壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

白聖教団

 一応、医療関係の施設と名乗るだけあって、外装はどこにでもあるような病院だった。違うといえば、ちょっと真新しさがあるような印象。清潔感溢れる白い外壁に整備された歩道。病院の前には草木が彩り、まるでそれに生命力を与えるかのように噴水が設置されている。
 なんというか、新築の豪邸のような感じにも思えなくない建物だった。これが裏社会で恐れられている秘密犯罪結社の表の顔らしいので、驚きが隠せない。
 そんなことも知らずに患者はここへ足を運んでくる。事実が漏れていれば、こんなところを好きに利用するような患者はいないはず。でも、これだけ大きな施設を建てられて、人の出入りもあるのだから、偽装は完璧だという証拠だ。

「ここが、キャパシティ……」

 いくつもの苦難を乗り越えてようやくたどり着いた目的地。苦労が多かったからこその満ち足りた達成感が私の内に渦巻いている。

「綺麗なところですね」
「ああ、近くに絶景の景色も広がっているし、中々いい立地じゃないか」

 海から少し内陸のほうに入り込んでいるけど、高い位置からだとあの景色の全体図がはっきりと見えることだろう。屋上からとかだと、道路を走っていた時よりもよりはっきりと見えそう。

「意外といいところに隠したものね。飽きれるわ」
「だからこそ、誰も疑わねえんだろ。これも戦略の一つなんだろうぜ」

 嫌味っぽく言ったものの、蘭は感心した様子も見せていた。外面だけはそれっぽいのに、中身は真っ黒。まったく、世の中何がどうなっているのか分かったもんじゃないよね。

「その本体はどこに潜んでいるのかしらね」

 領地内にはいくつもの建物が並んでいる。正面から向かって左手には患者や看護師が出歩いている様子からして、病棟が建ち並んでいるんだと思う。となると、右手に見えるのは研究所なのかな。

「案内頼むぞ。覇人」
「おう、こっちだ」

 覇人の案内についていくと、研究棟の方へと辿り着いた。
 正面玄関から堂々と中へと入り、全力で百メートル走を駆け抜けれそうな長い廊下を歩いていく。
 ぞろぞろと連れ立ってやってきた一向に対して、研究員と思われるような人たちは気にした素振りも見せない。傍からみると、かなり怪しい集団じゃないのかなと思うのだけど、そうでもないのかな。

「ここにいる連中は全員キャパシティのメンバーだから、そんなに気を張らなくてもいいぜ」
「そうなの……?」
「というより、この研究棟そのものが目的の場所だったりするんだけどな」
「え、ここがですか」

 長い廊下の途中にあるエレベーター前で覇人は立ち止まった。下へ降りる方のボタンを押し、ほどなくしてエレベーターがやってくる。
 何かしらの設備や物資なんかを乗せるためなのか、中は意外と大きい。五人だけしか乗っていないと、かなりのスペースを持て余していた。

「彩葉。お前、カードは持っているんだったよな」
「……ん? え、カード……?」
「こういうやつだよ」

 覇人が掲げてみせたのは一枚の真っ白いカード。あれ、どこかで見たことがあるような気がする。
 一瞬考えたけど、すぐにそれが何なのか分かった。

「ああ、これのことね」

 大事にしまっていた真っ白いカードを取り出す。
 これは、自宅に母さんが残していった手紙と一緒に同封されていたカードだ。一人取り残された私のことを気遣って母さんが用意してくれた貯金の入ったカード。厳密にいえば父さんの所有物らしいけど。
 そういえば、キャパシティでも利用するカードなんだってことを緋真さんも言っていたような気がする。

「そいつをそこの隙間に通してみろ」

 階数の表示されたパネルの下に錠のついた扉がついてある。隙間と言われたけれど、もしかしてこの扉の横にちょっと空いている溝のことでいいんだよね。
 どうみてもただの扉の隙間としか思えないんだけど……。普通、錠のところに鍵でも差し込んで開くものなんじゃないの。色々不審な部分はあるけど、とりあえずは騙されたと思って、隙間の部分にカードを滑りこませてみる。
 すると、舌打ちのような電子音がして扉が半開きになる。どうやら、これで本当に鍵が開いたらしい。

「カードキーだなんて……最先端技術を取り入れてるのね」
「未来感がありますね」

 さすがは秘密犯罪結社といった技術が見られた気がする。

「それは白聖教団に入る鍵でもあるし、中で使うための鍵にもなってんだ」
「へぇ……家の鍵みたいなもんだね」
「そんなとこだな」
「いいか、彩葉。失くすんじゃないぞ」

 定期入れみたいな物でも買っておいた方がいいかな。纏の注意を聞きながらそんなことを考えてみる。
 半開きになった扉を覇人が全開まで開いてくれると、中からタッチパネルが出てくる。ここでも未来感を味わわせてくれる演出があった。

「彩葉。ここにそのカードをかざしてみろ」
「ん? え、ここ?」

 覇人が示したのは、例のタッチパネルだった。まるで口座の暗証番号を入力するような画面なのに。

「数字が出ていますけど、何も入力しないのですか?」
「そうそう。ここは、お約束的に0000とか1234とかの暗証番号を入力するんじゃないの?」
「いかにも馬鹿が考えそうなパスワードね」
「ここまで大それたセキュリティになっているのに、さすがにそんな雑なことはしないだろう」

 こういう画面が出たときの定番じゃん。変に凝った暗号じゃなくて、シンプルに初期設定になっているやつをそのままあえて使ってみたり。馬鹿でも覚えれる番号だと思うけどな。

「ま、とりあえずカードをそのままかざしてみろって」
 言われるがままにかざしてみる。すると画面が白く発光する。

「この状態で入力するだけだ」
「光っていない状態だとダメなの?」
「反応しねえ仕組みになってる」

 へえ、そうなんだ。何も起こらないんだったら、興味本位で一回押してみたかった。

「ものすごく凝った仕掛けになっているんですね」
「そうとも言えねえんだけどな」

 謙遜してるような感じじゃない。何かもっと別のことを隠した言い方をしている。

「見たら分かるとも思うが、0~9の数字があるだろ。一応、ここで行きたい階層を押せばいいだけなんだが、ここは地下一階から三階までしかねえんだよ」
「はぁ? 何よそれ。じゃあ、0と4以上の数字は必要ないじゃないのよ」
「まあな。見栄えを良くするためにわざわざ付けたらしいぜ。ちなみに鍵穴だけどな、あれも見栄えのためにつけただけの飾りだ」
「鍵穴の意味ないじゃん。飾りだったら鍵もないってことなんでしょ」
「あるにはあるが、まったく使わねえな。結局、ここでカードが無ければ画面入力が出来ねえんだし」
「あ、分かりました! このダミーの仕掛けは侵入者対策ですね」
「いや……たぶん、そういう目的じゃねえだろうな」

 どうしよう。さっきまで最先端技術とか言って感心していたのに、過大評価しすぎたかも。

「なぜ? そんなにも無駄なことをする必要があったんだ?」
「知らねえよ。製作者の趣味なんだよ。ただ技術面に関しては、時代の先を行ってるだろうぜ」
「……才能の無駄遣いね。そいつら、頭おかしいんじゃないの」

 蘭も呆れかえっている。確かに色々とおかしそうな人たちだとは思うけど、そこまで呆れるようなことなのかな。

「変なところに力が入りすぎているあたり、技術者としてのこだわりを感じない?」
「それがすごいのかすごくないのかよく分からないけどな」

 物づくりに熱心な人たちだということは分かった。ただ、常人にはよく分からない方向性に力が入っているだけなんだと思う。技術者ならではのこだわりなんだよね、きっと。

「と、ところで何階に行けばいいのですか?」
「一階だ」

 茜ちゃんが階層を入力して、エレベーターがて下へと降り始める。

「この下がそうなのだな?」
「地下一階――裏社会に潜む秘密犯罪結社“白聖教団”の拠点だ。……歓迎するぜ」

 ついに……だね。少し胸が高まってきているのが分かる。エレベーターが静かに駆動するものだから、自分の心音が余計にうるさく感じるようだった。そんな感覚もエレベーターが止まるのと同時に吹き飛んでしまう。
 外に出ると、眼に飛び込んでくるのは真っ白い壁面と床。そして、生活臭溢れる家具の数々。なんというか、見たまんま家という感じだ。

「ここが白聖教団なのか?」
「ああ、そうだ」

 内装が驚きの物だっただけに、纏も半信半疑で聞いていたけど、どうやらそうらしい。

「一応、ここって研究所の地下だよね。なんか、秘密組織の拠点というより、秘密基地って感じがするんだけど」
「上の階とあまりにも違い過ぎて、別世界のようですね」
「……言葉も出ないわ」

 しかも内装が結構豪華。大きな屋敷にお邪魔したような感覚にもなってくる。

「同じ目的を持った奴同士で生活して、生きていく場所。俺たちにとって、ここは家みてえなもんなんだよ」

 家……か。上の階にいた研究員も含めて、この教団に所属している魔法使いたちとすれ違ってきた様子を見ると、みんなが満足した暮らしをしているようにも思えた。
 下は小学生ぐらいらしいに見える女の子や男の子。上は隠居生活でもしていそうな老人までいる。他には学生を卒業してそうな若い魔法使い。いい年したおっさんにおばさん。この組織には年齢とかそういう物がないらしい。
 それにここでは魔法使いしかいないのだから、誰もが自由に魔法を使っている。歪だけども、失くしてしまった表の世界での生き方をしている。
 魔法使いからもアンチマジックからも避けられている白聖教団だけど、案外そう悪い組織でもないのかもしれない。

「蘭――! 良かった。無事にたどり着けようですわね」

 私たちの歩いていた方向からした呼び声に反応すると、そこには悠木汐音がいた。

「汐音ちゃんこそ……平気そうじゃない」

 お互いの生存確認をしあって、二人は無事に再会できたことを喜び合った。

「意外と早かったね」

 汐音の傍らで人形のように立ち尽くし、相変わらずの無表情さを崩さない少女―伊万里紗綾がいた。

「紗綾と汐音か。どうやら無事に帰ってこれたみたいだな。安心したぜ」
「あの程度なら私たちの敵じゃない」

 感情の乗らない声で紗綾ちゃんは答える。
 それにしても、あの程度……なんだね。
 紗綾ちゃんは緋真さんたちと一緒にアンチマジックの支部を襲撃し、あの数の戦闘員たちを相手にしていたのだ。それに比べたら、私たちの相手はたかが百人ぐらいの人数で追い込まれてしまった。やっぱり、見かけによらず相当な実力を持った魔法使いなんだ。

「つーか、出迎えがお前らだけって……他の連中はどうした? 緋真なら飛んで来そうなもんだけどよ」
「緋真はいない。私たちだけ先に帰った」
「は? どういうことだよ」
「わけ合って緋真たちは遅れて来ますわ」

 あのとき、緋真さんと父さんは研究所から脱出したばかりで傷も癒えてはいなかった。もしかしたら、何かあったのかもしれないと不安になってくる。だけど、そんな考えを口にする前に紗綾ちゃんが先に言った。

「心配しないで。必ず戻って来るから」

 静かに淡々と話してくれる紗綾ちゃん。おかげでちっとも安心感を得られないけど、言動には確信に満ちていた。

「あのあと、私たちの前に水蓮月と神威殊羅が現れましたのよ」
「やっぱりあの二人も動いたのね」
「まぁ、見逃してもらえるわけねえよな」

 道中、ラジオで聞いていたから別に驚きはしない。でも、ラジオでは事態はすでに収束し、アンチマジックは壊滅状態に。そして、テロリスト呼ばわりされていた緋真さんたちは一掃されたとのことだった。

「水蓮月と神威殊羅が相手では、私と紗綾には少し荷が重すぎましたの。ですから、三人の幹部が残って引き付けてくれている間に、私たちだけで先に戻るように命じられたのですわ」
「賢明な判断だな。あいつらに数でぶつかっても有利にはならねえだろし、むしろ死体の数が増えるだけになっちまうだろうな」
「悔しいけど、その通りかも。特にS級の方は力量が別次元だった」

 殊羅のことになると、みんな口を揃えて同じことを言うね。見た目の印象とは全然違うみたい。

「二人だけで逃げたのでしたら、緋真さんたちの安否はまだ分かっていないってことじゃないのですか?」
「各地に散らばっている組織の関係者から聞いたから生存は確認済み」

 白聖教団はとにかく所属している人員が多いらしく、その数を活かした独自の情報網があるとかないとか。今まで覇人や緋真さんと一緒にいたときは、それらしい構成員なんて見かけたことがないから何とも言えないけど。
 ともかく、話しをまとめてみると大方はラジオで聞いた通りになってそうだった。

「緋真のことは置いておいて、とりあえず蘭たちはあの方に挨拶をしておきましょう」
「あの方って……?」
「白聖教団を束ね、導く方。先導者マスターがあなたがたの到着を待ちわびていらしてよ」

 組織の頂点との対面。確かにここまで来ておいて、リーダーとの顔あわせをしないわけにはいかないよね。でも、そのリーダーが私たちを待ちわびているって、どういうことなんだろう。

「この扉の向こうで待ってる」

 立ち止まったところには、他とは趣の違った扉があった。
 個室と思われる部屋には片開きの扉が設置されていたけど、ここは金属製の両開きが採用されている。この先に白聖教団のリーダーがいるのかと思うと、扉から威圧感が放たれているように感じてしまう。

「まさかこんな形で会うことになるなんてね、夢にも思わなかったわ」
「ああ、そうだな。敵対しているアンチマジックですら、その存在を掴めていないという人物との対面か……」

 元アンチマジック所属の蘭と纏も当然ながら、何者なのかは知らない。そもそも、白聖教団……ううん。キャパシティという秘密犯罪結社の名前すら、ほとんどの魔法使いやアンチマジックは聞いたことないのが普通らしい。
 構成員や規模、目的すら判明しない正体不明な組織なのだから、一般的には公表されていないからだ。また、キャパシティ自体がその存在を認知されないように活動しているのもある。
 元アンチマジックの蘭と纏。それに私と茜ちゃんに限っては例外だ。

「なにそんなに緊張してんだよ。お前ら四人とも一回顔を合わせたってマスターから聞いているぜ」
「え?!……そうなの?」
「記憶にないのですけど……」

 それらしい魔法使いなんていたっけ?

「会えば分かりますわよ」

 扉に設置されている謎の装置に白聖教団内で使用する例のカードをかざす汐音。まるで、バーコードを読み取るような電子音が鳴る。どうやらあれは解錠装置のようなものらしかった。つくづく、この組織のセキュリティには驚かされる。
 汐音はドアノブに手をかけ、見た目と反して扉が静かに開かれた。

「さぁ、入りなさい。あとのことは、直接先導者マスターから聞いて頂戴」

 汐音に促され、昂ぶる鼓動を抑えつけながら部屋に足を踏み入れた。

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