壊れた世界と魔法使い
二人の魔法使い
彩葉と茜が初めて出会ったのは小学四年生に進級したてのときだった。
見かけは満身創痍となっている年季の入ったタイル。
使用された備品は使い古されていても丁寧に磨き抜かれ、新品みたいに輝いていた。
新しい教室。新しいクラスメイト。新しい出会い。
生徒たちは不安と期待に胸を弾ませて、この4―1の教室に集まっていた。
その日は初日ということもあって、自己紹介が進められていた。
出席番号一番である雨宮彩葉は何を言えばいいのかも分からず、端的に名前だけを告げて終わらせた。
後に続く者も一番手があまり凝ったことを話さなかったことにつられて簡易的に済まされていく。
淡々として進んでいく自己紹介だったが、そのなかで唯一彩葉の気を引いた人物がいた。
出席番号三十番。最後の自己紹介だ。
彼女は誰よりも美しい姿勢で立ち上がり、誰よりも美しい髪を持ち、誰よりも緊張していた。
「ゆ、楪茜です。よ、よろしくお願いします」
そして――誰よりもぎこちない挨拶だった。
あれから一週間が経った。
すでに新たな友人ができ、新たな生活に慣れ始めようとしている時期だ。
新しい繋がり。新しい流行り。新しい思い出。誰もが新しさに手を伸ばして、置いて行かれない様にとしがみ付く。とにかく進級したてというのは向こう一年の始まりでもある。
元からある繋がり。元からある流行り。元からある思い出。付いていけなければ元からあるものにしがみ付くしかない。
彩葉は置いて行かれた。新学期に乗れなかったのだ。べつにそれはそれでもいい。小学校なんてのは進級したてでも古い付き合いのある人間がいれば、クラス替えをしたところでわざわざ新しい付き合いを求める必要なんてない。
だから彩葉は全くもって気にしていなかった。以前より付き合いのある人間が二人いたから。
ただ、一つ。気にすることがあるとすれば、それは孤独な少女。同じ年代にもかかわらず、大人びていて、可愛らしさという印象はさほどない。大きくなったらきっと美人になるんだろうなあという妙な確信。
他と違う子。いつも一人で寂しそうなあの子のことを彩葉は自己紹介の日から気にしていた。
――楪茜。清楚で礼儀正しい女の子。彩葉とは正反対なイメージなあの子。彩葉には無い物を茜は持っている。茜には無い物が彩葉は持っている。
仲良くなれそうとかの問題ではなくて、ただ印象に残っただけ。そこが惹かれたのかもしれない。
始めのうちは話しかける者もいたが、言葉遣いが丁寧語で会話しづらいという理由が大半で、すぐに近づいていく者はいなくなった。
幼少のころから家庭の手伝いをしていた茜は接客のため、丁寧語になっていった。
それだけではなく、親の働く背中をみてきて育ったこともあり、自然とそういう言葉遣いが身に付いたということもある。
小学生らしからぬ対応に周りが付いていけなくなった。それに付け加え、茜は友達作りが得意ではない。
時折、自分から話しかけようとするが、自身の言葉遣いを気にかけており上手く話すこともできず、結局なにもできずに自分の席で外の景色を眺めるだけになってしまう。
傍からみれば、クラスに馴染めず孤独でのけ者にされているようにもみえる。
だが、用事があれば話しかけられるし、勉学が優秀で頼りにされることも多々ある。それだけだ。
いたら頼りにされ、いないならいないで構わない。ただ、そこに存在しているだけ。
虚しくも空虚な生活を茜は続けていた。
そんな日々がさらに続いたある日の放課後。彩葉は思い切って声をかけることにした。
「ちょっと待って。あ・か・ね・ちゃんっ!」
二階から一階に下る階段を一段飛ばしで追いかける彩葉。
「っと、あぶないあぶない」
勢いつけすぎたあまり、茜に激突しそうになる。
そんな彩葉を優しく支える。
「ど、どうしたのですか? 雨宮さん」
「うん、あのね……の前に私のことは彩葉でいいよ」
普段の茜を知っている彩葉は出来るだけフレンドリーに接する。
「い、いろは?」
茜は彩葉の呼び捨てで呼んでほしいというお願いに口ごもりながらも何とか口に出す。
「そうそう、そんな感じ! ところで茜ちゃんってお花屋さんで働いているの?」
唐突の質問にきょとんとする茜。
「商店街で何度か見かけたことがあるから」
「そうだったのですか。はい、あそこが私のお家だから、お手伝いをしているんです」
「家が花屋なんていいなあ! 毎日お小遣いもらえるじゃん」
「あ、あはは。そんなことないですよ」
茜は羨まし気に話してくる彩葉に謙遜した。
「あ、じゃあさ。私の家とも近いからよかったら私と一緒に帰ろうよ」
「え!?」
茜にとっては生まれて初めての誘いだった。おもわず顔がほころんでしまう。
一緒に帰る。それだけの行為が嬉しかった。
「お邪魔でなければ……ぜひ……」
「邪魔なんてとんでもない! 帰り道が同じ友達なんていないから私いっつも一人だったんだ。よかった。一緒に帰れる友達がいてくれて。これで帰り道も楽しく帰れそうだよ」
「……友達?」
「うん。同じクラスでこうやってお喋りして一緒に帰るんだからもう友達でしょ!」
「そう、ですよね……友達、なんですよね」
「だから私も茜ちゃんって呼ぶから茜ちゃんも私のことは気軽に彩葉って呼んで」
「はい! えっと彩葉、ちゃん」
恥ずかしそうに彩葉の名前を呼ぶ。他人の名前をこんな呼び方をするのも茜にとっては初めてだった。
「うん。それでよし」
馴れ馴れしい彩葉としっかり者の茜とのファーストコンタクトだった。
茜は魔法使いだと名乗った。
それは魔に魅入られたということ。おそらくは母親が目の前で死にゆく様を無力にも見届けてしまったからだろう。
原因は魔法使いによる災害。だが、心優しき茜は魔法使いを恨んだわけではない。
何もすることが出来ず、母親を見殺しにしてしまった。焼き尽くされる生身の人間。女手一つで育ててくれた母親が、どれほどの苦痛を受けていたのだろうか。唯一の救いといえば、娘が無事で生き残ったことぐらいか。力尽きる寸前まで茜の姿を瞼に、脳に刻み込みながら逝った。
結局、母親は娘のことだけ一杯だった。茜はそんな母親を助けたくて、必死でもがいて、手段を探して、ついには自身の無力さに罪悪感を感じた。
どうして助けれなかったのか。どうしてこんなにも自身を恨めしくなってしまうのか。どうしてこんなにもか弱いのか。
――もし、力があれば。あるいは助けることも可能だったかもしれない。
それが引き金だった。
「私と彩葉ちゃんは敵同士。もう、彩葉ちゃんとは一緒にいられなくなってしまったの」
茜が魔法使いだと明かしたときには、驚きがあった。同時に彩葉には安堵もあった。
また一緒に過ごすことが出来る。
同じ魔法使いだから争う必要もない。手を取り合っていける親友がいるだけで胸が楽になる気がする。
「どうしてそんな顔しているの?」
まるで出会う前の二人のようだった。
あの頃のように茜は空虚さがあった。また一人ぼっちの世界に取り残されたように、たしかにそこにいるのに心だけはあの頃に戻っている。
「だって、私は魔法使いで彩葉ちゃんは人間。言わなくても分かるじゃないですか……っ」
茜の声には悲壮感があった。
「初めて出来た友達だったのに……こんな形で終わるなんて……もう、私、どうしたらいいのか分からないんです」
友達も出来ず、日々家の手伝いで一杯だった茜。
同年代の人と遊ぶこともなく、笑いあうこともなく、楽しいことも知らなかった茜。
何も描かれていない真っ白なキャンバスのような人生を彩ってくれたのは、他でもない彩葉だ。
その彩葉との別れ。色彩が抜けて元の真っ白なキャンパスに戻っていくような空虚な表情になっていく。
「大丈夫。私は茜ちゃんと一緒にいるよ」
「そんなこと、無理です!」
「無理じゃないよ。――なんと! 実は私も魔法使いになってしまったんだよね」
明るくそう言う彩葉。
「うそ!?」
驚愕に顔を染め、開いた口が閉じない茜。
「うそじゃないよ。証拠は……えーと……魔法ってどうやって使うんだろう?」
身振りだけで魔法を使うそれっぽい動作をする彩葉。
「あとで使い方を教えてあげるわ」
それまで黙って話しを聞いていた緋真が言った。
茜は口元に手を当て、微笑する。
「本当に魔法使いなんですか」
「笑われた!? ほんとだよ。私だってまだ魔法使いになったっていう実感が湧かないからよくわからないんだけど。昨日魔法使いになったはず」
「じゃあそういうことにしてあげます」
なげやりな感じの茜に彩葉は含むところもあったが、とりあえずは納得してもらえたかなと思う彩葉。
「あ、そうそう。緋真さんも魔法使いなんだよ」
「それは気づいていますよ」
「もうばれてたかあ……て、えええええ!? なんで? いつ気づいてたの?」
魔法使いは基本的には誰にもばれてはいけない。
超常的な力を持ち、人為的に災害を引き起こすことが出来る力がある。さらにいうと、人ならばだれでも持っている負の感情、誰かを恨みたい、妬みたいなどの心の闇の部分が刺激され、悪の化身となった存在。
その存在が気づかれると、アンチマジックによる魔法使いの殲滅が始まる。
つまり命の取り合いに発展してしまうからだ。
緋真は平然とした顔つきで見詰めてくる彩葉に応えた。
「彩葉ちゃんだけだと思うわよ、気づいてないのは」
「さっきの私と緋真さんのやり取りの意味が分かっていませんでしたしね」
「やり取り?……あぁあれってそういうことだったんだ」
難しい難題が一つ解けたような納得した顔つきになる彩葉。
「そういうことです」
「じゃあ、この場にいる全員が魔法使いってことなんだ」
「そうね。私と彩葉ちゃんはもうアンチマジックに正体がばれているけども、茜ちゃんはまだ見つかってないと考えると……あまりここにはいたくないわね」
「うーん。そうなると一旦隠れた方がいいのかな」
夕暮れの空の下、三人の魔法使いは唸る。
「とりあえずは日も暮れそうなことだし、昨日借りた家に戻りましょうか。それからまた考えましょう」
「あれは借りたというよりも……不法侵入なんじゃあ……」
「いまはそんなことはどうでもいいのよ。死活問題だから神様も許してくれるわ」
「えーと、私の知らないところでどんなことをしてきたんですか」
「ひ、み、つ」
緋真は人指し指で自身の口元に手を当て、ウィンクして答える。怪しさしか感じられなかった。
「さて、暗くなる前に帰りましょう」
「うん。茜ちゃんも行うよ」
「え? 私もですか?」
「茜ちゃんももう魔法使いなんだし運命共同体だよ。一緒に魔法使いとして生きていこうよ。茜ちゃんがいてくれたら楽しいし」
「彩葉ちゃんの言う通りよ。それに、もう一人妹が増えたみたいで私は歓迎よ」
「彩葉ちゃん……緋真さん……」
母親が死んで、もう駄目かと人生を諦めていたところに現れた二人の魔法使い。
その二人が持ちかけてきた話しは茜にとっての救済だった。
「それじゃあ、不束者ですがよろしくお願いします」
「私、茜ちゃんがいてくれると落ち着くよ」
「私もです、彩葉ちゃん。もう誰も頼れる人がいないと思ってました。彩葉ちゃんにももう二度と会えないかと思っていたから、こうしてまた一緒にいられてすごく嬉しいです」
感動の再会を分かち合うように二人ははしゃぎあった。
緋真はそんな二人の絆を微笑ましく思いながら眺めていた。
「こちらこそよろしく。私のことはお姉ちゃんでいいからね」
二人の間を割って入るように手を差し伸べる緋真。
茜はその手を握り返し、
「お姉ちゃんは……ちょっと遠慮しときます。緋真さんでいいですよね」
「彩葉ちゃんに続いて二回もフラれたわ。遠慮なんてしないでいいのよ?」
諦めが悪いことこの上ないなと彩葉は思った。
「緋真さんってモテそうでモテないよね」
「これでも中学生ぐらいのころはモテてたのよ」
「昔の話しを出してきても今がダメだから説得力なしですよ」
「あ、茜ちゃんまで! ひどい妹たちだわ」
怒る緋真に茜は苦笑を漏らす。
それは出会ったばかりのモノではなく、活気を取り戻した茜の心の底からの笑顔だった。
目が焼けつくような赤い夕焼けの下、三人の魔法使いの談笑が続いた。
見かけは満身創痍となっている年季の入ったタイル。
使用された備品は使い古されていても丁寧に磨き抜かれ、新品みたいに輝いていた。
新しい教室。新しいクラスメイト。新しい出会い。
生徒たちは不安と期待に胸を弾ませて、この4―1の教室に集まっていた。
その日は初日ということもあって、自己紹介が進められていた。
出席番号一番である雨宮彩葉は何を言えばいいのかも分からず、端的に名前だけを告げて終わらせた。
後に続く者も一番手があまり凝ったことを話さなかったことにつられて簡易的に済まされていく。
淡々として進んでいく自己紹介だったが、そのなかで唯一彩葉の気を引いた人物がいた。
出席番号三十番。最後の自己紹介だ。
彼女は誰よりも美しい姿勢で立ち上がり、誰よりも美しい髪を持ち、誰よりも緊張していた。
「ゆ、楪茜です。よ、よろしくお願いします」
そして――誰よりもぎこちない挨拶だった。
あれから一週間が経った。
すでに新たな友人ができ、新たな生活に慣れ始めようとしている時期だ。
新しい繋がり。新しい流行り。新しい思い出。誰もが新しさに手を伸ばして、置いて行かれない様にとしがみ付く。とにかく進級したてというのは向こう一年の始まりでもある。
元からある繋がり。元からある流行り。元からある思い出。付いていけなければ元からあるものにしがみ付くしかない。
彩葉は置いて行かれた。新学期に乗れなかったのだ。べつにそれはそれでもいい。小学校なんてのは進級したてでも古い付き合いのある人間がいれば、クラス替えをしたところでわざわざ新しい付き合いを求める必要なんてない。
だから彩葉は全くもって気にしていなかった。以前より付き合いのある人間が二人いたから。
ただ、一つ。気にすることがあるとすれば、それは孤独な少女。同じ年代にもかかわらず、大人びていて、可愛らしさという印象はさほどない。大きくなったらきっと美人になるんだろうなあという妙な確信。
他と違う子。いつも一人で寂しそうなあの子のことを彩葉は自己紹介の日から気にしていた。
――楪茜。清楚で礼儀正しい女の子。彩葉とは正反対なイメージなあの子。彩葉には無い物を茜は持っている。茜には無い物が彩葉は持っている。
仲良くなれそうとかの問題ではなくて、ただ印象に残っただけ。そこが惹かれたのかもしれない。
始めのうちは話しかける者もいたが、言葉遣いが丁寧語で会話しづらいという理由が大半で、すぐに近づいていく者はいなくなった。
幼少のころから家庭の手伝いをしていた茜は接客のため、丁寧語になっていった。
それだけではなく、親の働く背中をみてきて育ったこともあり、自然とそういう言葉遣いが身に付いたということもある。
小学生らしからぬ対応に周りが付いていけなくなった。それに付け加え、茜は友達作りが得意ではない。
時折、自分から話しかけようとするが、自身の言葉遣いを気にかけており上手く話すこともできず、結局なにもできずに自分の席で外の景色を眺めるだけになってしまう。
傍からみれば、クラスに馴染めず孤独でのけ者にされているようにもみえる。
だが、用事があれば話しかけられるし、勉学が優秀で頼りにされることも多々ある。それだけだ。
いたら頼りにされ、いないならいないで構わない。ただ、そこに存在しているだけ。
虚しくも空虚な生活を茜は続けていた。
そんな日々がさらに続いたある日の放課後。彩葉は思い切って声をかけることにした。
「ちょっと待って。あ・か・ね・ちゃんっ!」
二階から一階に下る階段を一段飛ばしで追いかける彩葉。
「っと、あぶないあぶない」
勢いつけすぎたあまり、茜に激突しそうになる。
そんな彩葉を優しく支える。
「ど、どうしたのですか? 雨宮さん」
「うん、あのね……の前に私のことは彩葉でいいよ」
普段の茜を知っている彩葉は出来るだけフレンドリーに接する。
「い、いろは?」
茜は彩葉の呼び捨てで呼んでほしいというお願いに口ごもりながらも何とか口に出す。
「そうそう、そんな感じ! ところで茜ちゃんってお花屋さんで働いているの?」
唐突の質問にきょとんとする茜。
「商店街で何度か見かけたことがあるから」
「そうだったのですか。はい、あそこが私のお家だから、お手伝いをしているんです」
「家が花屋なんていいなあ! 毎日お小遣いもらえるじゃん」
「あ、あはは。そんなことないですよ」
茜は羨まし気に話してくる彩葉に謙遜した。
「あ、じゃあさ。私の家とも近いからよかったら私と一緒に帰ろうよ」
「え!?」
茜にとっては生まれて初めての誘いだった。おもわず顔がほころんでしまう。
一緒に帰る。それだけの行為が嬉しかった。
「お邪魔でなければ……ぜひ……」
「邪魔なんてとんでもない! 帰り道が同じ友達なんていないから私いっつも一人だったんだ。よかった。一緒に帰れる友達がいてくれて。これで帰り道も楽しく帰れそうだよ」
「……友達?」
「うん。同じクラスでこうやってお喋りして一緒に帰るんだからもう友達でしょ!」
「そう、ですよね……友達、なんですよね」
「だから私も茜ちゃんって呼ぶから茜ちゃんも私のことは気軽に彩葉って呼んで」
「はい! えっと彩葉、ちゃん」
恥ずかしそうに彩葉の名前を呼ぶ。他人の名前をこんな呼び方をするのも茜にとっては初めてだった。
「うん。それでよし」
馴れ馴れしい彩葉としっかり者の茜とのファーストコンタクトだった。
茜は魔法使いだと名乗った。
それは魔に魅入られたということ。おそらくは母親が目の前で死にゆく様を無力にも見届けてしまったからだろう。
原因は魔法使いによる災害。だが、心優しき茜は魔法使いを恨んだわけではない。
何もすることが出来ず、母親を見殺しにしてしまった。焼き尽くされる生身の人間。女手一つで育ててくれた母親が、どれほどの苦痛を受けていたのだろうか。唯一の救いといえば、娘が無事で生き残ったことぐらいか。力尽きる寸前まで茜の姿を瞼に、脳に刻み込みながら逝った。
結局、母親は娘のことだけ一杯だった。茜はそんな母親を助けたくて、必死でもがいて、手段を探して、ついには自身の無力さに罪悪感を感じた。
どうして助けれなかったのか。どうしてこんなにも自身を恨めしくなってしまうのか。どうしてこんなにもか弱いのか。
――もし、力があれば。あるいは助けることも可能だったかもしれない。
それが引き金だった。
「私と彩葉ちゃんは敵同士。もう、彩葉ちゃんとは一緒にいられなくなってしまったの」
茜が魔法使いだと明かしたときには、驚きがあった。同時に彩葉には安堵もあった。
また一緒に過ごすことが出来る。
同じ魔法使いだから争う必要もない。手を取り合っていける親友がいるだけで胸が楽になる気がする。
「どうしてそんな顔しているの?」
まるで出会う前の二人のようだった。
あの頃のように茜は空虚さがあった。また一人ぼっちの世界に取り残されたように、たしかにそこにいるのに心だけはあの頃に戻っている。
「だって、私は魔法使いで彩葉ちゃんは人間。言わなくても分かるじゃないですか……っ」
茜の声には悲壮感があった。
「初めて出来た友達だったのに……こんな形で終わるなんて……もう、私、どうしたらいいのか分からないんです」
友達も出来ず、日々家の手伝いで一杯だった茜。
同年代の人と遊ぶこともなく、笑いあうこともなく、楽しいことも知らなかった茜。
何も描かれていない真っ白なキャンバスのような人生を彩ってくれたのは、他でもない彩葉だ。
その彩葉との別れ。色彩が抜けて元の真っ白なキャンパスに戻っていくような空虚な表情になっていく。
「大丈夫。私は茜ちゃんと一緒にいるよ」
「そんなこと、無理です!」
「無理じゃないよ。――なんと! 実は私も魔法使いになってしまったんだよね」
明るくそう言う彩葉。
「うそ!?」
驚愕に顔を染め、開いた口が閉じない茜。
「うそじゃないよ。証拠は……えーと……魔法ってどうやって使うんだろう?」
身振りだけで魔法を使うそれっぽい動作をする彩葉。
「あとで使い方を教えてあげるわ」
それまで黙って話しを聞いていた緋真が言った。
茜は口元に手を当て、微笑する。
「本当に魔法使いなんですか」
「笑われた!? ほんとだよ。私だってまだ魔法使いになったっていう実感が湧かないからよくわからないんだけど。昨日魔法使いになったはず」
「じゃあそういうことにしてあげます」
なげやりな感じの茜に彩葉は含むところもあったが、とりあえずは納得してもらえたかなと思う彩葉。
「あ、そうそう。緋真さんも魔法使いなんだよ」
「それは気づいていますよ」
「もうばれてたかあ……て、えええええ!? なんで? いつ気づいてたの?」
魔法使いは基本的には誰にもばれてはいけない。
超常的な力を持ち、人為的に災害を引き起こすことが出来る力がある。さらにいうと、人ならばだれでも持っている負の感情、誰かを恨みたい、妬みたいなどの心の闇の部分が刺激され、悪の化身となった存在。
その存在が気づかれると、アンチマジックによる魔法使いの殲滅が始まる。
つまり命の取り合いに発展してしまうからだ。
緋真は平然とした顔つきで見詰めてくる彩葉に応えた。
「彩葉ちゃんだけだと思うわよ、気づいてないのは」
「さっきの私と緋真さんのやり取りの意味が分かっていませんでしたしね」
「やり取り?……あぁあれってそういうことだったんだ」
難しい難題が一つ解けたような納得した顔つきになる彩葉。
「そういうことです」
「じゃあ、この場にいる全員が魔法使いってことなんだ」
「そうね。私と彩葉ちゃんはもうアンチマジックに正体がばれているけども、茜ちゃんはまだ見つかってないと考えると……あまりここにはいたくないわね」
「うーん。そうなると一旦隠れた方がいいのかな」
夕暮れの空の下、三人の魔法使いは唸る。
「とりあえずは日も暮れそうなことだし、昨日借りた家に戻りましょうか。それからまた考えましょう」
「あれは借りたというよりも……不法侵入なんじゃあ……」
「いまはそんなことはどうでもいいのよ。死活問題だから神様も許してくれるわ」
「えーと、私の知らないところでどんなことをしてきたんですか」
「ひ、み、つ」
緋真は人指し指で自身の口元に手を当て、ウィンクして答える。怪しさしか感じられなかった。
「さて、暗くなる前に帰りましょう」
「うん。茜ちゃんも行うよ」
「え? 私もですか?」
「茜ちゃんももう魔法使いなんだし運命共同体だよ。一緒に魔法使いとして生きていこうよ。茜ちゃんがいてくれたら楽しいし」
「彩葉ちゃんの言う通りよ。それに、もう一人妹が増えたみたいで私は歓迎よ」
「彩葉ちゃん……緋真さん……」
母親が死んで、もう駄目かと人生を諦めていたところに現れた二人の魔法使い。
その二人が持ちかけてきた話しは茜にとっての救済だった。
「それじゃあ、不束者ですがよろしくお願いします」
「私、茜ちゃんがいてくれると落ち着くよ」
「私もです、彩葉ちゃん。もう誰も頼れる人がいないと思ってました。彩葉ちゃんにももう二度と会えないかと思っていたから、こうしてまた一緒にいられてすごく嬉しいです」
感動の再会を分かち合うように二人ははしゃぎあった。
緋真はそんな二人の絆を微笑ましく思いながら眺めていた。
「こちらこそよろしく。私のことはお姉ちゃんでいいからね」
二人の間を割って入るように手を差し伸べる緋真。
茜はその手を握り返し、
「お姉ちゃんは……ちょっと遠慮しときます。緋真さんでいいですよね」
「彩葉ちゃんに続いて二回もフラれたわ。遠慮なんてしないでいいのよ?」
諦めが悪いことこの上ないなと彩葉は思った。
「緋真さんってモテそうでモテないよね」
「これでも中学生ぐらいのころはモテてたのよ」
「昔の話しを出してきても今がダメだから説得力なしですよ」
「あ、茜ちゃんまで! ひどい妹たちだわ」
怒る緋真に茜は苦笑を漏らす。
それは出会ったばかりのモノではなく、活気を取り戻した茜の心の底からの笑顔だった。
目が焼けつくような赤い夕焼けの下、三人の魔法使いの談笑が続いた。
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コメント
くあ
じゃあおばさんが死んだのはその炎の人のせい?