壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

夜の一幕 2

「この魔法使いはどうするんだ? 支部に連れて行かなければいけないんだろう」
「本来ならね。けど、いまはそんなことをしている余裕はないから鎗真に連絡だけ入れて、あとで回収してもらうわ」
 蘭は携帯を取りだし、監査室に繋げる。数度のコール音の後、一言、二言で簡潔に話を終わらせる。――と、
 今度は睨み付けるかのような凄みを持って纏に詰め寄る。
「――それはそうと……何を考えているのよあんたはっ。魔法使い相手に油断しないでって教わっているでしょう」
「……すまない……。俺の完全な失敗だったよな。次は気を付けるよ」
 冷たい声音に怒りを含めて言い放つ蘭はよっぽど心配していたんだろう。確かにアレは危なかった。纏もそれは後になってから自覚した。自分がどれだけ蘭に不安にさせたのかは反応を見る限り一目瞭然だった。
「まあ、問題点は多かったが、あれはあれでいい経験だろう。連中が如何にして、自らの生命を守ろうとしているのかを理解出来ただけでも収穫だ。蘭の方は……とりあえずはよくやったと言っておこうか」
 蘭と纏の戦闘の状況を見ていた守人は不愛想な顔で二人の評価を入れる。
「まさか、あんな風に戦況を切り返そうとするとは思わなかったんだ」
「それが死に際に立たされた動物の本能だ。如何様にして反撃してくるかは魔法使いによって様々だがな。基本的に連中は魔力弾、魔法を使って反撃してくる。中でも一番やっかいとなってくるのが魔力弾だ。あれは魔力量によっては威力は千差万別だからな。あの状況での魔力弾は大抵自制が利かなくなって途方もない魔力を練ってくる。さっきの奴は典型的なパターンの一つだ」
 動かなくなった魔法使いに一瞥をくれてやると、纏もつられてそっちを見てしまう。
 最後に構えた魔力弾。数度撃たれた魔力弾ではあったが、最後のは格別だった。逆境した魔法使いの馬鹿力とでもいえばいいのか。いままでで一番の危機感を覚えた瞬間であったことを纏の体に刻まれた。
「だけど、何も殺す必要はなかったんじゃないのか? あの魔法使いはただ、巻き込まれただけにしか過ぎないだろ。せめて、致命傷を避けるぐらいのことはして、生かして連れて帰った方が魔法使いとの関係性もよくなると思うんだが」
「あのね……纏。それが出来たら苦労はしないのよ」
「どういうことだ?」
 魔法使いを連れて帰ることにどんな不都合なことがあるのか、想像も出来ない纏は首を捻る。
 その後を継ぐように、守人が口を開いた。
「なに、簡単なことだ。魔法使いを生かしておく必要性がないからだ」
「必要性って……なんでそんなことが言い切れるんだ。元々は人間なんだろう。もっと協力していくことだって可能だろ」
「お前は根本的に何も分かっていないようだな」
「……なに?」
 バッサリと切り捨てる。
 出来の悪い生徒でも見ているようだと、守人は一からの説明をしておかねばなと話し始める。
「魔法使いとは負の概念が高まり、凡人の悪意ソレとは一線を越えた状態になった時に発症する災害だ。それゆえに、危険きわまる生物を処理する対魔法使い戦を専門にした我々が無害の人間を守るのだよ。魔法使いは生まれたその瞬間にもう相容れることのできない存在なのだよ」
「それは決めつけじゃないのか。俺にはさっきの魔法使いも彩葉たちのこともそんなに危険だと思えない。なにより、あの魔法使いは死の間際、必死だった。本当の意味で無実を証明しているようだった」
「なるほどな。確かにアレは危険ではなかったかもしれないな。……だが、絶対という保証はない。――お前に魔法使いを一目見て脅威度が測れるのか」
「それは出来ない。けど、戦って会話を重ねていけば、そいつの素性だってわかるだろ。それから逃がす逃がさないを決めることだってできるはずだ」
 先ほどの戦いで感じたことをぶつける。
 あの最後を見てしまえば、纏には納得が出来なかった。これでは自分たちが殺戮機械となんら変わらない。
「判断をする必要はない。中にはお前のいうような魔法使いもいるかもしれないが、根本的に負の感情から生まれたことに変わりはない。一つ聞こうか? なぜ魔法使いを無差別に殺す必要があると思う?」
「あんたがさっきから言っているだろ。人間にとって危険な存在だからなんだろ」
「そうだ。それともう一つ。負の感情を持った者が魔法という強力な破壊の力を手にして、更なる負に取り込まれる者がいるのだよ」
「どういうことだ?」
「人智を越えた力を前にすると、常人のときでは為し得なかったことを試そうと、その力を使ってみたいという欲に溺れるということだ。
 精神に異常をきたした快楽的な殺人者であれば、その力でいまもどこかで残虐に無実な人間を嬲る。突発的な感情の揺らぎで魔法を手にしたものでも、その強力なちからに負けて、暴力に駆り立てられる。あるいはきっかけを作った者への報復。感情が揺らぐということは、必ず他者が関与しているものだからな」
「……」
 すべてはこの世の裏側で起きている事実。表向きには魔法使いという存在は、殲滅完了の報告だけを流して、国民を安心させる。その実は、目を覆い隠したくなるような血みどろな戦闘が起きていた。
「理解したか。魔法使いとの対話というプロセスは必要ない。誰が有害で誰が無害なのかは知ったことではない。ただ、魔法使いというだけで殲滅の価値がある」
 等しく魔法使いは悪だと言い切る。元が負の感情を抑えきれずに堕ちてしまった存在なのだから、それだけで社会的に不安要素になると。守人はそう言った。
「本当にそれしか手段はないのか」
「あるというならば、お前が証明してみせろ」
 話しは終わりだと去ってゆく背中が語る。
 この世の理不尽さ、表向きには平和そうに成り立っているが、実際は数多の犠牲者たちの上で成り立った世界だった。
 自分はとんでもない世界に足を踏み出したんだと実感する瞬間だった。同時に、父親は何年も前からこの世界に浸透していたことにも驚いた。

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