「魔王が倒れ、戦争がはじまった」
弓聖の初撃
帝国軍はわざとらしいほどにゆっくりと歩みを進んでいた。
今はある程度まで分解されてるとはいえ、大弩などの攻城兵器の類。肉体的にはそれほど頑健ではない一部の魔術師。身軽とは言えない兵種を多く抱えていれば、強行軍とは行かなくなる。
もっとも…多種多様な兵種を一つの軍団にまとめた帝国の軍団制度が持つ、粘り強さというメリットの前には霞む。いざとなれば、騎兵や軽装歩兵のみを抽出すれば迅速な行動も可能だ。
今回の戦では敵は城下前に広がるペリ平原で待ち構えていると思われるために、軍団全体でかかることが出来る。総勢7000名の戦士達がトリド軍を蹴散らすことは目に見えていた。
今回の行動でベニットはトリドの現体制を崩壊させる。民達を手懐ける段階に入るためにはそれが必要だった。象徴が無くとも、郷土愛で戦える人間ばかりではない。そこに優しくつけ込んでいくのが帝国式だ。
新しい世代や他方から移住させた人間たちに徹底した教育を行う。単純に味方が増えるだけでなく、知恵が付けば行動も予想しやすくなりもする。
「戦場までもう少しだな。斥候の報告によれば、奇策を弄する気配もない。数については俄には信じられんほどだが…勝ったな」
副官を相手に、しかし独り言のようなべニットの言葉。べニットの判断は正しい。
情報によれば…敵は歩兵を中心として1000人程度。騎兵も少なく、魔術師などの特殊な兵に至っては雀の涙ほどだ。
もはや勝利は確定した。そう断言できる差。
結果は確かにそうなるだろう。だが、べニットの誤算はこの距離から先制攻撃を受けるという形で現れた。
/
スフェーン達一行はあくまで外様として端役に徹する気でいた。
クィネが望んでいる敵側に僅かに残った勇者達との戦いが控えているだけだ。それをスフェーンは叶えるつもりでいるが、支援に入る気でもあった。
「兵たちが浮ついているのが少しだけ気がかりなぐらいで、ベニット軍団長の余裕ぶりも分かるというものです。浮かれて我々の貢献を忘れないでいてくれるか、それが心配ですがね」
トリド側の英雄はスフェーン達の“勇者狩り”でほぼ壊滅している。残った何人かもクィネが相手をするというのならば負ける気は微塵もしていない。スフェーンが戦っても良いぐらいである。
「帝都に帰還すれば、忙しくなりますよクィネ。今から無理はしないように」
「それは良いんだが…」
珍しく濁した言葉と共に、褐色の剣聖はスフェーンを胸元に引き寄せた。ほとんど密着する姿勢だ。
「ひぇっ!?あ、あの…?」
背丈の差からほとんど抱きすくめるような形になり、スフェーンは動揺のあまり碌な対応が出来なかった。こんな白昼で…、という思いがよぎった瞬間。
先程までスフェーンが立っていた場所に槍が突き立った。
いや、よく見れば槍では無い。柄のはずの場所に羽で出来た飾りが付いている。それもそのはず、これは矢羽なのだ。
規格外の大きさの矢は、地面を穿ち。振動すら起こした。まるで小隕石である。
「不用心だ。しかし、これは凄いな…」
誰が相手でも美点を見出す男ではあるが、この時のクィネの声には余りにも美しい芸術品を見たような吐息が混ざっている。
幾らこの矢が規格外の大きさであろうとも、落下ではこれほどの威力は出ない。矢の角度から考えても、信じ難いことではあるが…直射で放たれたのだ。
普通ならば超大型の弩を思い浮かべるだろうが、クィネはそれがヒトが放ったものだと直感した。目を向けるのはようやく霞んで見えてきたトリドの王城。
「あそこから…?本当に凄いな、完全に知覚外だ」
「まさか、これは…」
スフェーンは先程までの小娘のような顔を捨て去り、軍団長としての顔に変貌した。スフェーンは自分を破ったクィネの感覚を全面的に信頼している。
「トリドの第一勇者…“弓聖”メラル!」
かつての名を捨てたクィネが初めて、自分を上回る技量の持ち主に遭遇した。それも敵として。
歓喜でクィネの顔が三日月に歪んだ。
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この日、弓聖は初めて自分の技が通用しない相手に遭遇した。
「…躱した。いや、当たらなかったのは確かだが、少し違う?」
極限の集中と共に放った一矢。それに手応えが感じられない。
弓矢に手応え、と言うと不思議な顔をする者もあるが、それは確かにあるのだとメラルは信じていた。
矢と同様に、規格外の大きさの弓に差し障りが無いように胸壁の上に立っているメラルは奇妙な気分に包まれた。それを忘れて、頭を回す。
…今の一矢は敵の中で最も大きな気配に向けて放った。命中しなかったことに加えて、その時に覚えた違和感。それはおそらく、大きな気配の近くに存在する小さいが鋭い気配の持ち主が原因だ。メラルは自分の感覚を信じた。
「王のために戦う元勇者。その最後の舞台に、これほどの花が来てくれるとはな…!」
普通に考えれば、敵の指揮官を狙うのが常道。だが、ここまでの遠距離狙撃はそれほど勝手が効くものではない。
なにせ、メラル自身から見ても気配を頼りになんとなく当たるだろう、という感覚で撃っているのだ。
…メラルの弓を学ぼうとする多くの者に、メラルは教えを乞われた。
だが、それに答えたことはない。他人の中には技を独占している、と責める者もいたが…実際には答えようが無いのだ。強いて言っても“勘”としか言いようがないのだから。
しかし、それでもメラルは狙撃を外したことがない。それが躱された。
「大きな気配と、剣のような気配。誰かは知らぬが…私の最後の獲物はお前たちに決めたぞ!」
軍勢同士の衝突すらも思考の脇へと追いやり、弓聖は長大な弓矢を構えた。
…狙うは二人。間違いなく、敵軍中最強の二者を穿つべく、弓聖メラルは弦を再び引き絞った。
今はある程度まで分解されてるとはいえ、大弩などの攻城兵器の類。肉体的にはそれほど頑健ではない一部の魔術師。身軽とは言えない兵種を多く抱えていれば、強行軍とは行かなくなる。
もっとも…多種多様な兵種を一つの軍団にまとめた帝国の軍団制度が持つ、粘り強さというメリットの前には霞む。いざとなれば、騎兵や軽装歩兵のみを抽出すれば迅速な行動も可能だ。
今回の戦では敵は城下前に広がるペリ平原で待ち構えていると思われるために、軍団全体でかかることが出来る。総勢7000名の戦士達がトリド軍を蹴散らすことは目に見えていた。
今回の行動でベニットはトリドの現体制を崩壊させる。民達を手懐ける段階に入るためにはそれが必要だった。象徴が無くとも、郷土愛で戦える人間ばかりではない。そこに優しくつけ込んでいくのが帝国式だ。
新しい世代や他方から移住させた人間たちに徹底した教育を行う。単純に味方が増えるだけでなく、知恵が付けば行動も予想しやすくなりもする。
「戦場までもう少しだな。斥候の報告によれば、奇策を弄する気配もない。数については俄には信じられんほどだが…勝ったな」
副官を相手に、しかし独り言のようなべニットの言葉。べニットの判断は正しい。
情報によれば…敵は歩兵を中心として1000人程度。騎兵も少なく、魔術師などの特殊な兵に至っては雀の涙ほどだ。
もはや勝利は確定した。そう断言できる差。
結果は確かにそうなるだろう。だが、べニットの誤算はこの距離から先制攻撃を受けるという形で現れた。
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スフェーン達一行はあくまで外様として端役に徹する気でいた。
クィネが望んでいる敵側に僅かに残った勇者達との戦いが控えているだけだ。それをスフェーンは叶えるつもりでいるが、支援に入る気でもあった。
「兵たちが浮ついているのが少しだけ気がかりなぐらいで、ベニット軍団長の余裕ぶりも分かるというものです。浮かれて我々の貢献を忘れないでいてくれるか、それが心配ですがね」
トリド側の英雄はスフェーン達の“勇者狩り”でほぼ壊滅している。残った何人かもクィネが相手をするというのならば負ける気は微塵もしていない。スフェーンが戦っても良いぐらいである。
「帝都に帰還すれば、忙しくなりますよクィネ。今から無理はしないように」
「それは良いんだが…」
珍しく濁した言葉と共に、褐色の剣聖はスフェーンを胸元に引き寄せた。ほとんど密着する姿勢だ。
「ひぇっ!?あ、あの…?」
背丈の差からほとんど抱きすくめるような形になり、スフェーンは動揺のあまり碌な対応が出来なかった。こんな白昼で…、という思いがよぎった瞬間。
先程までスフェーンが立っていた場所に槍が突き立った。
いや、よく見れば槍では無い。柄のはずの場所に羽で出来た飾りが付いている。それもそのはず、これは矢羽なのだ。
規格外の大きさの矢は、地面を穿ち。振動すら起こした。まるで小隕石である。
「不用心だ。しかし、これは凄いな…」
誰が相手でも美点を見出す男ではあるが、この時のクィネの声には余りにも美しい芸術品を見たような吐息が混ざっている。
幾らこの矢が規格外の大きさであろうとも、落下ではこれほどの威力は出ない。矢の角度から考えても、信じ難いことではあるが…直射で放たれたのだ。
普通ならば超大型の弩を思い浮かべるだろうが、クィネはそれがヒトが放ったものだと直感した。目を向けるのはようやく霞んで見えてきたトリドの王城。
「あそこから…?本当に凄いな、完全に知覚外だ」
「まさか、これは…」
スフェーンは先程までの小娘のような顔を捨て去り、軍団長としての顔に変貌した。スフェーンは自分を破ったクィネの感覚を全面的に信頼している。
「トリドの第一勇者…“弓聖”メラル!」
かつての名を捨てたクィネが初めて、自分を上回る技量の持ち主に遭遇した。それも敵として。
歓喜でクィネの顔が三日月に歪んだ。
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この日、弓聖は初めて自分の技が通用しない相手に遭遇した。
「…躱した。いや、当たらなかったのは確かだが、少し違う?」
極限の集中と共に放った一矢。それに手応えが感じられない。
弓矢に手応え、と言うと不思議な顔をする者もあるが、それは確かにあるのだとメラルは信じていた。
矢と同様に、規格外の大きさの弓に差し障りが無いように胸壁の上に立っているメラルは奇妙な気分に包まれた。それを忘れて、頭を回す。
…今の一矢は敵の中で最も大きな気配に向けて放った。命中しなかったことに加えて、その時に覚えた違和感。それはおそらく、大きな気配の近くに存在する小さいが鋭い気配の持ち主が原因だ。メラルは自分の感覚を信じた。
「王のために戦う元勇者。その最後の舞台に、これほどの花が来てくれるとはな…!」
普通に考えれば、敵の指揮官を狙うのが常道。だが、ここまでの遠距離狙撃はそれほど勝手が効くものではない。
なにせ、メラル自身から見ても気配を頼りになんとなく当たるだろう、という感覚で撃っているのだ。
…メラルの弓を学ぼうとする多くの者に、メラルは教えを乞われた。
だが、それに答えたことはない。他人の中には技を独占している、と責める者もいたが…実際には答えようが無いのだ。強いて言っても“勘”としか言いようがないのだから。
しかし、それでもメラルは狙撃を外したことがない。それが躱された。
「大きな気配と、剣のような気配。誰かは知らぬが…私の最後の獲物はお前たちに決めたぞ!」
軍勢同士の衝突すらも思考の脇へと追いやり、弓聖は長大な弓矢を構えた。
…狙うは二人。間違いなく、敵軍中最強の二者を穿つべく、弓聖メラルは弦を再び引き絞った。
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