「魔王が倒れ、戦争がはじまった」

松脂松明

久方ぶりの協力

 保管されている専用の槍矢から、通常の槍と矢までをも運ばせた弓聖は感じる気配に顔をほころばせた。
 近づいてくる。この自分へと向かって!

「二連射すらも躱す!呆れた連中だ…」

 今だ敵の姿は見えない。視界に入られたのならば、弓聖の有利は著しく減退する。
 それでも射程は力だ。見えぬ敵の得物が何なのかは知らない弓聖だが、その下へとたどり着くまでに一方的な優位が変わることはない。

「しかし来るだろうな。敵は二人。それも尋常ならざる腕前だ。…私もまた、更なる限界に挑戦しよう。最後の戦い。それが全力程度で終わらないことを感謝するぞ」

 弓聖は槍矢を構えた。意識に入れる予備は2本・・

「三連射。躱してみせろ…!」

 相手へと捧げる未踏の領域への一歩。
 弓聖は期待している。相手の顔が見えるのを今か、今かと待ち焦がれる。今まで自分が生きてきたのは、この戦いのためにこそあった。
 そう思えるほどに、敵を高く評価した。

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「皆、第7軍団の内部に潜みなさい。目立たない程度に手を貸すのです!」

 言葉が終わると同時に軍団長と剣聖は駆け出した。
 仲間への指示は最低限。細かな指示を出している暇などありはしない。

「弓聖。なるほど、恐ろしい相手だ。戦場で弓矢をこれほど恐ろしいと思ったのは初めてのことだ」
「貴方でも恐ろしいと思うことがあるのですね」

 短い草を抉るように、一気に突き進む。
 恐ろしく遠い敵へと向けて、味方を置き去りに駆ける。駆ける。

 その速度は常人の域を遥かに脱していたが、だからといって安全になるわけではない。遠にあって、この威力。矢は近づけば近付くほどに当然、威力と速度を増していく。

「俺に付き合う必要は無いぞスフェーン」
「生憎と、貴方よりは慎重なのですよ。互いに助け合わなければ、途中で倒れましょう。相手を評価せよ、と教えたのは貴方です」

 身体能力に限って言えばスフェーンはクィネを大きく上回る。走るなどの単純な動作では、技量で埋めることには限りがあるのだ。
 つまり、スフェーンはクィネの速度に合わせている。

「助け合う?何だろうか、酷く久しぶりな気がするな」

 クィネの戦闘能力についてこれる味方自体が久しぶりであるから当然のことである。優れた技量で周囲を気にせず戦うこともできるが、それだけだ。誰もクィネの援護はできなかった。

「来ます!今度は連続して2本!」

 しかも絶妙に込める力を変えているのだろう。続く2射目が連続して襲うように調節されている。
 クィネは集中して感覚を引き伸ばす。閃光のごとき射撃に対して、最短の突きを合わせる。剣先の角度を利用して逸らす動き。その試みは成功したが、それだけで腕が痺れる上に粗雑な大剣の先は欠けた。
 2射目もクィネを狙っていた。だが、その突き上げた姿勢から振り下ろしてはたきおとす。弓聖がそうであるように、クィネも読んでいたのだ。しかし…

「!?」

 振り下ろした姿勢。踏ん張りを効かせた格好のまま、クィネの感覚が危険を知らせる。相手の威力に対応しようと思うあまり、力を込めすぎた。次への動きへと繋げにくく、その上時間がなさ過ぎる。
 …3射目。剣聖の予測を超えるために、弓聖は己の限界を超えた。剣聖は相手の実力を正確に見積もり過ぎた。

 鈍化している視界のまま、緩慢な死が近づいてくる。こちらの動きも鈍化して感じられる。回避失敗。仕方も無い。

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 クィネは集中することによって、時間を鈍化させたような感覚で動きの正確さを増す。
 それに対してスフェーンは無自覚ではあるが、逆に感覚を鋭く早く変化させる。一瞬を突き詰めて反射で対応するのだ。

 性能は申し分なくとも、スフェーンには同格より上との戦闘経験が欠けていた。しかし過日においてクィネという技量の怪物と戦ったために、それが補われようとしていた。

 耳が音を捉えた瞬間からスフェーンは動き出していた。2射目には間に合わなかったが、クィネに襲いかかる3本めの槍矢を横合いから…

「…っはぁ!」

 蹴り飛ばした。
 後付の強者であることは、弱みでもあるが強さでもあった。野生生物じみた感覚と身体能力の一致。スフェーンの戦闘経験はその全てが、融合個体へと改造された後に積んだものだ。
 それゆえに道理をはねのけることが出来ずとも、己を信じれば一切の不足無く安定した強さを発揮する。クィネのような、弓聖のような存在とは違った型の怪物である。

「…助けられた。そうか、俺は一人では無かったのだったな」
「貸し借りは無しです。私は貴方の公的な雇い主。貴方は私の勝者。そこに上下はありませんから」

 …なぜクィネと対等でありたいのか、それを考える暇も無くスフェーンは疾走を再開した。

「ようやく敵の軍が見えてきましたね。どうしましょうか?」
「速さの邪魔にならない程度に相手をしながら、無視だ。狙うのはここで一番厄介で、一番価値のある勇者の首」

 無尽蔵の体力でもあるのか、二人は息を乱すこと無く走りながら対話する。
 ならば、ここで輝くのはスフェーンの性能だ。彼女は元々クィネに合わせて遅く走っているために、速度には余裕がある。

「私が雑魚を蹴散らします。守りは任せましたよ、クィネ」
「任されよう」

 短い返答は揺るぎない。堕ちた剣聖の保証ほど確かなものはなかった。

 

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