壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

研究所跡地

 私たちの追走は蘭の魔眼のおかげでアンチマジックに捕捉されることなく無事終わりを告げた。
 到着した先は以前に緋真さんの一撃で壊滅した研究所跡地だった。その手前にはバリケードが張られ、工事のためとか何とかデタラメが並べ立てられた立ち入り禁止区間とされていた。
 その工事現場から離れた位置にある橋に車を停め、遠巻きに状況を眺めてみる。
 ここで起きたのは、教団の幹部三人と汐音、紗綾ちゃんたちと最強の二文字を持つ戦闘員二名との争い。裏社会でも最高クラスの戦力がぶつかり合った争いだ。
 ――その結末がこれ。
 内部は言うまでもない惨状だろうけど、その近辺もひどい有様となっている。

 その原因は爆撃と思しき、幾多も穿たれたクレーター。
 その原因は斬撃と思しき、斬り裂かれた物質群。
 その原因は焼失と思しき、地表の焦げ跡。

 寂寞とした荒野のような光景は、まるで戦争でもしていたみたいで見事に原形がなくなっていた。

「まーた随分と派手にやらかしたな」
「これでも最小限の被害で済ませた方よ」
「向こうも本気で狩りにきていたわけじゃなかったってことか」
「というよりも、初めから私たちに戦闘の意志はなかったもの。適当にあしらって逃げに徹したわ」

 それでこの被害、ね。本気でぶつかり合ったら一体どうなることやら。想像もしたくない。

「蘭。向こうの様子を教えてくれる?」

 お馴染みの魔眼を使った状況把握。物陰に隠れていようと蘭の瞳は一人たりとも逃すことはない。
 そう……それは――まるで覗きをしているような、そんな背徳感が味わえるいやらしい瞳。なんてことを言ってしまったら、たぶん殴られるとかじゃ済まなさそうだから、黙っておこう。命を大事に、ね。

「数はざっと百人ってところかしらね。それと、地下の方にも数人。あとは魔力が密集している様子も視えるわ。たぶん拉致られた魔法使いもそこね」

 地下というのは、あのおぞましい研究をやっていた区画のところだね。蘭の報告からすると、どうやらひとまとめにして置かれてるみたい。

「じゃあ、内部にまで入り込む必要がありそうだね」
「敵は百人で私たちは六人だけ。いくら緋真さんがいるからと言っても、何か策を立てる必要がありそうです」

 豪快に緋真さんが奇襲でも掛けたら一気に畳み掛けられそうだけど。と提案してみようかなと思ったけど、また支部を崩落させた時みたいに加減知らずなことやって、別の戦闘員にでも駆けられて被害が大きくなりそうだから止めとこ。まあ、あれは曰く注目を浴びやすいからという理由でやってしまったわけだけど。今回はその必要はないしね。むしろマイナスになる惨状。

「……誰かヤバそうな戦闘員はいるかしら?」
「ザッと視た感じだといないわね。けど、地下にいる可能性は捨てきれないわね」

 時々忘れそうになるけど、蘭の魔法はあくまでも望遠であって透視能力はない。ただ生来の魔力探知が強かったために、望遠と組み合わさって細かく探れるようになっているだけ。ようは魔法と相性が良かったってこと。
 強い魔力反応と弱いのとが地下にあるのなら、戦闘員がまだ何人かいる。その数人が全員ランクの高い戦闘員かもしれないし、そうじゃないかもしれない。それは遭遇してのお楽しみってこと。

「ここはアンチマジックにとっても重要な場所になるだろうし、相応の人物が控えているかもしれないな」
「だろうな。いるとしたら……化けもんみたいな奴らしかいねえな」

 脳裏によぎるのは月ちゃんと殊羅。二人はほぼ確実と言っていいほど、この区画内にいるはず。だとしたら、どちらかがここを防衛しているかもしれない。

「うかつには手を出せそうにないですね。やっぱり何か作戦を立ててから挑むべきです」

 もし最強の二人がいるとしたら、真正面からだと絶対に返り討ちに合わされる。少なくとも、緋真さんと覇人ぐらいしかまともに戦えそうにない。私にもできそうなことはせいぜい周りの戦闘員の相手をするぐらいかな。それでも、百人ぐらいいるらしいのだから、厳しくあるんだけど。

「とはいえ、こちらはこの人数だ。手段は限られてくるぞ」
「数では圧倒的に不利だもんね」
「ああ、だが奴らに俺たちの尾行はまだ気づかれていないはずだ。そこが狙い目となるだろう」

 つまり、現時点で先手は取っているってこと。それをどう活かすかがポイント。

「ふふ……中々いいアイデアは思い浮かばないみたいね」
「相手の主戦力が不明な以上、慎重にならざるを得ませんし……困りましたね」
「そういう時はね、万が一のことに備えて保険を掛けておくといいわよ」

 緋真さんは微笑んで、でも企み自体は明かそうとはしてくれそうにない様子にしている。

「とりあえず夜を待ちましょ。それまでの間、時間を上げるわ。ゆっくりと考えてみなさい」
「意外と厳しいのな。あんまり厳しくしてっと、嫌われちまうかもしれないぜ」
「余計なお世話。それにちゃんと手は打っておくし、どうしようも無くなった時には私が対処するわよ。やっぱり最後は良いところを見せて、頼りになるとこ見せなきゃね」
「下心アリかよ」

 本人はああ言ってくれているけど、さすがに頼りっぱなしというのもそれはそれで悪い気がする。だから、なんか凄いこと考えて驚かせてやろう。
 午前も終わろうかというこの時間。まだ半日近くの残り時間を私たちは辺りを彷徨ったり、車内でくつろぐ……もとい小休憩を取りながら、その瞬間まで案を張り巡らせる。
 でも、時間は刻々と過ぎ去るばかりで。突如、降ってわいてくるような閃きもなく、悶々と過ごす。

 ああ、天啓よ――降りてこないかなぁ。

 なんて馬鹿なことを考えつつ、気分転換がてら優雅に風に靡かれながら、橋から研究所跡地をボケーっと見下ろす。
 私の眼からあんまりはっきりと見えなくて、人があっちこっちと動き回ってる様子ぐらいしか分からない距離。そんな距離でも蘭の魔眼なら視えるんだから便利だよね。

「あ! そっか……これなら行けるかも」

 思い浮かんだたった一粒の名案。それはひょっとするなら、これ以上にないぐらいの打開案かも。と自分自身を褒めたくなるような、私にしては会心のアイデアだった。

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