「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

いつもの鏖殺

 一人で百人を相手に?
 一度に襲い掛かってくるわけではないにしろ、絶望的な差だと普通ならば言える。普通ならば…だが、この時代には人が引き起こす奇跡の残り香がある時代だ。
 それは魔法でも技術でもない。数多の絶望を否定してきた人間に許された、恐るべき不条理。人魔戦争を乗り越えるために練り上げられた人の業。

「クィネ二等軍士がそうだというのか…?」

 少ない兵力を差配しながらもオルドゥーは疑念が拭えない。世に勇者剣豪の類は数多いるが、運良くあるいは運悪くソレと出くわさない者もまた多いのだ。

「状況を考えてみれば、そうなのでしょうよ。勇者上がりってやつかも。」

 人懐っこい若者のような外見だが、実際には結構な年齢のフーバーはオルドゥーより達観している。デタラメな存在がいることは知っている。
 そして、クィネが実際にそうでなくとも作戦失敗の責を追うのはオルドゥーだ。フーバー自身のささやかな半生には特に影響がない。生きていればではあるが。
 ともあれ…軍団長の肝いりが派遣されてきている。期待しても悪くはない。

「こっちはこっちの仕事を済ませましょう。幾ら村って言っても全部包囲するには数が足りなさ過ぎる。要所要所に配置させて、1等兵の兵士長達には逃げ支度を仄めかせておきます。我々にできるのはそれぐらいですね」
「そうだな。それぐらいはしておこう。それとクィネ軍士も休憩を挟みながら戦うのかもしれん。出来るだけの用意はさせておこう」

 軍団長のお気に入り…男女の関係も噂されているが、自慢の手札である可能性も高い。その場合、なぜこんな任務に使うというのが気になる。

 誰かへの売り物へとなりそうだ。フーバーは伝手を頭に巡らせた。第2軍は謎の塊であり、僅かな情報も売り物になる。滑稽なことに買うのは大体が同じ帝国内の者だ。
 同じ国の旗を仰いでいるが、帝国がこのまま版図を広げ続ければ軍団長達の権威は絶大なモノとなる。軍団長にとって、同僚たちは未来の敵なのだ。

 規律正しいがために、かえって人は抜け道を求める。そこには小銭稼ぎの道が広がっていた。意外に売れるのは大事めいた情報よりもささやかなものであると、フーバーは知っていた。

 しかし…フーバーは第2軍の中では“裏を知らない側”に分類される。軍団長スフェーンは権力争いに興味など無い。八つ当たりのために必要な間だけ最低限備わっていれば良いのだ。
 裏と関わっていない人間など女軍団長からすれば道具ですら無いことに、フーバーはいつか気付くことがあるだろうか?

/

 ただ一人だけで集団へと歩み寄ってくる。
 それが注意を惹くのはどのような場面でも同じだが、これから始まろうとする鉄火場ではそれが顕著だ。戦闘において数は力だ。対手が一人で向かってくる状況は限られている。

 反帝国をかかげて蜂起した村人たちは、近づいてくるのが黒服だと確認すると軍使かなにかだろうと判断した。
 主張をする場が持てるのは悪くない。特に帝国側からの歩み寄りとなれば大戦果とさえ言えた。先に言ったほうが負け…と評すれば些か子供っぽいが、対話による解決を試みた場合には持ちかけた側が下に見られる風潮はこの時代に根付いていた。

 反乱者達はほくそ笑んだ。これとて狙いの一つである。
 専業兵士は木っ端でもさして安くはない。金と時間がかけられて育成される。こんな田舎で被害を出したくないのだ。低い確率だったが会話の場が設けられることに時代遅れの村人たちは期待していた。

 視野が狭く、短絡的で感情的な彼らですら帝国を相手にトントン拍子で戦いが進むとは流石に思っていなかった。
 加えて言えば彼ら自身が主張するところによれば、かつての祖国愛に燃える勇士の集いなのだ。己の正しさが理屈として保証されることは、正直なところ下手な勝利よりも欲する場だ。
 人は感情で行動するが、その理屈を他者に承認して欲しい生き物だ。

 彼らの計算は理屈の上ではそれなりに筋が通っている。だが、この場では致命的に間違えていた。

 数は力だ。だが、力の一種でしかないのだ。

//

 クィネは少し考えてから、黒衣の襟を立てた。首が少し覆われたことで冷気が和らいだ気分になり、救われたような感覚を味わう。
 クィネに与えられた武具の自由を拡大解釈すれば、士官にあるまじき格好もある程度許されるのだ。

 一人で頷き、歩みを再開する。

 目指す村に急ごしらえの木柵が見えて、クィネはおかしくなって微笑をこぼした。
 村人達の懸命な努力を笑ったのではなく、評価したのだ。持てる全てを使って逞しく、みっともなくとも戦い抜く。素晴らしい。

 その裏に打算があるなどクィネには想像もつかない。
 人は生きるために懸命なものだ。今思えば、自分の勇者を殺したのが毒というのも手を下した者の精一杯だったのだ。
 ならばコチラも応えよう。彼らに相応しい敵であるために、持てる力の限りを尽くして相手の全ての手立てを踏みにじる。相手も自分の全てを打ち砕かんとしてくれる。

 そんな見当違いの戦意を滾らせることで、クィネの心はかつての砂漠へと帰っていく。
 熱い暑い地で、誰しもに生まれながらの役割があり、それを皆が真っ当しようと努力していたセイフの生誕地。

 …クィネとして生きようとあがいてもあがいても、過去はいつまでも追ってくる。それが矛盾を生み、クィネの剣を際限なく強化していくのだ。

 忘我の内にクィネは村へとたどり着いていた。

「そこでとま…」

 締めくくろうとした言葉ごと、粗末な衣服の村民の首を刎ね飛ばす。血しぶきが狼煙となって上がる。突然頭部を失って腕を振り回す胴体を十字に切り分けてからクィネは村の奥へと進んだ。

///

 中年の男は手に持っていた鋤を、とうに放り投げてしまっていた。
 農具をそのまま転用した武器は最後の命綱だったはずだが、アレを目にした途端そんなものに意味はないと本能が訴えた。

 自分たちの祖先は勇敢に帝国の母体となった国と戦った。魔がまだ生きている時代の状況での人類同士の内輪もめ。それはさぞ厳しい時代だったに違いない。
 …本当に?
 アレのように?あるいはアレのような者たちを相手に?

 無理だ。無理、無理、無理――!

 帝国という国の中に馴染めなかった男達が切っ掛けを手にして蜂起した。
 …中年男はただの農夫だった。幸いなことに人魔戦争の時代には徴兵されたことはあっても、槍を持って立っている以外にしたことが無かった。

 実際に戦った経験があれば、アレを前にも勇気を失わなかったか?
 否、それはそれで別の理由を見出して逃げ出していただろう。

 何を思って立ち上がったのかと男は走りながら自問する。

 若者たちの冷たい目線に耐えられなかったから。実力主義の国では自分に夢は無いから。ただうさを晴らしたかったから。
 幾らでも理由は思いつくが、前向きなものは一つもない。自分はこの期に及んで全く戦っていなかった。これからは分を弁えて生きよう。

 目に映ったのは墳墓への入り口である鉄格子。仲間達…共に蜂起した抵抗者達の根城。
 汗で簡単な格子を開けることにすら3度失敗してから、男は中に滑り込んだ。

 近くにいた体躯の良い老人へと向かってあげた顔は既に狂人と言ってよかったが、男は心の底から安堵していた。外の木柵に対して、鉄で出来た格子は随分と頼もしい。
 老人が格子を再び閉め鍵をしてくれたことで、安心感はさらに増した。気味の悪い笑みが瞼から消えてくれれば元通りになれる。

「おい、おい!どうした!?」
「死神が…三日月が…来た…だけど」

 逃げ切った。かつての戦争が呆けていたら終わったように、今回もいつもと同じように生き残るだろう。
 安心の余り視界が回る・・。随分と眠くなってきた。
 そして、鉄が転がる音と共に中年男は眠りについた。

////

 狭い世界に馴染めなかった、それでも小利口な抵抗者達。彼らは侵入者の前に一様に同じ死に様を見せた。何をされているかも分からぬままに首を刎ねられ、死んでいく。

 蜂起者達が攻撃されていることに気付いた時には既に、墳墓外に散らばっていた者たちは全て胴体のみとなっていた。

「ど、どういうことだ…?帝国がもう本格的に攻めてきたのか?」
「今更、慌てるな。最初からこうなることは分かっていたはずだ」

 叛徒達は考えなしに蜂起したものと、結果ぐらいは読めていた者とに分かれていた。
 彼らは暴発しただけであり、最初から勝ち目などなかった。

「まだじゃ…この私がいる限り、失敗ではない。兵などここに幾らでもおる」

 しわがれた声に、反乱者達は複雑な感情を見せた。
 帝国の支配は今のところ盤石だ、だが一度だけでも反乱を成功させれば後は連鎖する可能性もある。そうほのめかした外部からの助っ人。つまりは村人たちが嫌う余所者であるから、村人達の反応も当然だろう。
 さらにフード姿の助っ人が用いる力は酷くおぞましい。

 ぶつぶつと助っ人が呟き始めると、墳墓の棺に収められた先人たちの干からびた遺骸が軋みだす。外の未知なる驚異と、内の見知った恐怖に村人たちは肩を寄せ合った。

/////

 きひひっ
 狭い空間に奇妙な笑みが谺する。

 クィネは墳墓の中心部にあっさりと到達した。道中のバリケードも、罠も、分厚い鉄扉ですら切り裂いて一直線に進んできたのだ。

 古い石材で出来た墳墓の中心部には大広間があった。
 この墳墓は集合墓地だが、最も名誉ある者たちがここに葬られている。

「来たか。帝国の犬め」

 フード姿の人物が相手の愚をあざ笑う。
 ここには彼の魔術を最大限に発揮できる素材に溢れていた。反乱自体は失敗だが、次の村へと向かえばいいだけのこと。
 その前に帝国の軍人に己の力を見せつけよう。

「きひっ。行くぞ、戦士達!」

 褐色の剣聖は、助っ人の魔術師を素通りして・・・・・農具で武装した反乱者の残党へと飛びかかった。声を上げる暇すら無く、5つの首が舞う。次の瞬間には更に5、そして――
 蜂起した村人たちは、何をすることもできずに戦士として殺された。全滅である。

「この長さにも大分慣れてきた。きひっ、良い敵達だった」

 最後まで、反乱者達を偉大な戦士と勘違いしながら鏖殺を終えたクィネはさっさと地上へと向かおうとする。
 助っ人魔術師は己を無視して動く姿に、自尊心を傷付けられた。本来の任務を考えれば彼も次の村へと向かうのが筋だが、誇りがソレを許さない。

「この私を侮るか!子孫達の死に応えろ、亡者達!」

 魔力の高まりと共に、収められた遺骸達が動き出す。
 それで初めてクィネは、魔術師を敵と気付いた。

「なんだ、戦う気があったのか。ただの見物人かと…」

 助っ人には当事者としての意識が欠けていた。だから見逃されていたに過ぎない。
 ホコリをかき分けて起き上がるミイラじみた姿たち。中央部に葬られていることから分かるように、元は偉大な人物たちだが、今や見る影もない。

「…聖別されていない死体はこれだから困る」

 クィネの中に眠るセイフの泉神教徒としての声が出る。

「どうだ私が再現した伝説の死霊術は!?古の英雄達の前に屈するが良い!」

 元の茫洋とした顔に戻ったクィネはそれを興味がないという風に聞いていた。村人たちを相手にしていた時のほうがまだ興奮していただろう。

「動死体の術…素材によって強さが変わるが、実際には擬似的に動かしているに過ぎず技量や魂は備わっていない…はて、誰に教わったんだったか?」

 妖艶な女の姿が一瞬浮かんだが、まぁいいとクィネは思考を切り替えた。

「結局切ればいいだけだ」

//////

 首がない大量の死体をうんざりとした顔で検分していた兵は、ちょうど地下から戻ってきたクィネと出くわした。彼は名簿上だけのクィネの部下だった。親しくもない。
 …傷一つ無い。そして、返り血も浴びずに来たときと同じ軍装のまま。
 まるで、これが日常であるかのように気怠げだ。

「クィネ二等軍士…その…叛徒達は?」
「全員殺したはずだ、多分な。良い戦いだった」

 一人で百人を鏖殺してのける技量。賞賛するべき英雄を前にして、兵士は気味が悪いものを見る目をクィネに向けた。
 そしてクィネもさしてそれを咎めなかった。

「さて、次だ」

 勲章が貰えるまで戦わなければならない。少しばかり趣味に合わないが、戦い自体は楽しみである。足取りを軽くして士官達のところへとクィネは戻っていった。

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