壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

バーの客2

 何事もなかったかのように、ただ、悠然とお客さんとしてカウンター席につく殊羅。その隣に月ちゃんが足をぶら下げて、座り込んだ。

「お前ら、何者だ? もちろん、ただの客ってわけじゃないんだろ」
「仕事途中での息抜きに来ただけだ。――営業はやっているんだろう?」
「……張り紙を破って置いて、よく言えたもんだな」

 あ、篝さんが言い負かされている。張り紙がなくても、せめて店内の光が点いていなかったら、そんなことを言われることもなかったのに。まさか、こんな展開が来るなんて思っていなかったから、口にはだせないけど。

「ねえねえ、ジュースを置いてないの?」
「悪いな。うちは子供が飲めるようなものは置いてないんだ。ジュースが飲みたいなら、そこの若造にファミレスにでも連れて行ってもらうといい」
「おいおい……客をいきなり追い返すのは酷いんじゃないか?」
「うちは、バーだ。保護者ならその辺りを理解してもらいたいもんだ」

 どう考えても未成年者がここにいるのに、それは通用しないんじゃないかなと思う。
 ほら、その証拠に殊羅がこっち見てるじゃん。
 あいつらはいいのか? そんなことを言いたげに。
 覇人はここぞとばかりに成人を気取ってタバコを吸う。全然ごまかせていないんだけどね。

「仕方ないな。今日だけは特別だ。ただし、酒しかうちは出せねえぞ」

 現場証拠がある以上、篝さんが折れた。

「ああ、それでいい。そうだな、一番高い奴とこのガキには水でも出してやればいい」
「えー……月だけお水なんて嫌だぁー! ねえ、オジサン! ほんとにジュースないのー! あ! それとかジュースじゃないの?」

 殊羅に出すための酒が注がれているグラスを見て、月ちゃんが疑いをかける。
 たしかに、パッと見た感じだとそれっぽい。

「ここにあるのは、すべて大人のジュースだ。おチビちゃんにはあと十年早いな」

 反論も出来ず、月ちゃんはふて腐れてしまった。足が地面からだいぶ、離れているせいで飛び降りるような形でカウンター席から離れてしまう。

「コーヒーぐらいは出してやった方が良かったか……」
「今さら酒以外あるなんて言い出したら、騒ぎ立ててめんどくさくなる。放って置け」

 子供扱いされた月ちゃんは、バーが珍しいのかあちこちと眺めて回っている。私の美的感覚がおかしいのか、芸術センスがあるかどうかもよく分からない壁掛けされている絵なんかを見てる。

「おい! 水が入ったが、お前、飲まないのか?」
「そんなの要らないよーだ……っ!」

 纏が傷心している月ちゃんを宥める口調で話しかける。

「完全に子供扱いされてしまったな」
「……月も早くお酒が飲めるようになれたらいいのに……」
「止めておきなさい。あんなろくでもないやつになるわよ」

 蘭が指さした先にはタバコを片手に、酒の入ったグラスを丁度、飲み干した覇人がいた。

「あれ? それって篝さんの酒じゃなかったっけ」
「まあな。せっかくいい雰囲気の店なんだしよ、どんな酒出してるのか気になるじゃねえか」
「もう、覇人くん。小さい子の前でそんな悪いところを見せてはダメですよ。月ちゃんの教育に悪いじゃないですか」

 カランと中に入った氷が良い音を立てて、机に置かれる。纏が溜息を吐きながら、またかと言いたげに覇人を見ていた。

「おい若造! お前、なに勝手に飲んでいやがる。タバコは良しとしてもだな、ここがバーである以上、未成年が酒飲むようなことは俺が許さねえよ」
「タバコは良いんだね」
「ダメに決まってますよ」
「そうだ。たとえ篝さんが許しても俺は認めないぞ」
「だってさ。覇人」
「お前ら、なんで俺責める時に限ってそんなに協調しあっているんだよ。俺、なんか辛いぜ」

 はい、みんな揃ってのダメ。私的には別にどっちでも構わないんだけど、少数派になるのは何となく嫌だから、茜ちゃんたちの意見に乗っただけ。

「……はぁ。ほんと馬鹿ばかりだわ。それはそうと、殊羅。あんたたちは何の用事でこんなところに来たのよ」

 私たちが無駄口を言い合っている間に話を進める蘭。
 さぁ、ここからが本題だ。

「別に……息抜きに来ただけだ」
「だとしても、戦闘員は狩りを始める時間帯のはずよ」

 外の町並みはすでに夜に飲み込まれている。魔法使いが最も警戒をし始める時間帯でもあって、戦闘員が活発に動き始める頃だ。

「なるほどな。お前ら、戦闘員だったか。通りで只者じゃないとは思っていたが。特にお前――尋常じゃないぐらいに強いだろう」
「そういうあんたこそ、その辺の魔法使いとは桁外れに見えるがな」
「お前ほどじゃねえよ」
「どうだろうな。別件がなければここで確かめてみてもいいんだが」

 やる気のなさそうなところしか見せない殊羅が初めて、関心を出している。S級戦闘員の強さは身に染みて分かっているつもり、そんな殊羅に興味を持たせるなんて、篝さんってそんなにも強い魔法使いだったんだ。

「ここで戦ったらお店が潰れちゃうよ。月たちのお仕事は回収屋を見つけなくちゃいけないんだから、そろそろ行こうよー」
「……めんどくせえ」
「なんでー! お仕事の時間なんだから、行かないとダメなんだよ」
「だったら、お前さん一人に任せるわ」
「だーかーらーダメなのー! また、上の偉い人に怒られちゃうよ」

 無邪気に騒ぐ月ちゃんを他所に酒をゆっくりと飲む殊羅。
 ずっとそうしていてくれるのなら別にそれはそれでいいし。仕事放棄なら大歓迎。だけど、その仕事内容には聞き捨てておくわけにはいかない単語が含まれていた。

「月ちゃんたちってまだ、その回収屋っていう魔法使いを探しているの?」
「そうだよ。えっとね、つい最近になってこの辺りで被害が出ちゃったみたいなの。それでね、今日はこの辺りで探すんだ!」

 回収屋はアンチマジックから、魔法使いの死体を強引に奪っていっているらしい。ということは、ここ最近でもアンチマジックがやられているんだ。
 亡霊の魔法使いと回収屋。せっかく、三十区から逃げて来たのに、裏社会はいつだって賑やかだね。平和なんてものとは無縁過ぎる。
 私たちとは無関係っぽそうな二人だけど、これからのことを考えるとちょっと迷惑。

「……ま、そういうことだ。お前さんら、丁度いいところで出会ったんだ。情報提供でもしてもらおうか」
「うわぁ、覇人と一緒でサボる気しかないよね。この人」
「コイツと一緒にすんなっつーの。ちゃんと自分の足で歩いて、あっちこっちと動き回ってるんだぜ。俺は」

 嘘か本当か分からないけど、必死で違うと言っているから信じよう。

「私たちもちょっと前に、二十九区に来たので詳しいことは何も知りませんよ」
「そういやそうだったか。……ああ、そういやお前さんら、両端ターミナルを襲撃してコッチ側に渡ってきたんだったな」
「そのことは、もうあなたたちにも知られているのですね」
「ま、知っているのは俺らしかいないと思うがな。今頃、連中は犯人捜しと両端ターミナルの建て直しで手一杯だろうよ」

 まだ私たちがやったってことまでは調べられてないんだ。時間の問題かもしれないけど、とりあえずは朗報……かな。

「本当は、ここでお姉ちゃんたちを殺しちゃうつもりだったんだけど、月たちは回収屋を見つけなきゃいけないから、特別に許してあげるんだからね」
「あ、うん。ありがと?」
「なぜ、疑問形で礼を言っているんだ」
「いや、なんとなく」
 月ちゃんは自分が悪だと決めつけた魔法使いしか殺さないらしいし、それだったら本来、私たちは月ちゃんの怒りを買って、大惨事になること間違いなかった。回収屋に感謝しとかないとね。

「それじゃあ、お客さんらには仕事があるようだし、酒はほどほどにして本職に戻ったらどうだい」
「いや……ここで待機しているのも仕事の内に入るんだがな」
「あんた、相変わらず動こうとしないわね。そんなことしている間にも、回収屋は遠くに行ってしまうかもしれないわよ」

 いつそんな話を聞いたのか知らないけど、結構時間も経っているんだろうし、ここに居られても落ち着けないし早めに退散してくれた方がいいんだけどね。全面的に蘭に賛成。

「あのね、蘭。回収屋はね、絶対にまだここにいるんだよ」

 強く、はっきりと断言する月ちゃん。それは十分な確証がないと口には出来ないほどの想いが込められていた。

「お姉ちゃんたちが、両端ターミナルを襲ちゃったときにね、いっぱい魔法使いが死んじゃったでしょ。だからね、回収屋はその魔法使いを連れ戻しにここまできてるはずなんだ」
「あれから随分と時間が経っているはずよ。今頃は腐っているんじゃないかしら」
「でも、死んだ魔法使いはここに運ばれちゃったんだよね?」

 否定を許さない口調。可愛い見た目とは裏腹に迫力は物凄い。これがプロ。A級の魅せる気迫なんだ。

「――月。あんた、知っていたのね」
「うん。お姉ちゃんたちもうまく隠れながら移動してたみたいだけど、両端ターミナルに残っていた血と魔力検知器があればここに逃げちゃったことぐらい、すぐ分かっちゃったよ」

 血と魔力検知器。どっちも魔法使いを追う為には必要な物。そこまでさすがに頭が回らなかったし、あの出血だとどう工夫しても血は流れてしまうし、仕方ない。
 全員が余計なことを話してしまわない様に口を閉じる。
 緊張感が走るこの空間で先に口を開いたのは殊羅だった。

「まだここにあるのか。死体? それとももう処分しちまったか。あるいは、引き渡した後か。……一体どれが正解だ?」
「俺たちの手で丁重に弔った後だ。残念だったな。お前らの探し人は何時までたってもここに現れやしないぜ。ほら、要件は済んだろ」
「そうか。それなら、別にいいんだ。少なくとも、奴がここには現れないことさえ分かれば十分だ」

 たったそれだけのようで、殊羅は金を適当に机に置いて席を立った。

「しょうがない。このガキがうるさいし、めんどくせぇけど動くか」
「やっと、その気になってくれたー。もう、最初からそうやってちゃんとしてくれなきゃダメなんだからね」
「おい! 若造、ちょっと待ちな――」

 月ちゃんを連れて、外に出ようとする殊羅を篝さんが引き止めた。

「この場所のことをお前らはどうするつもりだ。事と次第によっては、お前らをここから生きて帰す保証は約束させないぜ」
「安心しな。めんどくせぇし、上には黙っておいてやるよ」
「ねえ、アンチマジックってあんなノリでいいの? 職務放棄じゃん。いや、それならそれでいいんだよ。お世話になったから、むしろそうしてあげてほしいぐらいだし」

 普通の社会人ならクビにされそうなものだけど。いいのかな? まぁ、裏側って色々こじれた人たちの集まりみたいなもんだし、細かいところは気にすることでもなく、意外とその辺は適当なのかもね。

「うーん。いまの月たちは回収屋を見つけちゃうことが第一だから、月も何にもお話ししないよ。それに、お姉ちゃんたちのことは特別に許しちゃうって決めたもん」

 笑顔で答える月ちゃん。その裏側が真っ黒でないことを祈るよ。

「信じても大丈夫……なのでしょうか」
「いいんじゃない? だって、ほら見てあの顔。嘘言ってなさそうだよ」
「ま、そうだな。こいつらなら問題ねえだろ」
「そうなのか? 一緒にいた時間が短かったからどういう戦闘員なのか詳しいことは知らないが」
「極めて自分勝手な戦闘員ってところだな。こっちから余計な手出しさえしなければ、普段は大人しい二人だぜ」

 果たして本当なのか、会話中ずっと月ちゃんにしがみ付かれていた蘭に顔を向けて、どうなの? と無言で聞いてみる。

「そうね。あたしは月に関しては信頼してるし、殊羅は元々あんな性格だから放っておいても大丈夫だと思うわ。そうよね、月」
「うん。月のことは信じちゃってもいいよ。絶対に誰にも言わないって蘭と約束する」
「そう。ありがとうね。月」

 月ちゃんの頭を撫でる蘭。こうしてみると仲睦まじい姉妹に見えなくもない。うん。あれだったら、変な心配しなくてもよさそうに思えてきた。

「さて、別の店で聞き込みでもするか」
「じゃあね。今度はファミレスがいい! ジュースが飲みたい!」
「めんどくせえな」

 来た時と同じように、何事もなく帰っていった。
 まるで台風が去ったあとみたいに静まり返ったバー。
 殊羅と月ちゃんは、ああ言ってくれてたけど、念のために出発は明日に持ち越すことにした。

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