「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

最後の壁へと

 時間が大事だ。
 戦場では時間は黄金よりも価値を持つという。

 スフェーンとクィネは敵の右翼に突っ込んだ。正気の沙汰ではないが、彼らは文字通りの一騎当千。それも目的は殲滅ではなく、通過だ。

 スフェーンは元々大勢を相手にするのに向いてはいたが、異形化が出来ない状況では片手落ちだ。しかしそれでも軍団長の前には雑兵ごとき何の障害にもならない。

「…邪魔です」

 スフェーンの冷静な一撃がめり込んで、兵士の顔が陥没した。
 舞うような跳躍は普通ならば良い的になってしまうだろうが、彼女の身体は魔将のそれだ。空中で突き出される槍を掴んで車輪のように回転すれば、華奢なはずの脚が敵の胸甲へとめり込み絶命させる。

 素手を得手とする勇者がいないわけではないが、それにしてもこの光景は異常だろう。一人の細い少女が屈強な戦士たちを蹴散らして突き進む。
 それが可能なのはクィネが弓聖の攻撃を全て防いでくれているからだ。味方の軍中に対象がいる限りは弓聖も無闇な連射はできない。これが最後の戦いとなるからこそ、そんな醜いことはあの世へと持っていけないのだ。

 それでも弓聖は弓聖。
 連射が出来ずとも、味方の兵の合間すら縫って剛矢が飛来する。

「…重い!」

 真っ向から大剣で受け止めるクィネ。彼の技量をもってしても粗雑な大剣は限界を迎えていた。
 むしろ良くもった方だろう。元が山賊の頭が使っていた程度の剣だ。鋼の芯が限界を迎える。

 突っ切る二人をデマンが見送った。

「よろしいので?」

 デマンの新しい副官が声をかけた。前の副官は剣聖へと勇敢に立ち向かい死んでしまった。この新しい副官と親しくなる前に最後の時が来る。

「ああ、あの男はもう俺の獲物じゃない。甥に譲った。俺の獲物はあっちだ…!」

 迫る帝国軍を前に、片腕になったデマンは獰猛に笑う。
 帝国軍第7軍団長と直率の勇者上がり“十槍”。相手にとって不足なし。最後の獲物だ。

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 長衣に隠された片腕が悲鳴を上げていた。
 肥大させすぎた右腕は元より均衡に欠けており、他の部位に負担をかけていた。今や当の片腕すらも限界に来たのだ。

 とうとう視界にも見えた敵。その顔をじっくりと覚える。花のような顔の女と褐色の男。共に帝国の軍衣を翻して迫ってくる。

 最後の限界突破。強弓4連。かつての限界は実に二倍となっていたが、その代価を払えと運命が笑っているのが聞こえる。
 弓聖として最後の射撃となる必殺の四矢。それは悲しいことにそれまでの狙撃より容易に躱された。元から分かっていた結果だった。この距離まで来れた敵からすれば、弓聖の長所がそのまま欠点へと映っただろう。

 弓聖の矢はこの距離からは速すぎた。撃たれた瞬間に何かの挙動をされれば、正確過ぎる射撃は容易く避けられてしまう。
 限界を迎えた腕がだらりと下がる。我ながら醜い腕だ、そう感じながら弓聖は城の中へと戻っていった。最後の最後まで足掻くために。

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 いかに時間が短くとも、トリド王国軍は良く戦ったと言っていいだろう。
 拒馬槍を並べて、槍を構え、奮戦した。その士気の高さは帝国から見ても尊敬に値するほどだった。恐らくは敵の数が二倍…いや三倍でも彼らは跳ね返しただろう。

 だが、帝国とトリドの兵数差は七倍を超える。装備と練度も充実している帝国軍と古い体制のトリド軍では数のみならず質でも負けていた。覚悟と愛国の念で追いすがっても届かない。

 この会戦を前にしてトリド側は勇者達の数も底を付いていた。それが止めとなった。軍団長自らが率いる帝国の精鋭がトリド最後の勇者へとその剣を届かせようとしていた。

「ぜぇっ…はぁ…全く歳は取りたくないな」

 デマンは最後の砦として帝国軍団長の前に立ちふさがった。
 その最後の姿は後々の語り草となることは疑いない。

 甲冑はひび割れ、隙間から赤い液が垂れている。
 もう固まった血が動く度に、粉となって落ちる。手綱を口に噛み直して、片手用の戦棍で敵へと再び叩きつける。
 それはあっさりと十槍の一人に防がれた。デマンは既に並の戦士ほどの力すらも発揮することができない。

「やってくれたなデマン殿。貴方のお陰でこれからは七槍と名乗らせなければならない」
「おう…それは良かった」

 返そうとする軽口も上手く出てこない。単純にデマンの体力は限界だった。
 愛馬が崩れ落ちて、地面に投げ出される。

 生まれたての子鹿のように頼りない動きで立ち上がろうとするデマン。偉丈夫の見本のような男としては余りにも悲しい姿だった。

 その姿に自分たちも勇者として名高い十槍の残り…七槍は感じ入る。軍団長もそうだ。

「さらばだ、トリド最後の勇者よ」

 振るわれた長剣がデマンの首に食い込んだ。
 胴体と別れを告げながらデマンは微笑んだ。勇者はあと一人、いや二人残っているのだが、そこを訂正するほどにお人よしでもなかったのだ。

///

 トリドの城壁はシンプルな造りだ。城下町を守る壁と城そのものを守る壁の二段構え。
 兵が十分にいたのならば、ここでも激しい戦いが繰り広げられたであろうが…生憎とトリドは小国だ。それもここまで帝国軍がたどり着くまでに既にガタガタ。
 守りの兵は極少数。気骨のあるトリド人達も城下となれば文明に幾らか染まっている。屋内へと退避して事態が過ぎ去るのを待っている。

 そして、この時代において城壁は軍を防ぐ役には立つものの…怪物を相手にすれば単なる時間稼ぎにしかならない。それは人魔戦争における結論でもあった。

 人間種の英雄達もまた怪物である。

「クィネ。私の足に」
「?ああ、なるほどな。頼んだ」

 小柄な女が差し出した脚に長身の男が飛び乗る奇妙な姿。それを一切気にせず、スフェーンはクィネを壁へと向けて射出・・した。

 超えられてしまった。町への守りが容易く。
 スフェーンは脚力で普通に登ってきてしまう。

 最後の救いはこの二人も、外の軍隊も理不尽に蹂躙する気が無いということだけ。とはいっても多少、規律を破る者は出るだろうが。
 ここにトリド国の抵抗は終わりを告げた。

 トリド国の抵抗は。

 着地の瞬間を狙った鋭い突き。
 細く捻れた細剣が、クィネの眼窩を狙って差し込まれる。気配隠滅からの縮地めいた加速。

「来たか。待っていたぞ、この時を。きひっ腕を上げたなジェダ殿」

 頭を振って躱したはずの剣聖の頬に少しだけ赤い筋が走っている。鋭すぎて完全なる回避は不可能だったのだ。

「名前を覚えているとは意外だ。…トリド王国は滅ぶ。だがトリド人は易易とは屈さぬ。行くぞ!」
「スフェーン。弓聖は任せた。俺は約束があるのでな」

 射撃は止んだ。だが、復帰されれば厄介になろう。スフェーンは静かに頷いて民家の屋根に飛び乗った。相手も若いながら相当な腕のようだったが、自分の剣聖ほどではない。そう確信している。

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