壊れた世界と魔法使い
バーの客
夜のバーかがり火。
客を入れる気は全くないのに、店先をネオン灯で色づけ、シックな雰囲気の造りになっている店内にも電気が点く。
あれから、予想通り覇人は日が完全に暮れた後に帰ってきた。
いまは、私たちとマスターである篝竜童の六人で集まっている。
荷物を纏め上げ、ここを出る準備を済ませた後だった。
「どこに行くつもりかは知らないが、せいぜい気を付けることだな」
グラスに注いだ店の酒を片手に見送る篝さん。
「例の魔法使いもここ数日は鳴りを潜め続けていて、動向は掴めてい無いようだ。そうだろ? 若造」
「まぁな。オッサンの言っていた通り、姿どころか噂の一つも聞くことはなかったぜ」
タバコを吸って、煙を吐く覇人。
篝さんたちとは別に覇人は個人で亡霊みたいだと噂されている魔法使いを一人探していたの。幅広く情報を手に入れる為にも、一人で行動している方がいいっとか言ってた。でも、それは建前でこの区画はキャパシティがある場所。色々と裏について探るには、一人じゃないとやりにくいんだとかなんとか。
「怪しいわね。丁度、あたしたちがここに来たのと同時に、噂すら聞かないなんてね。あんた、真面目に探していたのかしら?」
「……」
「どうしてそこで黙るんだ」
纏が不安を隠せない様子にしている。やっぱり、いつもの如くサボっていたのかもしれない。本当は一人の方が気楽でサボり放題だからとかそういう理由なんじゃないかな。
覇人には労働とか向いてなさそう。将来の職業は遊び人ってことで、割と似合うと思う。
「……そんなに疑わなくてもちゃんと探したっつーの」
「そう……か。いや、疑うつもりじゃなかったんだけど、悪かった」
謝罪をした纏に何の反応も見せずに、覇人は煙草を大きく吸ってはいた。充満した煙にむせ返りそうになる。
「姿を消したのも、あんな事件を起こしちまったから。案外、動こうにも動けなかっただけかもしれねえしな」
「そうですね。見つからないのはそういう理由があるからかもしれないですね」
「ふーん。じゃあ、その魔法使いもまだこの辺にいたりするのかな?」
最後に目撃されたのは篝さんによると、この辺りらしい。もし、動けないのならまだ近くにいる可能性だって十分にありそう。
覇人はしばらく考え込むように黙った後にもう一度、煙を吐いた。
「……だと思うぜ。多分、そいつはまだ生きて、息を潜めているだろうな」
長く伸びた灰が根元から折れる。とっさに茜ちゃんが灰皿で受け止めてくれたから、落ちずには済んだ。ナイスキャッチ茜ちゃん。
「――悪い」
「落とすなよ。小僧」
そんなにもなるまで灰殻を捨てないなんて、覇人らしくはなかった。何か、思いつめることか、気になることでもあるのかな。
「難しい顔をして……何か心配事でもあるのか?」
「なんでもねえよ」
付き合いの長い私たちからすれば、何かしら抱えていることは嘘を吐かれても大体は分かる。でも、話す気がないのなら、無理には聞き出さないで置いた方がよさそう。出発前に悪い話しだったら嫌だし。
「なんにせよ、ここを出ていくのなら俺は止める気はねえよ。例の魔法使いも狂った奴ではなさそうだし、お前らが狙われることもないだろう。むしろ厄介なのは……あの犯罪結社か」
その名を聞いて、反応せずにはいられなかった。犯罪結社と聞いて、思いつく組織名は一つしか思い当たらない。
「その組織って……キャパシティのこと?」
「なんだ、知っていたのか? その名を知っていることは、裏社会に深く馴染んでやがる奴だと思うのだがな……。お前らのような若造共にも知られているとは、あいつら……そこまで派手な動きを見せていたのか」
実は目の前にいるこの、覇人こそがキャパシティ所属の魔法使いだよ。と明かしてしまいたいけど、キャパシティはアンチマジックと魔法使いそれぞれからあまり良い印象を持たれていないみたいだから、あえてそのことは教えないでおこう。
「オッサンの方こそ、組織のことを知ってるとは思わなかったぜ」
「俺が知っているのは、連中が裏社会に大きな影響を与えるような事件ばかり起こすはた迷惑な奴らってことぐらいだ。それ以外の詳しいメンバーや目的なんざ聞いたこともねえよ」
いままで聞いてきた噂通り、実態すらほとんど掴まれていない組織みたいだね。
三十区と三十一区で起きた事件だって、あの裏側では緋真さんが関わっていた。あの一連で何人もの名前も知らない魔法使いが死んで、一般人の人たちも巻き込まれては死んでいった。
三十一区の焼失事件の映像が脳内で再生されて、悲惨さを思い返す。
たしかにあんなことを起こして、表と裏の両方に大打撃を与えるようなことをキャパシティのメンバーが起こしていると分かれば、誰だって嫌悪するだろうし。
裏社会の情報を結構、把握している篝さんならもしかすると、あれら全部キャパシティが関わっていると何となく感づいているのかもしれない。
言葉からにじみ出るうっとうしさがそれを感じさせた。
「だがしかし、それだけ裏社会を揺るがしているのにも関わらず、正体を掴ませないとなると、ますます得体がしれないな」
「あれだけ話題性の高いことをやらかしているくせに、その尻尾すら見せやしない組織だ。だが、それでも唯一分かっていることがある。連中の拠点がこの二十九区にあるってことだ」
それはアンチマジックですら知られていないことなのに。
この区画に住んで、情報通ならそれぐらいのことなら把握していてもおかしくはないかもしれないね。
「詳しいわね。ひょっとしてあんた、連中とどこかで会ったこととかあるのかしら?」
「いや、知らんな。そもそも、秘密主義の連中が自分から正体をバラすような真似をすると思うか?」
「それもそうね」
私の母さんと父さんも秘密犯罪組織の一員だとは死んでから初めて知ったこと。それに、緋真さんと覇人もそうだったと分かった時は驚いたもんだったよ。
「この区画にきて初めて出会った魔法使いが篝さんで良かった。聞く限りだと、キャパシティとは全くの無関係そうな雰囲気ですし」
「どちらかと言うと、俺たちは毛嫌いしているぐらいだ。あいつらのせいで罪のない魔法使いがどれだけ被害を受けたことか。だからこそ、お前らの無事を祈ってやりたくなるのさ」
「その祈り、ありがたく受け取らせていただきます。ではこれ以上、長居するわけにいきませんし、そろそろ俺たちは出発します」
「そうかい。気ぃつけてな」
話しもまとまり、祈りを受けながら出発のために席から離れようとしたとき、扉がノックされた。
表には営業していない張り紙が張り出されているはずだから、お客さんというわけではないだろうし。あ、もしかすると店内のに明かりが付いているから営業中だと勘違いしているのかも。
それ以外となると、他のバーかがり火に関係している魔法使いなのかな。でも、それだとわざわざノックしてくることが不思議に思える。
こちら側からわざわざ声を掛ける前に、扉が重々しく開き、まるで見知らぬ家の門をくぐるような。よそよそしい衣を纏いながら、顔だけを覗かせてくる。
「あのー……こんばんはー……」
おそるおそるといった風に挨拶をする来訪者。
だけども、篝さんを除いた私たちは。
その声を――
その姿を――
誰なのか認識したとたん、驚きの声を発する。
向こうも反応して、私たちの存在に気づくと扉を空け放って、店内に入り込んできた。
なんで……? どうして……? あの子がこんなところにいるの? 聞き出したかったけど、無邪気に抱き付いてきたこの子を邪険にすることも出来ずに、私はただ迎え入れることしか出来なかった
「蘭もお姉ちゃんたちも久しぶりだね!」
大人の雰囲気漂わせるバーに場違いな程、幼さのある声が響き渡らせたのは、A級戦闘員の月ちゃんだった。
「あん? お前ら、こんなところで何してやがんだ」
後から、突っ走った月ちゃんをめんどくさそうに追いかけてきたS級戦闘員でもあり、月ちゃんの保護者役である殊羅がやって来る。
「……騒がしい客だな。悪いが、今日は休みだと外に張り紙を出していたのを見ていないのか?」
「張り紙だぁ……? そんなもの張っていなかったがな」
扉の外側では、地面に破り捨てられた張り紙が風に攫われていったところだった。
強引な客相手に篝さんの目つきは鋭くなり、突然の来訪者に対して不信感を抱き始めていた。
客を入れる気は全くないのに、店先をネオン灯で色づけ、シックな雰囲気の造りになっている店内にも電気が点く。
あれから、予想通り覇人は日が完全に暮れた後に帰ってきた。
いまは、私たちとマスターである篝竜童の六人で集まっている。
荷物を纏め上げ、ここを出る準備を済ませた後だった。
「どこに行くつもりかは知らないが、せいぜい気を付けることだな」
グラスに注いだ店の酒を片手に見送る篝さん。
「例の魔法使いもここ数日は鳴りを潜め続けていて、動向は掴めてい無いようだ。そうだろ? 若造」
「まぁな。オッサンの言っていた通り、姿どころか噂の一つも聞くことはなかったぜ」
タバコを吸って、煙を吐く覇人。
篝さんたちとは別に覇人は個人で亡霊みたいだと噂されている魔法使いを一人探していたの。幅広く情報を手に入れる為にも、一人で行動している方がいいっとか言ってた。でも、それは建前でこの区画はキャパシティがある場所。色々と裏について探るには、一人じゃないとやりにくいんだとかなんとか。
「怪しいわね。丁度、あたしたちがここに来たのと同時に、噂すら聞かないなんてね。あんた、真面目に探していたのかしら?」
「……」
「どうしてそこで黙るんだ」
纏が不安を隠せない様子にしている。やっぱり、いつもの如くサボっていたのかもしれない。本当は一人の方が気楽でサボり放題だからとかそういう理由なんじゃないかな。
覇人には労働とか向いてなさそう。将来の職業は遊び人ってことで、割と似合うと思う。
「……そんなに疑わなくてもちゃんと探したっつーの」
「そう……か。いや、疑うつもりじゃなかったんだけど、悪かった」
謝罪をした纏に何の反応も見せずに、覇人は煙草を大きく吸ってはいた。充満した煙にむせ返りそうになる。
「姿を消したのも、あんな事件を起こしちまったから。案外、動こうにも動けなかっただけかもしれねえしな」
「そうですね。見つからないのはそういう理由があるからかもしれないですね」
「ふーん。じゃあ、その魔法使いもまだこの辺にいたりするのかな?」
最後に目撃されたのは篝さんによると、この辺りらしい。もし、動けないのならまだ近くにいる可能性だって十分にありそう。
覇人はしばらく考え込むように黙った後にもう一度、煙を吐いた。
「……だと思うぜ。多分、そいつはまだ生きて、息を潜めているだろうな」
長く伸びた灰が根元から折れる。とっさに茜ちゃんが灰皿で受け止めてくれたから、落ちずには済んだ。ナイスキャッチ茜ちゃん。
「――悪い」
「落とすなよ。小僧」
そんなにもなるまで灰殻を捨てないなんて、覇人らしくはなかった。何か、思いつめることか、気になることでもあるのかな。
「難しい顔をして……何か心配事でもあるのか?」
「なんでもねえよ」
付き合いの長い私たちからすれば、何かしら抱えていることは嘘を吐かれても大体は分かる。でも、話す気がないのなら、無理には聞き出さないで置いた方がよさそう。出発前に悪い話しだったら嫌だし。
「なんにせよ、ここを出ていくのなら俺は止める気はねえよ。例の魔法使いも狂った奴ではなさそうだし、お前らが狙われることもないだろう。むしろ厄介なのは……あの犯罪結社か」
その名を聞いて、反応せずにはいられなかった。犯罪結社と聞いて、思いつく組織名は一つしか思い当たらない。
「その組織って……キャパシティのこと?」
「なんだ、知っていたのか? その名を知っていることは、裏社会に深く馴染んでやがる奴だと思うのだがな……。お前らのような若造共にも知られているとは、あいつら……そこまで派手な動きを見せていたのか」
実は目の前にいるこの、覇人こそがキャパシティ所属の魔法使いだよ。と明かしてしまいたいけど、キャパシティはアンチマジックと魔法使いそれぞれからあまり良い印象を持たれていないみたいだから、あえてそのことは教えないでおこう。
「オッサンの方こそ、組織のことを知ってるとは思わなかったぜ」
「俺が知っているのは、連中が裏社会に大きな影響を与えるような事件ばかり起こすはた迷惑な奴らってことぐらいだ。それ以外の詳しいメンバーや目的なんざ聞いたこともねえよ」
いままで聞いてきた噂通り、実態すらほとんど掴まれていない組織みたいだね。
三十区と三十一区で起きた事件だって、あの裏側では緋真さんが関わっていた。あの一連で何人もの名前も知らない魔法使いが死んで、一般人の人たちも巻き込まれては死んでいった。
三十一区の焼失事件の映像が脳内で再生されて、悲惨さを思い返す。
たしかにあんなことを起こして、表と裏の両方に大打撃を与えるようなことをキャパシティのメンバーが起こしていると分かれば、誰だって嫌悪するだろうし。
裏社会の情報を結構、把握している篝さんならもしかすると、あれら全部キャパシティが関わっていると何となく感づいているのかもしれない。
言葉からにじみ出るうっとうしさがそれを感じさせた。
「だがしかし、それだけ裏社会を揺るがしているのにも関わらず、正体を掴ませないとなると、ますます得体がしれないな」
「あれだけ話題性の高いことをやらかしているくせに、その尻尾すら見せやしない組織だ。だが、それでも唯一分かっていることがある。連中の拠点がこの二十九区にあるってことだ」
それはアンチマジックですら知られていないことなのに。
この区画に住んで、情報通ならそれぐらいのことなら把握していてもおかしくはないかもしれないね。
「詳しいわね。ひょっとしてあんた、連中とどこかで会ったこととかあるのかしら?」
「いや、知らんな。そもそも、秘密主義の連中が自分から正体をバラすような真似をすると思うか?」
「それもそうね」
私の母さんと父さんも秘密犯罪組織の一員だとは死んでから初めて知ったこと。それに、緋真さんと覇人もそうだったと分かった時は驚いたもんだったよ。
「この区画にきて初めて出会った魔法使いが篝さんで良かった。聞く限りだと、キャパシティとは全くの無関係そうな雰囲気ですし」
「どちらかと言うと、俺たちは毛嫌いしているぐらいだ。あいつらのせいで罪のない魔法使いがどれだけ被害を受けたことか。だからこそ、お前らの無事を祈ってやりたくなるのさ」
「その祈り、ありがたく受け取らせていただきます。ではこれ以上、長居するわけにいきませんし、そろそろ俺たちは出発します」
「そうかい。気ぃつけてな」
話しもまとまり、祈りを受けながら出発のために席から離れようとしたとき、扉がノックされた。
表には営業していない張り紙が張り出されているはずだから、お客さんというわけではないだろうし。あ、もしかすると店内のに明かりが付いているから営業中だと勘違いしているのかも。
それ以外となると、他のバーかがり火に関係している魔法使いなのかな。でも、それだとわざわざノックしてくることが不思議に思える。
こちら側からわざわざ声を掛ける前に、扉が重々しく開き、まるで見知らぬ家の門をくぐるような。よそよそしい衣を纏いながら、顔だけを覗かせてくる。
「あのー……こんばんはー……」
おそるおそるといった風に挨拶をする来訪者。
だけども、篝さんを除いた私たちは。
その声を――
その姿を――
誰なのか認識したとたん、驚きの声を発する。
向こうも反応して、私たちの存在に気づくと扉を空け放って、店内に入り込んできた。
なんで……? どうして……? あの子がこんなところにいるの? 聞き出したかったけど、無邪気に抱き付いてきたこの子を邪険にすることも出来ずに、私はただ迎え入れることしか出来なかった
「蘭もお姉ちゃんたちも久しぶりだね!」
大人の雰囲気漂わせるバーに場違いな程、幼さのある声が響き渡らせたのは、A級戦闘員の月ちゃんだった。
「あん? お前ら、こんなところで何してやがんだ」
後から、突っ走った月ちゃんをめんどくさそうに追いかけてきたS級戦闘員でもあり、月ちゃんの保護者役である殊羅がやって来る。
「……騒がしい客だな。悪いが、今日は休みだと外に張り紙を出していたのを見ていないのか?」
「張り紙だぁ……? そんなもの張っていなかったがな」
扉の外側では、地面に破り捨てられた張り紙が風に攫われていったところだった。
強引な客相手に篝さんの目つきは鋭くなり、突然の来訪者に対して不信感を抱き始めていた。
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