は緑の葉が生い茂っていた。


 その木の下。顔を気に向けて泣いている蘭華の背中が見えた。
 俺は、1歩、また1歩と静かに近づく。

 俺たちの距離は、もう2歩くらいになった。


「蘭華!」


 俺はそう声をかけた。
 すると彼女は、振り返って俺の顔を見た。
 夕焼けが彼女の顔を一層赤くしていた。
 それは恥ずかしさを強調したものでは無い。
 怒りの表情を強調しているものだった……。


「最低……。さようなら」


 彼女は、激しい怒号ではなく、静かにこれだけを言い残して、走ってこの場を去っていった。
 俺はそんな彼女を止めはしなかった。いや、出来なかった。
 彼女は、俺を嫌がっている様子だったから……。

 そんな様子を見たのは、長い付き合いの中でも初めてのことだった。
 だから、本当に心はしゅん、として何も考えられない。
 ただ呆然と、夕焼けが作り出す桜の葉の赤色を眺めることしか、今の俺にはできなかった……。


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