「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

同志となるために

 帝国は熟練の者が勲章を得た時と、若き才能が勲章を与えられた時の式典を分けて行う。
 勲章式典には費用もかかる上に、皇帝自身が見守る行事であるから大変な負担だ。
 単純に若いものが萎縮しないよう、という配慮からだとされているが…口さがない者達は皇室の金を少しでも減らしたい派閥が考えたことだとまで言うことがあった、

 式典の会場には専用の施設がある。
 居並ぶ高位の者たちと敷き詰められた儀礼兵達に見守られながら、受勲者達は静かに足を運ぶ。柔らかな赤と黒の絨毯が一直線に栄誉へと伸びている。

 ここを歩むことは帝国の栄光へと至る道を歩むことと同義。歴代の皇帝の多くが冠を載せる前に、一人の兵としてここを歩いたのだ。

 これから広がる帝国の版図を思えば、皇帝はともかくとしてもそのすぐ下…各地で王を名乗ることもあり得る。今日、ここを歩く者たちもまた次代の勇者か英雄か。
 まぐれで上げること叶わぬ功績を打ち立てた者達。例え道半ばで絶えようとも、最期の時まで只人とは同じには終わるまい。

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 若き俊英達と、練達の士の丁度中間にその男はいた。
 歩く姿は体芯を制御したまま一切の乱れが無い。

 その姿を貴賓席から、スフェーンは眺めている。他の者たちなど目に入ることはない。
 いや、スフェーンだけではないだろう。その褐色の男だけは主役達の中でも異彩を放つ。一際輝いているのではない、一人だけこの場を戦場のように見なして歩いている様はまさに異質だった。

 …良かった。立ちふるまいについては問題がないようですね。
 スフェーンは安心から少しだけ薄い胸を内心で撫で下ろした。武術に長けた人間の動作は美しさを伴うことがある。そうした点で言えば、正規の礼儀を心得た者よりもクィネの方が遥かに美しい。

 しかし…クィネが歩く度に絨毯の横で直立した旗兵たちが、僅かな動きをする。
 それを見たスフェーンを含めた、一部の者達…現役の強者達は苦笑した。…あれは癖なのだろうか?褐色の青年は律儀に己の周囲に剣気を放って、ある種の結界を作り出している。流石に実際に斬りかかることはないだろうが、一歩進む度に臨戦態勢が整っていくクィネの姿は実に場違いだった。

 受勲者達が身につけているのは軍衣、そして儀礼用の華美な剣だ。安全も兼ねて剣は外観以外はかなりお粗末な作りをされている。その剣で斬りかかるのならば、素手で挑んだ方がマシというものだ。
 しかし、不思議と誰もが納得した。あの男はあの剣でも切れる。

 さて頼もしいと言うべきか、もしくは場に合わせられない愚か者と見れば良いのか。判断に悩むところであった。
 しかし、一方で疑念も湧く。少しばかり問題のある男のようだが、あれほどの剣気を放つ者がなぜ無名だったのか?
 日頃は単なるお飾りである剣技院の者を見れば…なにやら顔を白と青に点滅しているような顔色をしていた。何かを知っており、そしてそれが彼にとって悪いことなのは誰でも分かるだろう。
 だから、この実力主義の国においてお飾りにしかなれないのだ。そう冷笑しつつも、式典の後に接触を図ってみようと思う列席者達をスフェーンが冷たい目で見ていた。
 それも一瞬のこと。決断したことは振り返らないと、己の勝者の晴れ姿を見守る作業をスフェーンは再開した。

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 順番待ちの階を上る。
 今回受勲される者は10名。切りが良い数を帝国は好んで使うらしい。
 他者が授与されて、皇帝と目を合わせる機会を得られる光景を9回見る。どうやら涙ぐんだり、がちがちに固まる程に栄誉なことらしい。

 他の者が栄光に思うのならば、自分も倣おう。
 それはそれとしても、勲章というものは実に不思議だった。造形は凝っており、なるほど価値があるのは分かる。だが勝利した相手の遺骸で作られているわけでもなく、敵の得物を溶かした金属で作られているわけでは無いらしい。
 それでどうして名誉に繋がるのか…疑問には思う。とはいっても、相手の遺骸は祀るもので、身につけるのは下品なことだ。そう考えれば何の繋がりもない素材で作成されるというのも、結構な図らいとも言える。

「次、クィネ二等軍士。双連翼剣勲章を授与する」

 僅かに会場の空気が変わる。
 そういえば、本来は中々授与されない勲章だと、雇い主は言っていた。なるほど、これほどのものか。皆が驚いてくれる、というのは皆にとっても良いことなのかは分からない。

 二本の剣と翼があしらわれた銀色の輝きを黙って胸に受け取る。
 流石の帝国も、ここまで真っ黒にする気は無いようだ。いっその事徹底すれば良いのでは?と俺などは考えてしまう。

 どうでも良いことを考えていると、至高の座にある老人と目が合う。
 …疲れた目だ。それが第一印象だったが、同時に目の奥に子供のような悪戯っぽい光が見える…そして、それを何かが塞いでいるように思われた。

 老人は口を開いたが、声には出さなかった。
 しかし、クィネはその誘いを確かに受け取った。

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 勲章授与式は午前の間に終わるが、その肝は夜の食事会にこそあった。
 既に名高い者同士の交流はもちろんのこと、勲章を授与された若者にとっては初の社交界入門となるわけだった。その辺りを理解しているのか、そこまで格式張っていないのが若年者が主役の食事会の良いところだ。堅苦しいのが嫌いな人間であっても、これには顔を出すという者さえいた。

 場もそれに合わせた会場で、皇城内の数ある専用の部屋の中でも、あまり公的な催しには使われない場だ。それでも会場は十分に立派なものだが、食事も軽いものがメインで立食式だった。交流が主であることを主催側も弁えているためだ。

 しかし、この日に限っては集まりが悪かった。
 凶漢が出没・・・・・し、帝国剣技院議長と取り巻きを殺害したことにより、夜間行動の自粛が呼びかけられたためだ。

「遅かったなスフェーン。もう始まっているぞ」
「女性は支度がかかるものなのです。そこは知っておかないと痛い目を見ますよ、我が勝者」

 スフェーンはいつもの軍衣姿ではなく、夜会用のドレスを着ていた。
 そこまで露出は高くない。だが、小柄で細身のスフェーンが着ると背徳感とでも言うべき、奇妙な色気があった。
 その姿でくるりと回り、茶目っ気のある目をしてみせるスフェーンにクィネは素直に応じた。

「見事だ。着るもの一つで人の印象とはこうまで変わるか」

 微妙だが、クィネは確かに褒めてはいるらしい。らしくない・・・・・気分を持て余したスフェーンは照れ隠しめいた返しをする他は無かった。

「…貴方でも女性の容姿を褒めることがあるのですね」
「実を言えば…あまり無い。北方の美醜は俺からすれば見分けが付き難いんだ。スフェーンとはそれが分かるぐらいには親しくなったということだ。そうでなくとも、お前の美しさを疑ったことは無いが」

 己の剣が語る言葉に悶そうになりながらも、スフェーンは体裁を維持した。
 彼女もまた、高位に席を持つ者であるため表情と内心を分離できるが、クィネを相手にすると油断してしまうあたりはまだまだであった。

「し、しかし…参加者が少ないというのはいい事なのか悪いことなのか。途中で抜け出すには目立つ可能性もあります」

 咄嗟に切り替えた話題だが、確かに問題だった。
 同士との会談はこの食事会の最中に行われる。元々は結構な人数が集まる予定であった。抜け出すのは自由でも、既に流れているクィネとスフェーンの細やかな噂を補強してしまうだろう。

「次の勲章まで待つか?」
「はぁ…現実的ではありませんね。貴方はあまり自覚はないようですが、双連翼剣勲章はそれなりに高位の勲章です。軍務に付いた期間を考えれば、そうそうは新しい勲章を授与することは無いでしょう」
「なら、やはり今日か。俺も会うのが楽しみだ」

 この男は自分との噂を聞いたことがあるのだろうか?何とも思っていないのか?あるいは…
 軽く言ってのけるクィネに、スフェーンは野望をしばし忘れることになった。

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 詮索と好奇で話しかけてくる者の相手もそこそこに、スフェーンとクィネは食事会を抜け出した。
 みっともない動作をするわけにもいかないので堂々とせざるを得ず、スフェーンの少し赤い顔が招待客達の想像の翼を広げる糧になるのは疑い無かった。

 そのことからも抜け出すように、スフェーンは目的の場へと急いだ。

「あまり人気の無い区画へと向かっているようだな?まぁ当然ではあるが」

 三大強国の一つ。サフィーレ帝国の主が住まう城なのだ。巨大さという点においてはディアモンテの王城をも凌ぐ。そのために余り使われない区画というのが存在するのも事実だった。
 しかも、黒い壁の間にある奇妙な隙間を通ったりもしたために、クィネの優れた感覚をもってしても脳内に地図を描くことは難しい。

「さて…ここは覚えていてくださいね」

 隙間を抜けた先の袋小路。
 その行き止まりにしか見えない壁に、僅かな隙間があることは余程に注意深い者で無ければ気付かないだろう。
 そこに薄い鉄板のような物体を差し込むと、隙間が僅かに開いた。

「後でこの鍵は渡します」

 言いおいて、スフェーンはその開いた隙間に細い指を入れた。引き戸になっているらしい、それを開く。…スフェーンとクィネにとっては大したことではない重さだが、常人には苦労する厚さの扉である。

 扉を開くと、黒ではなく落ち着いた灰色の部屋が広がっていた。
 スフェーンがすかさず扉を閉める。

 内部には小さな円卓と椅子が用意されていて、茶と菓子が広げられている。
 そこに待つのは一人の老人。クィネも一度だけ会ったことのある人物。

「少し…遅かったか。まぁ今夜は全ての予定を調整してある。会えて嬉しいよ、我が同志スフェーン。そして…午前以来だな、クィネ」

 皇帝ラズリ4世が、そこにいた。

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