壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

別の夜明け

 深夜だというのに、二十三区アンチマジック内では慌ただしく人が行き交っていた。それは今から数分前に入った二十九区の研究所跡地の再襲撃についてだ。
 そこでは、度重なる白聖教団の暗躍によって起こった事件の犠牲となった魔法使いたちの一時的な収監所としていたのだが、今回の件で全員がまんまと連れ去られてしまう事態が発生した。
 局長室にて、事の顛末を当事者である樹神鎗真から聞き終えた天童守人は、深々とため息をついて深く椅子に腰かけた。

「また例の組織か……それも逃げられた穂高緋真も一緒とはな」

 元々は研究所に収容されて人体実験をされていた魔法使い。わずか数人の侵入者に逃がされ、更には爆破されるにまで至った。

「メンバー内にはあなたの息子さんもいましたが」
「纏か……完全にそちら側についたみたいだな」
「心配ですか」
「いや。あれだけの啖呵を切ったんだ。好きにさせてやろう」

 アンチマジックと。人間と。父親と敵対することを選び取った実の息子にかける言葉はそれだけだった。
 子の考えを尊重させた、物分かりの良い父親と言えば聞こえはいいかもしれないが。実際のところ、天童守人がどう思っているのかは、鎗真はいまいち図れずにいた。

「問題は前回の二十九区支部の爆破と前々回の研究所の脱走。そして今回の件についての処理だ」

 表向きには明かされていないが、すべてにおいて白聖教団が関わっている案件だ。アンチマジックからすれば、何度も出し抜かれて連日休む間もなく対応に急かされ、組織内での疲弊も溜まる一方だった。

「B級の華南柚子瑠もそれなりに応戦はしていましたけど、やはり相手が悪いみたいですね。かと言って、最強コンビを動かさそうにもあの二人は勝手気ままですしね。やれやれ、弱りました」

 鎗真は自分の身分が明かせない以上、自身を戦力に数えずに二十九区に滞在する戦闘員を名乗っていく。

「神威と水蓮は教団の拠点の捜索中だ。あの二人は連中を叩くのに必要不可欠だからな」
「ああ、そういうことで。なら、それ以外のことは華南柚子瑠に一任させていると」

 最強のS級とA級戦闘員の現状を鎗真は胸の内にとどめておいた。
 なるべく自分の役目に集中したかったこともあり、白聖教団を噂の最強コンビが追っているのなら、自分は外部を気に掛けておくだけで済みそうだと。内心得をした気分に浸る。

「時に鎗真。連中の拠点について、おおよその目処は掴めないのか。監視官として、華南のサポートについていたと聞いているが」
「もうしばらく時間を貰えれば何とか……。ちょうど今、目を付けている組織の連中がいましてね。かなり慎重の行動を取っているので、こちらもバレずに探るのは中々骨が折れるんですよ」

 鎗真の苦労が滲み出るような疲れの籠った声に、出来ることなら報われるようにと願わずにはいられない。

「手間をかけさせるが、よろしく頼む」
「ええ、お任せあれ。……それでは引き続き捜索の方をしてきますよ」

 収穫はあった。最強コンビの動向。やるべきことがまだまだ残されている鎗真にとって、それが分かっているだけでもあらゆる方面で手間が省けそうだった。

「ああ、それともう一つ。確認事項があるのだが、いいかね? なに、時間は取らせん」

 局長室のドアに手を掛けかけたとき、背中から天童守人の言葉が投げかけられる。

「ええ、どうぞ。何か懸念でも?」
「聞いた話だが、先ほどまでお前は二十九区の現場にいたそうだな。だとしたら、おかしなことだ。一体、いつ――こちらへ戻ってきた?」

 ここは全四十七区の中の中心地――二十三区。
 二十九区から二十三区までの道のりは、車や電車を使ったとしても数時間はかかる。それを僅か数分足らずでの帰還。
 どう考えても不可能である。

「確かにおかしな話ですね。なにせ、僕は最初からここにいましたから」
「……それで」
「おそらく見間違いでもしたのでしょうね。教団からの突然の襲撃。それも真夜中でしたからね。現場は随分と荒れてましたし、そういった事もまあ、あり得なくはないのでは」

 鎗真の出した答えを品定めでもするかのように天童守人は聞いた。
 確かに状況が状況なだけに、あり得なくはないだろう。しかし――。

「その話しが真実なら、お前の監視区域は二十三区になるはずだが」
「そうは言いましてもね、現在二十九区のアンチマジック支部は壊滅させられている状態ですよ。人手が足りない時の緊急の対応を行ったまでです」

 つい数日前に再編成して、活動を開始したばかりではあるが、鎗真の言う通り万全の状態ではない。あくまでも当面の処置でしかなかった。
 そんな中での白聖教団からの襲撃。鎗真の対応を咎める理由はどこにもない。

「そもそも今のお前の身分は戦闘員のはず。今回は大目に見るが、あまり独断専行はしないことだ」
「肝に銘じておきます。それよりも、僕のことばかり気に掛けず、今回の功労者である華南柚子瑠にもちゃんと労ってあげると良いですよ。彼女、教団相手にかなり奮闘していましたよ」
「そうだな。あとで連絡を入れておこう」

 今度こそ話しは終わったことを感じ取った鎗真は局長室から退出する。それを見送った天童守人は一人静かに思案した。

「元監視官であり、外部の人間――樹神鎗真。いや、本名はソーマ・エコーだったか」

 同じ組織に所属していても、鎗真とは元々部署の違う人間だった。
 監視官の入っている異端診断室のことは知っているが、何分あそこは秘密主義な部分が多い。いかに天童守人がここ――四十七区画をまとめる抗魔局アンチマジックの局長であったとしても、全貌までは把握していなかった。

「診断室から横やりが入ったと見るべきか」

 考えられる可能性はそれしかないだろう。ソーマが外部の抗魔局本部から派遣されてきたことがより濃厚なものへとさせる。

「何を企んでいるかは知らんが、せいぜい利用させてもらうぞ」

 ソーマの監視官としての腕前は一級品だ。それだけは確かなことであり、内部事情は別として素晴らしき逸材に違いない。
 正直、異端診断室との関係性はどうでもいい。今はただ、利用できるものは徹底的に利用する。
 局長として、出した結論を胸に天童守人は夜明けを迎えた。

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