壊れた世界と魔法使い
攻略3
橋を突破した私たちは二十九区側の両端を走る。
この先をくぐれば、もうそこは見知らぬ土地。
一体、何があって。どんなことが待ち受けているのか。魔法使いである私たちはうまくやっていけるのか。
不安と興味心がごちゃごちゃになって、なんだかよく分からない気持ちが胸を浸している。
二十九区――
テレビや雑誌なんかで魔法使いの殲滅結果の話しをよく聞いたことがある。それは多分、裏社会で大きな影響力を持っているキャパシティという秘密犯罪結社の拠点があるからなんだと思う。
私たちの目的地。
そこに父さんと緋真さん。あと、覇人は所属している。きっと、私たちのことも受け入れてくれるはず。
秘密犯罪結社に助けを求めに行くなんて、周りに関係者がいなかったら絶対にありえないシチュエーションだよね。
人生ってなにが起きるか分かんないや。
そう――本当にわかんない。
両端を抜け、拡がった暗闇の景色に私たちは足を止める。
歩道があって、線路があって、整備されている道路。三十区側の両端前と変わらない道だった。
それだけなら普通なんだけど、足を止めた。ううん……止めさせられてしまった。
道から外れた場所も含めて、映る視界一杯から浴びせられる光。眩しさに思わず、目を遮ってしまう。
当然ながら、歓迎されている雰囲気でもない。
敵意を向けられている。
右から、左から、正面から、どこからでも感じる殺してやるというような凄み。
「なんで、こんなにいるの……?」
「まさか、俺たちが来ることを想定して待ち伏せしていたのか!?」
夜に溶け込む喪服みたいな衣装をした集団。身に付けている様々な色のバッジこそが、この状況を説明する何よりの証拠。
「――アンチマジックか。また随分と対応が速いじゃねえの」
「そんな……?! ついさっき、B級戦闘員と戦ったばかりですよ。彩葉ちゃんや纏くんなんて、もう怪我だらけですのに、連戦はさすがに厳しいですよ」
ほとんどが紫色のバッジ、ちらほらと藍色のバッジが目立っている。その中でも一番、厄介そうなのが青色のバッジ。
構成されているメンバーはF級がほとんどに数名のE級。そして、一人だけD級が混じっている。
「柚子瑠を筆頭にして、あたしたちを狩るつもりだったみたいね。……なんなのよ。見逃してやるなんて言っておきながら、見逃す気なんてないじゃないの」
「いや、「うちは」って言ってたぜ」
「それ以外は関係ないって言いたいわけね。ほんと、仕事熱心なのか、違うのか掴めないわね」
言葉の意味を正しくとらえるとそうなるよね。
あの人って攻撃的な人で、頭の回転が速そうに見えなかったたんだけど……意外と切れ者みたいだね。私と一緒でなにも考えてなさそうだったのに、なんか意外。
「どうでもいいけど、通り道を通せんぼされるのは困るし、ここはどいてもらうしかないよね」
「何をするつもりですか?」
そんなことはもちろん決まっている。だから、私は刀を構えた。
「正面突破していくしかないよ。柚子瑠よりは格下なんでしょ。だったら、なんとかなるかもしれないし――」
言った途端、D級戦闘員が歓迎のつもりなのか、持っていた銃を夜に響かせた。
それを合図に他の銃を持っている戦闘員が遅れて、発砲してくる。
しかし、撃っているのは実弾じゃない。まるで、蘭がよく使う魔力砲のようなレーザーが襲ってくる。
どうもこうも出来ない私たちは慌てて両端に引き返して、入り口付近に隠れる。
「なんとかならなかったね」
「あんた、頭おかしいでしょ。あいつらは警備兵と違って戦闘員よ。あたしたちを殺す気でいるのだから、無闇に突っ込んだら死にいくようなものなのよ!」
「ご、ごめん。私が悪かったから、怒らないで」
私たちが姿を隠したことで容赦のない銃撃が止んだ。
外にいる警備兵が何か騒いでいる。
元戦闘員である蘭と纏が相手でも、情けをかけるつもりはないらしい。むしろ、こっち側に通じている相手だから、油断はするなとか言っている。
纏はF級だけども、蘭はC級。戦闘員の間でも蘭の戦闘能力は知られているみたいで、一層警戒心が強まっている。
「それにしても、どうなっているのですか? あの銃は」
紅い光の光線が放たれた銃はどう見てもただの銃じゃない。地面を焦がしてた。当たれば痛いなんて感覚で済むようなものではないことは間違いなし。実弾よりもはるかに危険だってことは分かる。
「あれは銃弾を撃っているのではなくて、特殊な成分が配合された液体状の魔具よ」
「なにそれ?! そんな物もあるの? もう銃って言わないよ。どっちかというと兵器だよね。それって」
「いいえ、ちゃんと実弾も撃てるから銃であることに変わりはないわよ。ただあれは、レーザー銃のような使い方も出来るっていうことよ」
「? ということは、水鉄砲みたいな感じなのかな」
「そういうのに近いかもしれないわね」
「ふーん。それじゃあ、どっちにしてもいま無闇に飛び出るのは危険に変わりはないんだね」
同じ原理なら中身の水的な何かしらが無くなれば撃てなくなるってことなんだと思う。でも、補充されたら終わりかな。
何かいい案でもあればいいんだけれど。
「蘭。君の魔眼で敵が何人いるのか把握してくれないか。それから、何か戦略を立ててみる」
「分かったわ」
二重の環が蘭の瞳に刻まれる。同時に私たちで感知出来ない微弱な魔力も探れるようになる。
壁際から顔をのぞかせる蘭に取り付けられているライトが当たる。
瞬間、一斉砲撃が始まる。
即座に顔を引っ込める蘭。
着弾した地面から微かな煙が漂っていた。焼け焦げているのかも。ううん……もしかしたら溶けているのかもしれない。
どっちでもいいけど、当たれば火傷なんかじゃあ済まなさそうな跡だった。
「ほんとうに殺す気みたいですね」
「そりゃそうだろ。連中からしたら抹殺対象だしな」
反応が良かったおかげで蘭に傷は見当たらないことで安心した。
「――済まない。危険な目に遭わせたみたいだな」
「危険は承知よ」
あらかじめ、こうなることは予想済みだったみたい。だからあんなにも反応良かったんだね。私ももっと場慣れしないとダメだなぁ。
「一瞬しか見れていないけど、敵の数は多分三十人はいるわね。武装は銃ね。あとは分からないわ」
「そうか。ありがとう。それだけ分かっただけでも十分だよ」
「――で、どうするの? そんなにも数がいたら、ここから一歩も動けないんじゃない? 後ろに戻るわけにもいかないし。やっぱり、なんとかして正面突破するしかなそうだよ」
敵はいないと思うけど、戻ったってどうしようもない。前しかないんだけど、その前も通れそうにない。
「こっちは五人で。向こうは三十人ぐらいなんだよね。だったら、一人で六人を相手にして、散らばって動いたらどうかな?」
「止めとけ。そいつは無謀だぜ」
「なんで?」
「俺と蘭ならそれでも生き残れるだろうけどな、お前らじゃあ、六人も相手に生き残れる確証がねえだろ。向こうは殺しのプロだ。そんな確立に低いやり方じゃあ――殺されるぞ」
そのことは頭に入ってなかった。最底辺の階級とはいっても、警備兵とはまた実力も違うよね。武装も魔具なんだし、覇人の言うことのほうが正しそう。
「どうしましょう。こんな状況を打開する方法なんて何も思いつきませんよ」
「……絶望的ね。希望も救いもなさそうだわ」
そういえば、纏は何か戦略は立てれたのかな? 私は気になって、纏の方をみてみた。何か思いついたのか、不意に声を出した。
「いや、希望は絶望のなかでこそ光るものだ。そして、そんな光を生みだす手段なら一つ、あるにはある」
「――! ほんと?!」
ちょっと語尾を歯切れが悪く言った纏。どんな手段でもいいよ。可能性があるだけ文句はない。
「覇人――君なら六人どころではなく、この人数ぐらいなら一気に相手にできるんじゃないのか?」
「そ、それは無理がありますよ。三十人ですよ?! 多すぎます」
茜ちゃんだけが反対する。覇人と蘭は反対するわけでもなく、肯定するわけでもなく続きを待っている。私はというと、正直どうすれば一番いいのか分からないし、とりあえず黙っておく。
「キャパシティの幹部と言えば、アンチマジック上層部が最も危険視している魔法使いだ。それは、蘭も知っているだろう」
「もちろんよ。敵対するときは必ずA級以上が向かうわ。最低でもそれぐらいはないと、まともにやり合えない実力を持った連中らしいって話しよ」
キャパシティ幹部って言ってた緋真さんがA級の月ちゃんや纏のお父さんと互角に戦っていた。それじゃあ、覇人もあれぐらい強いってことになるんだ。
「……確かに、俺ならF級程度が束になったって負ける気はしねえよ。そこにDやEが混じっていたってな」
「そうか。だったらお願いだ――俺たちの光を引き受けてくれないか?
この状況を打開できるのは君しかいないんだ」
「……ま、友達の頼みを断れるわけはねえよな。――いいぜ、任せときな」
肌を強く叩かれているような魔力が覇人から溢れ出す。
濃密すぎる……! 魔力弾みたいに、魔力が可視化出来ている。
これが秘密犯罪結社キャパシティの幹部の力。いつだったか、緋真さんが魔力は鍛えれば鍛えるほど強くなるって言ってた。だったら、このすさまじい魔力はそれだけ覇人の強さを表していることにもなる。
「さて、行くか」
「……くれぐれも気を付けてくれ」
魔力を纏った覇人が照明の前に姿を出す。
朱い光線が――実弾が――覇人を襲う。だけど、それらすべては目前で弾かれるように四散した。
覇人が掲げた手の先に、薄ぼんやりと空間に何かが壁のように立ちふさがっている。
あれは、覇人の魔法に間違いない。
その後も立て続けに撃ち続けられるけど、まるで意味がないことだと悟ったみたいで射撃が止まった。
「そんなことも出来るのね」
「俺の魔法は空間に干渉する。そうして、不可視の物体を生みだす魔法だ」
普段は斬るのか、殴るのか、刺すのかよく分からない棒状の物質だったけど、形を変えたら障壁みたいなものも作れるってことなんだ。
「驚いたな。そんな便利な使い方も出来るのか。だったら、丁度いい。その力を使いながら、強行突破しよう。
――覇人、任せたぞ」
「おう。つっても、お前らも気を抜くなよ。何を仕掛けてきやがるか分からねえしな」
障壁を張った覇人を先頭にして、纏と私が続く。その後ろに茜ちゃんと蘭。
怒号と罵倒が混ざる中、雨みたいに注がれる光線と銃弾。ぶつかって弾けて、シャワーみたいに拡散されていく。自然と通ったあとの周囲の地盤に焼け跡が残っていった。
すべて、覇人が防いでいてくれるから私たちに危害が及ぶこともないけど、かなり居心地の悪い通り道。
好転することがないと見たD級戦闘員が射撃の中止を命令した。そうして、次に各自短剣を構え始めた。
「まさか……あれって試作品の?! もう完成していたのね」
「試作品……ですか?」
「殊羅が茜を斬ったときに使った新型の魔具よ」
ほとんどの戦闘員が短剣に持ち替えて、狩人みたいに私たちに襲い来る。
「こっちに来るよ!」
「気をつけなさい。あれは使い捨ての魔具“取捨の魔剣”(アゾット)。斬った魔力を吸い取る魔剣よ。そうして、柄に嵌められている結晶体に充填した分だけ、結晶体の破壊とともに魔力弾と同等の威力を発揮するわ」
「もっと分かりやすく――!」
「あの短剣の前では、魔力は通用しないどころか。逆に強くさせてしまうってことですか」
「端的に言うとそうなるわ。……でも、限度はある」
戦闘員が覇人の魔法で創られた壁を斬りつける。いままで、攻撃を返していた壁に初めて傷がついた。いや、傷……ではなさそう。まるで、氷でも溶かしているみたいにちょっとずつ、食い込んでいってる。
柄に付いている結晶体が少しづつ、焔のような水のような渦を巻いて溜まっていっている。食い込んでいってるのではなくて、覇人の魔法を食べているんだ。
「……くそ。また厄介なもん作りやがって」
障壁を解いた覇人は例の棒状の物質に切り替えて、戦闘員を斬った。
「来るぞ! 全員で迎え撃つんだ」
ぞろぞろと喪服を想起させる黒い集団が周囲を囲うようにしてやって来る。
結局、こうなってしまうんだね。
ぐちぐち言っても仕方がないし、やるしかない。
私と纏はさっそく、みんなよりも前に出て迎え撃つ。柚子瑠と戦ったときと同じやり方でいくしかない。
ただ、纏はいいとしても、私の刀は短剣で止められてしまうと、腐食していくように刀が食べられる。
元から、私は受け止める気もないんだけど、こっちが刀を振る度にいちいち、短剣で防ごうとしてくるのが困りもの。
おかげで何度も何度も刀を造り直した。それにしても、強い。警備兵がこれだけ束になってきてもなんとか出来たんだけど、戦闘員ともなれば、そう簡単には倒せなかった。
ただ、覇人だけは別格だった。次々と素手で殴っては、怯んだそのすきに魔法で葬っていく。あんな真似は私にはできそうにもない。
「さすがにあいつは違うわね」
「でも、私たちはついていけそうにもありませんよ。こんなの、ただの消耗戦としかなってませんよ」
蘭と茜ちゃんは魔力を撃っている。けど、あの短剣の前では意味なんてない。代わりといってはなんだけど、銃を構えている戦闘員もいるから、そっちの方を相手してくれていた。
「こ、の……! やばい……ちょっと、疲れてきたかも……」
さっきの戦闘のこともあって、動き回り続けていたら息も切れてくるし、体力も限界に近い。
はやく、終わらせない全滅してしまう……
「……! おい彩葉! 避けろ――!」
「――え」
何人もが一斉に襲ってきたせいで、そのうちの一人から手を斬られた。流れた血の一部は短剣が潤している。魔法使いの血液には魔力が流れているから、これも短剣が飲んでいるってことみたい。その証拠に結晶体が赤く渦巻いていってる。
やがて、一層明るみを帯びてくる。
「あの魔力量は……まずいわ!」
私を斬った戦闘員が短剣を振りかぶる。次に何をするのかすぐに分かった。
「伏せなさい!」
短剣が投げられる。地面に着弾したかと思ったその瞬間――
轟音ともに地面が爆ぜた。
爆風に身体が持っていかれて一転、二転と何回転も転げ飛ぶ。アスファルトの打たれた痛みで思わず咳き込む。
おかしいよね。あんな機能は普通、短剣に有るわけがない。
言っていた通り、あれは魔力弾と同じ性能そのものだった。
充填された。ということだけど、あんな威力は結構溜まっているはずだ。
……痛い。
……苦しい。
……辛い。
転がったときに足を擦りむいたみたいで血が流れている。
それでも、泣き言なんて言ってられない。
なんとか、自力で立ち上がろうとしたところ、茜ちゃんが手を貸してくれた。空いた片方の手からは同じように爆風に巻き込まれたんだと思うけど、擦りむいていた。
「茜ちゃん……それって」
「こんなのはかすり傷ですよ。さ、彩葉ちゃんも立ってください」
「……ありがと」
気にはなるけど、とりあえず礼を言って立ち上がる。他のみんなも怪我はしてるけどそこまで大きな怪我ではなさそう。覇人だけは、さすがというか、無傷で立っていた。
「構えとけよ。まだ、敵はいるぜ」
「分かってる――よ……?」
周囲にいる戦闘員に気を向けようとしたその時――。
一筋の紅い光が側にいた茜ちゃんの足を貫いた。
「茜ちゃん……っ!!」
凶弾に撃たれた茜ちゃんをとっさに支えようと駆け寄る。だけど、それは遮られた。
無情にも数発の弾丸が茜ちゃんを撃ち抜く。
声を発することもなく、静かに――血だまりを作って、そのまま地面に倒れ伏した。
膝を付いて、触れた茜ちゃんの温かい液体が現実を突きつける。
緋真さんの時も、母さんの時も。そして、今回もまた――私は何も出来なかった。
いつも、守られるだけ守られる。目の前で別れが来てしまう。
何度も何度も同じような体験をさせられる。こんなことはもう嫌なのに、どうして私には防ぐ力がないんだろう。
もっと、もっと早く気づけていれば――自分の弱さが悔しくて抱きしめる力が強くなる。
殺気を感じて、意識を無理やりそっちに向けたとき、戦闘員の一人が留めとばかりに短剣を振り下ろした後だった。
その瞬間、血が舞った――
この先をくぐれば、もうそこは見知らぬ土地。
一体、何があって。どんなことが待ち受けているのか。魔法使いである私たちはうまくやっていけるのか。
不安と興味心がごちゃごちゃになって、なんだかよく分からない気持ちが胸を浸している。
二十九区――
テレビや雑誌なんかで魔法使いの殲滅結果の話しをよく聞いたことがある。それは多分、裏社会で大きな影響力を持っているキャパシティという秘密犯罪結社の拠点があるからなんだと思う。
私たちの目的地。
そこに父さんと緋真さん。あと、覇人は所属している。きっと、私たちのことも受け入れてくれるはず。
秘密犯罪結社に助けを求めに行くなんて、周りに関係者がいなかったら絶対にありえないシチュエーションだよね。
人生ってなにが起きるか分かんないや。
そう――本当にわかんない。
両端を抜け、拡がった暗闇の景色に私たちは足を止める。
歩道があって、線路があって、整備されている道路。三十区側の両端前と変わらない道だった。
それだけなら普通なんだけど、足を止めた。ううん……止めさせられてしまった。
道から外れた場所も含めて、映る視界一杯から浴びせられる光。眩しさに思わず、目を遮ってしまう。
当然ながら、歓迎されている雰囲気でもない。
敵意を向けられている。
右から、左から、正面から、どこからでも感じる殺してやるというような凄み。
「なんで、こんなにいるの……?」
「まさか、俺たちが来ることを想定して待ち伏せしていたのか!?」
夜に溶け込む喪服みたいな衣装をした集団。身に付けている様々な色のバッジこそが、この状況を説明する何よりの証拠。
「――アンチマジックか。また随分と対応が速いじゃねえの」
「そんな……?! ついさっき、B級戦闘員と戦ったばかりですよ。彩葉ちゃんや纏くんなんて、もう怪我だらけですのに、連戦はさすがに厳しいですよ」
ほとんどが紫色のバッジ、ちらほらと藍色のバッジが目立っている。その中でも一番、厄介そうなのが青色のバッジ。
構成されているメンバーはF級がほとんどに数名のE級。そして、一人だけD級が混じっている。
「柚子瑠を筆頭にして、あたしたちを狩るつもりだったみたいね。……なんなのよ。見逃してやるなんて言っておきながら、見逃す気なんてないじゃないの」
「いや、「うちは」って言ってたぜ」
「それ以外は関係ないって言いたいわけね。ほんと、仕事熱心なのか、違うのか掴めないわね」
言葉の意味を正しくとらえるとそうなるよね。
あの人って攻撃的な人で、頭の回転が速そうに見えなかったたんだけど……意外と切れ者みたいだね。私と一緒でなにも考えてなさそうだったのに、なんか意外。
「どうでもいいけど、通り道を通せんぼされるのは困るし、ここはどいてもらうしかないよね」
「何をするつもりですか?」
そんなことはもちろん決まっている。だから、私は刀を構えた。
「正面突破していくしかないよ。柚子瑠よりは格下なんでしょ。だったら、なんとかなるかもしれないし――」
言った途端、D級戦闘員が歓迎のつもりなのか、持っていた銃を夜に響かせた。
それを合図に他の銃を持っている戦闘員が遅れて、発砲してくる。
しかし、撃っているのは実弾じゃない。まるで、蘭がよく使う魔力砲のようなレーザーが襲ってくる。
どうもこうも出来ない私たちは慌てて両端に引き返して、入り口付近に隠れる。
「なんとかならなかったね」
「あんた、頭おかしいでしょ。あいつらは警備兵と違って戦闘員よ。あたしたちを殺す気でいるのだから、無闇に突っ込んだら死にいくようなものなのよ!」
「ご、ごめん。私が悪かったから、怒らないで」
私たちが姿を隠したことで容赦のない銃撃が止んだ。
外にいる警備兵が何か騒いでいる。
元戦闘員である蘭と纏が相手でも、情けをかけるつもりはないらしい。むしろ、こっち側に通じている相手だから、油断はするなとか言っている。
纏はF級だけども、蘭はC級。戦闘員の間でも蘭の戦闘能力は知られているみたいで、一層警戒心が強まっている。
「それにしても、どうなっているのですか? あの銃は」
紅い光の光線が放たれた銃はどう見てもただの銃じゃない。地面を焦がしてた。当たれば痛いなんて感覚で済むようなものではないことは間違いなし。実弾よりもはるかに危険だってことは分かる。
「あれは銃弾を撃っているのではなくて、特殊な成分が配合された液体状の魔具よ」
「なにそれ?! そんな物もあるの? もう銃って言わないよ。どっちかというと兵器だよね。それって」
「いいえ、ちゃんと実弾も撃てるから銃であることに変わりはないわよ。ただあれは、レーザー銃のような使い方も出来るっていうことよ」
「? ということは、水鉄砲みたいな感じなのかな」
「そういうのに近いかもしれないわね」
「ふーん。それじゃあ、どっちにしてもいま無闇に飛び出るのは危険に変わりはないんだね」
同じ原理なら中身の水的な何かしらが無くなれば撃てなくなるってことなんだと思う。でも、補充されたら終わりかな。
何かいい案でもあればいいんだけれど。
「蘭。君の魔眼で敵が何人いるのか把握してくれないか。それから、何か戦略を立ててみる」
「分かったわ」
二重の環が蘭の瞳に刻まれる。同時に私たちで感知出来ない微弱な魔力も探れるようになる。
壁際から顔をのぞかせる蘭に取り付けられているライトが当たる。
瞬間、一斉砲撃が始まる。
即座に顔を引っ込める蘭。
着弾した地面から微かな煙が漂っていた。焼け焦げているのかも。ううん……もしかしたら溶けているのかもしれない。
どっちでもいいけど、当たれば火傷なんかじゃあ済まなさそうな跡だった。
「ほんとうに殺す気みたいですね」
「そりゃそうだろ。連中からしたら抹殺対象だしな」
反応が良かったおかげで蘭に傷は見当たらないことで安心した。
「――済まない。危険な目に遭わせたみたいだな」
「危険は承知よ」
あらかじめ、こうなることは予想済みだったみたい。だからあんなにも反応良かったんだね。私ももっと場慣れしないとダメだなぁ。
「一瞬しか見れていないけど、敵の数は多分三十人はいるわね。武装は銃ね。あとは分からないわ」
「そうか。ありがとう。それだけ分かっただけでも十分だよ」
「――で、どうするの? そんなにも数がいたら、ここから一歩も動けないんじゃない? 後ろに戻るわけにもいかないし。やっぱり、なんとかして正面突破するしかなそうだよ」
敵はいないと思うけど、戻ったってどうしようもない。前しかないんだけど、その前も通れそうにない。
「こっちは五人で。向こうは三十人ぐらいなんだよね。だったら、一人で六人を相手にして、散らばって動いたらどうかな?」
「止めとけ。そいつは無謀だぜ」
「なんで?」
「俺と蘭ならそれでも生き残れるだろうけどな、お前らじゃあ、六人も相手に生き残れる確証がねえだろ。向こうは殺しのプロだ。そんな確立に低いやり方じゃあ――殺されるぞ」
そのことは頭に入ってなかった。最底辺の階級とはいっても、警備兵とはまた実力も違うよね。武装も魔具なんだし、覇人の言うことのほうが正しそう。
「どうしましょう。こんな状況を打開する方法なんて何も思いつきませんよ」
「……絶望的ね。希望も救いもなさそうだわ」
そういえば、纏は何か戦略は立てれたのかな? 私は気になって、纏の方をみてみた。何か思いついたのか、不意に声を出した。
「いや、希望は絶望のなかでこそ光るものだ。そして、そんな光を生みだす手段なら一つ、あるにはある」
「――! ほんと?!」
ちょっと語尾を歯切れが悪く言った纏。どんな手段でもいいよ。可能性があるだけ文句はない。
「覇人――君なら六人どころではなく、この人数ぐらいなら一気に相手にできるんじゃないのか?」
「そ、それは無理がありますよ。三十人ですよ?! 多すぎます」
茜ちゃんだけが反対する。覇人と蘭は反対するわけでもなく、肯定するわけでもなく続きを待っている。私はというと、正直どうすれば一番いいのか分からないし、とりあえず黙っておく。
「キャパシティの幹部と言えば、アンチマジック上層部が最も危険視している魔法使いだ。それは、蘭も知っているだろう」
「もちろんよ。敵対するときは必ずA級以上が向かうわ。最低でもそれぐらいはないと、まともにやり合えない実力を持った連中らしいって話しよ」
キャパシティ幹部って言ってた緋真さんがA級の月ちゃんや纏のお父さんと互角に戦っていた。それじゃあ、覇人もあれぐらい強いってことになるんだ。
「……確かに、俺ならF級程度が束になったって負ける気はしねえよ。そこにDやEが混じっていたってな」
「そうか。だったらお願いだ――俺たちの光を引き受けてくれないか?
この状況を打開できるのは君しかいないんだ」
「……ま、友達の頼みを断れるわけはねえよな。――いいぜ、任せときな」
肌を強く叩かれているような魔力が覇人から溢れ出す。
濃密すぎる……! 魔力弾みたいに、魔力が可視化出来ている。
これが秘密犯罪結社キャパシティの幹部の力。いつだったか、緋真さんが魔力は鍛えれば鍛えるほど強くなるって言ってた。だったら、このすさまじい魔力はそれだけ覇人の強さを表していることにもなる。
「さて、行くか」
「……くれぐれも気を付けてくれ」
魔力を纏った覇人が照明の前に姿を出す。
朱い光線が――実弾が――覇人を襲う。だけど、それらすべては目前で弾かれるように四散した。
覇人が掲げた手の先に、薄ぼんやりと空間に何かが壁のように立ちふさがっている。
あれは、覇人の魔法に間違いない。
その後も立て続けに撃ち続けられるけど、まるで意味がないことだと悟ったみたいで射撃が止まった。
「そんなことも出来るのね」
「俺の魔法は空間に干渉する。そうして、不可視の物体を生みだす魔法だ」
普段は斬るのか、殴るのか、刺すのかよく分からない棒状の物質だったけど、形を変えたら障壁みたいなものも作れるってことなんだ。
「驚いたな。そんな便利な使い方も出来るのか。だったら、丁度いい。その力を使いながら、強行突破しよう。
――覇人、任せたぞ」
「おう。つっても、お前らも気を抜くなよ。何を仕掛けてきやがるか分からねえしな」
障壁を張った覇人を先頭にして、纏と私が続く。その後ろに茜ちゃんと蘭。
怒号と罵倒が混ざる中、雨みたいに注がれる光線と銃弾。ぶつかって弾けて、シャワーみたいに拡散されていく。自然と通ったあとの周囲の地盤に焼け跡が残っていった。
すべて、覇人が防いでいてくれるから私たちに危害が及ぶこともないけど、かなり居心地の悪い通り道。
好転することがないと見たD級戦闘員が射撃の中止を命令した。そうして、次に各自短剣を構え始めた。
「まさか……あれって試作品の?! もう完成していたのね」
「試作品……ですか?」
「殊羅が茜を斬ったときに使った新型の魔具よ」
ほとんどの戦闘員が短剣に持ち替えて、狩人みたいに私たちに襲い来る。
「こっちに来るよ!」
「気をつけなさい。あれは使い捨ての魔具“取捨の魔剣”(アゾット)。斬った魔力を吸い取る魔剣よ。そうして、柄に嵌められている結晶体に充填した分だけ、結晶体の破壊とともに魔力弾と同等の威力を発揮するわ」
「もっと分かりやすく――!」
「あの短剣の前では、魔力は通用しないどころか。逆に強くさせてしまうってことですか」
「端的に言うとそうなるわ。……でも、限度はある」
戦闘員が覇人の魔法で創られた壁を斬りつける。いままで、攻撃を返していた壁に初めて傷がついた。いや、傷……ではなさそう。まるで、氷でも溶かしているみたいにちょっとずつ、食い込んでいってる。
柄に付いている結晶体が少しづつ、焔のような水のような渦を巻いて溜まっていっている。食い込んでいってるのではなくて、覇人の魔法を食べているんだ。
「……くそ。また厄介なもん作りやがって」
障壁を解いた覇人は例の棒状の物質に切り替えて、戦闘員を斬った。
「来るぞ! 全員で迎え撃つんだ」
ぞろぞろと喪服を想起させる黒い集団が周囲を囲うようにしてやって来る。
結局、こうなってしまうんだね。
ぐちぐち言っても仕方がないし、やるしかない。
私と纏はさっそく、みんなよりも前に出て迎え撃つ。柚子瑠と戦ったときと同じやり方でいくしかない。
ただ、纏はいいとしても、私の刀は短剣で止められてしまうと、腐食していくように刀が食べられる。
元から、私は受け止める気もないんだけど、こっちが刀を振る度にいちいち、短剣で防ごうとしてくるのが困りもの。
おかげで何度も何度も刀を造り直した。それにしても、強い。警備兵がこれだけ束になってきてもなんとか出来たんだけど、戦闘員ともなれば、そう簡単には倒せなかった。
ただ、覇人だけは別格だった。次々と素手で殴っては、怯んだそのすきに魔法で葬っていく。あんな真似は私にはできそうにもない。
「さすがにあいつは違うわね」
「でも、私たちはついていけそうにもありませんよ。こんなの、ただの消耗戦としかなってませんよ」
蘭と茜ちゃんは魔力を撃っている。けど、あの短剣の前では意味なんてない。代わりといってはなんだけど、銃を構えている戦闘員もいるから、そっちの方を相手してくれていた。
「こ、の……! やばい……ちょっと、疲れてきたかも……」
さっきの戦闘のこともあって、動き回り続けていたら息も切れてくるし、体力も限界に近い。
はやく、終わらせない全滅してしまう……
「……! おい彩葉! 避けろ――!」
「――え」
何人もが一斉に襲ってきたせいで、そのうちの一人から手を斬られた。流れた血の一部は短剣が潤している。魔法使いの血液には魔力が流れているから、これも短剣が飲んでいるってことみたい。その証拠に結晶体が赤く渦巻いていってる。
やがて、一層明るみを帯びてくる。
「あの魔力量は……まずいわ!」
私を斬った戦闘員が短剣を振りかぶる。次に何をするのかすぐに分かった。
「伏せなさい!」
短剣が投げられる。地面に着弾したかと思ったその瞬間――
轟音ともに地面が爆ぜた。
爆風に身体が持っていかれて一転、二転と何回転も転げ飛ぶ。アスファルトの打たれた痛みで思わず咳き込む。
おかしいよね。あんな機能は普通、短剣に有るわけがない。
言っていた通り、あれは魔力弾と同じ性能そのものだった。
充填された。ということだけど、あんな威力は結構溜まっているはずだ。
……痛い。
……苦しい。
……辛い。
転がったときに足を擦りむいたみたいで血が流れている。
それでも、泣き言なんて言ってられない。
なんとか、自力で立ち上がろうとしたところ、茜ちゃんが手を貸してくれた。空いた片方の手からは同じように爆風に巻き込まれたんだと思うけど、擦りむいていた。
「茜ちゃん……それって」
「こんなのはかすり傷ですよ。さ、彩葉ちゃんも立ってください」
「……ありがと」
気にはなるけど、とりあえず礼を言って立ち上がる。他のみんなも怪我はしてるけどそこまで大きな怪我ではなさそう。覇人だけは、さすがというか、無傷で立っていた。
「構えとけよ。まだ、敵はいるぜ」
「分かってる――よ……?」
周囲にいる戦闘員に気を向けようとしたその時――。
一筋の紅い光が側にいた茜ちゃんの足を貫いた。
「茜ちゃん……っ!!」
凶弾に撃たれた茜ちゃんをとっさに支えようと駆け寄る。だけど、それは遮られた。
無情にも数発の弾丸が茜ちゃんを撃ち抜く。
声を発することもなく、静かに――血だまりを作って、そのまま地面に倒れ伏した。
膝を付いて、触れた茜ちゃんの温かい液体が現実を突きつける。
緋真さんの時も、母さんの時も。そして、今回もまた――私は何も出来なかった。
いつも、守られるだけ守られる。目の前で別れが来てしまう。
何度も何度も同じような体験をさせられる。こんなことはもう嫌なのに、どうして私には防ぐ力がないんだろう。
もっと、もっと早く気づけていれば――自分の弱さが悔しくて抱きしめる力が強くなる。
殺気を感じて、意識を無理やりそっちに向けたとき、戦闘員の一人が留めとばかりに短剣を振り下ろした後だった。
その瞬間、血が舞った――
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