壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

亡霊の魔法使い

 バーかがり火を出て、覇人が魔法使いと月ちゃんたちの戦闘現場に案内してくれた。
 町から少し離れた場所にある川の土手だった。

「ここなのか?」
「ああ、そうだ」

 雑草がこれでもかというぐらいに生えていると、足元に魔法使いが隠れ潜んでいたりしそうだね。

「特に戦闘の跡のようなものはありませんけど……」
「そうだね。魔法使いと戦闘員が戦ったら、もっとこう、ハチャメチャな現場になるもんじゃないの? ほら、私たちの時みたいにさ」

 どこか荒らされていたり、台風でも通り過ぎたような感じに荒らされていたりするもんだと思ったけど、全然そんなことがなさそうに見える。
 誰かに騙されてたりするってオチ……なわけないよね。

「戦力差が開き過ぎていただけよ。あの二人が相手だと、何も出来ずに殺されていったと考えていいわね」
「抵抗すら出来なかったのか。実際にあの二人の強さがどれほどのものなのかは知らないが、圧倒的すぎるな」

 その感想、間違ってないよ。なにせ、私と茜ちゃんは経験者ですから。
 刀を簡単に叩き折られて、こっちは一生懸命にやっていたのに、向こうにとっては遊んでいるだけ。子供のチャンバラごっこに無理やりつき合ってもらったような感じだった。

「確か、この辺で待ち合わせしていたはずなんだがな……お、いたいた」

 一歩一歩、伸びすぎた雑草をかき分けるように進んでいくと、一気に開けてくる。
 その先に人影が見えた。

「遅いですわよ。もう、五分も過ぎてますわ」
「五分ぐらい許してくれよ」
「い・や・で・す・わ。仮にもあなたは私よりも身分が上ですのよ。時間厳守ぐらいはしてほしいですわ」

 出会って、早々怒りむき出しの女の人。
 どこかで見たことがある人だなと思ったら、屋敷前で一度だけ見掛けたお嬢様みたいな気品のある魔法使い。名前は悠木汐音さん。

「あ、えっと。あの時の、緋真さんの友達の魔法使いですよね。どうして、こんなところにいるのですか?」
「私のことは何も教えられていないのですのね」
「まぁな。ちょっとしたサプライズも兼ねてな」
「誰の?」

 私たちは一度しか会っていないのに、そんなこと言われても。驚いたって言えば、もちろん驚いたけど。
 そんな私たちのリアクションを差し置いて、覇人は蘭を見ていた。

「汐音ちゃん……。やっぱり、生きていたのね?!」
「久しぶりですわね。蘭。ああ、あの頃は緋真にくっ付いて、小っちゃかった蘭もこんなにも大きくなったのですわね」

 熱く抱きしめ合う二人。まさかの知り合い? それもかなりの親密な関係なの?

「彩葉、あの人は誰なんだ」

 こっそりと纏が耳打ちしてくる。
 そういえば、纏だけこの人と初対面になるんだっけ。
 私も詳しくは知らないから、とりあえず名前と緋真さんの友達の魔法使いだということを教えてあげた。

「なるほどな。覇人の知り合いでもあるのか。……あれ? そうなるとこの魔法使いもキャパシティの関係者になるのか?」
「あ、言われてみれば、そういうことになってしまうのかもしれませんね」

 覇人と緋真さんはキャパシティの魔法使いになるから、汐音さんも同じでもおかしくないね。

「そっちは雨宮源十郎の娘の雨宮彩葉さんですわね。そちらの二人は、お友達の楪茜さんと天童守人の息子であり、裏切りの戦闘員――天童纏さんでよろしいかしら」

 自己紹介した覚えはないけど、私や茜ちゃん。纏のことまでちゃんと名前まで知っていた。
 それに、父さんのことも知っているみたいだし、やっぱり――

「改めて自己紹介させてもらいますわね。
 キャパシティ所属の魔法使いの悠木汐音。
 緋真と蘭は四十二区で共に暮らして以来の付き合いですのよ」

 覇人や緋真さんと同じ。だけど、幹部である導きの守護者ゲニウスではないみたい。ということは、汐音さんはただの構成員ということになるんだ。

「そこの覇人とは下の身分になるのですけど、組織内に上下関係のようなものはありませんわ。ですので、変に気を使われるのも嫌ですから、気楽に話してくれて構いませんわ」

 身分関係なしだなんて、気楽な組織で良いね。
 だけど、いかにもお嬢様っぽいお洒落な服装したお姉さんを呼び捨てっていうのも何だか変な感じがするけど、郷に入っては郷に従え。呼び捨てでいいなら遠慮なくそうさせてもらおっと。

「じゃあ、汐音。まず、これだけは聞かせて。蘭とはどんな関係なの?」
「他にもっと気になることはあるでしょう。なんであたしと汐音ちゃんの関係が気になるのよ。見ての通りってわかるでしょ」
「いや、全然分かんないし。なんでそんなになついてるの? 私にもそんな感じで接してほしいな」
「いやよ」
「即答だ」

 ほとんど間を置かずに言われた。

「緋真と蘭が四十二区に来て以来、屍二の惨劇が起きるまで共同生活をしていた仲ですのよ」

 四十二区と聞いて思い出すのは、緋真さんが体験してきていた日々のこと。
 緋真さんと一緒に連れ添っていた子供たちを支えていたというもう一人の魔法使い。

「もしかして、緋真さんが言ってた四十二区で出来た友達って汐音のことなの」
「緋真から聞きましたのね」

 屍二の惨劇のあと、緋真さんと蘭は離れ離れになって、お互いに消息不明になっていたんだっけ。
 そして、緋真さんと汐音は覇人に連れられてキャパシティにスカウトされたってことになるんだ。

「その……緋真さんのことは、汐音さんは知っているのですか?」
「……知っていますわ。あの場面に覇人がいたのですから、一通りの話しは聞いて組織の方にも詳しい説明は入れてますわ」

 緋真さんの死を受け止めれている様子。やっぱり、この世界では親しい人たちが死んでいくことはごく当たり前のことで、受け入れも早いんだ。

「蘭は辛い目にあったでしょうけど、よく頑張ったわね。ですが、安心なさいな。緋真はそう簡単に死ぬような女じゃありませんわ。それは、蘭が一番分かってることでしょ」
「……当たり前でしょ。汐音ちゃんやお姉ちゃんと離れたあの日から三年。私は一度たりとも二人が死んだって思ってなかったわ。あたしはね、この目でちゃんと確認するまでは信じるつもりはないのよ。だから、きっとあの記事は誤報だと思ってるわ」
「ええ、その通りよ。あんな記事、真に受けてはいけませんわ」
「ポジティブだね。もちろん、私も全然信じてないよ」
「おまえ、泣きそうになってなかったか?」
「見てたの!? ちょっと恥ずかしいんだけど」

 そりゃあ、ちょっとはウルっとしたけどさ。でも、いいじゃん。気持ち的にそうなるもんだよ。

「なるほどな。たしかに、あの記事は誤報の可能性はあるな」
「え?! なになに? どういうこと?」

 誤報って。あの新聞には火災でホテル街が全焼。その被害者として緋真さんの名前が載っていた。でも、実際は天童守人との戦闘で亡くなった――あれ?

「そうですよ。あの報道自体が嘘だということは私たち全員知っているのですよ。そして、纏くんのお父さんとの戦いの決着は、私たちは最後まで見ていない。
 状況証拠と合わせて、あの記事を読んで私たちはただ、思い込んでいただけかもしれません」

 火災の原因は緋真さん。炎を自在に纏って、操っていた緋真さんが自分の魔法で焼け死ぬなんてことは絶対にありえない。

 被害者は緋真さん。ということは、流れ的に天童守人に殺されたんだと思った。

 でも、記事自体は嘘。どこまでが嘘なのかが分からないだけ。

「緋真はキャパシティの魔法使いだ。それをわざわざ俺たちに教えるような真似をすること自体がおかしくねえか。考えてみな。彩葉、お前の親父もキャパシティの魔法使いだぜ。なのに、報道はされなかっただろ」
「――あ、本当だ。言われてみれば、確かに。緋真さんだけ報道して、一体何がしたかったんだろ」

 まったく気にしていなかったことが大事になっていく。もしかして何か見落としていたってことなのかな。

「考えられそうなことはいくつかあるな。
 覇人が俺たちの側にいることで戦力が大幅に強化されているから、今後の動きを追いたかっただけなのかもしれない。他に考えられそうなことと言えば、魔法使いに対しては容赦のない親父のことだ。全員が緋真さんとの付き合いがあることを利用して、俺たち、そしてキャパシティを挑発させて、所在を炙りだそうとしているのかもしれないな」
「挑発……ね。案外そうかもしれねえな」

 確信を得たような、そんな口ぶりで覇人が言った。

「そうですわね。緋真はキャパシティの幹部。私たちにとっては、いてくれないといけない重要な戦力でもありますわね」
「組織の重要人物を手のひらの内にあると明かす目的――つまり、取り返しに来い。ということなのか」
「何なのそれ! いいよ。だったら、望むところじゃん。行こうよ」
「落ち着きなさいよ! 彩葉。お姉ちゃんが餌に使われたことはムカつくけど、それなら彩葉の父親でも条件は一緒じゃないのよ」

 それを言われたらそうなんだけどね。父さんだって同じ組織の魔法使いなんだから、どっちの名前をだしても挑発の材料にはなるし。

「それについては、汐音から説明をしてもらうとすっかな」
「私に放り投げましたわね」

 怒りっぽい口調で汐音が言ったあと、諦めたような嘆息を漏らす。

「……そうですわね。まずは、歩きながら話させてもらいますわ。私に付いてきてください」

 汐音を先頭にして、川沿いの道を歩く。朝も早いから、ちょっとした散歩気分。

「まず、あなた達と屋敷前で別れたあと、私と覇人は組織からそれぞれ任務を与えられていましたわ」
「二人だけですか。緋真さんもキャパシティの魔法使いなんですよね」
「緋真は独断で動きましたのよ。本来、あなた達をキャパシティまで連れていく役目は、覇人だったのですわ。ですが、緋真が魔法使いになった彩葉さんを救出し、関わりを持ったことで、その役目が緋真に移っただけのことですわ」

 覇人の方をみて、確認してみる。すると、ヘラヘラ笑いながら覇人は返してきた。

「いやー仕事が無くなっちまったことで、楽できると思ったんだけどよ。その後に、組織からお前らの監視。特に独断専行の目立つ緋真を見張っとけって言われてな。そんで、お前らを追いかけて来たってことだ」
「私の方は、アンチマジックに連行された雨宮源十郎の捜索ですわね」
「父さんを?」
「敗れた魔法使いはアンチマジックの研究所に連行されることになっていますのよ」
「研究所ですか?」

 それは、月ちゃんもポロッと言ってた。なんか不穏な感じしかしないけど。

「研究所は魔法使いの収監施設でもあり、魔具を生産している場所でもありますわ」
「そうね。研究所は各区画に一つずつあるって聞いてるわ。極秘施設でもあって、巧妙に隠してるらしいわね。そのすべての場所を把握してるのは上位の戦闘員だけよ。C級であるあたしも担当区画の分しか知らないわね」
「じゃあ、三十一区のは知ってるんだ」
「そうよ」

 魔法使いを収監しているぐらいなんだから、一般人には決して見つけられないようなところにあるんだね。
 十数年あの区画に住んでるけど、そんな話や場所なんて見たことがない気がする。

「でも、どうして魔法使いを収監しておくのですか?」
「それは聞いたことがないわね。何しろ、研究内容はトップシークレットになっていて、上層部か上位の戦闘員しか聞かされてないらしいわ」

 一応、アンチマジックって裏社会の正義のヒーロー的な存在なんじゃなかったっけ。一気に怪しさが出てきてしまった。

「私たちでもその全容は把握していませんけど、生かして捕えられた魔法使いもいることは確かですわ」
「戦闘員をやっていたころから疑問だったのだが、魔法使いを生かしておくメリットって何があるんだ? 一般人にとっては脅威となるから排除するための組織じゃなかったのか?」

 私の認識も一緒。生かしておけないから、対魔法使い戦の部隊。戦闘員がいるはずなのに。

「それは魔法使いであるわたしたちが知るようなことじゃありませんわ。重要なのは、生かされている魔法使いがいるということ。この意味が分かりますか?」
「さぁ。なんか重要なことなの? 私、もうアンチマジックが考えることなんてさっぱり分からなくなったよ」

 だんだんと謎が深まってきて、頭の中はぐちゃぐちゃだよ。

「ま、こういうこった。源十郎のおっさんはキャパシティの幹部だ。アンチマジックにとっては、敵の重要な情報を持った魔法使いってことになる。そいつを殺して捕える必要があると思うか?」
「え……! え、ちょ、ちょっと待って! それってどういうことになるの?」
「彩葉ちゃんのお父さんは、アンチマジックからすれば貴重な情報源になりますね。……あ、そういうことですか」

 茜ちゃんは分かったみたい。驚きと嬉しさが入り混じった顔を浮かべて私の方をみる。うすうす何を言われるかは分かってきたけど、現実味がなさすぎて、理解が追いつかない。

「――雨宮源十郎は生きている。
 そして、研究所でキャパシティの目的や拠点などを吐かされるような拷問を受けている可能性がある。そういうことだな」
「――う、うそ……。だって、あのとき……父さんはあんなボロボロで、血もあんなに出てたのに――じゃ、じゃあ母さんは? 母さんも生きているってことになるよね!?」

 鼓動が早く打つ。
 あんなにも絶望の淵に立たされて、もうどうしたらいいのかも分からなくなって、魔法使いになって、訳も分からない内に全部終わってしまったあの日。
 景色がフラッシュバックしてきた。
 確かに死んだと思っていた二人。
 あれは、私の勘違いだったんだ。

「源十郎さんが生きていることは、幹部の一人が確認してきてましたけど。奏さんのことはおそらく……」

 汐音は最後まで口にはしてくれなかった。

「ごめん。彩葉。本当に……ごめん。あたしが、あたしがこの手で撃ち殺したわ。頭に一発。あれで生きているはずがないわ。彩葉も確認……したのよね」

 震える腕を抑えて、蘭は伏し目がちにしていた。
 そうだ。そうだった。
 父さんは確認してなかったけど、母さんの最期は私がこの手で感じ取った。
 生暖かい血。けど、身体は冷たい。
 あの感じ。忘れようにも忘れられない。忘れるわけがない。
 ちゃんと、私は確認してしまっている。
 そして、ここに来る前に蘭はあんなにも自分を責めて、私から逃れようとひと悶着を起こしてしまった。

「そう、そうだったね。私の方こそごめんね。蘭。
 分かってる。分かってたのに。こんなバカなこと言って、また蘭に罪悪感を思い出させてしまって、ごめん。
 仲直りして、私はもう蘭のことは許してるから。だから、気にしないで。そんなに辛そうな顔しないで……。
 あのことは全然蘭は悪くなかったんだから。気にしないでいいんだよ」

 蘭の震えを抑えるように、私は身体をくっつけて抱きしめる。
 一瞬、ビクッとしてたけど構わずに強く。

「このことは、もうおしまいにしたから。次、そんな顔したらダメだし、思い出すのも禁止。分かった?」
「なによ? 彩葉のくせに偉そうにして」
「お姉ちゃんですから」
「うざい。あんたみたいなお姉ちゃんなんて嫌よ。あたしのお姉ちゃんは一人しかいないわ。彩葉に代わりなんて務まらないわよ」

 せっかく、抱きしめてあげたのに突き返された。温かかったのに残念。
 でも、蘭はいつも通りの怒りっぽく私に対応してくれた。
 しんみりとした蘭なんて、私も見たくないから、これでいいんだ。

「そうそう、蘭はそんな調子でいてよ。ね、気楽にいこ。まだまだやることは一杯あるんだからさ」
「……分かったわ」
「じゃあ、仲直りのハグでもする?」
「いいわよ。そんなもの。気持ち悪い。近寄らないで」
「ひど……っ! そんなにメチャクチャ言わないくてもいいじゃん。さっき嬉しそうにしてたくせに」
「適当なこと言ってるんじゃないわよ」

 本当かなぁー。また照れてるだけなんじゃないの。

「いい友達を持ちましたわね。四十二区で暮らしていたころとは比べ物にもならないぐらい、楽しそうに見えますわよ。緋真がみたら、喜ぶでしょうね」
「違うわよ。彩葉とはそういう関係じゃなくて――」
「――さ、話を戻しますわよ」

 さっきまでの会話のやり取りはどこへ行ったのやら。
 華麗なスルーに私は驚き、蘭は何か言いたそうにした言葉を無理やり喉元に押し込んでいた。

「源十郎さんの生存が確認され、私はまず最初に三十区の研究所周りの見張りを行うことにしましたのよ」
「研究所は巧妙に隠されていたのではないのですか?」
「長年住み着いていた源十郎さんが場所を特定していましたのよ。だから、組織側も源十郎さんを介して、場所だけは知っていましたわ。実際にこの目で確認しに行ったのは今回が初めてですけど」

 私が物心ついたころに三十区に引っ越してきたらしいだよね。元々はこの二十九区で住んでいたらしいけど。

「その言いぶりからすると、彩葉の父親はそこにはいなかったようだな」
「ええ。どうやら緋真の件もあって、三十区に収監させておくのは危険だと判断したのでしょうね。この二十九区側の研究所に連れていったらしいですわ」
「父さんがこの区画にいるの?!」

 衝撃の事実に胸が高鳴る。
 こんな嬉しいことが聞けるなんて夢にも思わなかったよ。

「隠密に調査した結果、それは間違いありませんわ」
「いや、お嬢。隠密って言うわりには、ムチャクチャ話題になってたじゃねえか」
「話題……ですか?」

 それって、もうばれているのと同じ意味なんじゃないかな? 

「何を隠そう、このお嬢こそが二十九区を恐怖のどん底に叩き落とした、あの噂の――亡霊の魔法使いだ」

 溜めを作ったあとに覇人がばらした正体。
 その存在は、ずっと覇人が夜な夜な捜し歩いていた魔法使い。
 篝さんも気にかけていたけど、結局見つけることが出来なかったのに、こんなにもあっさり目の前に噂の魔法使いが現れてしまった。

「まったく、失礼な呼び名ですわよね」
「そりゃ、仕方ねえよ。夜中にお嬢の生物魔法で奇襲を掛けまくっていたら、誰だって怖え思いすんだろ」
「だからって、そんなオカルトのような扱いはあんまりでなくて! 実に不愉快ですわ!」
「まあ、そういうのから縁遠いお嬢からすれば、そら不愉快だわな。けど、けっこうしっくりくる名だと思うぜ」
「あなたねぇ……いちいち挑発するような発言は止めてくださるかしら」

 うーん。すっごく怒ってるね。
 だけどさ、汐音の魔法と言えば、屋敷前でみた草が生えた犬の集団を創った魔法だよね。見た目は完全にゾンビみたいな犬だったけど、それを言ったら機嫌を悪くされたやつ。しかも、シェパードなんて犬種までしっかりと決めていたらしい。
 あんな魔法で夜中に襲われたら、亡霊なんて言い方されても文句は言えないような……。

「俺たちがここに来たのと同時に、消息を絶っていたのもすべて覇人の指示になるのか?」
「そういうこった。茜があんなことになっちまったことで、しばらく俺たちは動けそうになかったからな。鳴りを潜めてもらい、俺と一緒に連中の研究所を漁っていたわけだ」
「それで、見つかったのかしら」
「丁度、昨夜な」

 タイミングがいいね。そのせいでなにか、引っかかるものがあるんだけども。

「この場所で戦闘員と魔法使いの争いがありましたのよ。私が着いた時にはすでに決着がついたあとでしたのですけど。ですが、そのおかげで戦闘員のあとを追ってようやく、研究所の場所が判明したのですわ」
「篝さんのグループの魔法使いは犠牲になってしまったのですね」
「あの二人が相手の時点で、分かりきっていた結果よ」

 篝さんもそれは覚悟していたから、あんまり悲しんだりすることはないんじゃないかな。それでも、ありのままのことを教えるのは胸が痛いね。

「着きましたわよ。あそこが研究所の入り口になっていますわ」

 汐音が指を差した場所には草むらが一層群がっていた。
 分かりづらかったけど、その向こう側に巨大な空洞があって、まるでカーテンみたいに草で遮っている。
 川の水が出入りしているところをみると、あれは用水路のようにも見えた。

「……あれ……なの?」

 まさか……とは思って汐音の顔をうかがってみる。

「ええ、そうですわ……」

 心底嫌そうな顔して言われた。
 あの小汚いところが研究所だと分かって、一気に気分が滅入ってきた。

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