壊れた世界と魔法使い
二人組
要件を済まし、私たちは家路を辿っていた。
公園ではお昼の配膳をしており、避難民たちや商店街で作業をしていた者が集まり、人口密度が増していた。
そこで三人分の昼飯をもらってこようかと思ったが、そもそもこの状況を招いたのに私たちが関係しているのだから、昼食をもらうのは気が引けて、朝寄ったコンビニで買い物をしていくことに決めた。
「よかったね! 商店街の人たちが無事で」
「はい! 纏くんと覇人くんの無事も確認できましたし、お母さんとのお別れも済ませたので、これで思い残すことはありませんね」
永遠の別れと祈りを捧げ、肩の荷が下りたことで気分は晴れていた。
「だね! それじゃあ、早く緋真さんのところに戻ってお昼を食べよう。きっとお腹空かして待っている――よ!?」
意気揚々と前を先導する。
しかし、角を曲がったところで、衝撃が体に襲う。
「いったぁ――!? ご、ごめん。だいじょうぶ?」
衝撃の正体は少女との衝突だった。
尻餅をつき、うなだれている少女に私はあわてて手を差し伸べ、立たせた。
身長は私よりも小さくて、中学生ぐらいに見える。
腰下辺りまである黒いマントを背負い、水色の髪が映える容貌をした少女だ。
「ありがとう、お姉ちゃん。月が前を向いてなかったせいでぶつかちゃった」
少女は深々とお辞儀をして、礼と謝罪を述べた。
「二人ともけがはしていませんか?」
「平気だよ」
「月も大丈夫だよ」
月――と名乗った少女は、ほこりでも払うかのように服をはたきながら答えた。
「よかったです。でも、痛いところがあったらちゃんと言ってくださいね」
「お尻がいたいです」
みたところ、外傷はなかったが、尻をさすっていた。
おそらく、尻もちをついたときの衝撃の痛みだろう。
不可抗力といってもやはり私の方が悪いような気がした。
ここは、何とかしてあげないと。
「よし! 私がさすってあげよう」
「お姉ちゃん。セクハラいやだよぉ」
気合十分に少女へと近づき、少女は一歩後ずさる。
「もう一人のお姉ちゃん助けてー」
「気持ちは分かりますけど、怖がっていますよ、彩葉ちゃん」
「えー」
これ以上やって嫌われるわけにもいかないので手を戻す。
「月、セクハラって初めてされたよ」
段々と痛みが引いてきて、平然とした状態で言った。
「何事も経験だよ!」
「もう、彩葉ちゃんってば。それよりもあなたの名前は月、ちゃんでいいのかな?」
「うん。――月は、水蓮月っていうんだ。この先にある公園に用事があってきたの」
「月ちゃんって言うんだね。なんだか神秘的な響きがしてカッコいいね」
月ちゃんはたったいま、私たちが出てきた公園の方をみて言った。
「もしかして、避難にきた人ですか? だったらいまお昼を配っているところでしたので、早くいけばもらえるかもしれませんよ」
「ほんとう!? お腹すいていたからよかった! なにがもらえるのかな? やっぱり温かいものかなぁ?」
メニューはなんなのか、想像しながら期待を膨らましている月ちゃん。
元々もらう気がなかったので、何が配られていたのかなんて知らないけど、温かそうな熱気があったので汁物だ。
月ちゃんのお腹は限界なのか先ほどから空腹を訴えている。
「こんな年端もいかない少女が飢えに困っているのですし、私たちはもらってこなくて正解だったかもしれないですね」
私も思う。
だけど、あの人ごみだ。
明らかに私たちよりも年下の少女が一人で行って、無事にもらえるか不安になってくる。
ん? ひとり?
「そういえば、月ちゃんって一人で来たの?」
「ちがうよ。一応、保護者? みたいな人も一緒にいるんだけど……」
そのとき、後方から男性の声が上がった。
「悪いな。俺のお供が迷惑をかけたみたいだな」
長身の男で歳の頃は二十代ぐらい。黒いコートに青紫の長髪をした人物が月ちゃんの背後から現れた。
物騒な雰囲気をしていて、月ちゃんとは正反対のようにみえる。多分、月ちゃんが言っていた保護者? のような人とはこの人物のことだろう。
男は謝罪をしたが、あまり覇気と誠意が伝わらない。面倒事ができたな、ぐらいとしか捉えていないような感じだ。
「ちがいますー。殊羅のお供ではなくて、月が殊羅のお供をしているの」
「どっちでもいいだろう……そんなもの」
「いくない。殊羅は見張ってないとすぐにサボるんだもん。だから月がわざわざ傍についていてってお願いされたちゃったんだよ」
「分かったよ。俺が悪かった」
子供らしく、キャーキャー騒ぎ立てる月ちゃんの相手に面倒くさく感じたのか、適当な言葉で殊羅と呼ばれた男は答えた。それに対し、月ちゃんは邪険に扱われたと思ったのか、キッとにらみ上げている。
身長差が十センチはあるので、自然と見上げるような形になっていて。その必死さがなんだか可愛い……。
「えーっと、仲のいい兄妹だね」
「兄妹じゃないもん」
言っておいてなんだが、覇気のない男と年相応な明るさを持つ少女。顔もまったくといっていいほど似ていない。
もちろん、兄妹とは思ってはいないけど、二人のやり取りがあまりにも自然すぎて、打ち解けあっているような感じがしたからのこと。
「これが仕事じゃなかったら、殊羅とコンビなんて組んでなかったんだよ」
「仕事……ですか? 私たちよりも年下に見えますけど、何をしているんですか?」
「んっとね。月はアンチマジックの戦闘員をしているんだよ」
そういって身分証明にもなる、左胸に嵌められているバッジを見せつける月ちゃん。
銀色でmagic exterminationの文字が彫られた円形の物で橙色をしている。
それを確認した瞬間――鼓動が跳ね上がる!!
(まさか、もう嗅ぎ付けてきたのですか。いえ、あれから二晩も経っているのだから、魔法使いの正体について見当をつけていてもおかしくはないのかもしれませんね)
私の耳の側で茜ちゃんはいやな予感を言って、月ちゃんの背後にいる殊羅の方にも目を向ける。
案の定、殊羅にもバッジは付いていた。ただ、月ちゃんの橙色とちがって赤色をしていた。
おそらく身分の差の違いだろう。どちらが上なのかは分からないが、橙色には見覚えがあった。
天童守人――あのA級戦闘員が身に着けていた色と同じだ。
「ま、そういうことだ。俺たちは怪しいやつってわけじゃねぇ。二日前に現れた魔法使いを探してるんだが、見掛けてたら教えてくれると楽できるんだがな」
来た!! もしかしたら聞かれるのかもしれないとあらかじめ身構えていてよかった。
動揺することなく、平静を保って答える。
「魔法使いってどんな姿をした人なんですか?」
完璧な受け答えだ。これで魔法使いの容貌が分かり、なおかつ自然な問いだ。
私、天才。
「一人はブロンズの髪をした女の人で、もう一人はお姉ちゃんと同じぐらいの身長をした魔法使い。お姉ちゃんたちは何か知らないの?」
そういって月ちゃんは私を指で差して答える。
ばれている――そう思ったが、平常心を乱さない。
それに――二人だ。
つまり、茜ちゃんのことはまだ見つかっていないということだ。
茜ちゃんは私よりも頭の回転が速いから、すぐに気づいているだろう。
「うーん。見覚えがない……かな」
「私も知らないです。ごめんなさい。お役に立てなくて……」
最大限の演技で、心底悔やむように答える私と茜ちゃん。
「そっかあ知らないのかぁ。じゃあ仕方ないね。あ、でもでも! もし、ブロンズ色の髪をした人を見かけたらすぐに連絡をして。あの人は危険だから」
「どういうこと?」
危険――その言葉を言った部分には危険以上の感情が込められていた。
「あの魔法使いはたくさんの人の命を奪い、傷跡を残した。絶対に許せないの!」
最後の言葉には強い意志が感じられた。
たしかに、先ほどそれらを見てきたところだ。
だが、私たちは知っている。
ブロンズ色の髪――緋真が悪い魔法使いではないことを。
「もし、その魔法使いを見つけたらどうするのですか?」
「成敗するに決まっている。あの被害でたくさんの人が悲しんでいるんだもん。誰だって自分の居場所が壊されるのはいやに決まっているんだから。もう一回あんなことが起きないようにするための戦闘員だから」
そういう月ちゃんの瞳には哀しみが込められていた。
それがひどく歪に感じられた。
戦闘員は魔法使いを殲滅する部隊のはずだ。
魔法使いとは人類の敵。人々に危害を加え、危険を晒す存在。強烈な負の感情が溢れ、魔性に魅入られた存在。
――それが魔法使いだ。
だが、月ちゃんには魔法使いを殲滅することに躊躇いのような感情が含まれているように感じる。
だからこそ聞いてみたくなった。
「月ちゃんは魔法使いが憎いの?」
「嫌いじゃないよ。けど、あの魔法使いは人を傷つけた。だから、月が力のない人たちに変わって戦うの」
「だったら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのですか? 本当は戦いなんてしたくはないのですよね」
月ちゃんの表情は変わらない。
そして、心の内に秘めている気持ちを吐露するように、
「うん。魔法使いでも人でも誰かが死ぬ姿なんてみたくない」
どうにもやりきれない様子で答える月ちゃん。
それは至極当然の回答。だが、戦闘員としてそれは正しいことなのかな。
人の死は見たくない。そして、魔法使いの死にも悲しむ。それは魔法使いを殲滅するという戦闘員の行動方針として矛盾している考えなんじゃないの?
「裏社会に属している連中は、大抵が闇を抱えているもんだと思うぜ」
ズボンのポケットに手を突っ込んだ状態で殊羅が口を挟む。
「それって……どういうこと? 月ちゃんも昔、魔法使いと何かあったってこと?」
月ちゃんは何も言わず、口を濁す。
「……お嬢ちゃん。……それ以上は止めときな」
鋭くどすの利いた声。まるでこれ以上は踏み込むなと言いたげだ。
「ごめん。余計なことを聞いてしまったみたいだね」
詮索はしない方がいいだろう。
誰にだって一つや二つの胸にしまっておきたい思い出があるものだし。それを掘り返すことは辛いことだ。
「……で、話しを戻すが、魔法使いのことについては何も知らねぇんだな」
「ううん。知らないよ」
首を振って答えた。
茜ちゃんも「ごめんなさい……」と謝辞を入れて否定。
「……仕方ねぇな。他を当たるか」
「うん。あ! その前にねぇ、殊羅。月、お腹すいた」
「へぇ、いいタイミングだな。俺も眠くなってきたところだ」
そういって欠伸を漏らす殊羅。
「昼寝がてら飯食いに帰るか」
踵を返し、来た道を引き返そうとする。
咄嗟に月ちゃんは殊羅の袖を握り、引き止める。
「だめー! まだお仕事終わってないでしょ! 殊羅はそうやってすぐにサボろうとするんだから。それに昼前まで寝てたのにまだ寝足りないの?」
「お前が耳元で騒いで無理やり起こしたんだろうが」
「だってああいう起こし方したらすぐ起きるって教えてもらったから」
「最悪の目覚めになったがな。というか、誰に聞いた」
「守人」
「あのオッサン……」
吐き捨てるかのように舌打ちを零す殊羅。
殊羅の眠そうな姿を見ていると、つい自分と重ねて同情の気持ちが湧き上がる。
しかし、こうして二人を見ていると戦闘員なのか疑わしくなってくる。
少なくともこの前に会った天童守人と御影蘭のようなピリピリとした感情は伝わってこなかった。
「お昼前まで睡眠をとるなんて彩葉ちゃんみたいな人ですね」
「いやいや、いくら私でもそんなに寝れないってば。遅くても十時ぐらいには起きるように体が覚えているんだよ」
「誇らしげに言っても意味ないですよ」
胸を張って堂々と答えた。
どれだけ遅い時間に寝ようとも自然と決まった時間に起きてしまう。アラームすら必要がないほどに。それが特技でもあった。
体が覚えているんだよね。最適なタイミングってやつをね。
だが、学生が十時に起きるからといってそれがまったく役に立たないことは明白でもあるので、自慢できるようなことでもなかった。
殊羅はいまだ、やる気のなさそうにしていたが、月ちゃんの懸命な引き止めに諦めがつき始めて月ちゃんの言われるがままになっていた。
「目的地の公園も目の前にあるんだから、早く行こ! ご飯も食べれるから急がなくちゃ!」
「めんどくせぇな」
殊羅の袖を引っ張りながら公園に向けて足を動かす月ちゃん。それに釣られるように殊羅も足を動かす。
私たちとすれ違う間際、月ちゃんは眩しい太陽のような笑顔を浴びせてきた。
「バイバイ! お姉ちゃんたち。まだこの辺にいるならどこかで会えそうだね」
月ちゃんと殊羅が時計塔のある公園へと溶け込んでいく。
それを目視で確認し、この場には私と茜ちゃんだけが取り残される。
「月ちゃんかぁ……すごい人懐こい子だったね」
「そうですね。彩葉ちゃんなんて好かれてそうでしたよ」
「人徳ってやつかな」
「うらやましいです」
ただの買い物と人探しで家を出てきたつもりが、思わぬ情報が手に入った。それも最悪な部類のものだ。
近くに戦闘員がいると分かり、緋真さんの容姿も割れている以上、今後の行動を改める必要がある。
もしかしたら、まだ近くに別の戦闘員がいる可能性も考慮しながら家路を辿る。
――気づいたのはその時だった……
前を行く茜ちゃんの後を血の紋が追いかけていた。
「茜ちゃん……その腕……!」
「どうかしましたか?」
「その怪我……どうしたの?」
「怪我……? ですか? 私がいつ――っ!!」
私が示した左の甲に視線を移して、茜ちゃんは戦慄する――!
そこには刃類で切り裂かれた跡があり、流血が滴り落ちて薔薇の花弁に似た紋が大地を色づけていた。
「いつの間に……痛みも感じませんでした」
「多分月ちゃんたちと別れた後だと思うよ。私の記憶が間違ってなかったら公園をでた時には何もなかったはず……」
血はまだ乾いていない。それどころか今なお流れ続けている。
ついさっきついた傷であることは疑いようがない。
お互いに顔を見合わせ、先ほどのやり取りを思い出す。おそらくは最後のすれ違った一瞬――最も距離が近づいたその時だと思う。
「月ちゃんはA級だよね。……といことは、月ちゃんが……」
「いいえ。あの時、私の側を通ったのは男の人でしたから、月ちゃんではないはず。それに、月ちゃんの反応からして理由もなく人を傷つけるとは思えません」
月ちゃんの目的は緋真さんだろう。それ以外の魔法使いには害を加えるように見えなかった。茜ちゃんの言う通り、殊羅と言われていた男だということは明白だ。
だが、私たちにとっては茜ちゃんは一般人という認識になっている。にもかかわらず、危害を加えてきた。
アンチマジックの方針は魔法使いの殲滅であって、一般人を傷つけることはない。むしろ、守るべき保護対象ですらある。
その一般人である茜ちゃんに刃物で切り付ける真意は分からないが、嫌な予感だけはした。
茜ちゃんはもう一度、月ちゃんたちが入った公園に目を配る。
「戻ってくる気配はなさそうですね」
「これで戻ってきたらどんな顔をすればいいのか分からないよ。それに茜ちゃんの怪我の方も心配だよ」
血は止まっていたが、このままにしておくわけにはいかない。
茜ちゃんは布を千切り、応急処置代わりに傷口に巻く。普段花で手を切ることもあって、このぐらいは慣れた手つきで進めた。
「これでとりあえずは大丈夫です。あとは緋真さんに診てもらったほうがいいですね」
「それがいいよ。よしっ、それじゃあ早めに帰ろう」
公園ではお昼の配膳をしており、避難民たちや商店街で作業をしていた者が集まり、人口密度が増していた。
そこで三人分の昼飯をもらってこようかと思ったが、そもそもこの状況を招いたのに私たちが関係しているのだから、昼食をもらうのは気が引けて、朝寄ったコンビニで買い物をしていくことに決めた。
「よかったね! 商店街の人たちが無事で」
「はい! 纏くんと覇人くんの無事も確認できましたし、お母さんとのお別れも済ませたので、これで思い残すことはありませんね」
永遠の別れと祈りを捧げ、肩の荷が下りたことで気分は晴れていた。
「だね! それじゃあ、早く緋真さんのところに戻ってお昼を食べよう。きっとお腹空かして待っている――よ!?」
意気揚々と前を先導する。
しかし、角を曲がったところで、衝撃が体に襲う。
「いったぁ――!? ご、ごめん。だいじょうぶ?」
衝撃の正体は少女との衝突だった。
尻餅をつき、うなだれている少女に私はあわてて手を差し伸べ、立たせた。
身長は私よりも小さくて、中学生ぐらいに見える。
腰下辺りまである黒いマントを背負い、水色の髪が映える容貌をした少女だ。
「ありがとう、お姉ちゃん。月が前を向いてなかったせいでぶつかちゃった」
少女は深々とお辞儀をして、礼と謝罪を述べた。
「二人ともけがはしていませんか?」
「平気だよ」
「月も大丈夫だよ」
月――と名乗った少女は、ほこりでも払うかのように服をはたきながら答えた。
「よかったです。でも、痛いところがあったらちゃんと言ってくださいね」
「お尻がいたいです」
みたところ、外傷はなかったが、尻をさすっていた。
おそらく、尻もちをついたときの衝撃の痛みだろう。
不可抗力といってもやはり私の方が悪いような気がした。
ここは、何とかしてあげないと。
「よし! 私がさすってあげよう」
「お姉ちゃん。セクハラいやだよぉ」
気合十分に少女へと近づき、少女は一歩後ずさる。
「もう一人のお姉ちゃん助けてー」
「気持ちは分かりますけど、怖がっていますよ、彩葉ちゃん」
「えー」
これ以上やって嫌われるわけにもいかないので手を戻す。
「月、セクハラって初めてされたよ」
段々と痛みが引いてきて、平然とした状態で言った。
「何事も経験だよ!」
「もう、彩葉ちゃんってば。それよりもあなたの名前は月、ちゃんでいいのかな?」
「うん。――月は、水蓮月っていうんだ。この先にある公園に用事があってきたの」
「月ちゃんって言うんだね。なんだか神秘的な響きがしてカッコいいね」
月ちゃんはたったいま、私たちが出てきた公園の方をみて言った。
「もしかして、避難にきた人ですか? だったらいまお昼を配っているところでしたので、早くいけばもらえるかもしれませんよ」
「ほんとう!? お腹すいていたからよかった! なにがもらえるのかな? やっぱり温かいものかなぁ?」
メニューはなんなのか、想像しながら期待を膨らましている月ちゃん。
元々もらう気がなかったので、何が配られていたのかなんて知らないけど、温かそうな熱気があったので汁物だ。
月ちゃんのお腹は限界なのか先ほどから空腹を訴えている。
「こんな年端もいかない少女が飢えに困っているのですし、私たちはもらってこなくて正解だったかもしれないですね」
私も思う。
だけど、あの人ごみだ。
明らかに私たちよりも年下の少女が一人で行って、無事にもらえるか不安になってくる。
ん? ひとり?
「そういえば、月ちゃんって一人で来たの?」
「ちがうよ。一応、保護者? みたいな人も一緒にいるんだけど……」
そのとき、後方から男性の声が上がった。
「悪いな。俺のお供が迷惑をかけたみたいだな」
長身の男で歳の頃は二十代ぐらい。黒いコートに青紫の長髪をした人物が月ちゃんの背後から現れた。
物騒な雰囲気をしていて、月ちゃんとは正反対のようにみえる。多分、月ちゃんが言っていた保護者? のような人とはこの人物のことだろう。
男は謝罪をしたが、あまり覇気と誠意が伝わらない。面倒事ができたな、ぐらいとしか捉えていないような感じだ。
「ちがいますー。殊羅のお供ではなくて、月が殊羅のお供をしているの」
「どっちでもいいだろう……そんなもの」
「いくない。殊羅は見張ってないとすぐにサボるんだもん。だから月がわざわざ傍についていてってお願いされたちゃったんだよ」
「分かったよ。俺が悪かった」
子供らしく、キャーキャー騒ぎ立てる月ちゃんの相手に面倒くさく感じたのか、適当な言葉で殊羅と呼ばれた男は答えた。それに対し、月ちゃんは邪険に扱われたと思ったのか、キッとにらみ上げている。
身長差が十センチはあるので、自然と見上げるような形になっていて。その必死さがなんだか可愛い……。
「えーっと、仲のいい兄妹だね」
「兄妹じゃないもん」
言っておいてなんだが、覇気のない男と年相応な明るさを持つ少女。顔もまったくといっていいほど似ていない。
もちろん、兄妹とは思ってはいないけど、二人のやり取りがあまりにも自然すぎて、打ち解けあっているような感じがしたからのこと。
「これが仕事じゃなかったら、殊羅とコンビなんて組んでなかったんだよ」
「仕事……ですか? 私たちよりも年下に見えますけど、何をしているんですか?」
「んっとね。月はアンチマジックの戦闘員をしているんだよ」
そういって身分証明にもなる、左胸に嵌められているバッジを見せつける月ちゃん。
銀色でmagic exterminationの文字が彫られた円形の物で橙色をしている。
それを確認した瞬間――鼓動が跳ね上がる!!
(まさか、もう嗅ぎ付けてきたのですか。いえ、あれから二晩も経っているのだから、魔法使いの正体について見当をつけていてもおかしくはないのかもしれませんね)
私の耳の側で茜ちゃんはいやな予感を言って、月ちゃんの背後にいる殊羅の方にも目を向ける。
案の定、殊羅にもバッジは付いていた。ただ、月ちゃんの橙色とちがって赤色をしていた。
おそらく身分の差の違いだろう。どちらが上なのかは分からないが、橙色には見覚えがあった。
天童守人――あのA級戦闘員が身に着けていた色と同じだ。
「ま、そういうことだ。俺たちは怪しいやつってわけじゃねぇ。二日前に現れた魔法使いを探してるんだが、見掛けてたら教えてくれると楽できるんだがな」
来た!! もしかしたら聞かれるのかもしれないとあらかじめ身構えていてよかった。
動揺することなく、平静を保って答える。
「魔法使いってどんな姿をした人なんですか?」
完璧な受け答えだ。これで魔法使いの容貌が分かり、なおかつ自然な問いだ。
私、天才。
「一人はブロンズの髪をした女の人で、もう一人はお姉ちゃんと同じぐらいの身長をした魔法使い。お姉ちゃんたちは何か知らないの?」
そういって月ちゃんは私を指で差して答える。
ばれている――そう思ったが、平常心を乱さない。
それに――二人だ。
つまり、茜ちゃんのことはまだ見つかっていないということだ。
茜ちゃんは私よりも頭の回転が速いから、すぐに気づいているだろう。
「うーん。見覚えがない……かな」
「私も知らないです。ごめんなさい。お役に立てなくて……」
最大限の演技で、心底悔やむように答える私と茜ちゃん。
「そっかあ知らないのかぁ。じゃあ仕方ないね。あ、でもでも! もし、ブロンズ色の髪をした人を見かけたらすぐに連絡をして。あの人は危険だから」
「どういうこと?」
危険――その言葉を言った部分には危険以上の感情が込められていた。
「あの魔法使いはたくさんの人の命を奪い、傷跡を残した。絶対に許せないの!」
最後の言葉には強い意志が感じられた。
たしかに、先ほどそれらを見てきたところだ。
だが、私たちは知っている。
ブロンズ色の髪――緋真が悪い魔法使いではないことを。
「もし、その魔法使いを見つけたらどうするのですか?」
「成敗するに決まっている。あの被害でたくさんの人が悲しんでいるんだもん。誰だって自分の居場所が壊されるのはいやに決まっているんだから。もう一回あんなことが起きないようにするための戦闘員だから」
そういう月ちゃんの瞳には哀しみが込められていた。
それがひどく歪に感じられた。
戦闘員は魔法使いを殲滅する部隊のはずだ。
魔法使いとは人類の敵。人々に危害を加え、危険を晒す存在。強烈な負の感情が溢れ、魔性に魅入られた存在。
――それが魔法使いだ。
だが、月ちゃんには魔法使いを殲滅することに躊躇いのような感情が含まれているように感じる。
だからこそ聞いてみたくなった。
「月ちゃんは魔法使いが憎いの?」
「嫌いじゃないよ。けど、あの魔法使いは人を傷つけた。だから、月が力のない人たちに変わって戦うの」
「だったら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのですか? 本当は戦いなんてしたくはないのですよね」
月ちゃんの表情は変わらない。
そして、心の内に秘めている気持ちを吐露するように、
「うん。魔法使いでも人でも誰かが死ぬ姿なんてみたくない」
どうにもやりきれない様子で答える月ちゃん。
それは至極当然の回答。だが、戦闘員としてそれは正しいことなのかな。
人の死は見たくない。そして、魔法使いの死にも悲しむ。それは魔法使いを殲滅するという戦闘員の行動方針として矛盾している考えなんじゃないの?
「裏社会に属している連中は、大抵が闇を抱えているもんだと思うぜ」
ズボンのポケットに手を突っ込んだ状態で殊羅が口を挟む。
「それって……どういうこと? 月ちゃんも昔、魔法使いと何かあったってこと?」
月ちゃんは何も言わず、口を濁す。
「……お嬢ちゃん。……それ以上は止めときな」
鋭くどすの利いた声。まるでこれ以上は踏み込むなと言いたげだ。
「ごめん。余計なことを聞いてしまったみたいだね」
詮索はしない方がいいだろう。
誰にだって一つや二つの胸にしまっておきたい思い出があるものだし。それを掘り返すことは辛いことだ。
「……で、話しを戻すが、魔法使いのことについては何も知らねぇんだな」
「ううん。知らないよ」
首を振って答えた。
茜ちゃんも「ごめんなさい……」と謝辞を入れて否定。
「……仕方ねぇな。他を当たるか」
「うん。あ! その前にねぇ、殊羅。月、お腹すいた」
「へぇ、いいタイミングだな。俺も眠くなってきたところだ」
そういって欠伸を漏らす殊羅。
「昼寝がてら飯食いに帰るか」
踵を返し、来た道を引き返そうとする。
咄嗟に月ちゃんは殊羅の袖を握り、引き止める。
「だめー! まだお仕事終わってないでしょ! 殊羅はそうやってすぐにサボろうとするんだから。それに昼前まで寝てたのにまだ寝足りないの?」
「お前が耳元で騒いで無理やり起こしたんだろうが」
「だってああいう起こし方したらすぐ起きるって教えてもらったから」
「最悪の目覚めになったがな。というか、誰に聞いた」
「守人」
「あのオッサン……」
吐き捨てるかのように舌打ちを零す殊羅。
殊羅の眠そうな姿を見ていると、つい自分と重ねて同情の気持ちが湧き上がる。
しかし、こうして二人を見ていると戦闘員なのか疑わしくなってくる。
少なくともこの前に会った天童守人と御影蘭のようなピリピリとした感情は伝わってこなかった。
「お昼前まで睡眠をとるなんて彩葉ちゃんみたいな人ですね」
「いやいや、いくら私でもそんなに寝れないってば。遅くても十時ぐらいには起きるように体が覚えているんだよ」
「誇らしげに言っても意味ないですよ」
胸を張って堂々と答えた。
どれだけ遅い時間に寝ようとも自然と決まった時間に起きてしまう。アラームすら必要がないほどに。それが特技でもあった。
体が覚えているんだよね。最適なタイミングってやつをね。
だが、学生が十時に起きるからといってそれがまったく役に立たないことは明白でもあるので、自慢できるようなことでもなかった。
殊羅はいまだ、やる気のなさそうにしていたが、月ちゃんの懸命な引き止めに諦めがつき始めて月ちゃんの言われるがままになっていた。
「目的地の公園も目の前にあるんだから、早く行こ! ご飯も食べれるから急がなくちゃ!」
「めんどくせぇな」
殊羅の袖を引っ張りながら公園に向けて足を動かす月ちゃん。それに釣られるように殊羅も足を動かす。
私たちとすれ違う間際、月ちゃんは眩しい太陽のような笑顔を浴びせてきた。
「バイバイ! お姉ちゃんたち。まだこの辺にいるならどこかで会えそうだね」
月ちゃんと殊羅が時計塔のある公園へと溶け込んでいく。
それを目視で確認し、この場には私と茜ちゃんだけが取り残される。
「月ちゃんかぁ……すごい人懐こい子だったね」
「そうですね。彩葉ちゃんなんて好かれてそうでしたよ」
「人徳ってやつかな」
「うらやましいです」
ただの買い物と人探しで家を出てきたつもりが、思わぬ情報が手に入った。それも最悪な部類のものだ。
近くに戦闘員がいると分かり、緋真さんの容姿も割れている以上、今後の行動を改める必要がある。
もしかしたら、まだ近くに別の戦闘員がいる可能性も考慮しながら家路を辿る。
――気づいたのはその時だった……
前を行く茜ちゃんの後を血の紋が追いかけていた。
「茜ちゃん……その腕……!」
「どうかしましたか?」
「その怪我……どうしたの?」
「怪我……? ですか? 私がいつ――っ!!」
私が示した左の甲に視線を移して、茜ちゃんは戦慄する――!
そこには刃類で切り裂かれた跡があり、流血が滴り落ちて薔薇の花弁に似た紋が大地を色づけていた。
「いつの間に……痛みも感じませんでした」
「多分月ちゃんたちと別れた後だと思うよ。私の記憶が間違ってなかったら公園をでた時には何もなかったはず……」
血はまだ乾いていない。それどころか今なお流れ続けている。
ついさっきついた傷であることは疑いようがない。
お互いに顔を見合わせ、先ほどのやり取りを思い出す。おそらくは最後のすれ違った一瞬――最も距離が近づいたその時だと思う。
「月ちゃんはA級だよね。……といことは、月ちゃんが……」
「いいえ。あの時、私の側を通ったのは男の人でしたから、月ちゃんではないはず。それに、月ちゃんの反応からして理由もなく人を傷つけるとは思えません」
月ちゃんの目的は緋真さんだろう。それ以外の魔法使いには害を加えるように見えなかった。茜ちゃんの言う通り、殊羅と言われていた男だということは明白だ。
だが、私たちにとっては茜ちゃんは一般人という認識になっている。にもかかわらず、危害を加えてきた。
アンチマジックの方針は魔法使いの殲滅であって、一般人を傷つけることはない。むしろ、守るべき保護対象ですらある。
その一般人である茜ちゃんに刃物で切り付ける真意は分からないが、嫌な予感だけはした。
茜ちゃんはもう一度、月ちゃんたちが入った公園に目を配る。
「戻ってくる気配はなさそうですね」
「これで戻ってきたらどんな顔をすればいいのか分からないよ。それに茜ちゃんの怪我の方も心配だよ」
血は止まっていたが、このままにしておくわけにはいかない。
茜ちゃんは布を千切り、応急処置代わりに傷口に巻く。普段花で手を切ることもあって、このぐらいは慣れた手つきで進めた。
「これでとりあえずは大丈夫です。あとは緋真さんに診てもらったほうがいいですね」
「それがいいよ。よしっ、それじゃあ早めに帰ろう」
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント