「魔王が倒れ、戦争がはじまった」
斬滅の領域へと
響く轟音は寒々しい空気の中によく響いた。
雷鳴に良く似た音に、監視塔の面々…クィネの仲間と雇い主たちも流石に目を覚ました。音は非常に重要だ。傭兵である彼らがそれを頼りに脅威を判断することもしばしばだ。
その音の発生源に近づくかどうか、彼らは当然に迷った。軍勢か、強大な魔術師か。いずれにせよ彼らの手に負える相手とは思えない。
それでも彼らはそこへと向かった。味方かもしれない、危険でも相手を見なければ…様々な理由をつけてはいたが、火へと向かう蛾のごとくにその場所から放たれる武威へと惹きつけられたのだ。
そこで彼らは目にしてしまった。次元の違う戦場を。
「どうなってんだ、ありゃあ…」
タンザノの呟きはそのまま全員の代弁だった。
失われたはずの幻想の戦い。終わり、人同士の泥合戦めいた勝負に取って代わられたはずの光景が再現されている。
可憐な乙女に生えた異形が世界を震わす。それに真っ向から立ち向かうのは大剣を持ち、折れた剣を腰に持つ男。片方は彼らの仲間だ。そうだったはずだ。
クィネが並外れて強いことはもう知っていた。だが、これほどのものだとは知りはしない。
当然である。相手が相応に強くなければ、その底が見えることはない。タンザノ、ホエス、ライザ…傭兵仲間達が見たことがあるのは、人間の兵士を相手取ったときのクィネだけなのだから。
それとて別に手を抜いていたわけではないが…悲しいかな、人間相手では剣聖を相手にそう長くは持ちこたえられない。
故にこれこそが初めて見る英雄の戦。
道理も、限界も置き去りにした偉大なる理不尽の景色だ。
/
戦闘を開始してから拳と剣を交えること、数十回目でとうとうクィネの斬撃がスフェーンを捉え始めた。命中した部位は魔将の豪腕。勿論、スフェーンが盾として用いたこともあるが、互いに一撃が必殺である。相手の体に当たり始めたということの意味は大きい。
「きひっ!すごいな、その腕は!まるで城塞を相手取るような感触だ!」
だが勝利への切符が見えたことよりも、手に伝わる感触にクィネは感動を覚えた。なぜなら大剣は刀身の半ばまでしか食い込んでいない。余りの硬さに切断が叶わなかったのだ。
クィネもといセイフほどにもなれば、特に集中せずとも通常の斬撃が斬鉄の領域に達している。それを防いだとなれば…奥の手たる斬魔の一撃でなければ魔将の腕は断ち切れない。
しかし、斬魔の一撃にせよさらに先の領域の一撃にせよ…集中のための間が必要だ。
間断なく続く攻防では至難。
「さて、さてさて。どうするか?腕の切れ目を狙うか?それとも…」
集中の間さえ惜しんだ、破れかぶれの一撃を紡ぎ出すか。物質や現象の切れ目を狙う斬魔は、確実を期すならば時間をかける必要があるが、一瞬で集中状態に入れることも無いではない。
つまりは、ある種の賭けとなる。このまま地道に攻防を続けても、勝利できる可能性はクィネに分がある。無理をする必要など本来は全く無いのだが…
「よぉし。やってみるかな…!」
子供じみた好奇心が発露した。
神秘すら両断する斬魔の剣にはさらにその先がある。剣聖の技量をもってしても朧気ながらにしか見えない領域の技。
相手は魔将の腕を操る女。
ここまで自身に食らいついてきたことを思えば、対等であることに違いは無いと過剰な期待が溢れ出る。
攻撃に特化した英雄が相手の全力に報いるべく、さらに先へと暴走を開始する。
//
斬人、斬馬、斬鉄、そして斬魔――如何に名を変えていこうとも、根本にあるモノは結局一つきり。いかに鋭く、最も弱いところへ切り込むか?そう、単純な物ほど手強い。
「もっと鋭く、もっと前へ…!もっと速く、もっと、もっと、もっともっと…!」
「正気か、貴様…!」
スフェーンは敵の行為に思わず悲鳴を上げるところだった。
あろうことか、剣聖は足を止めて人魔融合体と撃ち合いを開始した。
性能とは別の次元で対手を上回っていた利を捨てて、不合理を取ったのだ。ただし、クィネにとっては全く道理なのである。
「先を目指した技術。俺には魔を退けることしか思いつかなかった…!」
アイツのように、彼らのように。自分とは全く違う強さ。
ならば自分も負けぬように、さらに強くなる。けれど、結局クィネはセイフであり…切ることしかできない。にもかかわらず「ただ斬る」…それだけで、英雄たちは防に重きを置かぬというセオリーさえも覆し始めた。
大地を揺さぶる、魔将の拳撃。それが徐々にいなされ始める。
やってることは剣で捌いているだけだが、そもそもの身体能力の差を考えればあり得ないことであった。
「こんな、こんな、バカなこと…!」
スフェーンは目の前の不条理に押しつぶされそうだ。
技や身体能力は急に向上したりはしないものだ。人魔融合ですら手軽というだけで、失敗の危険や施術の手間が存在する。
つまり、殺戮の剣聖は「精神力の向上」という要素のみで今も高みへと羽ばたいているのだ。それを理解してしまったからこそ、スフェーンもまた…
「消し飛べ…!」
恐怖の余り、仲間に引き入れるという目的も忘れ果てて奥の手を用いる。
…異形の腕に黒き霧が纏わりついていく。
俗に瘴気だとか呼ばれているソレは、魔力の最も原始的な形である。
大地すら破壊する豪腕の物理的な破壊力に、神秘の要素が上乗せされる。範囲では大幅に劣りはするが、拳の部分の威力のみを言うならば、魔王の〈渾然渦〉よりも上。魔王亡き現在の世界においては最も高威力にして、高密度。
それに対抗しようとするならば、やはり回避するのが順当だろう。凝縮された破壊力は絶大だが、点を破壊しつくす技であるのだ。大げさにでも、無様にでも、避けるのが賢いというものだ。
しかし、セイフへと戻ったようなクィネはここでも理を無視した。
基本は変わらず。相手ではなく、技を見据えて…
///
鈍化していくクィネの視界に、スフェーンの暴虐の一撃はひどく緩慢に映った。
かつてと同じ、極限の集中力がもたらす景色だ。
自身の動きも鈍化しているように感じるゆえに、焦らず。されど確実に敵の技の゛切れ目゛を狙って、剣を動かしていく。
しかし、さらに先へと進むのであれば…まだこれだけでは不足。
探すのはもっと根本的な流れの裂け目。
魔術師としての素養が無い剣聖にとっては手探りですらない。もはやただの勘だよりとしか言えない技となってしまっている。
しかし、何の偶然だろうか?
拙さゆえに先入観なく、新しい領域へと手を伸ばしたがゆえか?その一剣は目指すさらに先へと、たしかに先を届かせた。
分厚く、切断力に劣る大剣が…鋼を上回る異形の腕をキレイに裂いていく。バターを熱したナイフで切り分けるように…
そして、腕に纏っていた瘴気すらも同時に切り裂いた。
////
試みた側も、受けた側も、共に信じられないような気分で勝負は終わった。
最硬の魔将の腕は無残に切り落とされて、黒い血をしぶかせた。均衡を失い倒れ掛かる体を、懸命に維持しながらスフェーンは最上の戦士を見出したことを確信した。
「認めましょう、私の敗北を…そして誓いましょう。私があなたを信じ、裏切らないことを。…あなたが剣を共に並べてくれるというのならば、恐れるものは何もない」
華奢な人間部分に異形が張り付いた女は、あたかも自分が忠誠を誓う側のように頭を垂れた。
雷鳴に良く似た音に、監視塔の面々…クィネの仲間と雇い主たちも流石に目を覚ました。音は非常に重要だ。傭兵である彼らがそれを頼りに脅威を判断することもしばしばだ。
その音の発生源に近づくかどうか、彼らは当然に迷った。軍勢か、強大な魔術師か。いずれにせよ彼らの手に負える相手とは思えない。
それでも彼らはそこへと向かった。味方かもしれない、危険でも相手を見なければ…様々な理由をつけてはいたが、火へと向かう蛾のごとくにその場所から放たれる武威へと惹きつけられたのだ。
そこで彼らは目にしてしまった。次元の違う戦場を。
「どうなってんだ、ありゃあ…」
タンザノの呟きはそのまま全員の代弁だった。
失われたはずの幻想の戦い。終わり、人同士の泥合戦めいた勝負に取って代わられたはずの光景が再現されている。
可憐な乙女に生えた異形が世界を震わす。それに真っ向から立ち向かうのは大剣を持ち、折れた剣を腰に持つ男。片方は彼らの仲間だ。そうだったはずだ。
クィネが並外れて強いことはもう知っていた。だが、これほどのものだとは知りはしない。
当然である。相手が相応に強くなければ、その底が見えることはない。タンザノ、ホエス、ライザ…傭兵仲間達が見たことがあるのは、人間の兵士を相手取ったときのクィネだけなのだから。
それとて別に手を抜いていたわけではないが…悲しいかな、人間相手では剣聖を相手にそう長くは持ちこたえられない。
故にこれこそが初めて見る英雄の戦。
道理も、限界も置き去りにした偉大なる理不尽の景色だ。
/
戦闘を開始してから拳と剣を交えること、数十回目でとうとうクィネの斬撃がスフェーンを捉え始めた。命中した部位は魔将の豪腕。勿論、スフェーンが盾として用いたこともあるが、互いに一撃が必殺である。相手の体に当たり始めたということの意味は大きい。
「きひっ!すごいな、その腕は!まるで城塞を相手取るような感触だ!」
だが勝利への切符が見えたことよりも、手に伝わる感触にクィネは感動を覚えた。なぜなら大剣は刀身の半ばまでしか食い込んでいない。余りの硬さに切断が叶わなかったのだ。
クィネもといセイフほどにもなれば、特に集中せずとも通常の斬撃が斬鉄の領域に達している。それを防いだとなれば…奥の手たる斬魔の一撃でなければ魔将の腕は断ち切れない。
しかし、斬魔の一撃にせよさらに先の領域の一撃にせよ…集中のための間が必要だ。
間断なく続く攻防では至難。
「さて、さてさて。どうするか?腕の切れ目を狙うか?それとも…」
集中の間さえ惜しんだ、破れかぶれの一撃を紡ぎ出すか。物質や現象の切れ目を狙う斬魔は、確実を期すならば時間をかける必要があるが、一瞬で集中状態に入れることも無いではない。
つまりは、ある種の賭けとなる。このまま地道に攻防を続けても、勝利できる可能性はクィネに分がある。無理をする必要など本来は全く無いのだが…
「よぉし。やってみるかな…!」
子供じみた好奇心が発露した。
神秘すら両断する斬魔の剣にはさらにその先がある。剣聖の技量をもってしても朧気ながらにしか見えない領域の技。
相手は魔将の腕を操る女。
ここまで自身に食らいついてきたことを思えば、対等であることに違いは無いと過剰な期待が溢れ出る。
攻撃に特化した英雄が相手の全力に報いるべく、さらに先へと暴走を開始する。
//
斬人、斬馬、斬鉄、そして斬魔――如何に名を変えていこうとも、根本にあるモノは結局一つきり。いかに鋭く、最も弱いところへ切り込むか?そう、単純な物ほど手強い。
「もっと鋭く、もっと前へ…!もっと速く、もっと、もっと、もっともっと…!」
「正気か、貴様…!」
スフェーンは敵の行為に思わず悲鳴を上げるところだった。
あろうことか、剣聖は足を止めて人魔融合体と撃ち合いを開始した。
性能とは別の次元で対手を上回っていた利を捨てて、不合理を取ったのだ。ただし、クィネにとっては全く道理なのである。
「先を目指した技術。俺には魔を退けることしか思いつかなかった…!」
アイツのように、彼らのように。自分とは全く違う強さ。
ならば自分も負けぬように、さらに強くなる。けれど、結局クィネはセイフであり…切ることしかできない。にもかかわらず「ただ斬る」…それだけで、英雄たちは防に重きを置かぬというセオリーさえも覆し始めた。
大地を揺さぶる、魔将の拳撃。それが徐々にいなされ始める。
やってることは剣で捌いているだけだが、そもそもの身体能力の差を考えればあり得ないことであった。
「こんな、こんな、バカなこと…!」
スフェーンは目の前の不条理に押しつぶされそうだ。
技や身体能力は急に向上したりはしないものだ。人魔融合ですら手軽というだけで、失敗の危険や施術の手間が存在する。
つまり、殺戮の剣聖は「精神力の向上」という要素のみで今も高みへと羽ばたいているのだ。それを理解してしまったからこそ、スフェーンもまた…
「消し飛べ…!」
恐怖の余り、仲間に引き入れるという目的も忘れ果てて奥の手を用いる。
…異形の腕に黒き霧が纏わりついていく。
俗に瘴気だとか呼ばれているソレは、魔力の最も原始的な形である。
大地すら破壊する豪腕の物理的な破壊力に、神秘の要素が上乗せされる。範囲では大幅に劣りはするが、拳の部分の威力のみを言うならば、魔王の〈渾然渦〉よりも上。魔王亡き現在の世界においては最も高威力にして、高密度。
それに対抗しようとするならば、やはり回避するのが順当だろう。凝縮された破壊力は絶大だが、点を破壊しつくす技であるのだ。大げさにでも、無様にでも、避けるのが賢いというものだ。
しかし、セイフへと戻ったようなクィネはここでも理を無視した。
基本は変わらず。相手ではなく、技を見据えて…
///
鈍化していくクィネの視界に、スフェーンの暴虐の一撃はひどく緩慢に映った。
かつてと同じ、極限の集中力がもたらす景色だ。
自身の動きも鈍化しているように感じるゆえに、焦らず。されど確実に敵の技の゛切れ目゛を狙って、剣を動かしていく。
しかし、さらに先へと進むのであれば…まだこれだけでは不足。
探すのはもっと根本的な流れの裂け目。
魔術師としての素養が無い剣聖にとっては手探りですらない。もはやただの勘だよりとしか言えない技となってしまっている。
しかし、何の偶然だろうか?
拙さゆえに先入観なく、新しい領域へと手を伸ばしたがゆえか?その一剣は目指すさらに先へと、たしかに先を届かせた。
分厚く、切断力に劣る大剣が…鋼を上回る異形の腕をキレイに裂いていく。バターを熱したナイフで切り分けるように…
そして、腕に纏っていた瘴気すらも同時に切り裂いた。
////
試みた側も、受けた側も、共に信じられないような気分で勝負は終わった。
最硬の魔将の腕は無残に切り落とされて、黒い血をしぶかせた。均衡を失い倒れ掛かる体を、懸命に維持しながらスフェーンは最上の戦士を見出したことを確信した。
「認めましょう、私の敗北を…そして誓いましょう。私があなたを信じ、裏切らないことを。…あなたが剣を共に並べてくれるというのならば、恐れるものは何もない」
華奢な人間部分に異形が張り付いた女は、あたかも自分が忠誠を誓う側のように頭を垂れた。
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