「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

名声のために

 木は枯れるどころか、そもそも無い。ささやかに降る少ない雪だけに色がついているようだ。

 寒々しい景色だ。
 北にやってきてからというもの、気候はクィネを責め立てて止まない。だが、それもまた良し。かつてのセイフならばこんな地に長居はしなかっただろう。

「クィネ二等軍士。その…本当にこの人数で?」
「ああ、問題はない。それと君も二等だろう?オルドゥー軍士。顔色をうかがう必要はないよ」

 というが、実際には難しい。
 堅実に昇進したオルドゥーにとって、軍団長の肝いりであるクィネは得体の知れない存在だ。
 自身も他国の生まれであるスフェーン軍団長の愛人ではないか?などと、同期と笑って話していた昨夜が彼には懐かしく感じられる。

 オルドゥーがクィネから感じるのは血と戦の匂い。それと戦いで精神を病んだ者の気配だ。だというのに会話が真っ当に通じてしまい、更に困惑する。
 反乱分子の根城である地下墓地へと攻め込む今回の任務には似合った人選ではある。しかし、相手側は100人前後と推定されているにも関わらず、派遣された第2軍の兵力は半数の50人。
 真っ当な作戦ではない。ならば奇襲か、とも思うがそうでもないらしく堂々と姿を見せている。きっと自分たちは囮の側で、クィネはそれを知っている。だから安心しているのだ。…そういう風にオルドゥーは解釈した。

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 気の毒に。彼らは出来るだけ生かして返す方針なのが、救いといえば救いだった。
 第2軍は融合個体のような存在を持つ真っ黒な組織ではあるが、当然に知る者と知らない者とに分かれている。オルドゥー達、今回の同行者は後者だ。

 ジーナやタンザノ達とは離れて随分と経つ。
 目的がクィネが功名を上げることであるために、既にクィネが超人であることを知っている人間では意味がない。オルドゥー達はクィネという新たな勇者の存在を知らしめるための証人。宣伝役というわけだった。

「それにしても寒い。北の冷気は南方の蛮族には堪える」
「我々からすれば、砂漠に住める人の方が不思議ですよ。部屋の中に入ればあったけぇし」

 同僚が割り込む。フーバーという軍士だ。
 形式として2等軍士二人でこの部隊の指揮を採ることになっている。それだけで兵を御せるはずもないので、彼のような3等軍士も必要となる。よく気が利く下士官というやつである。

「砂漠でも家の中に入れば涼しいぞ。乾いているからな。影と日向では驚くほどに差が出る。金を持った者の家など中に水が引いてある」
「うっへぇ…カビたりとかは?」
「聞いたことはないな」

 下級でも士官である彼らは兵にはあまり話しかけない。向こうからしてもいい迷惑だからだ。軽口を叩けるのは横並びの者だけである。

「見えてきたぞ、墳墓がある村だ」

 荒涼とした景色に目を凝らせば、確かに村がある。視界に雪が混ざるのが鬱陶しく、クィネはいまいち集中できないがそれでも人並み外れた視力で同僚と同じものをみる。
 近隣の少しだけ高い丘に部隊を移動させる。

「変な村だ。黒と茶色に分かれている」
「確かに。典型的な不穏分子の温床ですね。…ああ、クィネ軍士は士官学校へは行っていないのでしたか?」
「無い。行っても落第生だろう。こちらの学問は読み書きレベルだからな」

 逆に言えば、それを補って余りある何かを持っている。それが人脈か性能かはオルドゥーには分からない。とはいえ、仲良くする方が得だと思える程度にはオルドゥーも大人だった。

「こほん。帝国が制圧して長く経った村にはああした溝が住人の間に生まれるのですよ。制圧時に実際に戦える年齢だった住人はかつての文化を覚えていますが、物心ついた程度の年齢だと帝国様式の方が自然になるのです」
「まぁ我らが帝国がわざとやっているんですがね。恨みを吐き出しても若い連中には微塵も理解されない。だから閉鎖的な区域と帝国的な区域でしっかりと派閥ができる」
「で、近くの村の連中とか不穏な者同士が寄り合って反攻を企てる。無謀にも程が有るので親帝国派が密告してくる…という感じか?」

 一応は頭が付いているようだな。そうオルドゥーはクィネを見直した。
 特に近くの村まで巻き込んだ騒動に繋がるというところまで理解しているのは評価ができた。かつてはこの帝国北東部も別の名の国があったという背景を推察できることを示しているからである。

 黒の曲がった毛を弄びながらオルドゥーは講義から話を進めることにした。

「帝国からすれば不穏な連中が一箇所に集まってくれればやりやすい。とはいえ、クィネ軍士が言うように変わった村ではありますね」
「村より墳墓がデカい。オルドゥー二等軍士、何か記録がありますか?」

 丸を描く盛り上がった土が墳墓の部分だとすれば、村の中に墳墓があるというよりは、墳墓の周りに村が出来たという方が正確だろう。

 オルドゥーは束ねた麻紙の冊子をめくった。

「記録だとかつてこの地は王国だったが、地方の部族も根強い力を保持し続けていた。そうした豪族の墓があちこちに点在している…どこの誰かまでは残っていないな。散逸したか」

 3大強国の一つに数えられて長いために忘れられがちではあるが、サフィーレ帝国はかつて北方蛮族と呼ばれていた者達の集まりであった。母体としての国家と近隣諸国ではその当時の諍いがあったことは、人間の性質を考えれば想像するのは難しいことではない。

「ではオルドゥー軍士が最初に解説してくれたような事態ではなく、もっと根深い物なのか?」
「むしろもっと浅い物でしょう。若い世代と馴染めない連中が、記録をほじくり返して寄る辺を見つけた…とか」

 時代に取り残された哀れな者たちが、最後に夢を見た。それに多大な共感を覚えたクィネは前に出た。

「さて、村に行くか。反乱者達は地下に篭っているのだったな。親帝国派は」
「表立って私刑などは行われていないようですね」

 自分たちの活動を認めてほしいのだ。他ならぬ排斥者たちにこそ。
 ああ、哀れだ。俺と同じにならぬように戦士として死に絶えろ。

 思いながらクィネは紙切れを取り出して読み上げる。

「兵達で村を取り囲め、逃げるものが出ないように。また黒衣の者は保護して丁重に扱うように」

 命令を下しながら折れた曲刀を肩に担いで、無造作に足を進める。
 規律の取れた帝国軍では正式武具以外の得物を持つことには許可がいる。勇者や剣豪のような者たちにだけ与えられる特権。

 黒一色の外套と軍衣を翻して進む姿に兵たちは敬意を覚えたが、考える役割のオルドゥーからすればたまったものではない。反乱分子は倍の人数であり、他国と積極的に干戈を交えない第2軍の兵士の質は高いとは言えないのだ。大きくなりすぎる被害を避けるために、悲鳴のように声を出す。

「ちょっと、クィネ二等軍士!本隊を待って行動すべきでは!?」
「?…ああ、そんな者はいないよ」
「…は?」

 間の抜けた顔をするのは軍士としては不心得だが、オルドゥーはそれを晒した。自分の耳が信じられない。まさか口減らしかなにかの対象にでもされたのか?…嫌な汗が出てオルドゥーの背を濡らした。
 しかし、続く言葉は更に現実味が無かった。

「というか、戦うのは俺だけだ」

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