壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

アドバイス?

 単に暇でやることがなかった私たちは、早速魔法使い探しをするべく、車を走らせることにした。ちなみにここまで運んでくれた、どこぞで盗んだ車は廃棄されていて、組織の専用車を借りられることになった。
 地下に格納された駐車場では、白一色で統一された高級車が出迎えてくれた。履いているホイールが眩く煌めき、車体をより一層に高級感を際立たせている。別に車自体には興味ないけど、こんなものを見せられてしまったら言葉なんて出てこない。車マニアとかが見たらどんな反応をするのだろうか。
 ここにある分だけでどれだけの資産力を持っているのか計り知れない様には、さすが秘密の犯罪結社と言ったところかも。
 整然と並ぶ資産の塊を練り歩き、とりあえず人数的にもワンボックスカーを借りていく。

「やっと話しが終わったみたいね」

 目的の車がある一画に辿り着いた時、そこで緋真さんが車体に身体を預けて待っていた。

「見送りに来てくれたのですか?」
「私も付いていこうと思ったのよ」

 指に引っかけていた車の鍵をクルクルと弄びながら答える緋真さん。

「この人数でも乗れるわよね」
「いやいやいや。待てよ! マジでくる気かよ」
「当然でしょう。私の可愛い妹分たちが揃って組織のために動く初仕事よ。何かあったらと思うともう心配だから付いて行っちゃうわ」
「俺がいるってのに……過保護過ぎんだろ」
「あなた一人じゃ不安なのよ」
「俺……そんなに頼りねえの……」

 うなだれて肩を落とす覇人。まあそんなに頼りないわけではないけれど、緋真さんからしたらそうでもないのかな。あ、いやもしかしたら夜な夜な覇人は遊びふらついているところがあるし、そこがマイナス評価なのかも。だったら納得。だって、何も言わず勝手に消えるんだから。
 車に乗り込み、緋真さんが運転する。隣には当然のように蘭が乗り込んでいく。ほんと、仲のいい姉妹みたいだなあ。一人っ子の私にとっては羨ましい光景。

「でもさ、付いてくるって言っても勝手に来ていいもんなの? 怒られない?」
「マスターには保護者の役目を果たすって言っておいたわ」
「ええ……そんなんでいいんだ」

 仮にも幹部の一人なのに、そんな理由で自由に動かしてもいいんだ。随分とゆるいノリなんだね。

「各自の行動には制限はねえからな。やりたくなければ断ればいいし、やりたいことあるならやりゃいいし。ま、そんな感じだ」
「それにしたっては、自由過ぎない?」
「つっても、メンバー全員が組織の手足となって動いてるってことには変わりはねえよ。ただ、強制力はないってだけだ」
「ふーん」

 じゃあ、断る気はなかったとはいえ、私たちが受けた任務も断れたんだ。

「基本はマスターが私たちに声を掛け、そして私たちは下位の者たちに声を掛けるという仕組みね」
「上から順に回って来るってことですか」
「そういうこと。組織の技術関連もマスターの管理下の元、源十郎に全指揮権を与えられているのよ」
「その彩葉ちゃんのお父さんから今度は私たちに指示が出されたってことですね」

 組織図は至ってシンプルな感じだ。
 頂点にマスターの如月久遠。その下には緋真さんたち五人の幹部。そのさらに下に私たちが下っ端群って感じだね。そして、上下関係はほとんどなし。現状の私たちが何よりの証拠。

「覇人の回収屋もそうなのか?」
「まあな。あれだけのことをやってのけようと思えば、必然的に幹部クラスかそれに匹敵するほどの実力を持った魔法使いぐらいしか出来ねえからな」
「その辺りの配慮も、例のマスターの采配か」
「俺が断れば、たぶん汐音辺りが任されんだろ。あいつは戦闘能力以上にこの手の任務には最適な魔法があるからな」

 汐音の扱う創造系の魔法。それは念じるだけでまるで意志ある動物の様に繊細な動きをさせる。実際にあの魔法で研究所を見つけたりしているのだし、確かにあれだったらうってつけだね。

「汐音には最適ね。けど、あんまり無茶はしてほしくないわ」
「そう思うだろ。てなわけで、俺が率先して引き受けたって訳よ」

 調子よく覇人が言葉を滑らせる。
 絶対、突発的に出て来た言葉だ。ちょっとどや顔を決めているのがその証拠。いつものことで、茜ちゃん以外は呆れた風。

「馬鹿は置いといて――それよりもお姉ちゃん。気になっていたのだけど、これどこに向かってるの?」

 会話に夢中で全然気にしていなかったけど、そういえばって感じで今更ながらも疑問が湧いてきた。
 時々、信号につかまりながらもあっちへウロウロ、こっちへウロウロと当てどなく走らせているその様はまるで――。

「目的地なんてないわ。ドライブよ、ドライブ」

 そう、まさにそれだ。けど、まさか本当にドライブだとは思わなかったよ。
 この移動時間は一体何だったのか。と微妙な雰囲気が車内に漂わせ、訴えかける。

「たまにはいいじゃない。みんな揃ってのんびりとする機会なんてそうそうないのよ」
「あのぉ……緋真さん。一応、私たち頼まれごとの最中なんですけど」
「茜ちゃんの仕事熱心なのはいいことなのだけれどね。手掛かりがないのだから、焦ってもしょうがないわよ」
「でしたら、まずは手掛かりを探すところから始めるんですね」
「……もう始めてるわよ」
「え?」
「こうやってドライブをしながらも、何かそれらしい手掛かりがないか目を光らせているのよ」

 先日の被害で崩れ去った廃墟みたいな町並み。そこで段ボールで身を寄せ合いながら、暮らしている人を横目にして過ぎ去って。
 溢れんばかりに押し寄せ、洪水のように負傷者が流れ出てくる病院を通り過ぎて。
 そんな中でも以前までと何一つ変わらない生活を送れている人もいる。
 被害の大きい場所。小さい場所。全く受けていない場所。そんなところが目に付き、先の争いでの悲惨さを物語らせている。

「私たちみたいな裏の住人は、なるべく世間に溶け込むような手段を取った方が良いわ」
「そうだな。下手な行動を打って、アンチマジックに捕捉されては元も子もないしな」

 目がどこに付いているのか。こうして、街中を眺めているだけでも人なんて山ほど通りかかる。その何人かが――あるいは何十人かが――私たちを探しているのかもしれない。
 私たちが探しているように――相手も私たちを探している。
 先に見つけるか――見つかるか。
 広いようで狭いこの世界で所在を探り合う前哨戦。
 否が応にも始められる前哨戦。
 なのに緊迫感の欠片もないのは、これが当たり前となってしまっていることに慣れてしまっているからか。何にせよ変に意識する必要はない。
 世間に溶け込むってことはそういうこと。

「言っておくけど、私はどこかの誰かさんと違ってサボったりなんてしないわよ」

 すぐに私は心当たりのある人物へと目が入ってしまった。同時に蘭も私と同じ方へと向ける。その一点に集中されるのは覇人。

「なんで俺を見んだよ」
「いや、だって……ねえ」

 なんとなく気持ちを共有しあっている蘭に投げかける。

「あんたしかいないでしょうが」

 目を放せばどっか行って、そのまま朝まで帰ってこないこともあったし。飲みに行ってたり、ギャンブルしてたりとやりたい放題なくせに。あとは学生時代の態度とかを上げるとキリがない。

「覇人を庇うわけじゃないけど、適度に気を抜くことも大事よ。自分のペースに合わせるようにすること」
「いや、まったくその通りだ」

 緋真さんの言葉にすかさず乗る覇人。

「夜遊びとかギャンブルは別じゃないの」
「分かっていないな。どこにどんな情報が転がっているか分かんねえんだ。それに、ギャンブルで勝てば資金の足しにもなるだろ」

 まあそれはそうなんだけど。なんだろう、この言いくるめられた感。悔しい。

「ほとんど負けてきてるじゃないのよ。むしろマイナスよ」
「勝負ってのは、時と運に左右されるもんだからな、そんな日もあるだろうよ」
「……ほどほどに頼むぞ」

 やっぱり治りそうにないね。でも、それだけ自由が利いている組織なんだったら、私も今後は身の振り方を考えた方がいいかも? あまり固くなりすぎるのも良くなさそう。

「――! 緋真さん、アレって……もしかして」
「茜ちゃんは気づいたみたいね」

 窓越しから流れる町の移り変わりを眺めていた茜ちゃんの視線を辿ってみる。そこには、確かに身に覚えのある車体が路肩に駐車されていた。

「戦闘員か!」
「みたいね」

 蘭と纏にとってはなじみ深い、まるで不幸を呼び寄せてくるかのような漆黒のボディカラー。以前、駅前で柚子瑠に襲われたときに乗ってきていたタイプと同じスポーツカー。
 発見してすぐに緋真さんは、近くにあったコンビニに車を停める。
 敵が待機している場所は警察所のようで、警官と何やら言葉を交わしている様子。残念ながら会話が聞こえるような距離でもないから、内容までは想像が付きそうにない。

「蘭、様子を探ってくれる?」
「任せて。お姉ちゃん」

 魔眼を発動した蘭は、その特異なる観察眼によって見張ってくれる。しばらくして、その結果が告げられる。

「戦闘員の数は二名みたいね。もう一人は、所内にいるわ」

 目の前で警官とやり取りをしている戦闘員と中でこそこそしている人物と二人。
 表の治安維持部隊の警察と裏の治安維持部隊であるアンチマジック。両組織間で何かしらの連絡を取り合っていると見るべきなのかも。

「覇人。お願いがあるのだけど、いいかしら?」
「? どうした?」
「人数分の飲み物と食べ物を買ってきてくれないかしら?」
「俺が行くのかよ……」
「仕方ないじゃない。蘭にはここで見張って置いて貰わないダメなのだから、必然的に私たちは動けないでしょ。ほら――お願い」

 緋真さんが取り出した数枚の札が私を通して、リレーのように後部座席にいる覇人の元まで届けられる。
 そこまでされ。覇人は渋々お金を受け取って車から降りていく。その時、覇人はついでと言わんばかりに纏も一緒に連れて行き、私たち女性陣だけが残ることになった。

「でも、悠長に買い物なんてしている余裕はないと思いますけど?」
「お店の駐車場を借りて、いつまでもじっとしているわけにもいかないでしょ。さっきも言ったけど、私たちは裏の住人なのだから、表側に溶け込めるように自然体でいないと怪しまれるのよ。――それに、私お腹空いちゃったのよね」

 先輩らしいアドバイスをくれてさっすがなんて思っていたのに、最後の台無し感。私用も兼ねて、パシリに使わされた覇人。真実は語るべからず。ということで本人には黙っとこ。私は緋真さんの味方なんで。

「あなた達もちゃんとご飯食べておくのよ。特に茜ちゃんね。気を張り過ぎているところがあるみたいだから、休めるうちに休む癖をつけるようにすること。長く生き残るコツよ」
「ごめんなさい。つい、目の前のことに集中しすぎて周りが見えてなかったです」
「謝らなくてもいいのよ。その内、この生き方にも慣れてくるわよ」

 私たちは魔法使い。社会に闇に潜み、誰からも正体を認識されない様に生き続けなければならない存在。みんなやっていること。
 この狭苦しい世界で私たちは今日も生きている。

「お姉ちゃん――増援が来たみたいだわ」

 今度は同じく漆黒に塗られたワンボックスカータイプの車が路肩に停められる。中から降りてくるのも同じく二名。

「アレは運搬用の物ね。ということはやっぱり……」

 蘭が睨み据える矛先を警察所へと向ける。

「運搬用……?」

「魔法使いの収集が目的の車のことよ」

 ということは、先の戦いで死亡あるいは致命傷を負った魔法使いを引き取りに来たってことなんだ。
 そして、今まさに私たちはその現場を覗き見していることになる。
 警察所内から複数の人物が現れ、遺体収納袋の搬入作業が始まる。あの中には、きっと魔法使いが入っているはず。

「どこに運ぶつもりなのかな」
「本来ならこのまま研究所行きになるのだけど、この地区のはお姉ちゃんが跡形もなく消し飛ばしてしまったのよね」

 当の本人はというと、他人事のように同意していた。あれだけのことをしておいて、よくもまあ平然と。緋真さんにとっては、大した内容でもないのだろう。

「それじゃあ、どこに運ばれるのか分からないんですか」
「残念なことにね」

 お手上げってことかぁ。それじゃあ、やることは一つしかないよね。

「どうしよっか? この場で襲って奪い返す?」
「こらこら、こんな街中でそんなことしたら大惨事になるわよ」

 それを緋真さんの口が言うかなぁ。ぜんっぜん説得力がないんだけど、言っていることは正論だから何も言えない。

「じゃあどうしますか?」
「追ってみましょ。もしかしたらその先にも魔法使いがいるかもしれないわ」

 方針がひと段落決まったところで買い出しに行っていた覇人と纏が帰って来る。

「遅かったわね」
「色々買い漁ってたら量が増えちまってな」

 何を買ってきたんだか、手には袋一杯に詰められた食料やら飲み物が二袋持たれていた。とりあえず私と茜ちゃんで荷物を預かって、二人は後部座席へと戻っていく。
 その間に重量感ある袋を漁ってみると、ツッコミどころ満載な物が出てきた。

「お酒とたばこ……ですか?」
「せっかくの初任務だろ、景気づけにどうかと思ってな」
「あの、未成年なんですけど」
「安心しな。お前らにはジュースを買ってある」
「すまない。一応止めたんだが、ちょっと目を放したすきにやられてしまった」

 ああ、ほんと何から突っ込めばいいんだか。いや、そもそも気にするべきじゃないのかもとすら思えてきた。だって、こんなにもフリーダムな秘密組織なんだから、その構成員だってある程度ちゃらんぽらんな感じな方が合っているような気がするし。
 ……もう、放っておこ。

「はあ……あなたって人はまったく。それじゃあ、私が出した分のお金じゃ足らなかったんじゃないの」

 緋真さんは札をもう二、三枚取り出して聞く。

「足りない分は俺のおごりだ」
「そう、ならありがたく頂戴しとくわね」

 適当に分けた飲み物と食べ物を袋に入れて、手を差し出してきた蘭へと渡す。

「ところであれから進展はあったのか?」
「いいタイミングね――丁度、動きがあったわ」

 遺体の搬入作業を終えた戦闘員らは、車を出そうとしているところだった。
 すかさず、緋真さんも車を出す。急な発進でふたをする前だったペットボトルから中身が零れそうになり、慌てて閉める。

「蘭。ナビをお願いするわね」
「任せて、お姉ちゃん」

 望遠の能力を持つ魔眼と元来から備わっている蘭の高度な魔力感知が真価を発揮させる場面。
 敵を確実に逃さず、追跡が可能な絶対安心の道案内ナビゲーション。このおかげで相手には気づかれることなく追えるなんて、味方だからいいものの反則すぎる恩恵に感謝。
 近づき過ぎず、遠すぎない安定した距離感を保った追跡劇の幕が開けた。

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