「魔王が倒れ、戦争がはじまった」
地下施設
反乱分子の討伐。
南方における山賊討伐。
ディアモンテ王国の特殊潜入部隊の確保。
これらの功績を讃えて、クィネ二等軍士に双連翼剣勲章を授与するものとする。
/
第二軍の根拠地。その黒い要塞の地下でスフェーンとクィネは顔を合わせていた。
この要塞には当然に、スフェーンのための執務室もあるのだが、そこでするような話では無かった。
「思っていたよりも早い段階でたどり着けましたね。流石は我が勝者」
「些か目立ちすぎたきらいはあるがな。秘密裏にことを進めなくて良いのか?」
クィネが勲章を得ることが、当面の目標であった。
そしてそれはスフェーンの予想を上回る速度で達成されたのだ。旧トリド王国から帝都へと舞い戻ってから、実に2ヶ月ほどしか経過していない。
武勲を上げる機会が多いのは当然に他国へと侵攻を繰り返す南方軍団だ。だが、帝国全体からすれば北と南で大きな差がついてしまうのは避けたいところだ。
学術的な功績を称える部門を作ろうとも、戦乱の世へと流れつつある世界では武が重要視されてしまう。
そこで登場したクィネは、北と南の功績者の人数差を埋める格好の対象でもある。
「…流石に俺にも大体は予想が付いてきたが、会うことすらもこうも面倒か」
「まぁ…時間が豊富にあるとは言えない方ですからね。我々はともかくとしても向こうからすれば立場があります。それだけならば良いのですが、彼には監視の目も多い」
クィネは鼻を鳴らす。
スフェーンの今一人の同志とやらの立場が気に食わないのだ。
クィネとしてもセイフとしても、かなりの長い時間を大陸中央で過ごしているが、高い位置にいる者こそが前に出るべきという偏見が中々拭えない。
「自分も駒とするお前の方が好みだな」
「そうですか…えっ?」
時折、こうした態度に出ることがクィネにはままあった。
顔に出ずとも、素直に感情を表現しようとする彼に軍人が不向きなのは明らかではあったが、女性には効果がありそうである。
「え、ええぇっと…」
「スフェーンは勲章を持っているか?俺よりも若く、階級も上だ。目的のためにはさぞ功績を積み重ねる必要があったのではないか?」
だからといって口説いているわけでもないクィネの話は続く。
単に感想を述べただけで、話題としては一貫しているために始末に負えない。なぜだか、感想の部分がもう少し続いて欲しかったと惜しみながら、スフェーンは応じた。
「はぁ…ええ。そうですね。私の場合はもっと少し時間をかけましたが…貴方が授与される双連翼剣勲章と黒円賢章は持っています」
「へぇ…凄そうだな」
「黒円賢章は学術的な意味合いが混ざっているので、残念ながら貴方には授与されないかと。…二ヶ月で双連翼剣勲章は普通取れませんから、確かに目立ち過ぎましたね」
スフェーンからしてみれば、目的が達成されれば自分の地位などどうでもいいことであるために問題は無いが…
「貴方が我々の同志となってくれる。それは喜ばしいことですが、貴方自身の目的はどうなのです?」
少し前に粗末な監視塔で聞いた願い。しかし、それを実現するための過程…あるいは果てにどんな未来を描くかは不明なままだ。疑問に思って当然だった。
「それはこれからの同志との会談で明かそう。大したことではない…という点について言えばお前とさして変わらないが」
果たして本当にそうであろうか?
クィネもスフェーンも凶手だ。方や大したことではないことのために、人と魔の融合へと手を染めた。方やかつて友のために、城へと単身突撃をした男。
彼らが行うことは何であれ、多くの人々にとって恐ろしいものへとなるだろう。強すぎる存在達は些細な願いのために歩くだけで、小さな存在を踏み潰す。
//
第2軍団の根拠地…その暗部であるはずの地下は意外にも落ち着いた雰囲気だった。
石材が豊富に用いられるのは帝国式の常ではあるが、所々に排気の行き届いた暖炉も設置されて常に仄かな暖かさに満たされている。
色は目に痛くないように調整されて、穏やかささえ感じさせた。このままなにがしかの酒場でも開けそうである。
南方蛮族であるクィネにとっては、暖かいというだけで素晴らしい。
軍務が無い時は基本的にここへと立ち戻って、過ごしている。
「それにしても…人魔融合。もう少し恐ろしい儀式をイメージしていたが、案外に普通だな?」
「私という成功体が生まれるまでは実際にそうでした。人魔戦争時代に生み出された技術は、魔の血肉を人のそれに継ぎ接ぎする粗雑なもので…成功確率は低く、仮に成功してもいつ破裂するか分からない風船のようなものでした」
覗いた小部屋では奇妙な光景があった。
地図のようなものを中心に、神官のような格好をした黒衣の男達が集っている。囲むのは一人の女。恐らくは彼女が今回の被験者であろうと思わせる。
「魂の座標を一致する影をその身に下ろす…降霊術や召喚術を組み合わせた単純な干渉。それだけで、強大な力が手に入るのですから、戦中の実験に付き合わされた者からすればたまったものではありませんね」
一部屋、一部屋。懇切丁寧にスフェーンは解説をしてくれる。
自身はクィネとは比べ物にならない程多忙だというのに、かなりの時間を割いていた。クィネの信頼獲得にかける時間は、スフェーンにとっては最上位に位置する事柄らしい。
「それが本当なら、鍛錬すらも過去のモノとなるかもしれないな。恐ろしさすら感じる容易さだ。…良いぞ、素晴らしい。この技術を世界に広める気は無いのか?そうすれば才能という生来の差すら超えて、人々は力を手に入れられる」
そうなればどれほど素晴らしい世の中になるだろうか?誰しもがクィネに対抗しうる存在となれるのならば、挑みがいが出る。そして問いかけるのもたやすくなる。
その果にクィネは望む世界へとたどり着く自分を夢想した。
「ここで行われている技術は全て、魔が絡むもの。恐るべきは貴方が言うとおりにその手軽さでした。記録を辿れば、幾人かの賢者はこの事実に気付いていたようでしたが…世の中に広めることは無かった」
「なぜだ?」
真実不思議だと言わんばかりのクィネにスフェーンは苦笑する。
クィネの精神は剣を軸として安定を見せているが、端の方にある価値観は既に崩壊している。狂人だ…そう、私と同じように。
「誰しもが、ただ心のみで熟練の騎士を上回る力を手に入れられる…半端に蔓延すれば世界は崩壊するでしょうね」
「そんなものか。それこそ平等で、戦う意義が出ると俺は思うのだが」
…誰しもが平等になれば、生まれるのは結局は差だ。
心の強さすら人は一定していない。仮に人魔融合がより安定した技術となって、世界に広まっても…クィネは強者であろう。
「平等は構いませんが、私の前で公平という言葉は使わないでくださいねクィネ。反吐が出そうになります。私はこれで案外に育ちが悪いのですよ」
「ではいずれ、再戦したくなった時に言うとしよう」
地下に女の叫び声が木霊する。
クィネ達が先程通ってきた部屋からだった。それまで静かだった地下に、黒の甲冑の帝国騎士が慌ただしく走り始める。
「新しい魔人の産声か?」
「逆ですね。取り込んだ魔族との内面における戦いに敗北したのです」
人魔融合はあくまで座標を合わせるだけだ。融合は容易くとも、支配権を握るには勝利が必要だった。取るに足らない復讐のために、真っ向から魔将を食らったスフェーンが一番良く知っていることだ。
轟音とともに、黒い甲冑が弾き飛ばされて壁へとめり込んだ。金属が歪む苦しさに呻く騎士の前に、クィネが立った。
「代わろう。貴方は現在、俺の側だ。必ず守る」
そして、相手は必ず殺す。
女の面影を少しだけ残したまま、猛る怪物を前に剣聖は小揺るぎもしない。
その姿を目にした騎士は目の前に城壁が屹立したような、確かな安心を覚えた。
女軍団長は少しだけ笑みを浮かべて、睨み合う人と魔の間を抜けていった。
「では私は執務に戻ります。存分に楽しんで下さいクィネ。…まぁ貴方相手では分単位保つかどうか怪しいでしょうが」
「どれほど戦いが短かろうと、それは相手が弱いことには繋がらん」
しかし予想は覆らないだろう。
失敗作は最強の剣聖を前に死を約束された。
さて、クィネは式典のマナーなどに問題は無いだろうか?
そう案じながら、スフェーンは表社会への階段を登っていった。
南方における山賊討伐。
ディアモンテ王国の特殊潜入部隊の確保。
これらの功績を讃えて、クィネ二等軍士に双連翼剣勲章を授与するものとする。
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第二軍の根拠地。その黒い要塞の地下でスフェーンとクィネは顔を合わせていた。
この要塞には当然に、スフェーンのための執務室もあるのだが、そこでするような話では無かった。
「思っていたよりも早い段階でたどり着けましたね。流石は我が勝者」
「些か目立ちすぎたきらいはあるがな。秘密裏にことを進めなくて良いのか?」
クィネが勲章を得ることが、当面の目標であった。
そしてそれはスフェーンの予想を上回る速度で達成されたのだ。旧トリド王国から帝都へと舞い戻ってから、実に2ヶ月ほどしか経過していない。
武勲を上げる機会が多いのは当然に他国へと侵攻を繰り返す南方軍団だ。だが、帝国全体からすれば北と南で大きな差がついてしまうのは避けたいところだ。
学術的な功績を称える部門を作ろうとも、戦乱の世へと流れつつある世界では武が重要視されてしまう。
そこで登場したクィネは、北と南の功績者の人数差を埋める格好の対象でもある。
「…流石に俺にも大体は予想が付いてきたが、会うことすらもこうも面倒か」
「まぁ…時間が豊富にあるとは言えない方ですからね。我々はともかくとしても向こうからすれば立場があります。それだけならば良いのですが、彼には監視の目も多い」
クィネは鼻を鳴らす。
スフェーンの今一人の同志とやらの立場が気に食わないのだ。
クィネとしてもセイフとしても、かなりの長い時間を大陸中央で過ごしているが、高い位置にいる者こそが前に出るべきという偏見が中々拭えない。
「自分も駒とするお前の方が好みだな」
「そうですか…えっ?」
時折、こうした態度に出ることがクィネにはままあった。
顔に出ずとも、素直に感情を表現しようとする彼に軍人が不向きなのは明らかではあったが、女性には効果がありそうである。
「え、ええぇっと…」
「スフェーンは勲章を持っているか?俺よりも若く、階級も上だ。目的のためにはさぞ功績を積み重ねる必要があったのではないか?」
だからといって口説いているわけでもないクィネの話は続く。
単に感想を述べただけで、話題としては一貫しているために始末に負えない。なぜだか、感想の部分がもう少し続いて欲しかったと惜しみながら、スフェーンは応じた。
「はぁ…ええ。そうですね。私の場合はもっと少し時間をかけましたが…貴方が授与される双連翼剣勲章と黒円賢章は持っています」
「へぇ…凄そうだな」
「黒円賢章は学術的な意味合いが混ざっているので、残念ながら貴方には授与されないかと。…二ヶ月で双連翼剣勲章は普通取れませんから、確かに目立ち過ぎましたね」
スフェーンからしてみれば、目的が達成されれば自分の地位などどうでもいいことであるために問題は無いが…
「貴方が我々の同志となってくれる。それは喜ばしいことですが、貴方自身の目的はどうなのです?」
少し前に粗末な監視塔で聞いた願い。しかし、それを実現するための過程…あるいは果てにどんな未来を描くかは不明なままだ。疑問に思って当然だった。
「それはこれからの同志との会談で明かそう。大したことではない…という点について言えばお前とさして変わらないが」
果たして本当にそうであろうか?
クィネもスフェーンも凶手だ。方や大したことではないことのために、人と魔の融合へと手を染めた。方やかつて友のために、城へと単身突撃をした男。
彼らが行うことは何であれ、多くの人々にとって恐ろしいものへとなるだろう。強すぎる存在達は些細な願いのために歩くだけで、小さな存在を踏み潰す。
//
第2軍団の根拠地…その暗部であるはずの地下は意外にも落ち着いた雰囲気だった。
石材が豊富に用いられるのは帝国式の常ではあるが、所々に排気の行き届いた暖炉も設置されて常に仄かな暖かさに満たされている。
色は目に痛くないように調整されて、穏やかささえ感じさせた。このままなにがしかの酒場でも開けそうである。
南方蛮族であるクィネにとっては、暖かいというだけで素晴らしい。
軍務が無い時は基本的にここへと立ち戻って、過ごしている。
「それにしても…人魔融合。もう少し恐ろしい儀式をイメージしていたが、案外に普通だな?」
「私という成功体が生まれるまでは実際にそうでした。人魔戦争時代に生み出された技術は、魔の血肉を人のそれに継ぎ接ぎする粗雑なもので…成功確率は低く、仮に成功してもいつ破裂するか分からない風船のようなものでした」
覗いた小部屋では奇妙な光景があった。
地図のようなものを中心に、神官のような格好をした黒衣の男達が集っている。囲むのは一人の女。恐らくは彼女が今回の被験者であろうと思わせる。
「魂の座標を一致する影をその身に下ろす…降霊術や召喚術を組み合わせた単純な干渉。それだけで、強大な力が手に入るのですから、戦中の実験に付き合わされた者からすればたまったものではありませんね」
一部屋、一部屋。懇切丁寧にスフェーンは解説をしてくれる。
自身はクィネとは比べ物にならない程多忙だというのに、かなりの時間を割いていた。クィネの信頼獲得にかける時間は、スフェーンにとっては最上位に位置する事柄らしい。
「それが本当なら、鍛錬すらも過去のモノとなるかもしれないな。恐ろしさすら感じる容易さだ。…良いぞ、素晴らしい。この技術を世界に広める気は無いのか?そうすれば才能という生来の差すら超えて、人々は力を手に入れられる」
そうなればどれほど素晴らしい世の中になるだろうか?誰しもがクィネに対抗しうる存在となれるのならば、挑みがいが出る。そして問いかけるのもたやすくなる。
その果にクィネは望む世界へとたどり着く自分を夢想した。
「ここで行われている技術は全て、魔が絡むもの。恐るべきは貴方が言うとおりにその手軽さでした。記録を辿れば、幾人かの賢者はこの事実に気付いていたようでしたが…世の中に広めることは無かった」
「なぜだ?」
真実不思議だと言わんばかりのクィネにスフェーンは苦笑する。
クィネの精神は剣を軸として安定を見せているが、端の方にある価値観は既に崩壊している。狂人だ…そう、私と同じように。
「誰しもが、ただ心のみで熟練の騎士を上回る力を手に入れられる…半端に蔓延すれば世界は崩壊するでしょうね」
「そんなものか。それこそ平等で、戦う意義が出ると俺は思うのだが」
…誰しもが平等になれば、生まれるのは結局は差だ。
心の強さすら人は一定していない。仮に人魔融合がより安定した技術となって、世界に広まっても…クィネは強者であろう。
「平等は構いませんが、私の前で公平という言葉は使わないでくださいねクィネ。反吐が出そうになります。私はこれで案外に育ちが悪いのですよ」
「ではいずれ、再戦したくなった時に言うとしよう」
地下に女の叫び声が木霊する。
クィネ達が先程通ってきた部屋からだった。それまで静かだった地下に、黒の甲冑の帝国騎士が慌ただしく走り始める。
「新しい魔人の産声か?」
「逆ですね。取り込んだ魔族との内面における戦いに敗北したのです」
人魔融合はあくまで座標を合わせるだけだ。融合は容易くとも、支配権を握るには勝利が必要だった。取るに足らない復讐のために、真っ向から魔将を食らったスフェーンが一番良く知っていることだ。
轟音とともに、黒い甲冑が弾き飛ばされて壁へとめり込んだ。金属が歪む苦しさに呻く騎士の前に、クィネが立った。
「代わろう。貴方は現在、俺の側だ。必ず守る」
そして、相手は必ず殺す。
女の面影を少しだけ残したまま、猛る怪物を前に剣聖は小揺るぎもしない。
その姿を目にした騎士は目の前に城壁が屹立したような、確かな安心を覚えた。
女軍団長は少しだけ笑みを浮かべて、睨み合う人と魔の間を抜けていった。
「では私は執務に戻ります。存分に楽しんで下さいクィネ。…まぁ貴方相手では分単位保つかどうか怪しいでしょうが」
「どれほど戦いが短かろうと、それは相手が弱いことには繋がらん」
しかし予想は覆らないだろう。
失敗作は最強の剣聖を前に死を約束された。
さて、クィネは式典のマナーなどに問題は無いだろうか?
そう案じながら、スフェーンは表社会への階段を登っていった。
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