壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

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 三十区は緑と草花が多い自然の豊かな区だ。
 東側には二十九区がある。キャパシティと呼ばれる秘密犯罪組織の本拠地があると、魔法使いの間ではまことしやかに囁かれているが、実態はごく一部の魔法使いしか知らないという。
 西側には数日前に魔法使いによって、三十一区の東側が全焼した事件が起きたばかりである。
 スポットライトで照らされた真新しい関所。
 ――通称、起終点ターミナル
 唯一の出入り口が見上げる位置にあるが、下からでは当然、全貌は把握できない。
 そして、向こう側からも暗がりである眼下を捕えることは出来ない。
 せっかくの新施設をお目にかかれないことが悔やまれるが、今宵の目的を遂行するにはこの位置で丁度良かった。
「そろそろ時間じゃねえか?」
「ええ、そろそろですわ」
 汐遠が左手に巻いた腕時計を確認する。
 二十三時五十七分。
 時刻は深夜零時を回ろうとしていた。
「なあ、こんな早くに待っていなくてももう少しゆっくりしてからでもよかったんじゃねえか? 夜遊びが足りねえよ」
「覇人は身分上学生ですわよね。そんなことをして学校側にはばれていないでしょうね。これ以上スケジュールが狂うようなことはごめんですわよ」
「そんなヘマはしねえよ」
 覇人は余裕たっぷりで答えた。
「でしたらいいのですけど。……一応聞いておきますけど、任務中ずっとそんなことをしていたわけではないですわよね?」
「たまに、な。それに、夜遊びって言ってもギャンブルや居酒屋に入り浸ってただけだぜ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいな。あなた、任務中にまた堂々と……。とても組織のトップ5とは思えませんわ」
 覇人は高校二年生のれっきとした未成年者である。にもかかわらず、堂々とギャンブルや居酒屋に入り込んでは任務を放棄している話に汐遠は呆れとも驚きともとれる態度になる。
 こういうことは日常茶飯事だったということだろう。
「情報っていうのは人の多いところにこそ集まるもんだぜ。任務に支障はでてねえよ」
「それ以前に居酒屋なんて場所を選ぶことに問題があるのですわよ」
「そうは言ってもだな。次の日、学校をサボる理由にもなるだろ」
「学生に二日酔いは怠ける理由にはなりませんわよ」
 当然のことながら、飲酒は二十歳を超えてからである。それを高校生がサボる理由で持ち出すということは自滅だ。
 至極馬鹿のやるようなことに怒りなど湧くこともなかった。
「「サボるならもっとマシな理由を言ってくれ」って纏にもいわれたことがあったな」
 感慨深げに覇人が言ったのに対して、いま出た纏なる人物に同情を覚える汐遠。
 二人が話し込んでいると、木々に覆われた闇から地を踏み鳴らす音が聞こえた。
「騒がしいぞ。お前たち。連中に感づかれるような真似をするな」
 覇人、汐遠と同じく白い外套を身に纏った者が現れる。仮面を着用しており顔の判別が出来ないが、声質からして男性のものだ。
「お、来たか。第一番」
「……時間通りに来てくれることは嬉しいのですけど、なぜいつも一秒の狂いもなく丁度なのですの? まるで機械のようですわ」
 時刻は見るまでもなく深夜零時だ。
 この仮面の男の到着はそれを表していた。
「性分でな。それよりも――」
 仮面でくぐもった声で男は続ける。
「それが例の破壊した壁か……」
「そうですわ。組織が結成されてまさかこんな日が来るとは思いませんでしたわ」
 各区を囲うコンクリートの壁は高さは数百メートルはある。
 しかし、三人の背後には巨大な円状にくり抜かれていた。
 溶けたアイスをスプーンで掬いあげた跡のような、断面は灼け崩れ、熔けていた。
 仮面の男が手で撫でると降り落ちる砂時計の如く、サラサラと零れては地面に積もっていく。
「しっかし、魔障壁って壊せるもんなんだな。これも魔具の一つなんだろ」
「魔法によるダメージを極端に落とすだけで一応魔法は通じる壁ではあるからな」
 いまは亡き壁の奥を見据えると、さらにもう一つ焼け落ちて何もない空虚な穴の開いた壁がある。
 遠目からでも察しが付く。現状は同じ。全く同じ手口で殺した壁がそこにある。
 その向こう側にあるのは、間に海を挟んだ三十一区。
「それはそうと、組織としてはどう動いていくつもりですの?」
 汐遠の問いかけに仮面の男は二人に対面する。
先導者マスターからの伝言を預かってきている。あとはその指示に従ってもらおう」
「「――!」」
 二人は一瞬のどよめきをみせた。
「悠木汐遠。貴様は第二番の捜索及び救出の任に就いてもらう。組織の頭脳だ。奴がいないことには計画が遅れる」
「それはいいのですけれど、私一人ですの?」
「必要があれば他の人員も回す。ともかく、捜索は貴様の十八番だろう」
「分かりましたわ。見つけ次第連絡を入れますわ」
「頼む」
 男は汐遠の了承を確認すると、覇人にも続ける。
「そして、組織の柱でもある導きの守護者((ゲニウス))第四番である近衛覇人には、引き続き監視の方を続けてくれ。特に緋真の奴は何をし出すかは分からんからな。キャパシティ幹部として、最悪の事態には常に備えておいてもらうと助かる」
「ま、俺の方は元々そういう話しを付けているからな。のんびりとやりながら、いざって時には颯爽と出るぐらいのことは任せておけ!」
「分かっているとは思うが、あの男と出くわしても下手に手を出すなよ」
「――。安心しろって。プライベートとキャパシティのことはちゃんと別にするつもりだ」
「それならいい」
 言い終えると、二人の間を通り抜けて行く。
 その去り際に汐遠が口を挟む。
「第一番のあなたは何をするつもりですの」
「俺はキャパシティへと戻って先導者マスターのお傍で待機している」
「って、一番楽な役割じゃねえか。羨ましいっ! 俺ら幹部連中の中で一番の使い手なんだし、戦闘員の一人でも減らすとかしといてくれよ」
「組織とあの方に忠義を誓った俺は、この剣を己の義とあの方の命以外では抜くつもりはない」
 白の外套と明かりのない深夜で分かりにくいが、腰にある僅かな膨らみに手を掛けた。
「それに、キャパシティに戻るのは報告も兼ねてだ」
「魔障壁のことですの?」
「我らにとって最大の障害を崩せることが確認できた以上、計画は次の段階へと進めることが出来る。先導者マスターも喜ぶだろう」
 男の声が弾んでいる。仮面の下から喜色の顔が目に浮かぶような気がした。

「現時刻を以て、理想郷計画を第二段階へと移行する。
 ――全ては先導者マスターと今を生きる魔法使いの未来の為に」


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