壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

不思議な黒猫

 覇人と緋真さんが出掛けている間、勝手気ままにみんなが行動する中、暇を持て余した私は猫の群れと遭遇した。
 その中心にいるのは、前には見かけなかった綺麗な毛並みをした黒猫を抱えている紗綾ちゃん。いつかみた光景と同じような状況が再現されていた。

「新しい子?」
「さっき拾った」

 捨て猫か。そういえば、この辺にいるのもすべて紗綾ちゃんが拾ってきたんだっけ。

「名前は決めてるの?」
「ケットシー」
「へー、可愛い名前だね」

 非常にコメントに困る名前だけに無難な返答を返しておく。けど、なんでいきなりそんな路線変更した名前になっているのかは気になるところ。それでも、あえて由来は聞かないでおこう。

「この子には魔力がある」
「え、うそ! 猫なのに?」
「猫にだって色々ある」

 まあ、そりゃあそうかもしれないけど。可能性があるとしたら、やっぱりアレかな。

「捨てられたから、なのかな」
「違う。捨てられてない」
「あれ、そうなの。私の勘違い?」
「多分、母猫が殺されたからだと思う」

 そう悲しそうに語る紗綾ちゃんは、腕に抱いた猫に同情するかのように強く抱きしめた。まだまだ愛情を受けて育っていく段階にあるせいか、されるがままにケットシーはじゃれつく。
 まるで愛に飢えているかのように、温もりを求めて――。

「殺されたって……猫同士で縄張り争い的なことでもあったのかな」
「ううん。車に轢き殺されていた。お腹から臓器を零した母親に駆け寄って――啼いていた。そのあと、運転手が降りてきて猫だと分かるとすぐに車に戻っていったの。そうして、この子に魔力が宿った」

 動物の魔法使い化。考えたこともなかったけど、確かにそれは猫にだって例外ではないのかもしれない。

「まだどんな魔法なのかは分からないけど、一声鳴いてから放たれた魔力弾が運転手の乗り込んだ車を爆破した」
「それ、ひょっとして結構な騒ぎになってるんじゃないの」
「うん。だからこっそりと連れ帰った」

 悲劇を語り終えた紗綾ちゃんは腰を下ろして、抱いた猫を群れの中へと迎え入れてあげる。

「この子も私たちと一緒で、一人ぼっち」

 私に聞かせるつもりはないのか、独り言のように呟かれる言葉は淡々としているのにどこか物悲しそうに思わせる。

「何も怖くはないよ。これから側にいるから」

 他の猫たちに見つめられながら地面に下ろされた黒猫は縋るように紗綾ちゃんから離れようとはしない。紗綾ちゃんはそんな黒猫の新しい環境への警戒を取り除いてあげるかのように、綺麗に整った毛並みを撫でてあげる。
 それは、とてもすごく優しい手つきで――。
 心地の良さそうにする黒猫に羨んだ他の猫たちが主人の元に集まるほどで――。
 瞬く間に紗綾ちゃんと黒猫の周りを仲間たちが囲んでいった。
 紗綾ちゃんは同じように撫でていき、そして次第にケットシーと名付けられた黒猫もいつの間にか仲間たちに溶け込んでいく。
 そこまで見届け、安心した紗綾ちゃんは立ち上がってそのまま去ろうとする。

「どこ行くの?」
「新しい子が増えたから。確認も兼ねて準備しなくちゃ」
「餌とかってこと。暇だし私も付いて行っていいかな」
「いいよ」

 素っ気なくも聞こえる言い方。でもそれが紗綾ちゃん。どうしてそんなにも感情を隠すようにしているのか分からないけど、猫と触れ合うことでちょっとづつ変わっていけたらな。て思う。
 紗綾ちゃんが歩き出そうとしたところ、ケットシーが足元にひっついて引き止めようとしていた。
 まだ母猫と死別したばかりで心細さがあるのかも。それにもしかしたら、紗綾ちゃんに母親を重ねているのかもしれない。必死に行かないでと訴えかけるように絡みついている。

「しょうがない子」

 紗綾ちゃんもその行動に心が動かされたのか、抱き上げるとケットシーに呟くように話しかけた。

「この子も連れて行く」
「甘えんぼさんだねぇ」

 茶化すように言いながら、艶やかな毛を撫でると想像以上に肌触りが良くて、つい夢中になって撫でまわしてしまった。そうしていると、初めはくすぐったそうにしていたケットシーも鬱陶しくなってきたのか私の手を除けようと腕で払われてしまった。

「もう触っちゃダメ」

 ついには紗綾ちゃんからも取り上げられ、ちょっぴりブルーな気持ちになりながら出発することにした。

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