壊れた世界と魔法使い

シロ紅葉

夜の一幕 3

「あんまり気にしない方がいいわよ。あれはあの人の考え方だから。あんたはあんたのやり方で戦闘員としてやっていくといいわ」
 それまで黙って二人のやり取りを見守っていた蘭が、守人の姿が闇に溶けていくのを見計らって声をかける。
「俺のやり方……か。それは俺がさっき言った魔法使いとの対話で殺す以外の方法を取ろうとしたやり方のことをいっているのか」
「それがあんたの正しいと思うやり方なら有りよ。さすがに守人のやり方は少し殺伐としているというか、容赦がないような気がするから。あたしはあんたのやり方のほうが納得よ」
 それは予想外の反応だったので、纏は驚いた様子で答えた。
「意外だな。容赦なく魔法使いを射殺したから、てっきり蘭も俺の考えは甘いと思っているのかと思ったよ」
「そんなことはないわよ。あんたのは結構まともだと思うわ」
「そうなのか……?」
「そうよ。うちには、直接自分の目で見て、危険だと判断した魔法使いしか処罰しない戦闘員や面倒くさがって自分が興味を持った魔法使いしか眼中にないような戦闘員もいるのよ。そういった連中と比べたらあんたはまともで真面目なやり方よ」
 刹那的に纏は、水蓮月と神威殊羅の姿が脳裏に引き出される。それだけ印象深い二人で強烈に刻まれていたということだろう。
「はは、あの二人か」
 微苦笑気味に答える纏。直接聞いたわけではないが、月の魔法使いに対する見方は噂程度で聞いていた。殊羅はというと、あの言動と態度からして妙に納得してしまったのだ。
「あの二人と比べたらあんたは難しく考えすぎなのよ。もう少し肩の力を抜いたほうがいいわ」
 そうかもしれないなと纏は思った。
 月は自分よりも年下で戦闘員としての格も違う。なのに、纏と違って自分のやり方を絶対に曲げず、貫こうとしている。そこは立派だ。
 だが、殊羅に関して言えばあまりにも適当すぎて、参考には出来ない類だろうことは考えるまでもない。
「蘭はどうなんだ? 自分の在り方を決めているのか?」
「あたしは……べつに……」
「? どういうことなんだ、それは……?」
 そっけない言い方に、何かあったんだろうかと不審に思う纏。ここ数日間、蘭とともに行動することが多かった纏だったが、このような反応をするところは初めて見たからだ。
 その様子から察するに、これ以上聞くのは悪いことなのかと気を使った纏は話題を変える方向に切り替える。
「そういえば、俺とあまり年の差があるわけでもないのに射撃も完璧だったし、随分と戦い慣れている様子だったな」
「そんなことはないわよ。ただ、今まで生き残ってきた結果。自然と力が付いてきただけよ」
 物悲しそうな声音。先ほどまで悠然としていた態度が誰にでも分かるほどに萎んでいた。
「……そうなのか。いや、でも大したことじゃないか。今回の戦いで思い知ったんだが、この業界で生き残れるということはそう簡単なことではないと思う。それでも、今日までやってこれているんだから、すごいことだと思うぞ」
「全然すごくもなんともないわよ。こうして生きてきたからこそ、大切な人や仲間たちはみんな、あたしを置いて先に逝ってしまったんだから。新しい出会いと別れのループに嵌まった気分だわ……」
「すまない。少し無神経すぎたな……」
 戦闘員というのは魔法使いと日々戦い続ける。当然、そこには絶対の勝利はなく。敗北もある。
 敗北。すなわち死を意味する。この少女は纏とは違う生き方をして、違うものを見てきていることを改めて思い知ることになる。
「別にいいわよ。気にしなくて。――そうね。あんたの教育係も兼ねて、少し話をしてあげる」
「話? いや、蘭のプライベートに関わるような話なら無理にしなくてもいいんだぞ。さっきは俺も悪かったと思っているしな」
「いいから。聞きなさいよ。どっちかというとあんたの今後に関わることだから」
 蘭は有無を言わせないような気迫で押し通す。
 自分の今後。それは戦闘員としての話しだろうということを察した纏は続きを促すことにした。
「四十二区のことは知っているかしら?」
「ああ。三年前に自然災害とガス爆発で閉鎖区画となった区のことだな」
 四十二区。現在は閉鎖区画と名を変えた区は、三年前に突如ガス爆発と天候の悪化により、その姿を廃墟に変貌を遂げた区だ。
 当時は全国的に話題となり、生き残りはほぼ0だろうと壊滅的な現状だったという。まるで荒廃したSF映画の舞台を上空から撮ったような映像として流れていたことを覚えていた。


 ――ここまでは、誰もが認知しているお話し。


 つい先日。纏が戦闘員に就任してから、支部の資料室で見た裏のお話を付け加える。
「けど、その実態は魔法使いと戦闘員による激しい戦闘によって、区画そのものが崩壊したって話だったな」
「その通りよ。命を奪い合い、泣き叫ぶ住民は無力にも巻き込まれて、皆死んでいった。真実はあまりにも残虐すぎて、裏社会でのみ片付けられることとなった案件よ」
 それは想像するには容易かった。なにせ、四十二区まるごとを巻き込んだ抗争だ。そこにどれだけの戦闘員と魔法使いが投入されていたかは計り知れないが、激しい戦いだったということは誰にでも分かる。
 これが人智を超えた戦いだと国民に知れれば、絶大な混乱と衝撃が伝わることは必至と言える。あえて、大きな嘘で塗り固めた報道は妥当なところだろう。
 しかし、蘭が語ったことはまるでリアルに体験したかのような言い方だったことに、纏は疑惑を持つ。
「やけに詳しいな。何か思い当たることでもあるのか?」
「そりゃそうよ。だってあたし――その時の生き残りだから」
「……えっ?」
 一瞬聞き間違いかと思い、固まる纏。
「相手が悪かったせいであたしはほとんど何も出来なかったんだけどね。それで気が付けば、アンチマジックのベッドの上でほとんどその時のことは覚えてないわ」
「そうだったのか。……相手が悪いと言っていたけど、そんなに手強い魔法使いたちだったのか?」
 世間を震撼させ、閉鎖区画となった四十二区の裏話に興味を持ち始める纏。
「キャパシティ、と呼ばれる秘密犯罪組織の構成員が混じっていたのよ。そのせいで戦闘は激化していき、最終的には崩壊した」
「キャパシティ……聞いたことがないな」
 その組織の名は、一般人はおろか、戦闘員ですら存在を隠蔽された名前である。
 構成員、目的、規模。そのすべてが謎に包まれた未知数な組織のため、情報規制が敷かれており、アンチマジック上層部と一部の戦闘員しか存在を聞かされていないのである。纏が知らないのは当然だった。
「決して表舞台に出ることのない凶悪な事件や被害の大きい事件の裏側にこの組織が関わっていることが多いわ。
 ――特にあんたにとっては無視できない存在になるかもしれないから、覚えておきなさい」
 いままで、テレビや報道誌なので魔法使いによる被害はいくつも見てきたが、どれも実際に見たものではなく、想像の域を越えない。中には四十二区のように配慮して意図的に改ざんされたものもあるかもしれなかった。
 いまいちピンと来ない纏。
 しかしふと、連日して話題を集める魔法使い騒動があることに気づく。
「俺が無視できない。……もしかして」
「そうよ。先日、守人。あんたのお父さんが戦った魔法使い――雨宮源十郎がそのキャパシティの一人よ」
「やっぱりあの大火事の日のことか! いや、それよりもちょっと待ってくれっ……! 雨宮って……もしかして彩葉の親父なのか?」
 直接の面識はないが、苗字の一致、魔法使いである彩葉。それらの符号からまさか……と嫌な予感が纏の頭をよぎった。
 蘭は感情が高まりつつある纏を落ちつかせようと、頷きだけで返す。
 そして、ゆっくりとその先を話す。
「分かったかしら。あたしたちが追っている魔法使いたちはキャパシティと繋がっているか、背後に潜んでいる可能性があるわ」
「――信じられないな。あの彩葉がそんな組織と繋がっているだなんて……」
 嘘だと思いたい。だが、父親が組織の一員だとするならば、何らかの形で関わっているかもしれなかった。
 彩葉は源十郎の一人娘。そんな子供を放っておくとは到底思えないことでもあった。
「まだ、決まったというわけでもないから、そんなに気にする必要はないわ」
 混乱を始める纏に、少々言い過ぎたかなと思った蘭は少々罰が悪そうだ。
「けど、万が一ということもあるわ。その時に備えて、油断だけはしないで。この話をしたのはもう少し危機感を持ってもらう為よ」
「……ありがとう。俺のことを気遣ってくれたんだな」
「別に礼を言われるようなことじゃないわ。ただ、あんたの教育係として、死なれたらあたしの気分が悪くなるわ」
「そうならないように蘭が色々教えてくれるんだろう。しばらくは世話になるな」
 これからもよろしくっという意味も込めて、手を差し出す。
 しかし、その手は握られることはなく、残酷な言葉で返す。
「それはいいのだけど、あんた。お友達と再会した時、どうするつもりなの?」
「――それは……まだ、分からない」
 痛いところを突かれて、うまく言葉が回らない。
 実際のところ、何も考えていなかったりする。
 彩葉、茜、覇人たちがバラバラになり、どうすればいいのか打ちひしがれていた時、思い当たったのが戦闘員だった。それは同時に彩葉、茜の敵に回ることを意味していたが、このまま行動せずに友情が破棄されることはもっと嫌だった。
 それに、無関係の人間に手を出されるよりかは、自分の手で何とかしなければという思いが纏を突き動かした結果のことだ。
「あんたがどういう選択をするかは勝手だけど。後悔のない選択をしなさい」
 揺らぐ精神。これは早急に答えをだす問題ではない。いや、出さずとも答えは再会した時に自ずと出るだろう。
 真の友情と言うのは、面として向かわなければ得られないだろう。
「あたしになにか出来るとは思えないけど、最低限のサポートはしてあげるわ。戦闘面も含めてね。だから、頼ってくれていいわよ」
 ぎこちなく、自信のない言葉。あまりこういう経験はないのだろう。
 蘭にとって年の近い纏との出会いはある意味嬉しい出会いでもある。まだ十代という若さで戦闘員になる人間自体がすくないのである。出来ることなら、協力したいという気持ちがあった。
「ああ、その時はぜひ、頼らせてもらうよ」
 気持ちのいい笑顔。
 引っ込めていた手を再び差し出す。今度はその手をしっかりと握り返す蘭。
 色々きついことも言われて嫌われているのかと思っていたが、そうではなかったと認識を改める。
 共に戦う仲間との距離が縮めれたのは、大きな前進と言えることは間違いなかった。

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